王宮の青い薔薇の娘 計画 8
学園までの馬車の中で、ソルには魔術師長も私達の味方になってくれた事を報告した。ソルは「それは良かった」と、簡潔に喜んでくれた。
ソルと門の所で別れ、学園長は言った。
「フローラさん、学園長室で紅茶でも飲みませんか?」
私は頷いた。
今日は休日なので、学園は静かだ。
学園長室に入ると、学園長が紅茶とお菓子を用意してくれた。
お昼は魔術師長の所でいただいたけど、やっぱり学園長の紅茶は美味しい。
これも別腹になるのかな?
「フローラさん、今日はお疲れ様でした。ワイアット先生の質問に困惑したでしょう…」
「そうですね…。でも、魔術師長は私が「叔父と姪」であるという運命に逆らえるだけの度量があるか知りたかったんでしょう。私にそれがなければ、学園長は幸せになれないんですから。魔術師長は本当に学園長を思って下さってます」
魔術師長にとって、学園長→お母様→→→→私くらいの順番なんだろう。
でも、それでいい。それが嬉しい。
エイブラム先生は完全に学園長側だが、魔術師長は学園長よりではあるが、お母様も私の事も気にかけてくれている。
だからこそ、エイブラム先生とはまた違った憤りがあったんだろう……つい最近まで、そんな事実を知らなかった私は本当に守られていたんだなぁ…。
私は、今まで本当に恵まれていて、当たり前のように幸せを享受していた。学園長の犠牲も知らず…。
そして、学園長を思ってる人たちの憤りも知らなかった。
「フローラさん、何を考えているんですか?」
つい考え込んでいた。顔に出ていたかな…。こんな思いを私にさせたくなかったから、学園長は真実を隠していた…だから、正直に言ったら学園長が傷ついてしまうかもしれない。
「学園長、私…学園長を幸せにして見せますから」
そう言って、私は笑った。さっき考えていたことを正直に言えない分、今思ってる本当の気持ちを言った。
「……エイブラムやワイアット先生やフローラさん家族が思うほど、私は不幸では無かったんですよ。私の最初で最大の幸せは姉上が与えてくれました。姉上は、本当に優しく私を可愛がってくれていたんですよ。母は亡くなり、父である王も私に関心など無かった。その環境で私が笑顔を覚える事が出来たのは間違いなく姉上のおかげです」
学園長はとても優しく美しく笑った。
確かに学園長の笑顔は最初から素敵だった。愛情に裏打ちされたものに見える…
それは、お母様が与えた物だったのだろうか…。
「姉上は、魔法も学問も優秀でした。でも、私はそれ以上に優秀でした。姉上の凄い所は、そんな私をとっても素直に褒めてくれるんです。自慢の弟だと誇らしげに…とても嬉しそうに。姉上がいなかったら私は魔法も学問もここまで出来なかったでしょう。どういう経緯で私が生まれ、自分の立場を理解した時、何のために生まれ生かされているのか分からなくなった時がありました。でも「聖女の祈り」で姉上を救えた時、私はこの日の為に生まれてきたんだと思いました。だから「聖女の魔法」の褒美や名誉は私は初めから要りませんでした」
そう言う学園長の笑顔に嘘は感じない…本心で言ってくれているのだろうか…。
「生まれてきた意味が解かれば、人は生きていこうと思えるんですよ。生まれてきた意味、生きていく理由。それ以上に人生に必要なものなどあるでしょうか? それを教えてくれた姉上には私は感謝しかしていません。私こそが与えられていたんです、姉上に。本当にそれだけで私は満足していたんですが…。それ以上のモノをフローラさんは私にくれるんですか?」
彼の優しい柔らかい笑顔は、どうしてこんなにも私の心に染み渡るのか…。
彼の笑顔や雰囲気は前世の夫に似てると思った。
でも、彼の人生は夫とは全く違う。私とも違う…けれど…。
…前世の私は、長兄に大事な物を壊され馬鹿にされた。もう一人の兄は意味もなく私を殴っていた。母は家族だから良いじゃないか、と言った。
どんどん自分の価値が分からなくなって、この家に生まれてきた意味がなんなのか分からなかった。
でも、娘を産んだ時、この日の為に私は生まれてきたんだと心から素直に思った。
夫と私の愛する娘。この子のために生きようと…。
私と学園長は、生まれた意味も生きる意味も分からない時があった。
その答えを、私は娘から、学園長はお母様から貰った。
その価値を私は一番よく分かってる。
「それ以上のモノが「私の全て」なら喜んであげます。それで貴方が幸せになってくれたら、それ以上の幸福は私にもないから」
お母様は、私は、この人から奪ってばかりだと思っていた。
でも、お母様は彼に与えていた。だから彼はあれほどの物を手放す事が出来た。
なら、私も彼に与えたい。私はもう十分、両親にも学園長からも貰っている。
私は、貴方の為に貴方だけに、私の心と体と行動全てで貴方を幸福にしたい。
だから、貴方に私を求めて欲しい。世界中で私だけを…。
私は笑って言ったはずなのに、涙が頬を伝っていた。
学園長は、優しい顔をした。
「つい最近まで自分の人生に、私は満足していると思っていました……でも、今はフローラさんがいないと私はもう満足出来ない。貴女が私に全てをくれるなら、私は拒否することはもう出来ない。受け入れることが貴女の幸せだと言われたら尚更…。貴女という幸福を私は離せない」
そう言うと、学園長は私の隣に座った。
「フローラさん、泣かないで下さい」
涙を手で拭って学園長が言う。
「私には貴方だけです。だから貴方も何があっても私を手放さないで…」
私は、学園長にしがみついて言った。
「離せないと言ったのに、聞こえなかったのですか?」
学園長は、少し笑って言った。
「だって、学園長は前科があります…」
「それは忘れていませんが、フローラさんも忘れないで下さい。私は貴女にもう嘘はつかないと約束している事を」
そうでした…。
「だから、フローラさん。もう気にしなくていいですよ。私は自己犠牲で姉上や貴女を守ってきたんじゃないですから…」
学園長はそれを私に言いたかったのか…。
学園長は私が何を考えてるか正確に分かっていたんだ…やっぱり。
そんなこと言われたら、涙が止まるわけない…。
「…フローラさんは、年齢より聡いところがあると思えば、年齢より幼いところもありますね。子供のように泣かれてしまうと困ってしまいます」
学園長にしがみついて泣いている私は確かに幼子の様だろう。
「じゃあ、口付けしてください。そしたら泣き止みます」
何が「じゃあ」なのか自分でも分からないが、どうしようもなく彼の存在を感じたかった。
学園長は、私の顎をそっとあげて、優しく唇を重ねた。優しく何回も重ねてくれる。
彼はどうしてこんなに優しいんだろう…。
…そうか、お母様の優しさと愛情が今の彼を作ったんだ…。
お母様の天真爛漫な性格は、ゲームのヒロインに近いのかもしれない。
魔術師長も言っていたが、私の姿はお母様似だが性格は全く違う。
学園長もそう言っていた。
彼は、前世の記憶を持っているヒロインとはかけ離れた「私」を愛して、ゲームとは違う「選択」をしてくれた。
それがとても幸せに感じた。
前世の私と同じ問いに迷い、答えを見つけた彼だからこそ、夫と娘がくれた幸せを与えたい。
どうか、どうか…その願いが叶いますように…。
本日、19時にもう一度更新します。




