表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/68

王宮の青い薔薇の娘 計画 4

もう空気も秋の涼しいものに変わってきた。

私が「聖女の盾」を発動して約一年が経った。


今日は、学園長に来賓がある。

なので、最初の1時間は久しぶりに皆と一緒の授業だ。


2時限目は、エイブラム先生と主任室で授業をする予定だ。


「失礼します、フローラです」


「おう、入れ」


学園長室と違って主任室はこじんまりとしている。

エイブラム先生の机は、色々な書類がたくさんあって、どこで勉強するんだろう…。


「とりあえず、ソファーに腰かけろ」


小ぶりの二人掛けのソファーがテーブルを挟んで2組ある。

エイブラム先生と向かい合って座った。


「フローラ、学園長との授業はどうだ?」


「順調です、というか、普通の授業より早いペースで進んでいるかもしれません」


「どの辺まで終わってるか、教科書とノートを見せてみろ」


私は教科書とノートで、学園長との授業がどこまでいってるか説明する。


「今日は、お前と魔法学科の勉強の進み具合の調整をする予定だったが心配はないな」


そう言って、エイブラム先生は、教科書とノートを閉じた。


「今日は、授業よりも大切な話をする」


エイブラム先生は、腕を組み真剣な表情で話し始めた。


「お前はもう、自分の母親と学園長の関係を知ったそうだな。俺と学園長が同級生なのは知ってるか?」


「はい、知ってます」


今、この学園でお母様の事を直接知っているのは、学園長とエイブラム先生だけと教えて貰った事を思い出す。


「1学年の夏休みの終わり、あいつは途中入学してきた。平民という事だったが、あいつの容姿と仕草と魔術の才能があいつの複雑な状況を表していた。まあ、俺も貴族の父親と平民の母親の婚外子だったから似た様なもんだと思った」


黒髪に青い目で魔術の才能があったエイブラム先生は、平民の母親が死んだ時に貴族の父親に引き取られたらしい。

王女であるお母様は、最終学年の一学期まで学園に居たので、エイブラム先生は数か月だけだが直接王女を見たことがあるらしい。


「俺は勝手にあいつに仲間意識を持っていた。だから強引に親友になった」


少し笑ってエイブラム先生は言う。


「そのうち、あいつが「聖女の魔法」の功績で伯爵の位と苗字を頂き、そのまま教員として学園に残ると言った時、俺もそうした。かれこれ20年来の付き合いだ。俺だけがあいつの秘密を全部知っている。今のお前たちの状況も含めてな」


エイブラム先生に今の状況を知られている事は少し気恥ずかしいが、学園長が完全に孤独だったわけじゃない事は嬉しかった。


「…お前に学園長が「聖女の魔法」が使えるという極秘扱いの情報を教えたのは、お前には正確にあいつの能力を知って欲しかったからだ。あいつは本来ならあらゆる意味でもっと上にいるべき人間なんだという事を、お前だけは知るべきだと思ったからだ」


謁見後の会話の事か…エイブラム先生の言いたい事は分かる。

彼の今の状況が理不尽だと、エイブラム先生も思っているんだろう。

そして、その原因である私が知らないのは許せなかったんだろう。

私にとっては厳しい言葉だが、それくらい先生は学園長を大切に思ってくれているのだ。


「…学生の時からあいつはモテていた。伯爵の位を頂いてからはもっとな。だが、あいつは今まで清廉潔白に生きてきた。だから、驚いた。あいつがまさか自分の姪に惚れるなんてな…普通の女だってあいつの立場からしたら厄介なのに、この世で一番厄介な人間を好きになるなんて…どこまでもツイてない奴だと思ったよ」


エイブラム先生の言葉は何もかも(もっと)も過ぎて痛い。


「しかも、諦めようとしたあいつに、お前の両親は落とせと言って、お前もそれに従っているんだって?」


心底呆れた様に言われた…私は何も言えなかった。

言える言葉なんてあるだろうか…。

どうしよう、気恥ずかしい所じゃない、先生には私と両親はとんでもない恥知らずに見えているんだろう…泣きそうだ。


「…だが、あいつを幸せにしてくれるんだろう?」


そう言うと、エイブラム先生は右の唇だけ上げて笑った。


「あいつは幸せになるべきだ。それには、あいつの全てを知っている人間じゃなきゃダメだ。生い立ち、才能、捨てた物、お前を想うあいつの深すぎる愛…全てな。お前は知っているだろう、お前の両親も」


そして、エイブラム先生はイタズラが成功した男の子のように笑った。


「フローラ泣くなよ、あいつに殺されるから。俺だって今はお前に感謝している。俺はあいつを支えられても、幸せにすることは出来ない。だが、あいつが幸せになれないなんて間違ってるだろう? あいつは間違った事なんて一度もしてない。…あそこまで清廉潔白で才能のある男が幸せになれないなんて世界の方が間違ってるんだ。叔父と姪が結婚出来ない世界が間違ってるんだよ」


…確かに、前世でも現世でも、それを認めている国も時代もあった…。

でも、エイブラム先生の前半の話は、私の心をかなり(えぐ)り、その言葉を素直に嬉しいと思えない…今は。


「お前の両親があいつを落とせと言ったのは正解だ。お前を諦められない所まで追い詰めないと、あいつは自分の幸せから逃げるだろう。だが同時に、巨大なダムが決壊するような危うさを感じる」


…どういう事だろう?


「あいつの忍耐力と自己犠牲の精神は見事だが、その分、お前への気持ちが溢れすぎても危険だ。恋愛経験がないからな、あいつ」


エイブラム先生は、頭を()いた。


「お前も、恋愛初心者だろうから加減が難しいだろうが、あんまり(あお)るなよ? …あいつの居場所は学園だけだ。あいつを幸せにする前に追い出されるような状況にするなよ?」


分かるよな?って感じでエイブラム先生が言うけど、一応そんな過激なことはしてないはずだ。


「父からは、学生らしく清らかに落とせと言われているので…」


と、答えた。


「…あいつもなぁ…今までもっと過激なお誘いをされてたし、それを華麗に断っていたんだがなぁ…。お前相手だと、子供騙しみたいな事でもダメらしいぞ。具体的な事はあいつも言わないが…凄いダメージを食らっているのだけは感じる。いい線はいってると思うぞ、だが加減を考えろ」


…そうなのか…。もう一度、清らかに落とすという事を考え直そう。


「分かりました。もう一度、作戦を練り直します」


「そうしてくれ」


エイブラム先生との授業?が、終わった。



お父様の言ったことが良く分かった時間だった。


『お前たちの答えは万人(ばんにん)の正解じゃない。だからこそ迷う、何度でも』

その通りだ。


エイブラム先生は世界が間違っていると言ってくれたが、本当に間違っているのは私達の方…。

しかも、学園長はその間違いから私達を救おうとしたのに、私達は彼を…。


先生が私や家族に感じた嫌悪は当たり前なのだ。

…学園長のずっと側にいた先生だからこそ、学園長が私を諦めようとしているのを知ってるからこそ…私の心に突き刺さる。


最終的には、私達もエイブラム先生も「学園長の幸せのため」と言う同じ答えになったが…唯一の答えが分かっていても、やはり悩みに溺れそうになる。


エイブラム先生の学園長への思いや、私達家族への色々な思いを知れた事、初めて自分側じゃなく、学園長側の人の意見を聞けた事は無駄にしてはいけない。


『あいつの居場所は学園だけだ。あいつを幸せにする前に追い出されるような状況にするなよ?』


エイブラム先生が今日くれた、この忠告は絶対に守っていかないと…。


エイブラム先生は学園長を本当に大事に思ってくれている。20年近く学園長の唯一の理解者で味方だったのだ。


だからこそ私は、もう二度と先生に失望や軽蔑をされないようにしなくては。


先生は学園長にとっても大事な人なのだから。




◇◇◇◇◇◇◇




主任室を出て歩いていると、ソルに会った。


「フローラさん、君の父上から養父に手紙が来た。その時が来たら僕も協力するから遠慮なく言ってくれ」


夏休みにお父様が言っていた計画の準備で、お父様はソルの養父の魔術師長に手紙を書いていた。

私の事で協力をして欲しいという時が来るかもしれないのでよろしく…と言うくらいの挨拶的な手紙だそうだが。


その時と言うのは、私が学園長を完全に学生らしく清らかに落とせた時なのだが…。


さっきまで、エイブラム先生と話していたせいか、色んな気持ちが頭を巡って自分が図々しい存在に思えてくる…。


「…ありがとうございます。その時が来たら、よろしくお願いします」


私はそう言った。


「話はそれだけだ。では」


相変わらず、颯爽とソルは去って行った。

彼の後姿を私は何となく見つめて考えていた…ソルや魔術師長に協力を願い出た以上、私は学園長を煽り過ぎず清らかに落とさなければいけない…。

どうしたらいいんだろう…。


そういえば『私を学園から追放させたいんですか』って、学園長が言っていたなぁ…。


私から抱きついた時だったかな…。

抱きつくのはダメなのかな…うーん…思わずため息が出た…。


「フローラさん、授業は大丈夫でしたか?」


後ろから掛けられた声に、体がビクリとした。ゆっくりと振り向く。


「…大丈夫でした」


学園長だとすぐ分かったので、私は学園長の顔を見ずに言った。


「…あ、ホームルームに遅れそうなので、失礼します」


今更ながら、自分の悩みが恥ずかしくなって学園長から逃げたかった。

私は小走りで教室に向かった。






タイミングが悪すぎる…。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ