猫になって歩けば棒に当たっていたんだ……
神様の加護のおかげか僕はあの日から1週間後の今日完全に退院することができた。長らく世話になったであろう病室に軽く礼をして部屋を出る。意識があってここで活動していた時間はとても短いものであったのだがそれでも自然と感謝の気持ちが胸に込みあがってきた。
ありがとう、そしてさようなら。
担当の医師と看護師さんの何人かに挨拶とお礼を言って母親と病院を出る。冬の始まりを感じる鋭く冷たい空気が僕の身体を刺激する。
病院から解放された喜びを胸に外の空気を胸いっぱいに含む。身体が浄化されていくような気がした。 母親が呼ぶ声が聞こえる。僕はなるべくめんどくさそうに聞こえるように返事をした。だって僕は高校生だから。
高校生。高校生の本業はもちろん……
「であるからして、受験対策は二年の冬休みから始めなければ確実に他の者に置いていかれる。わかったら勉強してこい」
と勉強なわけである。
僕は退院をした次の日からもう学校に行かされていた。もちろん勉強は嫌だし、こうして時折興味本位でちらちら目を向けてくるクラスメイトの視線も耐えがたい。しかし一刻も早くまた彼女の姿が目にしたかったからこそ、こうしてまたつまらない日常に戻ってきたんだ。いやもうつまらない日常なんかにしない。今度こそ告白して人生をわくわくするものに変えてみせる。
「はい、錫木HRだからってよそ見していいわけじゃないぞ。お前は勉強だって遅れてるんだからどうにかしろよ」
「は、はい。すいません」
なんだよどうにかしろって。どうにかするのを手伝ってくれるのが教師ってものじゃないのか。なげやりな叱り方にいらっときた僕は努めてだるそうに返事を返した。その態度にもたいして興味もなさそうに教師は話を再開させたので僕はまた自分の世界に旅立っていく。
昨日の晩、布団の中でごろごろと転げまわりながら考えた告白の作戦を思い返してみる。
まずは無難に手紙で屋上に呼び出す。この時点で来ないことは作戦から除外する。そうしないと話が進まないから。そして前々から考えていた夕暮れの中で告白のフレーズを思いきって言うんだ。
特に変わり映えの無い作戦だが僕のこの熱い気持ちを聞いてもらうことがなによりも大切だと思った。
「それでは今日はこれまで。恋愛ごとにうつつを抜かしている奴は受験で勝てないぞ。先生の言うことは大抵当たるからなー。しっかり勉強しておくように」
と締めくくられ退院後最初の学校での一日が終わった。がやがやとクラスメイトが帰り支度や部活へと向かう中僕は虎子望さんの姿を目で追っていた。彼女もゆっくりと教科書やらノートを鞄の中に入れているので帰路につくのだろう。午後四時の夕焼けが教室内を朱色に染めている。僕の頬も紅く染まっていることであろう。十分程すると教室内に静寂が訪れ、僕は手紙をしたためることにした。
『背景
夕焼けも綺麗な夕方にあなたに伝えたいことがございます……』
いやいやこれはちょっと違うな。お歳暮じゃあるまいし、堅苦しいな。
『突然のお手紙驚かれると思いますがあなたに伝えたい想いがありまして、この手紙をしたためました。今度の金曜日の放課後学校の屋上まで来ていただけないでしょうか。お願い致します』
うーん、近いけれどこれもまだ堅い感じがする。もっと若者らしく元気な感じでいこう。
『こんにちは。急に手紙なんか出してごめんね。君のことが気になってこんな手紙を出してみようと思ったんだ。今度の金曜日……』
おおい、これじゃ告白しますってことバレバレじゃないか。これを見られたあと絶対に普段と同じように生活することなんてできない。いや、待てよ。これなにも自分の名前書かなくてもいいんじゃないか? 告白の日まで誰かわからなければ僕も普通に過ごせるだろう。
よし。
『こんにちは。急な手紙で驚かれるとは思いますが……』
いや、そもそも手紙はいっぱいもらってるんだよな虎子望さんはもてるから。
『こんにちは。汚い字で失礼します。』
いや、これも書く必要ないな。もう簡潔にしよう。
『こんにちは。今度の金曜日あなたに伝えたいことがあります。放課後、学校の屋上で待っています。お時間あれば来ていただければ幸いです』
よし、これでいいや。これを虎子望さんの机に忍ばせておこう。明後日には心の準備もできてるだろう。机に手紙を入れることに成功した僕は日も落ちて暗くなった教室を後にした。
待ちに待った金曜日。僕は屋上の貯水タンクによじ登って夕焼けを眺めていた。なんで手紙なんて出しちまったんだろう。全然心の準備できてねーや。もう少し先に延ばしとけばよかった。
夕方の冷たい風が僕の顔をうち、寒さに目から涙がでてきた。いや、寒さのせいだけではないのかもしれない。
鼻から流れ落ちる水をティッシュで拭っていると、油の切れて重くなった屋上への扉がギシギシ動く音がした。
やばいよぉ。マジで来たじゃないか。来ないでくれる事も願ったんだが、虎子望さんのあの綺麗な性格ならこういう頼みは興味が無くても話だけは聞いてそうだからなあ。
寒さでかじかんだ身体を起したところで彼女と目があった。
「あ」
「あ」
少し驚いた顔をした虎子望さんの顔もまた可愛かった。僕は笑顔を作ろうと努めたがうまく笑えなかった。
「こんにちは」
「こんにちは。手紙をくださったのは錫木君ですか?」
「ええ、そうです……」
「……」
僕の言葉の後妙な沈黙があった。何かしゃべらなければ。
「あの、あのですね。この前はありがとうございました。わざわざお見舞いに来てくれて。とてもうれしかったです」
「いいえ、私もあの日は時間を忘れて話ができて楽しかったです」
マジかよ。やったー。そんなに楽しんでくれてたのか。
「それでお話というのは? そのことについては当日お礼を言われたと思うのですが……」
「いえ、今日はその話ではなくてですね……」
「はい」
「実は僕は虎子望さんのことが……」
「……」
くそう。あの不思議そうな顔は絶対に演技だ。彼女は何度もこんな場面に遭遇しているはずだ。場数を踏んだ経験豊富な人間なはずだ。だから僕の言うことなんかもうお見通しなんだろう。
くそう。そんな目で見ないでくれ、言う、言うからもう少し待ってくれ。
「僕は僕は……君のことが好きだ。恋人になってくれませんか?」
言えた。言えたぞ僕。言えたよな? 本当にこの声は届いたのか? 答えはどうであれ、これで僕は……
「えっと、気持ちは嬉しいんだけど」
けど? この後に来る言葉はもう決まってるんだろ。
『私は君のこと好きじゃないから』だろ。
「私今は『あの猫』のことが頭から離れないの……」
「ついこの間までいたうちの白い猫がどこかへ行っちゃったの。今日もこれから探しに行く予定なんです。本当にごめんなさい」
ペコっと頭を下げ、ぴょんと跳ね上がるポニーテールを茫然と目で追いながら屋上を後にする虎子望さんを見送った。
目は焦点が失われているが頭はフル回転で回りまくっていた。
白い猫? この前いなくなった? それってもしかして……
「猫神様ーー。どうかどうか僕をまた猫に戻してくださーーーーーーーい」
日の暮れかかった学校の屋上から僕の叫びが、カラスの物悲しい鳴き声と反響して響き渡っていった。
稚拙な処女作を読んでくださりありがとうございました。感想や、評価など今後の糧としていきたいので貰えましたら顔を真っ赤にして喜ぶと思います。




