人間っていいな?
悩んでいたのは少しの間だけ。決心してからはすぐに猫神様の所へ飛んでいき頭を下げた。
「おねがーい。人間に戻してー」
某アニメの青い狸型ロボットにすがりつく眼鏡君が頭によぎった。
「何だニャいきなり。今さっき少し考えさせてくれって言ったばかりじゃニャいか」
「もう決心した」
「早いニャア。まあいいけどみんなに挨拶とかしなくてもいいのかニャ? いきなり消えたら特にミル―
が発狂しそうだにゃ」
「いいんだ。適当に旅にでも出たと言ってくれれば」
「そうか。それじゃとりあえず病院にでも行こうかニャ」
そして猫神様と僕のいる病院へと向かった。
部屋の中の様子も僕の容態もこの前来ていた時と特に変化のない病室に窓から入っていく。包帯は所々はずれていて今は顔が全部出ている点が最初の頃と違う所だろう。
「相変わらず不細工な顔ニャ」
「ひどいこと言うな! 結構傷つくから!」
僕の顔を覗き込みながらぼそっと呟く猫神様。
「今のままならイケメン猫でモテモテだし、ミルーと結ばれちゃえば? もったいないよ」
「今の姿は好きだけど……もう一度きちんと思いを伝えたいんだ。どんな結果になろうともね」
「そうか覚悟は揺るがないんだニャ? ならいいけど。そうそう人間に戻ったら猫とはもう話せないからニャ。言ってることもわからないニャ。元通りのおぬしに戻るわけだからニャ」
「え! 猫の時の記憶は無くなるってことか? お前とももう話さなくていいってことか」
「わしとは話せるし記憶は無くならないニャ。というかわしともう話したくないのかい!」
「うーん、だってお前と長く話してると頭痛くなってくるし。あーまた頭が痛くなってきた……」
「あーそれもう人間に戻してるから。じゃまたね。錫木一郎君」
「おい、先に言ってから……」
こうしてぼくの意識は古いテレビの電源を切るようにぷっつりと切れていった。
「……ちろう。いちろう!」
「……んせい! 患者の意識がさめ……」
微かに周りの声が耳に入ってくる。さらに薄く目を開くと目尻に涙をため込んだ母親の姿が映った。とりあえず僕は人間の身体に無事戻って来たらしい。しかし僕は手も足も口すらまともに動かせなかった。こんな身体に戻ってきて良かったのかと思うほど身体は動かないし色々なところが痛む。想像していたよりも動けるようになって虎子望さんに告白するには時間がかかりそうだった。
それでも僕は固く決心したのだ。どんなにつらくとも苦しくとも踏ん張って回復してやる。そう気合を入れ直しもう一度目を閉じた。
次に目が覚めた時は病室に一人きりだった。いや窓際に三毛猫が座っていた。
「こんばんは。調子はいかがですか?」
昔と同じように頭に直接音が鳴り響いた。僕はまだ口が動かせない。そのことをわかっているみたいだ。以前と勝手が変わっていないようなので、こちらも軽く応答してみた。
「なにキャラ変えようとしてるの?」
「ひどいニャ。わしが生まれ変わろうとしてるのにその反応。おぬしのためを思ってやってるのに」
「僕の為?」
「だっておぬしわしと話すと頭痛くなるとか言ってたじゃニャいか。だから変わろうと思ったのに」
あの言葉をそこまで真摯に受け止めていたのに驚いたが、まあ治す気になったのならいいことだと思う。
「それより僕のこの状況を変えてくれ。今更お前を変えたって意味ないじゃん」
「今更とか言うニャ。わしだって誰からも愛されるご当地神様になりたいニャ!」
「ご当地神様ってなんだよ。別に人間からなんて愛されなくてもいいじゃんか」
「そんなことないニャ。人間に愛されると余ったパンとかくれるニャ。いいことずくめだニャ」
「僕はどんなに仲良くなってもパンあげないよ」
「じゃいいや。元気でやれニャー」
僕に背を向け窓から飛び降りる恰好をしている。しかしいつになっても飛び降りない。結局パンが手に入れられる状況を捨てることができないのだ。仕方ないので声をかけてやることにした。
「助けてください。パン買ってあげますから。お願いします」
「しょうがニャいニャー。クリームパンとあんぱん一個ずつで協力してやらないこともニャいニャ」
目を輝かせてしょうがないとか言われても、期待してたのが丸見えじゃないか。
「最近はパン嗜好が強いのか? 前はおにぎりばっかりだったけど」
「そうなんだニャ。特に甘いのが入ったのがお気に入りなんだニャ」
「ツナ入りとかあるけど」
「なんだと! そんなものまであるのか! 技術の進歩は半端ないな。それを持ってこい」
「興奮しすぎ。急に口調が荒々しい雄のものになってるぞ」
「おっと。あんぱんとクリームパン、あとツナのパンを差し出せば協力してやってもいいニャ」
「追加かよ」
「文句と反論は協力はいらないという意思表示だと受け止めるニャー」
「わかったよ。その三つ買ってあげるよ。だからお願いします助けてください」
「フフン。そんなに言うのなら協力してやってもいいニャ」
こんなに安い神様はいないだろう。今度からは三百円神様と呼んであげることに決めた。
「それで? なにを協力してくれるの?」
「そうだニャあ……。打て打てイチロー、走れー盗めーイチロー!」
「それだけ?」
「それだけとかいうニャ!」
「だってそれ名前すら違うじゃん。僕一郎、イチローじゃない」
「細かいニャー」
「しかも僕になにを打たせようとしてるんだよ」
「こ、細かいことは気にしないでいいんだニャー。今のはおまじないみたいなもの。きっとこれでどんどん良くなるニャ」
「今ので!? 本当かよ。全くそんな感じしないんだけど」
「そりゃすぐ効く薬なんてないニャ。明日、いや明後日? うーん一週間後には……」
「おいおい、どんどん時間延ばすのやめてくれ」
本当にこんなので効いてるかなあ。やはりこんな神様信じない方がいいのかも。三百円神様だからな。期待した僕が悪かったのかもしれないな。
「そ、それじゃわしこれからご飯だからもう行くニャ。早く治って告白できると良いニャー」
「治ってって治したんじゃないのかよ」
「そりゃおぬし次第ニャ。神を信じる者は救われる。それじゃパンのこと忘れないでニャー」
結局自分の都合の良いところだけ忘れないように釘をさして逃げていった。これから本当に僕は動けるようになるのだろうか。虎子望さんにもう会えない予感が一瞬頭によぎったが弱気ではいけないと喝を入れ直す。絶対に会って告白するんだ。そのためにはまずこの身体を復活させなければどうしようもない。どんな苦労も厭わないですからどうかこの僕の身体が早く治りますようにと僕は神に願った。
もちろん三百円神様以外の神様にだ。




