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その50 貝の恩返し

 間違いなく偶然なのだが、重なる時には重なるものだ。

 夕方、てくてくと家路を急いでいた俺。

 いつもの道が道路工事していて歩きにくかったから、港湾地区の方を遠回りしていた。そっちの方が車の数も少ないし、歩道がキレイで歩きやすいんだな。ついでに、晴れている日は港の景色がとてもよい。

 俺は左腕に紙袋を抱えている。

 メロンパンとカレーパン入り。昼間、峰山と話をしていたせいで購買のメロンパンは売り切れてしまっていた。納得がいかないので、下校してから帰り道の途中にあるパン屋に寄った。で、ついでにカレーパンも発見したという次第である。だからなんなのでしょう。

 まあ、パン屋さんのパンだから、とても香ばしいニオイがさっきから俺の鼻腔を「ほれ、ほれ! 食いたいだろ!」と嫌がらせのように刺激してきている。

 一個くらいは、と言いたいところだがガマンしよう。

 葵さんやドルファちゃんが、めいめいの大好物を食べる時の様子といったら――

「まぁっ! 美味しそう! いただきまーす!」

 両手でパンをもって口へ運んでいき「かぷっ」とやってから「にっこー!」と笑顔になる一連の姿は、DVD&ブルーレイディスクにして売ればたちまち十万枚はいくだろう。好きなものを無心に頬張るときには、誰しも無邪気になるものらしい。

 そういう葵さんとドルファちゃんが見たいから、俺は食わない。

 九月に入り、やや日が短くなったようだ。

 右側の水平線はすっかり夕陽色に染まっている。

 そういや、由美さん元気かなぁ……などとぼんやり考えながら歩いていると

「……おっ、と!」

 何かでかいものにつまづきそうになった。

 慌てて回避した俺。

 誰がどこから持ってきたのか、どでかくて平べったい岩が道の真ん中にある。カタチは小判型というよりも、割と丸に近い。切ったトマトの端っこのようだ。

 すると。

「……あらあら、ごめんなさいね、人間のおにいさん。私がこんなところにいるものだから」

 どこからともなく、しわがれたおばあさんの声がした。

 ここで一般人なら「えっ? どこ、どこ?」とあたりをきょろきょろ見回すであろうが――俺はその声の出所が一発でわかった。

 しゃがんでみると、足元の岩が小さく「ぱかっ」と口を開け

「あれ、まあ! 私の声だって、すぐにわかったのかい?」

「わかるよ。海の世界に友達が多いものでね」

 貝。

 殻の組織だな。以前、ポイズン達がリーネの命令で襲撃を仕掛け、返り討ちにあったという連中である。

 こりゃあ、どうやってもボコれるワケがないよな。

 俺は笑いそうになった。

 声からして相当なお年寄りでさえ、こうだもの。泣く子も黙るカタさだ。

 しかしこの形状、ホタテとかアサリとかシジミではなさそうだな。ホッキでもムールでもなくて、だがどこかで見たことがあるような――。

 頭の中の図鑑をペラペラとめくっている俺。

「人間のおにいさん、ちょっとだけ、頼みがあるんですがの」

「はいはい」

 貝のおばあさんは俺に何か頼みごとがあるようだ。

 聞いてやろうと耳を傾けていると

「――おう、いたぞ! あそこだ!」

 バタバタバタバタ……

 突然目の前に現れた魚人、いやあれは海獣人といったほうがいいのだろうか。

 半三日月状の背ビレが生えたブルーグレーの背中に、小さく鋭い両眼、ぐっと裂けた口の端にまで並んでいる「正三角形」なキバ、キバ、キバ。

 ああ、とうとうおいでなすったか。

 奴らこそが正真正銘海の世界のギャング「シャーク」だ。リーネの命令を受け、ポイズン達をことごとく柳川鍋にしてしまった、残虐非道な奴ら。

 数は四匹ばかり、俺と貝のおばあさんをぐるり取り囲み

「ここにいやがったのか、貝のババア。手間かけさせやがって」

「ケガしたくなかったら、大人しく来てもらおう」

 おやおや。

 大の男が揃いも揃っておばあさんを拉致ろうとは。

「あれ。私ゃ、ごめんくださいと言ったんだけどねぇ。今日は殻の組織の集まりでこっちに来たけど、明日は英虞湾で貝老会があるから帰らなくちゃいけないんだけども」

 このおばあさん、サメに囲まれてもちっともビビってねェ。

 淡々と自分のスケジュールを説明しているし。

 ってか「英虞湾」って、まさか、このおばあさんは……!

「ババアの都合なんかは聞いてねぇんだよ! リーネ様が来いって言ってんだ! 黙って来ればいいんだよ!」

「……そこの人間、どきな。邪魔すりゃあ、お前もケガを、ケガを――!」

 俺の肩に手をかけようとしたシャーク野郎、そこで固まっていた。

 ヤツのいかにも凶暴そうな目にじっと視線を打ち込んでいる俺。

 ほんのわずかも逸らすことなく、ゆっくりと立ち上がった。

「お、お前……」

 シャーク野郎、気圧されたようにずざっと一歩後退り。

「……」

 俺は無言のまま、ヤツの目に焦点を合わせ続けている。

「あ、あ……ああ……」

 ついにヤツは大人しくなった。

 俺のただならぬ気配を察知した残りの三匹は、明らかに警戒の色を浮かべて

「な、なんだァ、お前!? お、俺達がどこの誰だか、わかって――」

 俺の右前にいるヤツ。

 間合いなんか全くない。そいつがその気になれば、俺はあっけなくかみ殺されただろう。

 だけど……恐ろしいとか戦おうという気はさらさらなかった。

 次はお前か。

「……」

 ひたすらに気配も殺気も消し去って、ただ無言でヤツの目を見据えている俺。

「あ、あわわ……」

 虚勢を張っていたそいつも、間もなく怯えたように引き下がっていった。

 ――といって、小難しいワザを使っていたワケじゃあない。

 サメなんていう生き物は基本的に「ナワバリ」を張って暮らしている。

 攻撃しようとするのは、よそ者がそのナワバリに侵入してくるからだ。どっかの映画よろしく、いきなり「がぶっ」とかいうのは基本的にありえない。何度か威嚇行動を繰り返した末、それでも退去しないヤツに対して攻撃をするという習性がある。ハチなんかも一緒らしいんだけど。

 しかしながら、今のこの状況。

 言ってみれば、俺と貝のおばあさんがいるこの場所は俺達の「エリア」だ。

 そこに奴らが逆に踏み込んできたワケだから、俺はまったくもって無言の威嚇を発動した。かといってただ目線を捉えていただけじゃなくて「争うというのなら、死に物狂いで戦うけどもいいんだろうな?」という、渾身の気合い入り。無論、黙って退くのなら手出しはしないという意味も込めているんだけども。

 いくらサメが海のギャングだからって、手当たり次第に攻撃を仕掛けるようなヤツらじゃないことは知っていた。ポイズン達の話を聞いて奴らの存在を知って以来、俺は俺なりに図書館へ行ってあれこれと調べたワケだ。

 だから――本当に悪いのは、半分人間の姿をもっていて、人間同様の頭脳をもっている人魚・リーネのヤツだといっていい。彼女がこいつらをアゴで使って悪事の片棒を担がせているのだから。

 ただ、シャーク達はやはりボスであるリーネを恐れているらしく

「おいっ! ナニやってんだよぅ! ババアをさらって帰らなかったらリーネ様にどんな罰を与えられるかわかってんだろう!?」

 俺の前にいる一匹が叫んだ。

「だ、だけどよ、こいつには……手出しできねェよ。なんか、スゴイ圧されちまったよ」

「もしかして、ナタルシアのダンナってヤツじゃないか? だとしたら俺達、相手にしないほうが――」

 すっかり気合で圧倒された二匹は腰が砕けてしまっている。

 しかし

「ああっ! だらしのねェ奴らだ! 要は、このババアさえ連れ帰ればいいんだからよォ!」

 そう言って俺の前のサメ野郎はおばあさんに手を掛けようとした。

「……待てっ」

 さっと間に割って入った俺。

 するとヤツは

「邪魔すんじゃねェ! 人間のクセによォ!」

 がばっ

 でかい口を開けて俺に噛み付こうとした。

「おにいさん! ダメよ! お逃げなさい!」

 おばあさんがそう言ってくれたが、俺は動かない。

 そのギザギザで一度喰らいついたら決して外れないというサメ独特の鋭いキバが俺をとらえかかった。サメの歯は獲物に噛み付くと外れない構造になっていて、入れ歯のようにかぽっと外れてはまた生え変わるという機能を持っている。……この状況でそんなうんちくは必要ないか。

 しかし。

「あ……が……が……?」

 ほとんど頭を丸ごとかじられているといった姿勢で、サメ野郎は動きを止めた。

 あと数ミリアゴを動かしていたら、俺は首ごと持っていかれていただろう。

 何となく生臭いヤツの口の中をしげしげと眺めている俺。

「お前……奥の方に虫歯が出来ている。ちゃんと治せ」

「……」

 そのまま、サメ野郎は固まっていた。

 しばらくして、やっと離れたヤツは

「お前、なんで、逃げないんだ? 俺はお前をかみ殺そうとしたんだぞ?」

 俺の視線はヤツの目にロックオンしている。

 じっと目力を押し込みながら「……お前は最初から、俺を噛み殺すつもりなんかなかった。脅しのつもりだったんだろう?」

 そう。

 本当に殺すつもりだったら、黙って噛み付いてきていたハズ。

 仲間が恐れる様子を見ていたこいつには、俺を殺すことなんかハナから出来やしなかった。

 俺は放り出したパンの紙袋をゆっくりと拾い上げながら

「お前達だって、本当は海の世界の安定を望んでいるはずだ。だけど、力をもった人魚族に押さえつけられていて、仕方なく服従しているんだろう?」

「……」

「本当の人魚族は、そんな真似はしないハズ。人魚っていうのは愛情が深くて優しい生き物だ。だから、ナーちゃんのところには今、たくさんの連中が集まってきている。お前らがさんざんにいじめた、ポイズンの連中もな」

 そうして最後にぐっと強く睨んで

「……リーネに伝えておけ。近々、お前の顔を見に行ってやるってな。積もる話があるんでね」

 周囲であうあうと立ち竦んでいたシャーク達。

 やがて

「くっ、くそォ!」

 ばたばたばたと退散していった。

 奴らの青みがかった灰色の背中を眺めていると

「あれあれ……おにいさん、とってもお強い方で。どうもどうも、ありがとねぇ」

 貝のおばあさんがぱくぱくと殻を開け閉めしながら礼を言ってきた。

 俺はまたしゃがみこんで

「で、おばあさんは帰らなくちゃいけないんですよね? どうやって帰るんです?」

「おお、そうそう。それなんだけど――」



「ああっ! 美味しいメロンパン! ありがとうございます、達郎様っ!」

「うまいうまーい! これ、どこのお店のですかぁ?」

 世界に平和が訪れたくらい幸せそうな顔でパンにかじりついている葵さんとドルファちゃん。二人とも、無邪気でカワイイ。

 と、その背後では幸子が――

「んまぁ、ステキっ! こぉんなすごいの、おとーさんなんか買ってくれたこともないのにぃ! どぉしましょー!?」

 狂喜乱舞で踊り狂っている。

 無論、近所のパン屋で買ったパンのお土産ごときで喜ぶような女ではない。

 ヤツの手には、軟式野球のボールより一回りほど小さい、しかしながら目も眩むような美しくどでかい真珠が。いったい幾らになるのかは知らないけどさ。

 シャーク達が逃げ去ったその後。

 おばあさんが英虞湾に帰るために俺に頼んだこととは――

「はぁっ!? クール宅急便!?」

「そうそう。あれが楽でいいのよ。黙っていても、英虞湾に送ってくれるからねぇ。涼しいもんだよ。ふぁふぁふぁふぁふぁ……」

 ほんわかと言ってのけたおばあさん。

 自分を宅急便で送ってくれなんて、アンタ……。

 仕方がないので俺はケータイで宅急便を呼び、おばあさんを梱包(この表現ははなはだ問題があるものの、事実だから仕方がない)してもらった。

 どうやら、生き物を運んでくれるサービスもあるらしく、業者のおじさんの手によって小さめな水槽の中に納まったおばあさんは

「いやいや、すっかり手間かけさせちゃったねぇ。おかげで助かりました。助かりました」 

「今度は迷わないでね? 暑いから、干物になっちゃうよ?」

 どうやらおばあさんは、宅急便の営業所を目指して移動中に迷子になったらしい。

 フタを閉めようとすると、おばあさんは

「ああ、そうそう。これ、送料とお礼ね」

 カラの間から、キラリと光る何かを差し出した。

 それを目にした俺は、ようやく思い出した。

 このおばあさん……アコヤ貝!

 英虞湾にいて真珠を生産してくれるという、人間にとってはとてもありがたーい貝である。

 しかし、その真珠、ボールみたいにバカでかい。

「で、でもこれ……受け取れないよ? 割に合わないから」

 そう言って遠慮すると

「ふぁふぁふぁ……遠慮しなくていいから。私ゃ、こんなものは幾らでも作れるんだよ。人間の皆さんはとってもありがたがるんだけど、ナニがいいのか、このババにゃわからんねぇ。ふぁふぁふぁ」

 かくして、アコヤ貝のおばあさん・アコばあちゃんは無事に故郷の英虞湾へと帰って、いや配送されていった。

 何気なく助けてやった貝のおばあさん。

 そしてボコり合うことなく退けたシャークの連中。

 たまたまだったといえばそれまでだが――数日ののち、この出来事が事態を大きく旋廻させることになろうとは、俺は全く想像もしていなかった。



 その夜。

『達郎さまっ! このドレス、いかがでしょうかっ?』

 白とスカイブルーが程よく調和した、ナーちゃんのドレス。

 ニシンシアさんとアジーノさんが仮で仕立てたものを持ってきたのだ。仕事が早い。

 うん、似合っているよ。カワイイ。

 でも、でもね……

『いいんだけど……全身スケスケはマズいな。せめて胸のところ、もう少し見えないようにしてもらった方がいいと思うケド?』

『そぉですかぁ? じゃあ、達郎さまがおっしゃるのなら』

 ドレスの裾をつまんで首を傾げている。

 デザインは悪くない。

 悪くないのだが――オールシースルーはありえないだろう、普通。胸すら隠れていないのだ。

 そんなエッチ度全開のドレスじゃ、親父を招待できなくなってしまう。 

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