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その51 ケリ、つけます

 アコばあちゃんと出会った日から数日後。

 夜、せっせと宿題を片付けていると、ふらりとマサがやってきた。

 ヤツは俺の部屋に入ってきてどっかと腰を下ろし

「あァ、ノド、かわいた。……なんか、ねェ?」

「はい、ただいまお持ちいたしますわ」

 俺が立とうとすると、葵さんが代わりに冷蔵庫からコーラを持ってきてくれた。

 一・五リットルのペットボトルからコップに注ぐことなく、マサはそれを一気に飲み干し

「うふっ……げぷ!」

 宇宙誕生のビックバン級にでっかいゲップを一発かましやがった。

 もう一度ふうっと大きく息をつき

「あァ……落ち着いた! うめェよなァ、コーラはよォ!」

「……」

 ヤツをじっと見ている俺。

 いつもなら黙っていてもうるさいのに、今日はなんか様子が違う。

 後ろめたい隠し事をしている、というのではなく「隠れて何かを達成しちまった」という感じ。そういう気分の高揚をして、マサをいつになく言葉少にしているものと見た。

 しかも、ヤツはこんな時間だというのに制服姿で、あちこち泥だらけだ。

 考えられる「達成」は一つしかない。

「おい、マサ」

「あァ? なんしたァ?」

 俺の顔からは表情が消えている。

「お前……今日はどことやってきたんだ?」

「おォ。なんも言ってねェのによくわかったな! わかったな!」

 愉快そうにケラケラと笑っている。

「聞いて驚くなよォ」

 体ごと俺の方へ向けると

「……近水、カンペキにシメた。これで全部、キンコー(近海工業高校のことだ)のシマ。ウケるだろ?」

 それからぐずぐずと、ヤツは俺に事情を説明してくれた。

 ――七月の夏休み前、ちょうど潮清祭の最終日、マサは近水のトップ・魚住とナンバーツーを続けてボコッた。

 それで大人しく引っ込めばよかったものを、魚住達はご丁寧に復仇を企てたらしい。

 かといって、キンコーの連中は近海でもダントツに強い。迂闊に殴り込めば返り討ちに遭うのは火を見るより明らかだった。

 そこで魚住達はマサの下についている近海星島という学校の連中を挑発して圧倒的な数で叩きのめしてから

「キンコーの鮫島に言っとけェ。臨海小公園でケリつけてやるってよォ!」

 顔中を腫らした近海星島の連中がマサのところに泣きついたのが昨日のこと。

「あァ? 近水の魚住がァ? ……あいつ、バカじゃねェの? 懲りねェ野郎だぜ」

 そう言って一人臨海小公園に乗り込もうとした彼を

「……待った。どうも、話がカンタンすぎる」

 と、止めた者がいる。

 キンコーナンバーツー、マサと親しい勝海勇次という男で、普段マサが「ガツ、ガツ」と呼んでいるヤツである。成り行きで二、三度会ったことがあるが、不良かつケンカっ早い人間にはとても見えないほどに冷静なヤツだった。ただ……でかい! そのでかさゆえに、まともにケンカを売ろうとするバカはこの近海にはいないようである。

 そのガツ、体力バカ揃いの近工にあってはレアな頭脳派なようで

「どうも、ヤツらの狙いは近工つぶしにあるような気がする。お前一人を臨海小公園に呼び出しておいて、お前がいなくなったスキを衝いてここへ寄せてくるだろう。――臨海小公園には……ヒデ! お前が行け!」

 ヒデっていうのはマサのダチで、阿波野秀行という。

 これも三度のメシよりケンカが好きな男だから

「おォ! やっちゃる! 後から来たって分けてやんねェからなァ!」

 そして、マサ本人が臨海小公園へ行った振りをしつつ彼は近工へと引き返し、ガツの作戦でヒデはわざと遅れて出向いて行った。

 果たしてガツの読み通り、近工には近水生が大挙して押し寄せ

「キンコーのクソども! 出て来いコラァ! ぶっ潰すぞォボケェ!」

 そこへ、専用の木刀を担いでのっそりと出て行ったマサ。

「……出て来てやったわ。カクゴ、出来てんだろォなァ?」

 近水生の連中は一斉に、白昼にバケモノを見たような顔になった。

 臨海小公園へ行っているはずのマサが、しかもたった一人で現れたからである。

 こいつの辞書の最初のページは「先制攻撃」とでっかく書いてあるらしい。

「ぜんぶ死ね、コラァ!」

 近海最狂の男に突っ込まれては、腰の抜けた近水生に成す術はない。

 しかも、四分五裂してメチャクチャになっているところへ「マサァ! 半分こじゃあァ!」ガツをはじめとする近工奇襲部隊が包囲し、近水生は一人残らずボコられた。

 三十分後、死屍累々(死んじゃいないけど)となった近工前庭。

 ふと気がつくと、肝心な魚住、そしてナンバーツーがいない。

 マサは倒れている一人を引き摺り起こし

「コラ! 魚住はどォした、魚住は!? あァ!?」

「う、魚住さんなら……近水で亀田(これがナンバーツー)さんと一緒にいます……」

 突き飛ばしざま、タメ蹴りを入れてふっ飛ばすと

「とことんシケた野郎だぜ。テメーは高みの見物か。……ぶっ殺すっきゃねェわ」

「マサ、手伝おうか?」

「いや……いィ」

 彼は再び木刀を肩に担ぎ、学校を出て行こうとして足を停めた。

「おめェら……どこのどいつが相手だろうと、きたねェマネだけはすんじゃねェぞ?」

 そしてマサはその足で近水へ行き、魚住達がいないとわかるやあちこちと歩き回って居所を突き止め――完膚なきまでに叩きのめした。

 これによって、近工と敵対する勢力は消滅した。

 でもよォ、とマサは笑った。

「……これでオレ、カンペキ退学。ま、別にどーでもいいんだけどよ。許せねェ奴らをボコって近工を救ったオレはゆーしゃ、ってか? ハハハ――」

 心の底から愉快そうに笑っているマサ、

 正直俺は――泣きそうになった。

 こいつ、どこまでバカなんだろう。

 愛すべきバカ。

 ちゃんと、知ってるよ。

 マサが好きでこんなコトしてるワケじゃなくって、でもそれ以外にこの野郎は――自己を表現する手段を知らない。

 親父さんが女つくってどっか行っちまって、今はおふくろさんと二人暮らし。そのおふくろさんも水商売が長くて、いつの頃からか男関係が絶えない。生活のためとはいえ、ろくすっぽ親らしいこともしてもらえないままに育ったマサは一人、自分の居場所を探し続けて日々ケンカに明け暮れた。何度警察のお世話になろうとも、飲んだくれて男のところにいるおふくろさんが来てくれたためしはない。いつも青い顔をして警察署へ飛んで来てぺこぺこと頭を下げてくれたのは――親父さんの遠い親戚たらいう、おばちゃんだった。

 そのおばちゃんも、今は健康を害して入院しているらしい。

 とすれば、誰がマサのことを迎えに行ってやるんだよ?

 暗い顔をしている俺に、ヤツはカラカラと笑いながら言った。

「わーってる、わーってるって! ンなくれェカオ、すんなって! 別に、ムショ入れられるワケじゃねェんだし。それよか」ナーちゃんや葵さん、ドルファちゃんを見て「おめェらがフツーに付き合ってくれんのがいィんじゃねェかよ! オレみたいなパラッパッパーが黙って家ん中に入ってきたってイヤなカオ一つしねェし。タツなんか、いきなりケータイ鳴らしてきて『力を貸してくれ』って……嬉しかったァ! 思う存分ケンカもできたしよォ!」

 よっこらしょ、とマサは立ち上がった。

「んじゃオレ、行くわ。そろそろガッコーでも騒いでると思うし」

 こいつ、自分から警察に行くつもりだ。

「マサ!」

 呼び止めた瞬間、目の前がぼやけた。

「タツおめェ、何泣いてんだよォ!? ガラにもねェ」

 からかうようにヤツは言ったが――俺はずっと忘れない。

 マサ、嬉しそうだった。

 咄嗟に何て言ったらいいのかわからなくなった俺は

「ドツボさん! ちょっと! ちょっと、たのんます……」

 ――十分後。

 玄関前にずらりと整列したポイズンの連中。

 例によって、青いハッピを着たドツボがずずいっと進み出てきて

「……マサさん、お帰り、お待ちしておりやす」

「おォ! 帰ってきたらよォ……」

 マサは声を低くして俺の耳元に顔を近づけ

「女の子! 女の子! 海のコでもいいから、紹介して!」

 バカ野郎!

 こんな時にいうセリフがそれか?

 まあ、約束はできねェけど……前向きに考えてやろうとは思う。

「じゃーな!」

 手を振りながら、暗闇の中へと消えていったマサ。

 一部始終を聞いていた葵さんにドルファちゃん、それに俺から事情を聞いたナーちゃん、言葉もない。

 葵さんはそっと人差し指で涙を拭って

「達郎様……。私たちはマサ様に数え切れないほど助けていただきました。なにか、なにかできることはないのでしょうか?」

「あるよ」

 俺は悲しそうなナーちゃんをぎゅっと抱き締め

「……みんなで、ヤツの帰りを待っていてやろう。あいつは、待っていてくれる人達がいれば、何よりも喜ぶハズだよ?」

 ――それからややしばらく、俺達はヤツが消えて行った闇を見つめていた。



 由美さんが去り、マサもどうなるかわからない。

 ふとした瞬間に夏の間の楽しかったコトが甦ってきて呆然としたりしたけれど――俺は立ち止まっているワケにはいかない。

 俺が動揺しちまえば――みんなに迷惑をかけてしまう。

 何よりも、ナーちゃんを不安にさせたくはなかったし。

 でも、嬉しいこともあった。

「――達郎ちゃんのウチはここかい? あたしだよ!」

 マサが去っていってからすぐの日曜日の早朝、表からでかい声がした。

 あたし? 誰だよ、一体?

 アタマが寝ぼけていて全く回転していない。

 ナーちゃんにいたっては腕だけで俺にぶら下がって眠り続けている。

 しばらくベッドの上でぼーっとしていると

「たつろーにーちゃーん! ボクだよーっ!」

 ――おおっ!

 この甲高い坊やの声は!

 途端に脳みそが一気に動き出した俺は、窓際に駆け寄ってぐわらりと開け放った。

 窓の下、玄関先にはのっそりと立っているでっかい人影が二つ。それに羽をぱたぱたとさせているちっこいヤツは――

「やっと起きたかい! ブルーフィッシュのみんなはもう起きて働いているよ!」

「わーい! たつろーにーちゃーん!」

「おおっ! トビタローか! それに――」

 ジーナさん、そしてジンベエさんまで!

「どーしたんですか!? 何かありましたか!?」

 ジーナさんは、げらははははと近所中を叩き起こすような大声で笑って

「どーしたもこーしたもないよ! 達郎ちゃんと姫様の結婚を祝う連中がブルーフィッシュに押し寄せてきてあたしらの居場所がないんだって! しばらく、厄介になるよ!」

 よくわからないけど、ものすごい嬉しさがこみ上げてきた。

 そっか。

 来てくれてありがとう、みんな。

 ……ありがとう。   

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