その29 学校祭ですけど(二日目・夕刻)
学校祭も、あっという間に二日目が終了。
夕方から天気もぐずつきだし、気がつけば雨がアスファルトを濡らし始めていた。
各クラスやクラブの出店も早々に閉められ、ヒマになった生徒達は体育館のイベントを観にいったり教室の展示なんかで時間を潰していたようだ。
クライマックスに全精力を傾けるという発想は誰もがするらしく、中日なんかは適当にお茶を濁して済まされることが多い。今日はまさしくその典型かも知れない。
だから、五時を過ぎた頃には校内にいる生徒達の数もまばらになっていた。
残っているのはせいぜい実行委員会の連中と、明日の出店やイベントの準備に忙しい奴らだけらしい。体育館の方からは、リハをやっているバンドの曲が聞こえてきている。
(それにしても、よく振る雨だ……)
暗い玄関。
下足箱の足元に敷かれたスノコの上に腰を下ろしている俺。
かれこれ、三十分は経っただろうか。
その間、ガラスの向こう側で落ちていく雨粒をぼんやりと眺めていた。
だいぶ待ちくたびれていたが、ここで帰る訳にはいかない。
どうしても確かめておかなくちゃいけないことがあったから。
そして、体育館から漏れてくる騒音がぱったりと止んだと思った頃――
「……おや? 海藤君じゃないか。何をしているんだ?」
よーやくお出ましか。
俺は無言でゆっくりと立ち上がって振り返った。
峰山、それにフィルーシャ。
彼女は俺に向かって、ちょっと微笑んで見せた。大して温かみのない、冷めたスマイル。ピザとポテトフライとスマイルは、冷たくなったら何の価値もない。
にべもない面つきでそれを受けた俺は
「探していたよ、峰山。……お前に、訊きたい事がある」
「はて、なんだろう? 思い当たる節はないけど、その顔じゃあ――楽しい話ではなさそうだね」
「その俺を、楽しくなくさせたのがお前とそのコなのか、どうか。コレが質問だ」
どうやらマサや由美さんと付き合ううちに、妙な殺気の発し方を覚えてしまったようだ。
峰山に抱かれているフィルが、ヤツの首に回している両腕に力をこめた。怯えているらしい。
よしよし、というように優しく彼女を抱き締めてから峰山は微笑して
「やだなぁ。そんなに怖い顔をするから、フィルがすっかり怖がっているじゃないか。彼女には何の罪もないんだぜ?」
「罪はない、か」
俺はきゅっと(これも由美さんのクセだ)両眼を細めて「……どうやら、バカがいる。海の世界と、この人間の世界に。そういうバカ同士が結託して、ロクでもねェコトを企んでやがるようだ。ぶっちゃけて、訊こう。――そのバカは貴様じゃないのか? 峰山。それにフィル」
つと視線を落とし、口元でふっと笑った峰山。
「なるほど。海藤君も、いろいろと情報は得ているみたいだね。このフィルの話も、それにリーネとかいうバカな人魚のコトも」
ほぉ。
バカはリーネだと言いたいのか。
峰山は表情を消して俺を見た。
「聞いていると思うが……海藤君が連れていたナタルシアという人魚のコ、彼女を近海マリンミュージアムに引き渡したのは誰でもない、リーネの差し金だよ。彼女は魚住興業の者と手を結ぶことを条件に、同族のナタルシアを売った、という訳さ」
ちょっと待った。
なんか、聞き知っている単語が混じっていなかったか?
「魚住……? そいつはもしかして――」
「そうだ。魚住興業はここと近隣の街でいくつか観光施設を経営している会社さ。それなりに上手くいっているみたいだが、何せやり方が荒い。だから、あちこちでトラブルなんか起こしたりすることも多くてね。峰山グループも、魚住とは何度か面倒なことになったよ」
さすがは会社のお偉いさんのボンボン。
一般の高校生が興味もなさそうなことをよく知っている。
近水をシメている魚住っていう野郎の実家は魚住興業。そいつらとリーネは結託している。そうすると――ドルファちゃんを襲った連中の背後についているのは、リーネということになる。これで点と点はつながった。
権爺、じゃなくてゴンズイ達ポイズンはリーネの犬だ。
「なるほど、な。バカはどこのどいつなのかはわかった。……だけど峰山、だからって俺達にとってお前がシロだとか味方だっていう証拠にはならねェよ。それだけじゃ」
「ふっ、なかなか鋭いね、海藤君も。さすがはあの弱小軟式野球部唯一の優秀なプレイヤーだね」
だから、それはもういいって。
今日でヤメたんだよ、俺は。
「なら、とっておきの情報を教えてあげよう。だからといって、僕たちが君たちから信頼を得られるかどうかは別の話だけれども」
そう言って峰山は上履きから下足にはき替え、俺に近寄ってくると小声で
「……近海マリンミュージアム不正疑惑の一件、リークしたのは峰山だ」
言い残し、フィルと共に雨の中へと消えていった。
ふーん。
そういうコトかい。
夜。
俺は自分の部屋でチェアにもたれて足を机にのせ、踏ん反り返っている。
横ではすっかり元気になったドルファちゃんが由美さんにあれこれと服をコーディネイトしてもらって楽しそう。とりあえず、復活できて良かったよ。
夕飯の時、俺は親父(海藤舟一、今年四十五歳)に訊いてみた。
「親父。魚住興業って、この辺じゃ評判はどうなんだ?」
舟一は大手印刷会社の社員で、この街の支店に勤務している。
俺の問いかけに、親父は箸を持つ手を停めて
「……よくはないな。値段とか納期をめぐって、何かとうるさい会社だからな。うちも近海マリンのパンフレットを受注していたんだが、さんざんにタタいてくるわ無茶な納期を要求してくるわ、ほとほと困ったよ。挙げ句の果てに潰れただろう? だからその分の支払いを踏み倒されるんじゃないかって、支店長も心配していたところなんだ」
「まあ。それじゃ、お魚で支払えばいいのにねぇ。お魚だけはたくさんあるんだから。……あ、イルカちゃんでもいいじゃないのよ。カワイイしねぇ」
うるさい。
韓ドラ幸子は黙ってろ。
だいたい、この天ぷらはなんだ! 見てくれもさることながら、奇抜な風味と歯ごたえがするじゃないか。もしかして、天ぷら粉じゃなくてホットケーキミックスとか入れてないだろうな?
俺は幸子の発言をスルーして
「じゃあさ、峰山グループは? あそこって、確か峰山グループとMCG(ミネヤマコーポレーショングループの略らしい)と二つに分かれているんだよね?」
うむ、と舟一はうなずき
「あれはな、兄弟でそれぞれやっているんだ。兄が峰山グループで、弟がMCGだった、と思う。先代の会長が亡くなった時に資産をめぐって大ゲンカをして、それで二つに割れたんだ。兄の方はいろいろ悪い事をして春に逮捕されたろう? 弟の方はそれなりにやっているみたいだな。――達郎の学校にも確か、その息子が通っていなかったか?」
「ああ、いる」
ついさっきも喋ってきたよ。
親父はまた箸を動かし始めたが、ふと
「そういえば、事故のあった峰山の工場跡地をめぐって、魚住と峰山で大分もめたらしいんだ。結局は魚住がさらっていったが、峰山としては跡地を継続して使いたかったらしいんだよな。知り合いのメディア記者がいつだったか教えてくれたんだよ」
はっはっは。
こりゃあ、面白い話を聞いたぞ。
峰山が魚住を快く思わない具体的な理由じゃないか。
近海マリンミュージアムの不正を垂れ込んだ動機が立派に成立する。
集めた話を整理すると――リーネとフィルーシャは海獣組もといハーレム・THE・セイウチの仕切りから対立し、いがみ合っている。一方、陸上ではあの工場跡地をめぐって峰山んとこと魚住がケンカになった。峰山はしてやられたかのように思われたが、近海MM(面倒くさいので省略だ)の不正を握り、警察に垂れ込んだ。新聞では「内部告発」って書かれていたけど、実際はそういう感じなんだろう。買収でもしたのかどうか、それはわからないけれども。
さて。
リーネの支配下にあったセイゾーやら、そのつながりにあった魚住興業が経営していた近海MMを潰した(正確には、その発端をつくったのだが)のは俺達だ。当然、彼女は面白く思っていないだろう。
そして今、タイミングをみて海の世界の調整に乗り出したバランサー達を潰しにかかっている。ドルファちゃんやジーナさんを襲ったことからみて、間違いない。バランサーを潰して海獣組か別の勢力を動かし、海の世界を牛耳るつもりだろう。
今回の一件、まずは峰山はおいておく。いずれどうなるかはわからないが。
とりあえず、リーネの意思を受けて動いている近水の魚住、そしてポイズンどもをボコってもう二度と手出しさせないようにしなければならない。それからのことはそれからにしよう。あるいは、峰山といったん手を握らなくちゃならないかも知れないし。
「……由美さん、ドルファちゃん!」
「あン? どーした?」
「なんですかぁ、達郎様」
Tシャツに短パンというラフなスタイルになったドルファちゃん。
すごくカワイイ。
ってそれはさておき、今から真面目な話をしなければならない。
「あのさ――」
俺は頭の中で整理した内容を話して聞かせてから
「やっぱり、由美さんの言う通りです。近水の連中とポイズングループ、こいつらはボコっておくべきです!」
彼女のテンションを高めるように仕向けたつもりだったが――由美さんは平然として缶ビールをぐいっとやっている。
一気に飲み干してから、缶を「ぐしゃ」っとやって
「へっへっへ、タツぅ。アタシ、もう手を打っちゃったんだよね」
「え? 何、やったんです?」
ぷしっ
新しい缶ビールが開けられた。もう何本目だろう。
由美さんはぐびーっと半分くらい咽喉に流し込んだあと
「……マサに言って、近水のナンバーツー、ボコらせた。返礼するなら明日の夕方にきやがれって伝言つきで、さ。……ああ、そうそう」
きゅっと目を細くした。
「――権三とかいうジジイも連れて来いって。全部まとめて」
あっちゃーっ……。
宣戦布告済みっスか。
いや、すでに先制攻撃食らわせちまってるよ。
こりゃもう、アフターカーニバルだ。……後の祭り、ね。
違うな。
これじゃ「祭りのあと」か。
――夕方から降り出した雨はいつの間にかやみ、夜空には美しい満月が昇っていた。