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その27 学校祭ですけど(二日目・午前)

 学校祭二日目。

 今日も校内は盛大に大騒ぎだ。

「――水泳部のカキ氷はいかがですかーっ!」

「チョコバナナといえば三年E組! さあみんな、食ってみろォ! これを食わずに潮清祭を終われるかーっ!」

「一年F組でバザーやってまーす。みなさんきてくださーい」

「サッカー部の男メイド喫茶! 男メイドだ! どうだ! ネコ耳メイドもいるぜ!」

 各クラス、クラブの出店やイベントの熾烈な呼び込み合戦が展開されているかと思えば

『ぴんぽーん! 潮清祭実行委員会からのお知らせでーす! 十時二十分から体育館にて演劇部による劇「ロミ男がジュリエッた」開演でーす。みなさん、お誘い合わせの上体育館へゴーッ! よろしくっ!』

 ……どんな劇だよ。

 生徒やら近所の方々でごった返している校内をぶらついている俺。

 うちのクラスでも企画はやっているのだが、なにせ「コーラをタダで飲もう! 早ゲップ大会」という女子全員から総スカンを食った潮清祭史上最低なバカ企画である。優勝者にはコーラ一・五リットル一ケースがあたるとのことだが――まったくもって、俺が手伝う必要も手伝う意欲もゼロである。知らないうちにタイムキーパーの役割を振られていたらしいが、とんずらしてきた。

 ってか、別に俺はヒマなワケじゃない。

 きのう、ドルファちゃんを襲った連中がどうやら近海水産の奴らだという話を(起きたあとに俺から聞いた)由美さんが

「じゃ、ちょっくら探り入れてきてやるよ。あとでそっち行くから、なんか美味そうなモンでも見つけといて」

 と言い残し、朝から近水へ出向いて行ったのだ。

 たかが学校祭の出店ごときに美味いモンなんかある訳がない。

 それに、ほんっとーに探りを入れるだけのつもりだろうか?

 校門から一歩踏みこむなり「出て来いコラァ!」とかって武装天女が降臨して近水生を片っ端からばったばったと――彼女の通った後には死山血河死屍累々、か。やりかねない……。

 ドルファちゃんを襲った奴らはさすがに許せないが、かといって見つけてボコればいいって話じゃあないと俺は思っている。リーネかフィルーシャかわからないが、ろくでもないコトを企んでいる黒幕を特定して、そいつをやめさせなければならない。さもなくば、ナーちゃん達ブルーフィッシュをはじめドルファちゃん達バランサー、その他海の世界の住人達が安心して暮らしていけないからだ。

 そういや昨日から峰山&フィルーシャの姿を見ていないな。

 何か悪事の相談でもしているのか? あるいは朝から陰でいちゃついているのか……そっちは別に構わないけどさ。やりたいだけやりなよ。

 なーんて思ってみたりするケド。

 むー。

 やっぱり俺だって、ナーちゃんと一緒に学校祭を楽しみたい気持ちはすげェある。あのコがいたらきっと、見るもの何でも面白そうに

『達郎さまっ! あれは何でしょうか?』

『行ってみませんか? 達郎さまっ』

 とか、なるんだろうなぁ……。男はそうやって女の子に甘えられるのに憧れるんだ!

 だけどまあ、仕方がない。

 ナーちゃんはブルーフィッシュの民のために頑張っているんだもの。来いとは言えない。

 ……お?

 あれは春香ちゃん。

 彼氏と一緒に歩いていく。

 今年も実行委員を引き受けたんだな。

 そうか。

 あの男子も実行委員か。それで仲良くなったのか。

「――おいっ、海藤っ!」

 突然、俺は横から腕をつかまれた。

「あ? 清水先輩? ナニやってんすか? こんなトコで」

「ナニじゃない! お前、少しはクラブのために働いたらどうなんだ! 昨日からずっとサボりやがって!」

 貢献してるでしょーが。

 試合のたびに点数とってやっているのは誰だと思っているんですか? 一番働いてないのは連続三振&エラー記録更新中のアンタでしょーが!

 お好み焼きの二枚や三枚、自分で焼きなさいよ、焼きなさいよ!

「いや、俺、今呼ばれていて――」

「ちょっとでいいから働いていけ! タダでさえ誰も来ないっていうのに……」

 要は部員ども、揃いも揃ってサボりやがったんですね?

「じゃ、一時間経ったら来るから、それまで店番していろ!」

 結局、清水先輩は俺に焼き&販売という重労働を押し付けてとんずらしやがった。

 ちくしょー。

 俺一人でどうしろって……あ!

 一人じゃなかった。

 出店の裏側でふくれっ面をしてパイプ椅子に座っているバニーガールが約一名。

「……」

 じろりと俺を見たが、何も言わなかった。

 おい、めぐみ。お前の魅力で校内売り上げナンバーワンにするんじゃなかったのか?

 呼び込みもしないでサボるとはいい度胸――いや、ちょっと違う。

 何気なく焼き台の下を見た俺は、めぐみが立ち働いていない理由を知った。

 失敗したお好み焼き、もとい黒い円盤のヤマ。無造作に捨てられているが、いったい何枚ミスればこれだけになるんだろう? 

 清水先輩、お好み焼きのセンスなし! ついでに野球のセンスもナシ! 付き合う彼女もナシ!

 客なんかいるハズがないよな。商品がないんだから。

「仕方がないなぁ……」

 俺は制服の上着を脱いで腕まくりをし、エプロンをしてお好み焼きを焼き始めた。

 ぶっちゃけ、食通を唸らせるような絶品は死んでもムリだが、そこら中の味覚オンチどもを黙らせるものくらいは作れる自信がある。

 早速焼きあがったヤツを、両隣の店の連中に無料進呈してやると

「あ! コレ、うまいっスね! フツーに食えますよ!」

「おいしー! お昼にまた食べたいから、取り置きしといてもらえる?」

 そーでしょうそーでしょう!

 マヨネーズと激辛に毒されたお前らの舌をダマすくらいは朝メシ前なんですよ。

「……」

 その様子をぼへっと眺めていためぐみがすっくと立ち上がった。

 焼き台の傍へくるなり、残っていたヤツを一口ぱくり。

「……あ、イケる」

 大して胸のないバニーガールは呟いた。

 それを聞いた俺は一言。

「売れ」



 ――かくして二時間後。

「なななななな、なにィ!? なんだコリャ!?」

 店の前で仰天してフリーズしている清水先輩。

 なんたって、とんずらする前には人っ子一人いなかったのに、今や長蛇の列!

「はい、ありがとー! ……お次は? 二枚ね! たっつー、二枚だよ!」

「あいよ」

 もはやセクシーなバニー(そんなものは最初からどこにもいないが)の呼び込みなどはこれっぽっちも必要なかった。

 めぐみはウサギの耳を捨て、バニーの衣装だけを着たまま俺の隣で大汗かいて接客している。

 気をつけなさいね。激しく動いたらずり落ちるぞ? タダでさえその衣装、お前の胸のサイズには不適合なんだから。……ってか、すでに胸元背中、目一杯露出状態だけど。

 そのことにすら気がつかないほど、めぐみは接客に忙しいのだ。幸いにして胸はないが愛想はあるから、何とかなっている。それ以上に、焼いている俺、試合の時の十倍以上忙しい。どういうことだろう。

 ほとんど奇跡だが、このヘッポコ軟式野球部のお好み焼きは売れていた。

 こういうものは上級生による強引な客引きか、さもなくば口コミでなければ売れない。

 最初に両隣に食わせたのがそもそもの正解で、人数の多い合唱部と権勢のある三年生だから口コミを流すには事欠かない。交代にやってきた連中に「おい、軟式のお好み、フツーに美味いって!」とか言っているのが聞こえた。そうしてどんどん情報が流れたのだろう、気がついたらこの有様だ。

 もしかしたら、本当に売り上げナンバーワンに輝くかも……と言いたいところだが、何せ清水先輩作「黒い円盤と賽の河原」がまずかった。材料は底を尽きかけている。

「先輩! 最後尾の人で締め切って! もう材料ないから!」

 こうなりゃ先輩もへちまもない。

 俺が次々とひっくり返しながら命令を下すと

「お、おう!」

 清水先輩は手にしていたフラッペを放り出し、客の整理に乗り出した。

 ――こうして、学内に「謎の名物あり!」という噂を広めたまま、軟式野球部のお好み焼き屋はどこよりも早く店じまいした。

 まだ昼になったばかり。

 新記録だな。長く潮清史に語り継がれることだろう。

「あーっ! 売った売った……」

 汗だくで、しかし充実した表情でうーんと背伸びしためぐみ。

 あと数センチずれていたら、お前は大切なところを公開するハメになっていたぞ。もはやバニーではなく、半裸の売り子っていう姿ですな。

 清水先輩は何を感動したのか、普段全くおごったりしないクセに、俺とめぐみのために飲み物やら何やら買いに行っている。

 俺達は閉めた店の奥で汗を拭っていた。

「たっつー、やるねぇ! 意外な才能だよォ」

 上気した顔で、めぐみが言った。

 数日前には完全シカトこいていたのに。勤労の喜びは人間を変えるものだな。

「別に。母親が料理下手くそだから、自分で作らなきゃならないことが多かっただけさ。……特に、お好み焼きはな」

 幸子の作るそれは黒い円盤ではない。が、見た目にフツーで食って悶絶だからよほど性質が悪いのだ。

「ふーん。そーなんだ……」

 タオルでごしごしと顔やら首を拭いているめぐみ。

 俺は俺で強いて会話をする必要がないから隣の店の悪戦苦闘ぶりをぼーっと眺めている。

 ミニテントの中に流れる、なんだかよくわからない空気。

 清水先輩はどこまで行きやがったのか、なかなか戻ってこない。

「……あのさァ」

 しばらく沈黙が続いたと思われた頃、不意にめぐみが口を開いた。

「あ?」

「あのコ……どーしてるの?」

 あのコ? どのコだろう?

 ……ああ。もしかして、ナーちゃんのことか?

「あの日、俺が姫ハグしてダッシュしてた、あのコか?」

「そう」

「あのコなら、今は……」俺はちょっと考えてから「傍にいないけど、遠くにはいない。その距離のまま、お互いにやらなきゃいけないことをしようって、あがいているところだな」

 思ったままを言った。

 間違っていない。

 会いたいけどそれぞれが抱えている責任のために会えなくて、でも会おうと思えば会える距離。これはとても幸せなことだ。その先にはいつも「会える」っていう物理的に裏打ちされた希望だけがあるから。抱き締めあっていても十分後に最終列車で離れ離れになる遠距離恋愛のカップルなんかより、ずっとずっと幸せな状態じゃないかと思う。

「そっか……」

 めぐみはうつむいて、両手でタオルをぐじぐじとやっている。

 こうやってみると、アホはアホだけどやっぱり素直な女の子だよなぁ。

 なんか言いたい気持ちがあるのに、上手に言えなくて困っているところが、な。これを変に強がったり見栄張ったりすると、もうダメになる。言いたいことも言えず、だけど強がることも出来ない。だから素直っていうんだ。

 そもそも、妙だなとは思っていた。

 あの時、なんでこっそり俺だけを誘ったりしたのか。

 俺がナーちゃんと一緒にいるのを見て、つむじ曲げたりして。

 学校祭だからって、きわどい格好で変にはしゃいでみたり。

 その答えは今、目の前の彼女の姿にある。

 何を言っていいのかわからなくなって、ただ黙って手に触れているものをいじっているしかない。泣きそうとかじゃないけど、困っているってカンジ。

 すごく、かわいそう。

 もし許されるなら、彼女の気持ちに応えるような声をかけてやりたい。幾つかパターンはあるけど、そのどれでもきっと彼女は喜ぶだろう。

 でも――どうにもならない。

 かといって、気休めなんか言いたくないし、都合のいい台詞もゴメンだ。

「……めぐみ、さぁ」

「へ?」

 声をかけると、ふやけた顔で俺を見た。

 俺はゆっくりとエプロンを外しながら「……俺、そろそろヤメようと思っている」

 口には出さねど「あえ?」っていう感じのめぐみ。

「感謝しているんだ、このヘッポコ野球部には。何がって、自分の鍛え方を見つけさせてもらったコトが一番でかい。どうしていいのかわからなくてヨタついていた俺にディレクションをつけてくれたのは、本当に感謝している」

 そう。

 ナーちゃんや葵さんと不本意な別れをしなくちゃならなかった去年の夏。

 かといって春香ちゃんにも嫌な思いをさせてしまった自分がマジで嫌だった。激弱い自分に、死にたいほど腹が立った。

 でもどうしていいのかわからなくって、ただふらついているしかなかった俺は、偶然この野球部に出会った。先輩方も監督もヘッポコそのもので話にも何もならなかったけど――しかし俺は、自分で自分を鍛えるっていう新しい道、そしてその方法を見つけることができた。

 で、今の俺がいる。

 今の俺になれたおかげでマサとか由美さんに出会えたし、何よりもナーちゃんや葵さんの力になることができた。

 だけど、新しい状況を創り出したからには、また新しいやり方に変えていかなくちゃならない。いや、変えようって決めたんだ。

 マサや由美さん、ドルファちゃんに葵さん、そしてナーちゃんっていう大切な人たちのために、時間とか労力をかけたい。いつまでもヘッポコ野球部の中で自主トレにのめりこんでいていいワケじゃない。

 そういうことをめぐみに、けっこう長い言い方で伝えたあと

「大切な仲間がいるんだ。連中のために少しでもなんかしてやりたいから、俺はためらうことなくそっちを向きたい。だから、ここらで仕切りをつけようと思うんだ」

「……」

 俺のコトバを聞いて、ちょっと泣きそうになっためぐみ。

 その意味が伝わったのだろう。

 でも、卑怯だったのかな。

 堂々と真っ向から言うべきだったんだろうか。あんまりにも遠まわしし過ぎたかも知れない。でも、ストレートで勝負できなかった。ストライクゾーンはあまりにも小さすぎたから。

 後悔はいつだって、終わった後にじわじわとやってくる。

 それから少しばかり、めぐみはうつむいていたが、やがて

「……そっか」

 顔を上げて、小さく笑って見せた。

 今までに見せたことのない、とっても可愛い笑顔。

「……じゃ、あたしもそうするね? この野球部にいる理由、なくなるから」

 ただ一言だけそう言った彼女は、すごくイイ女だと思う。

 すまねェな。

 お前の気持ちに応えてやれない俺で。

 だけど、口が裂けてもそんな気休めは言えない。

 言ったが最後――ダサすぎる。KY。空気が読めないじゃなくて、気持ちが読めないKY。

 昼時を迎え、イベントも何もかも休憩だから前庭は生徒の数がやったら増えて騒がしい。学校祭も半分を過ぎた。そろそろみんなが調子付いてくるタイミングだし、明日のファイナルに向かってテンションが上がっていくのだろう。

 でもこいつ、このあとどうするんだろう。

 ここまで素直なヤツが、フツーに「よいしょ」って立ち上がって歩き出せるだろうか。

 心配なんかしてやれる立場じゃないけど――無性に気になって仕方がなかった。

 


 出店の後片付けを終えると、俺はその足で職員室へ行き、ヒツジの机の上に退部届を置いておいた。

 ありがとう、ヘッポコ軟式野球部。

 弱すぎてだらしなくてまるで話にならない部だけど、俺自身が変わるためのチャンスをくれたことにすごく感謝している。この野球部に出会わなかったら俺、いつまでもぐじぐじして情けないヤツのままだったと思う。

 俺を抜いた九人の力で、いつかは一勝くらいしてくれよ。

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