第1話 新しい能力、それは感情の種だ
彼の名前はPR-2635。しかし、そんなふうには誰も呼ばない。みんなからはパウロと呼ばれていた。
パウロは戦争用に作られた人造人間であり、魔法の達人だった。
パウロや魔法使いたちのおかげで何度も戦争に勝利し、その国はとうとう世界を統一した。
統一したと言っても、初めはよく反乱が起こっていた。
そのたびにパウロや魔法使いたちが戦地に赴き、鎮圧してきた。
パウロには感情がなかった。
パウロの役目は戦うことだった。だから感情などは必要ないと判断され、設定されていなかった。
感情がないから、人を殺すことにも躊躇がなかった。そこがパウロの強みの一つだった。
時代が経つにつれ、反乱も落ち着いてきた。
やがて平和な世界になった。戦う必要のない、統治された世界。
そうなると、パウロはお役御免となった。
だからパウロは毎日何もすることがないから、ただ存在していた。
パウロは魔法のエネルギーで稼働していた。そこに空気があれば体内でエネルギーを生成できるため食事をする必要がなかった。エネルギーがあれば稼働できるため、睡眠を取ることもなかった。
だから、ただ自分の部屋で直立不動で何日も何日も生活していた。
そんな生活を続けていたある日、ご主人様に呼ばれた。
ご主人様とはパウロを作ったエルフのことだ。
彼女は科学者であり、魔法使いである。パウロには劣るが、魔法の達人だった。
「新しい能力をダウンロードしてやろう」ご主人様にそう言われた。
「新しい能力とはなんでしょうか。もう戦争もする必要がありませんから、新しい能力など必要ないかと推測されます」
「その能力は戦争のためのものじゃない。新しい能力、それは感情の種だ」
話を聞いてみると、それは言葉の通り、人間やエルフが無意識のうちに感じている感情の種となるものだった。
ダウンロードした段階ではまだ種の段階で、さまざまな体験という養分を与えることで成長し、人間やエルフと同じように物事を感じることができるようになる、そんなものだった。
「どうして感情が必要なのでしょうか。私は必要ではないと推測されます」
「なぜだ」
「人は感情のせいで判断を間違えることがあるからです。合理的な判断ができなくなるからです」
パウロはあることを思い出した。
それは戦時中、ロンドという魔法使いと共闘していた時の話だった。
ロンドも優秀な魔法使いで、パウロと同じようにどんどん敵を倒していった。
敵を倒していく中で、魔法が敵によけられてしまい、一度で絶命させられなかったことがあった。急所は外したものの、決定的な一撃ではあったので、敵は倒れこんでしまった。
「母ちゃん、ごめんな。俺、死んじゃうよ」
敵はそう言った。
パウロがとどめを刺そうとすると、ロンドに止められた。
「生きて帰りたかった......」
敵はそうつぶやきました。
ロンドは敵を黙って見つめていた。
パウロはどうしてとどめを刺さないのか不思議だった。
「もういい。次に行くぞ」
そう言ってロンドは踵を返して、新たな敵のもとに行こうとしました。
「ロンド様、どうして敵を殺さないのですか」
「人間にはな、色々あるんだ。ロボットには分からないかもしれないが、色々あるんだよ」
「色々とは何でしょうか。それが殺さない理由になるのでしょうか」
「なるんだ」
パウロは、ロンドが小さい頃に母親を亡くしているという話を聞いたことがあった。だから躊躇したのだろうと冷静に分析した。しかし、それでも殺さなくていい理由にはならない。だって、
「パウロ様、この敵は嘘をついています。これは演技です」
その瞬間、敵はロンドに向かって、攻撃魔法を放った。
ロンドの背中に当たる直前のところで、パウロが守った。
パウロは嘘を見抜く魔法で最初から嘘をついていると分かっていた。だから防御魔法を準備していたのだった。
すると敵は、
「くそっ! もう少しのところで強力な魔法使いを一体倒せたのに!」
そう言って怒り、悔やんでいた。
ロンドは自分の優しさのせいで、命を落としそうになった。
そんな経験からパウロは感情とは不必要なものだと考えていた。
「お前の言う通り、感情は確かに無駄かもしれないな。でも、もうあの頃とは時代が変わった。今は平和になった。油断しても殺さない時代になった」
パウロは確かにその通りだと思った。しかし、
「それでも感情が必要だとは思えません。感情があれば国に貢献できるのですか。感情があれば富が増えるのですか。感情があれば世界はより平和になるのですか。感情があれば......」
「あー、もう! うるさい! いいから私の言うことを聞け。感情があることのメリットは感情があるものにしか分からない!」
「そうなのですか。それなら私はそのメリットを理解し得ないですね」パウロがそう言うとご主人様は満足げな顔になった。
「ああ、そうだ。感情があるとどんなに幸せか。嬉しいとか楽しいとか、そういった感情は感情がないと感じ得ないものだ。それとも私の命令に背くのか。お前のご主人様は私だと思っていたが」
「これは命令なのですか?」
「ああ、命令だ」
「それでしたら、従います」
パウロは製作者であるご主人様の命令にはなんでも従うように設計されている。だから従うのは当然のことなのだ。
そこから徐々に感情を手に入れていった。
「嬉しい」、「楽しい」、「面白い」など、色んな感情を覚えていった。
どうしてロンドが敵を生かそうとしたのかも、理解できた。
感情の種は育っていったが、まだ負の感情は感じたことがなかった。
負の感情とは、「悲しい」や「辛い」というような感情である。
もともとパウロはロボットだったため、人の命令は何でも聞き、味方には危害を加えないように設計されていた。だから、人に対して「怒り」を感じたり、「怒り」をぶつけることはあり得なかった。そうやって全てを受け入れていたため、負の感情は生まれにくかった。
時が経つにつれて、国はどんどん成長していった。
国が武力で全てを支配していた時代から、民主主義的な世界に変わっていった。
国にとっては民主主義にしないと反乱がまた起こってしまうため、国民の意見に耳を傾けることは仕方のないことだった。
国民たちは武力を用いることを嫌った。そのため戦争も嫌った。
すると国民たちはかつて行った戦争を反省するようになった。戦争でたくさんの人を殺したことを後悔するようになった。
しかし、どんなに反省しても過去は変えられない。
反省に耐えられなくなった人々は、攻撃をする対象を探した。
責任を追及する対象を探したのだった。
戦争に関わった人々に罰を与えよう。そんな声があがった。
国民たちの声はやがて大きくなり、とうとう法律が変わった。
戦争で戦った人々は罰せられることになり、戦争での功労者は皆、重い罪を背負うことになった。
国民の感情はそれだけでは収まらず、暴走し続けた。
結果、パウロと共に第一線で戦ってきた魔法使いたちは皆、死刑に処されることとなった。




