【1-25】 亀裂の中から――
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時は少し遡り、ロミエが出ていったすぐあと。
入れ替わりの形で第一王子リフィル・シャルル・ロンドと、その護衛のアイリシカ・レファリエントが入室した。
「殿下、これをお持ちになっていてください」
そう言ってアイリシカが渡したのは、緑色の宝石が嵌めこまれたペンダントだった。
「……これは、防御結界?」
リフィルがよく目を凝らして見てみると、魔力の渦が《《見えた》》のだ。
「その通りです! 流石は殿下!」
パチパチと感激したようにアイリシカが囃し立てる。
どうやら万が一を想定して防御結界を発動させられる魔道具を身につけるよう指示されているらしい。
(万が一……なんてないと思うけれど)
リフィルはこれから魔術実演を行うアールグレイ・シュメリートとは面識があった。
それに既に中級魔術師資格も取得しているらしく、もう少しで上級魔術師にも手が届くのではないかと言われるほど、成績優秀な人物だ。
そもそも、訓練場には魔術戦結界が設置されているため、例え直撃したとしてもダメージの分魔力が減り、痛みを感じるだけ。肉体は傷つかない。
訓練場の中央へ向かい、アイリシカがアールグレイに話しかける。
「シュメリート殿、本番前に失礼。リフィル殿下が参られました」
「……⁉ しょ、承知した。気づけず申し訳ありません……本日、魔術の実演を行いますアールグレイ・シュメリートにございます」
緊張していたのだろうか、彼はリフィル達を見て一瞬目を見開いたが、すぐに姿勢を伸ばして最敬礼のお辞儀をした。
そんなに畏まらくっても良いのに……なんて思いながら、リフィルも少し腰を曲げる。
「はい。グレイ殿は魔術がとてもお上手だと聞いています。新入生たちのお手本となるような、素晴らしい魔術を見せてくれると嬉しいです!」
(……あれ?)
柔らかい笑みを浮かべながら、リフィルは《《その視界に移った魔力の流れ》》に首を傾げた。
どうやらその発生源は、アールグレイのポケットの中にある。
(魔力を、震わせている……?)
魔道具だろうか? しかし、魔力を震わせるだけで何か意味があるのだろうか。
その疑問を口にする前に、アールグレイが震える口を開いた。
「……はッ、その期待に応えれるよう、練習の成果をザッ――ザ――⁉」
突然、アールグレイの口からノイズの様な音が出る。
「だ、大丈夫ですか⁉」
「殿下っ、離れてください!」
どうやらアールグレイの欠陥が、ここにきて発症してしまったらしい。
事情を知らないアイリシカや周囲の生徒がギョッとした様子で距離を取った。
「ザッ、ザ――ッ――⁉」
アールグレイは己に向けて叱咤するように口を開く。だけれど、ノイズしか出てこない。
「グレイ殿! 落ち着いて、落ち着いてくださいって!」
「殿下っ、とりあえず離れて……!」
「大丈夫だよアイリシカ。……グレイ殿は欠陥持ちなんだ。けどっ、少ししたら収まるはず!」
リフィルはそう言って、錯乱状態になりかけているアールグレイに寄り添って、落ち着かせるように必死に語り掛ける。
しかし護衛のアイリシカにとってはリフィルの命が第一なのだ。
「ですが殿下! もし欠陥が暴走でもしたら……」
「アイリシカ、僕は目の前で民が苦しんでいるのに、逃げるような王様にはなりたくないっ……!」
欠陥の暴走は、時に周囲の空間を歪ませて次元の亀裂を生み出す。
だけれど、皆に頼られるような、守れるようなカッコいい王様はこういう時にどうするだろう?
……きっと、その時の自分が出来る最大限の事をするはずだ!
(僕はそんなに頭も良くないし、運動もできない。魔術だって、それほど得意なわけじゃないし……王族なのに、光属性魔術を扱えない)
だけれど、今の僕にできることはゼロなんかじゃない。
リフィルは胸いっぱいに空気を吸い込んで、普段しないような声を張った。
「誰かッ! 誰か医務室の先生と、教員を連れてきてくださいッ! この方は欠陥持ちだから、休養と安静が必要なんです!」
そう王族であるリフィルが指示をすれば、すぐさま出口近くにいた生徒が教員たちを呼びに行く姿が見える。
(あとは、錯乱しているグレイ殿を落ち着かせないと)
アールグレイは頭を抱え、何度も何度も何かを呟いている。
おそらく、真面目な彼はこのような場での自分の失態を責め立てているのだろうか。
欠陥は人間にはどうしようも出来ない、神の失敗の産物だというのに……。
「グレイ殿、グレイ殿ッ! 深呼吸、深呼吸してくださいっ! 落ち着いてくださいって!」
「こんなことザ────! できザ────、ザザ──完璧で、完璧でなけれザ────!!」
「ええぃ! 殿下が落ち着けと言っているのです。さっさと落ち着きませんか!!」
必死にリフィルやアイリシカが話しかけても、アールグレイが落ち着きを取り戻す様子はない。
それどころか、さらに状態は悪化しているように思えた。
アールグレイはその場にしゃがみ込み、頭を掻きむしりながら自身の首を掴んだ。
己の口から出てくるノイズを恨み呪うように。
「――しは、会ちょザ――、ザザッ! こんな、こんなザ――じゃ、私は、私は――……!」
「グレイ殿っ、アールグレイ殿!!」
「もう無理です殿下! 離れましょう! そうしないと欠陥の暴走が始まって……」
「嫌だっ、この人を見捨てたくないっ! グレイ殿、グレイ殿……どうか落ち着きましょう? 辛いですよね、欠陥なんてどうしようもないものを抱えて……でも、それでもグレイ殿は諦めず、前に進んできたことを僕は……ロンド王国王子リフィル・シャルル・ロンドは知ってる!」
アールグレイの家、ノレッジ侯爵家の収める領地は国の要地にあり、王族であるリフィルとも小さな時から交流があった。
アールグレイがどう思っているかは分からないけれど、リフィルは彼に兄のような親しみの感情を抱いている。
……立たされた環境ゆえ、完璧であり続けようとするその姿に、心意気に尊敬の念すら抱いているのだ。
そんな彼は、背負ってしまった欠陥を暴走させかけている。
もし暴走させてしまったら、たとえ生き残ったとしても永遠に彼は後悔して自分自身を蔑んでしまうだろう。
(そんなこと、させなたくないっ!)
「グレイ殿、グレイ殿。大丈夫、僕は全然気にしないからっ」
「……でん、か……?」
「うん、そうだ、僕はここに居る! ……グレイ殿なら欠陥を抑え込めるはずだって、信じているからっ!」
「…………で、んか……ッ」
アールグレイは目を見開き、その瞳にはまるで救われたかのように水面が張った。
必死の呼びかけが届いたのかノイズも下火になったようで、アールグレイも多少の落ち着きを取り戻したらしい。
「……流石は殿下です。言葉で彼を引き戻すとは」
「……ううん。アイリシカも僕の行動を止めないでくれて、ありが……と……」
「……殿下、どうかされました?」
リフィルは言葉を止めた。その視界に、魔力の動きを――いや、振動を察知したからだ。
その発生源はアールグレイのポケットの中に行き着いている。
(やっぱり何かの魔道具……? それにしても、いったい何なのだろう?)
「……あ」
そう思案していると、アールグレイが件のポケットから何かを取り出した。
「それは……?」
「……会、長から……授かった、御守り……です」
御守り……とは何だろう。
なにやら布製の巾着のようだが、魔力の振動はその中身から解き放たれている。
「グレイ殿、それはもしかして魔道具――」
「危ない‼」
そう言い終えるよりも前に、その御守りが《《爆発》》した。
咄嗟にアイリシカが手を引いてくれたおかげでリフィル達に怪我はないが、直接ソレを握っていたアールグレイの手は赤い鮮血に染まっていた。
「ッ~~⁉」
痛みに耐えるアールグレイ。それに駆け付けようとするリフィルをアイリシカの手が強引に引き止めた――
――結果、グワッと割けた次元の亀裂にリフィルが巻き込まれることは無かった。
……だが……だが、その亀裂の中心にいたアールグレイはというと……。
「グレイ殿ぉ――っ‼‼」
「いけません! ……アールグレイ殿は、もう……っ。殿下も早く離れてください!」
「そ、そん、な……き、亀裂が……どうして……」
どうしてこんな時に、こんなピンポイントで亀裂が生まれたんだ?
だが、そんな事を考えている場合ではない。次元の亀裂は周囲の物を吸い込み次元の狭間に持っていってしまうのだ。
「全員、この場から退避し――」
「――困るなァそれわァ。逃げられると追わないとォいけないじゃないかァ」
アイリシカの必死の絶叫。だが、それを遮る声が頭上から響く。
「この……声……」
聞き覚えのある声だ。いや、ついさっきまで話していたではないか。
恐る恐る頭上を見上げる。
「……ひっ」
恐怖で足が竦んだ。
「あ、悪魔が……アールグレイ殿を、取り込んだ……?」
口をパクパクさせるリフィルの代わりに、アイリシカがそう呟く。
亀裂に飲み込まれたはずのアールグレイは、悪魔に取り憑かれたらしく異形の存在になっていたのだ。




