【1-27】 その扉は開かれる
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「魔術師殿っ、避けて‼」
「……?」
目の前で行われる戦闘を目撃し、見惚れてしまっていたショルトメルニーャ。
悲鳴のような声と同時に、凄腕の魔術師が倒れたことによって現実に引き戻された。
「うそっ……⁉」
「や、ヤバい! ツヴァイリム様がやられたのだ……っ、早く、早くここから逃げるぞ‼」
キルトエが叫んだ。
彼女が言うにあの魔術師は、ロンド王国の魔術師の頂点〈大賢伯〉が一人〈全能の魔女〉ライラック・アシス・ツヴァイリムその人らしい。
そのような人物が倒れてしまったのだ。
相当な深手なのか、立ち上がる様子はない。
「えっ、えっ? でもあの悪魔は氷の中だよ?」
「よく考えるのだ! あのツララは悪魔の攻撃じゃない、外部から放たれたのだぞ⁉ つまり協力者がいる、これは計画的な暗殺なのだ‼」
「暗殺⁉ ……あの王子様の?」
第一王子は胸を貫かれたあと、氷の中に閉ざされている。
キルトエは「そうだ!」と叫ぶように言って、出口へと向かって行く。
しかし、駆けつけた〈大賢伯〉が倒れてしまったことで、ある程度落ち着きを取り戻しつつあった生徒たちは再びパニック状態に陥ってしまった。
(ロミィは、ロミィはここに戻ってきてないでしょうね⁉)
変に真面目なところがあるロミエのことだ。人混みを乗り越えてまで戻ってこないとは言い切れない。
だが彼女は小柄なのだ。探そうと思っても、この人混みの中から見つけるのは難しい。
それでもショルトメルニーャは小柄な女子生徒を探そうとして――見知らぬ白髪の少女を見つけた。
「あの子は……」
だれ? と言おうとした次の瞬間──世界が冷気に包まれた。
〈大賢伯〉のライラックが来た時の冷気とも違う、肌を刺すような攻撃的な冷気。
「――凍っちゃえ」
白髪の少女の声が響く。同時に、膝から下が冷たい氷の氷像と化してしまった。
「なに⁉」
「さぶ~い……」
「やっぱり仲間がいたのかッ……! マズイ、マズいのだ。このままじゃ……みん……な……」
「ちょっとキリィ⁉」
突然キルトエが意識を失い、ぐったりと項垂れる。
「なんか……ねむ、い……」
「シア⁉ ダメよ! 起きてッ、寝ちゃいけないわ‼」
隣で意識を失うアナスタシアを必死に揺さぶるが、事切れたようにその瞼は開かない。
それにキルトエやアナスタシアだけではない。この場に居た全員、氷に包まれた生徒全員が次々と意識を失っていく。
また一人、また一人と瞼を閉じていく中、ショルトメルニーャにも異変が起こった。
(なんか……力が……)
体を巡るエネルギーを直接奪われていくような不快感に顔を顰める。
同時に、途轍もない倦怠感と眠気が訪れた。
(寝たらダメ……きっと死んでしまうわ……!)
氷で身動きも取れず、底知れぬ恐怖と眠気に抗っていると――ふと、この中で一人だけ、ケロッと佇んでいる白髪の少女を見つけた。
「あ、あんた……が……こんな、こと…………」
「……あははっ♪」
ショルトメルニーャが絞り出した問い対して、少女の答えは無邪気な笑顔であった。
――――――――――
(魔力が物凄い勢いで減っていく……⁉)
ライラックは周囲の警戒を怠ってしまい、飛来してきた氷のツララをその身に受けてしまった。
焼けるような痛みが肩に広がる。
しかし、それ自体は魔術戦結界の中なので問題ない。……問題ないはずだったのだ。
(全身の力が、入らない……それにこの倦怠感は……魔力欠乏症?)
そう現状を判断していると、逃げ遅れた生徒達が氷に包まれて意識を失っていく。
「ライラ、ライラ。身体の中に氷がいっぱい!」
「……⁉」
そうキャリアに指摘され、強引に手を動かす。
するとパラパラバリバリと身体の中で何かが割れて全身を引き裂くような強烈な痛みを感じて、涙が流れそうになる。
同時にガクンと魔力が減った。
(まさか……体内に氷を生み出している……?)
となると、起点はこのツララか!
結界内での魔術による肉体攻撃は、受けたダメージの分だけ魔力が減っていく。
つまりこの魔力欠乏症は、体内の魔力に作用して直通氷が生み出され、その傷のダメージが魔力消費として肩代わりされているのだ。
(……キャリア!)
だが幸い、ライラックには上位精霊のキャリアがいる。
雪霊キャリアスノーテンは氷の適正があるため、体内に張り巡らされた氷や魔術を取り除くなど容易なのだ。
キャリアがカプリと噛めば、ライラックの全身に染み渡っていた氷の魔術が溶けるように解除されていく。
手をグーパーしても痛まないのを確認していると、キャリアがねだるように首を傾けた。
「ライラ、ライラ。青くて綺麗な供物をちょうだい? やくそく!」
「ええもちろん。……ありがとう、キャリア」
「えっへん」
キャリアのおかげで魔力減少も止まった。完全に体内の氷を除去したらしい。
(とびっきり綺麗なお花を用意してあげなくっちゃ)
キャリアの首を撫でてあげながら、場を確認しようと顔をあげると――あまりにも場違いな笑い声が響いた。
「あははっ♪」
その声の主である氷の中に佇む白髪の少女は、どうやってか回避したらしい金髪の護衛騎士を見つけると、獲物を見つけたような笑顔を刻んで詠唱を始める。
なんだ人間か……と少し安堵しつつ、ライラックも小声で詠唱を始める。
魔力がほとんど尽きかけているから、多重詠唱や展開魔術は扱えない。
生み出したのは二重強化を加えた〈炎の槍〉。
(……ここ)
少女が金髪騎士を攻撃する瞬間を見計らい、その槍を放った。
「えっ⁉ うそぉ――⁉」
気が付いた少女が攻撃魔術を迎撃に回すが、〈大賢伯〉ライラックの二重強化魔術を打ち落とすことはできない。
その胸に深々と刺さり、苦痛に顔を歪める。
「……ったぁいなぁ~。……オネーさん、ダクティー倒したってことは魔法使い?」
「……ダクティー? あぁ、森で攻撃してきた男の事でしょうか?」
「そうそう! 〈運命の呪術師〉ダクティリオス!」
「…………」
よく喋ってくれますわね、コイツ……。
だが、この少女のいう事が正しければ、少々面倒な事態になる。
(〈運命の呪術師〉ダクティリオス・メガォロム……たしか、イスベルク王国の宮廷魔術師でしたわね)
イスベルク王国は北西部の山岳の高原に位置する王国だ。
領地も狭く土地もさほど豊かではない為、周辺地域への進出を企んでいる。
ライラックの実家、シェード大公爵領が隣接している事もあって、たまに小競り合いが発生している。
そんな王国の宮廷魔術師を呼び捨てにするという事は、この白髪少女も同格という事なのだろう。
「……それで、貴女も二つ名をお持ちで?」
「持ってる持ってる~! 自分はね〈雹滅の魔女〉エルベンス・ニッフェ! オネーさんは? 魔法使いだからあるでしょ、二つ名!」
「……〈全能の魔女〉ライラック、ですわ」
「え? 魔法使いなのに〈魔女〉なの?」
「どうして~?」と聞いてくるが、わざわざ答えるつもりは毛頭ない。
こいつは、〈雹滅の魔女〉は手加減できない相手なのだ。
ライラックは短縮詠唱で今度は〈火球〉を5つ生み出す。もちろんそれらすべて二重強化を組み込んでいるため、威力は桁違いだ。
「……っ!」
途端に魔力不足のせいで身体がふらついた。
貧血のように視界が暗転し、フラフラと足が覚束ない。
ライラックがどうにか踏みとどまると、首に巻いているキャリアが心配そうに声をかけた。
「ライラ、ライラ、大丈夫? 魔力補給する?」
「…………た、倒れたらお願い」
「わかった」
キャリアはピクリと耳を動かし、ライラックの首から飛び降りてキツネの姿になる。
おかげで肩が軽くなったし、キャリアが自由に動きまわれるようになった。
「え~、もしかしてオネーさんって、会話嫌いなヒト?」
「……話は、あとで沢山聞いてあげますわ――っ」
5つの火球を絶妙なタイミングで飛ばす。同時に、キャリアも氷の矢を飛ばした。
〈雹滅の魔女〉は短縮詠唱で丁寧に迎撃する――が、二重強化と上位精霊の攻撃は簡単には落ちない。
それでも当たったのは一発だけ。
強烈な痛みが伴うはずなのに、〈雹滅の魔女〉は悔しそうに何度も地団駄を踏んでいる。
その隙に金髪騎士が斬りかかるものの、軽やかなステップで回避して距離を取った。
「あ~もうっ! めんどくさいっ! ダクティーもやられちゃうしぃ、何にも上手くいかないじゃん⁉ ……あ、そうだっ、みんな殺されちゃえばいいんだ!」
そう言って〈雹滅の魔女〉は、取り出した金色のカードをばら撒いた。
昨晩、護衛のハルヤに調査を任せていた物と同じだ。
「いったいなにを――」
そう言おうとしたライラックは、首を刺すような殺気を感じて咄嗟にしゃがむ。
次の瞬間、ライラックの顔があった場所をドロドロとした黒槍が通り過ぎたのだ。
(この魔術……いや《《呪術》》は……まさか……⁉)
いや、そんはなずはない!
ライラックは嫌な予感に目を見開きつつ、バッと飛んできた方向を見る。
「……酷い目に、あった」
無機質な声で呟くのは、黒髪に虚ろな漆黒の瞳を浮かべた男。
「……〈運命の呪術師〉ダクティリオス・メガォロム。」
馬鹿な、意識を失うまでボコボコにしたというのに!
ライラックは数的不利の現状にギリリと奥歯を噛む。
「くっ……ここにきて敵の増援か……ッ」
一応第一王子の護衛騎士がまだ健在ではあるが、魔術を使えない剣士に出来ることは少ないだろう。
それこそ、〈大賢伯〉に選ばれるような達人でもなければ戦いにすらならない。
(……キャリア、男の方を頼みます。妾は〈雹滅〉の方を――)
そうキャリアに念じようとした瞬間、またもライラックは信じられない絶望を見てしまう。
この空間の至る所で、次元の亀裂が発生したのだ。
間髪入れず、その亀裂の奥から大量の悪魔が顕現して、意識を失った生徒たちに取り憑いていく。
この情景を絶望と言わずして、なんと言えようか。
「……こ、れは……まさか……」
この量の亀裂が自然発生するなんて考えられない。
しかし、〈雹滅の魔女〉は亀裂が発生する直前に金色のカードをばら撒いたのだ。
それがおそらく、これら大量の次元の亀裂を引き起こしているんだろう。
人為的に亀裂を生み出す方法を、イスベルク王国は確立させていて、この第一王子の暗殺を目論んだのだ。
「……魔術師殿っ! 殿下を連れて逃げなさい。殿はこの私が……」
「……勝てるわけ、ない……」
もう無理だ。お終いなんだ――。
騎士の必死の呼びかけにも答えず、ライラックは無力感に膝をつく。
どれだけ頑張って、どれだけ強くなって、魔術師の高みに達しても勝てないものは勝てない。
時に運命は、人間には越えられぬ現実を突きつけてくるのだ。
ライラックの血反吐の吐くような努力は、経験は、覚悟は……希望は、全て無駄だったのだ――。
――――しかしその空間に、大きな《《門》》が出現する。
「な……に……?」
ゆっくりと開かれた扉の向こうから、コツコツと歩てくる人物を見つけて――ライラックは口を押えた。
喜びと感動、安堵と希望で嗚咽が漏れそうだったのだ。
「……ぁ、あぁ……! 我が主……ニヒリア様ぁっ!」
「……⁉」
その言葉に、金髪騎士がギョッとしたようにライラックと扉の人物を交互に見る。
扉の中から歩み出た人物は、その灰色の長髪を後ろに束ねており、深い青色にエメラルドグリーンが一滴混ざったような瞳には、明確な怒りの光が宿っている。
バタンっ……と扉が閉まると、突然の来訪者に驚きの表情を浮かべる人間や悪魔共に向けて、凛と言い放った。
「――私の世界に不法侵入する者、それを助けて歪ませる者に告ぐ。これ以上、私の世界を荒らすことは、このニヒリアが許さない」
その声は、その人物からは想像できないような――ロミエ・ハルベリィのような、オドオドとした声ではない。
芯のこもったハリのある声で、それでいて無機質で冷酷に告げるような、はるか高みから見下ろすような声だ。
そしてその手に置かれている淡く光る本。
(あれは……世界の本。理を操る神のみに許された神器……!)
〈世界の本〉
それこそ、彼女がこの世界の創世神ニヒリアである証明だった。




