表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/69

プロローグ 私の世界

 初等学園の廊下を歩く、ボサボサな髪の少女がいた。

 名はロミエ・ハルベリィ、12歳。黒っぽい灰色の髪はボサボサで、ぴょこぴょこと跳ねている。


 深い青色にエメラルドグリーンが混ざっている、どこか神秘的な瞳は、虚ろに床を眺めるだけ。その目尻は力なく下げられていた。


 彼女は人とすれ違うたびにビクリと痩せこけた肩を震わせて、そそくさと距離を取っていく。

 しかし、人の声は聴きたくなくても入ってきた。


「――そいや、隣町でまた亀裂が発生したらしいぜ」


「……っ」


 その言葉に、ロミエの肩がビクリと震える。

 後ろを歩く男子生徒の会話に、自然と耳を傾けた。

 どうやら次元の亀裂が発生して、付近が封鎖されてしまったらしい。


「ったく、創世神サマはなんでこんな世界を創っちまったんだろな」


「無能だったからだろうね。英雄ロンドも殺したし、〈創世神ニヒリア〉は碌でもねぇやつだったんだろうね」


「ははっ、その通りだな。こんな世界を創っておいて、最期は火刑でサヨナラなんだろ? 死ぬなら死ぬ前に、世界を直してから死んでほしかったわ」


「だーから、創世神のくせして創った世界のことも分からない、無能で出来損ないなんだよ」


 ――無能で出来損ない。


 その言葉に、ロミエは唇を深く噛みこんだ。


(わたしの……私のせいで、みんなが困ってる……困らせてる……)


 ――直しに行かないと。


 心のメモに、隣町の亀裂を刻み込みながら、そそくさと道を譲る。

 男子生徒達が少女を追い抜き、姿が見えなくなったところで、ロミエは張りつめていた息を吐いた――

 

「――あらぁ? ロミエじゃない、ごきげんよう?」


「へぅ……っ!?」


 不意に名前を呼ばれて、ロミエはビクリと肩を震わせる。

 ぎこちなく振り返ると、そこには顔見知りの女子生徒が立っていた。


(こ、この人……か……)


 プラチナブロンドの長髪に、いくつもの宝石が装飾された髪留めを付ける伯爵令嬢。

 彼女は、広げた扇子の裏でニヤニヤと笑い、その手には課題のプリントが握られていた。


「ちょうどよかった。あなた、紙と向き合うのはお好きでしょう? だ、か、ら――」


「ぁ、ぅ……」


 俯き後ずさるロミエに、彼女はより大きな一歩で詰めてくる。


課題(これ)、やっておいて頂戴ね」


「…………(コクリ)」


 頷いたのを確認し、伯爵令嬢は課題を押し付けて踵を返して去っていく。


「……相変わらず、頼りになるわねぇ」


 その言葉の裏にある悪意に気づけないほど、ロミエは馬鹿じゃなかった。

 けれど、何も言い返すことはしない。……否、できない。


 どれだけ理不尽なことであっても、この世界の欠陥以上に理不尽なことはない。

 まして、その製作者であるが故に文句を言える立場ではない。


 それに、目的はなんにせよ期待されているのは確かだ。

 その期待を裏切るなんて、ロミエにはできない。


「……っ」


 ロミエはギュムッと唇を噛み締めて、寮の方へ歩き出す。

 渡された課題をしなければならないからだ。



***



 初等学園の寮はレンガ造りの5階建てで、各部屋4人ずつの相部屋である。

 寮についたロミエは、音をたてないようにそっとドアを開き、チラリと部屋を確認した。


(……誰か、いる)


 その人物が誰なのか、ロミエは知らない。

 話してすらいないから。話されてすらいないから。


(話す資格なんて、仲良くなる資格なんて……もう、ない……)


 ロミエはギュッと唇を噛み締めて、再び校舎へ踵を向ける。


 友達はいない。

 ……いや、居るにはいたのだ。だけど死んでしまった……いや、見殺しにしてしまった。


 他でもない、自分の保身を優先させたがために……。


「……あ」


 ふと、ロミエは妙な気配を感じ、空を見上げる。

 ちょうど《《その空間に亀裂が入ったところだ》》。

 そして、亀裂の先の異空間から悪魔が這い出てくる。


(倒さないと……)


 そう咄嗟に判断し、手を持ち上げようとして――やめる。

 ここは校舎のど真ん中であり、ここで力を使うのは少々目立ちすぎる。

 ロミエはそのまま校舎へ走り、トイレの個室へと駆け込んだ。


「わたしの居場所……唯一の、居場所……ふへへっ」


 へにゃりと、ロミエは不細工な笑顔を浮かべる。


 トイレの個室は、いわば絶対領域。

 ボッチが一人で安心して過ごせる空間である。


 だが、外から悲鳴が聞こえてきて、ロミエは我に返った。


「そうだ、はやく……悪魔を殺さないと」


 ひとまずロミエは〈感知魔法〉で状況を把握しようとして——目を見開いた。


(……学園全体に、次元の亀裂か発生してる……!?)


 〈次元の亀裂〉。


 空間の歪みにより開かれてしまう亀裂は、周囲の物を飲み込んだり、その中から悪魔が這い出てくるのだ。

 しかし、同時多発的に亀裂が開くなんて、今の時代じゃなかなかない。

 だが現実として、学園全体を取り囲むように複数開いているのだ。


「……やだ」


 ボソリ、と呟く。駄々こねるようなその言葉は、ロミエの本心であった。

 完璧じゃない。完全じゃない。こんなこと、亀裂がたくさん発生するなんて——


「……ゆる、せない。ここはわたしの——《《私の世界だ》》」


 あどけなかったロミエの顔から、表情が消える。

 力なく下がっていた目尻はキリリと鋭く立ち、神秘的な瞳には怒りの光彩が灯る。

 ロミエはおもむろに右手を掲げ──詠唱する。



『――我が名はニヒリア。この世界の管理者権限を執行。要件、《《世界の本》》を召喚』



 ――ニヒリア。


 それはこの世界の創世神。欠陥だらけの世界を生み出した、張本人である。

 空間に窓が開き、そこから〈世界の本〉と呼ばれる青い半透明な本を召喚された。


 パラパラパラパラ――と開かれるページ。


「……ここ」


 あるページで止めたロミエはは右手をかざし魔力を流す。本に刻まれた幾何学模様(コマンド)を抜き出して――ギュッと握りつぶした。

 そして空いた箇所に、今度は完璧な幾何学模様(コマンド)を書き込んでいく。



『――我が世界よ、管理者たるニヒリアが命ずる。正しき世界よことわりよ、正しき法則に導かれて動き出せ』



 それと同時に、学園に生まれた亀裂は修復され、閉じていく。


 それはありえない光景だ。

 人間が世界の欠陥を、次元の亀裂を直す事は絶対に不可能である。

 だが、ロミエはまだ顔を緩めない。


「これで亀裂は塞いだ。でも……」


 外では、亀裂から這い出てきた異形の悪魔たちが、生徒たちに襲いかかっている。

 何人かの魔術師が戦っているが、悪魔はその痩せこけた見た目に反して頑丈だ。

 両手の長いクローも厄介で、何より――。


「……魔人がいる」


 〈魔人〉。それは悪魔の中でも別格の存在だ。


 その魔人は黒いスーツの様な衣装を着て、手には黒剣が握られていた。

 魔力量も膨大であり、応戦していた魔術師は絶望して跪いてしまう。


 だがロミエにとって――ニヒリアにとって、顕現したばかりの魔人など脅威ではない。


 彼女は意図的に空間に窓を生み出して、そこから聖剣を召喚させた。

 一つや二つではない。学園全体にまんべんなく、数十の窓を同時に、だ。


「——舞え、聖剣」


 ロミエの凛とした声が、誰もいない女子トイレに響く。

 同時に、鈍く黄金の輝きを放つその剣が、窓から放たれた。


 魔人が受け止めようと黒剣をかざすが、諸共両断して消滅する。

 他の悪魔も同様だ。聖剣がキラリと舞うたびに、悪魔たちは無慈悲に、平等に切り伏せられていった。

 一体も残らず、完璧に。


「……ふぅぅ、終わった……かな……?」


 悪魔が全滅したのを確認したロミエは、ダラリと脱力して猫背になる。

 淡く光る〈世界の本〉を閉じ、少し考えたあと膝に乗せて、伯爵令嬢から渡された課題を広げた。


 課題の内容は王国史。

 神が英雄ロンドを見殺しにし、そこから始まる親族や戦友たちの建国譚である。

 そこに書かれた懐かしい文字に、ロミエ(ニヒリア)は目を落とす。


「ロンド……」


(わたしに、出来損ないの私なんかに……この世界を直せる……のかな)


 ニヒリアはもう神ではない。

 神界から追放されて、記憶を引き継いだままロミエ・ハルベリィとして生を受けた。


 創世神ニヒリアが転生した姿。それがロミエ・ハルベリィという少女である。


 この世界は、かつてニヒリアが創ってしまった欠陥だらけの世界。

 出来損ないと言われるのも仕方ない。実際そうなのだから。


 ――でも。


「……この世界を、直すこと」


(それがわたしに出来ること、だから……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ