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【1-1】貧弱ロミエの無謀な挑戦

「はぁ……はぁっ……うぅっ……とぉい、よぉぅ…………」


 とぼ、とぼ……と拙い足取りで石畳を歩く、一人の少女がいた。

 一歩一歩足を出す度に身体が左右にゆれ、伸び散らかした黒っぽい灰色の髪が、力なくたなびいている。


 ここは王都。


 レンガ造りの街並みが一面に広がり、いくつもの屋台が軒を連ねた活気ある街区だ。

 その街で真新しい制服に身を包んだ少女は、猫背になりながら肩にかけたバックを命綱のように握りしめて、高等学園に向かっている。


 その少女の名はロミエ・ハルベリィ、14歳。

 辺境の村出身の貧相な少女だ。


 その痩せ細った白い腕や、力なく石畳を睨み続ける姿からは、とてもこれから入学式に向かう学生の姿じゃない。

 疲労で血の気の引いた顔は、さながら病人である。


「歩いて……くる、んじゃ……なかったよぉぅ……」


 道の真ん中を、ガラガラパカパカと馬車が通り過ぎていく。

 その荷台に刻印された紋章は、ちょっと前まで通っていた初等学園の校章だ。


 それらの馬車はロミエが身体を向ける先、高等学園に向かっていく。

 ロミエの5時間の努力を踏みにじるように、馬車たちは勢いよくロミエを抜き去っていった。


(うぅ……っ。馬車に乗れる勇気が出せてたら、こんな苦労すること無かったのにぃぃぃ……)


 ロミエは「疲れたよおぅ……」と、力なく垂れた目尻に、水滴を浮かべる。


 人見知りなロミエは、数十分のあいだ知らない人と馬車に乗るのと、数時間一人で歩いて向かう事を天秤にかけた結果、後者を選んだのだ。

 病人かと疑われるくらいに貧弱なのに、無謀な選択である。


「うぅ……ふぅぅ……っ」


 数時間歩き続けた足は、一歩踏み込む度にビリリっピリリっと悲鳴を上げるし、精神的に擦り切れた思考は、出来もしない想像をする。


(ばしゃ、早いなぁ……掴まったら、すぐにいけそうらなぁ……)


 馬車にしがみつけるほどロミエに握力は無いし、そんな奇行をする勇気があったら馬車にだって乗っている。

 そもそも、学園についてからが始まりなのだ。


(入学式……か。やだよぉぉ……ぅ)


 全てを投げ出してしまいたい──と、その思考を振り払うように、ロミエはブンブンと頭を振る。

 思い浮かべるのは、ロミエを心から愛してくれる両親の姿だ。


(ちゃんと、卒業して帰らないと……お母さまの期待に応えないと……)


 少女の瞳に光が灯る。深い青色にエメラルドグリーンが混ざりあった瞳が、少しだけ生気を取り戻した。

 それに──


「あ…………」


 ロミエは道の端に違和感を見つける。

 その空間の魔素が歪んでいる。そして、次元を隔てる空間(隔壁)に一筋のヒビが入っているのだ。


(直さなきゃ)


 放置していたら、開いた亀裂に吸い込まれたり、悪魔が這い出て来る可能性があるのだ。

 早く対処しないといけない……が、その姿を見られるのはマズい。


 ロミエはそそくさと、近くの路地へと隠れる。


「誰もいない……よね……」


 〈感知魔法〉を使っても、付近に生命反応はない。

 少女は白く痩せこけた右手を掲げ、目を閉じて意識を研ぎ澄ませていく。


 そして──その目を開いた時、彼女は無表情であった。


 力なく垂れた目尻はキリリと立てられ、その瞳に宿った意思ある光は強く、まるでロミエとは別人のよう。



『――我が名はニヒリア。この世界の管理者権限を執行。要件、《《世界の本》》を召喚』



 ニヒリア。

 それはこの世界の創世神。ロミエはその権限を自在に使える。


 詠唱とともに空間に〈窓〉が開かれ、そのから一冊の本が召喚された。

 これは〈世界の本〉。

 青白く不透明なページには、世界を構築する幾何学模様(コマンド)が刻まれていた。


「……ここ」


 パラパラと開かれるページを止め、右手をかざす。

 かざした右手からキラキラと魔力が──魔素が伸びていき、刻まれたコマンドを持ち上げて──ギュッと握りつぶす。

 そうして空いた空間に、新たに幾何学記号(システムコマンド)を書き込んでいくと――。


「──修復、完了……ふぅ、間に合ったぁ……」


 キリリと立てていた目尻はへにゃりと下がり、ホッと安堵の息を吐く。

 亀裂が開く前に阻止することが出来た。


「あ、そうだ。早く行かないと入学式に遅れちゃう……」


 〈世界の本〉を戻し、ついでに〈再生魔法〉を体に施してから、再び学園へ向けて歩き出す。

 おかげで、いくらか身体が軽くなった。


(……人が、いっぱいいる)


 今日は入学式があり、多くの生徒が集まるためか、市場は活気に満ちていた。

 所々で同じ制服を着た学生達が、ワイワイキャッキャと屋台の商品を物色している。


「……」


 その姿を見て──すぐに目を背けた。ロミエには関係ないことである。関係の無い世界だ。

 市場の喧騒を振り切って、ロミエは痛む足を動かし続ける。


 数時間歩き続けたおかげで、高等学園はもうすぐそこにあった。

 建物の間から、白亜の摩天楼のような校舎が見える。

 かつての大魔法使いが造ったと言われる校舎には、貴族的な飾り窓や、魔術式を彷彿とさせられる装飾が多量に施されている。


 アリストリア高等魔術学園。

 ロミエはこれから、その学園で学ぶのだ。


 しかしその道中、ロミエは広場の中心にあるものを見つけて、立ち竦んでしまう。


(……絶対、魔法が使えるってバレちゃダメ)


 《《ソレ》》を見上げて、ロミエはギュッと小さな拳を握る。

 この世界には魔力がある。魔素がある。これからロミエが向かうのは魔術を学ぶ学園だ。


 しかし、魔法を使える人物は限りなく少ない。とてもとても希少な存在である。

 その中でも、空間に生まれた亀裂を塞げる人間は誰一人として存在しない。


 ロミエ・ハルベリィ──創世神ニヒリアが転生した、彼女を除いて。


「……あと、もうちょっと頑張らないと」


 ロミエは《《ソレ》》から視線を外し、学園へ踵を向けて歩き出す。

 その背に、広場の中心に設置された石像の視線を──(はりつけ)にされた創世神(ニヒリア)の視線を感じながら……。

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