第9話 第四の試練。
真っ白な空間だった。
例えるなら、異世界転生した主人公が女神と相対する時のような、空間概念その物が消失してしまったとでも言うべき何もない部屋だ。
「ここは……」
敵の気配はない。何が狙いなんだ?
「ここからどうしますか、ご主人様」
「……? さあ、適当に探るさ」
まずは「鑑定」からだ。
『机』
『椅子』
なんだこれは。
なにがどうなっている。
『窓』
「窓だと……!?」
ここは白いの世界。
窓なんてここには無いはずだ。
触ってみる。これといった感覚はない。
机や椅子にしても同じだ。俺は今何を見ている?
目がバグったのか。処理が追いつかず、ゲーム空間の端に飛ばされた気分だ。ここから抜け出す手段はなんだ?
「どうしたんですか……?」
パタパタと駆け寄ってくる。
彼女の片手には剣が握られたままだ。
「……!」
剣。そうだ、俺達は剣を持っている。
でも何故だ。この空間には、敵らしい敵もいない。
この剣は、何を期待され持たされているんだ。
落ち着いて、整理してみよう。
諭すように言葉を並べる。
「いいか、こいつは試練なんだ」
それは、他でもない俺にも向かって放つ言葉。
「試練、ですか?」
「ああ、いいから思い出してみてくれ」
俺達が最初にこの子屋を訪れた時の事を思い返す。
「第一に、不意打ちで放たれたトラップ」
指を一本立てる。
これは、咄嗟の出来事への対処を見る為。
「第二に、武器の選定」
指を二本立てる。
これは、武器への理解度を試す為。
「第三に、実際の決闘」
指を三本立てる。
これは、実戦を想定した臨機応変さを確認する為。
「そして、第四の試練。それがここの空間だ」
「そうみたいですね」
彼女は不思議そうに辺りを見回していた。
ここには何も無い、されど実際にある部屋。
今までとは気色が違うのは一目瞭然だ。
だが、何かがおかしい。
俺の『鑑定眼』は何故違和感を覚えた?
この空想たる世界は、何故空想である必要があった?
これこそが、試練なのではないか?
つまり、俺が『鑑定眼』によって机や窓を認識する事も、空想という次元を超越した力を見せた事も、全ては何かに気付かせようとする丁寧な誘導のつもりなのだ。
話を戻そう。
「俺達は何故剣を持っている?」
「それはさっき回廊を抜けて持ってきたから……」
「異空間にそんな物騒な物を持ち込ませないようにするのは、実に容易い事だ。俺達は、本来そこにある物を認識し、捉える為の視覚や触覚が欺かれている」
そうだ。
俺が見ている物は『嘘』。
俺が触っている物も『嘘』。
唯一の"本当"は、『鑑定眼』が教えた"表示"だけ。
だがそれも十分じゃない。
この、第四の試練に限り"本当"を見せられているのだ。
では一体何の為に?
簡単だ、俺にこの世界こそ『幻惑』の類であると伝える為だ。マジシャンが最後に種明かしをするように、この幕は既に終演へと誘われている。
「剣を残した理由。それは、何かを斬る為だ」
「斬るって……ここには何もないじゃないですか」
そうだ。ここは、白色の世界。
五感は欺かれ何も認識出来ない部屋。
やはりそうだ。俺は確信する。
「いいや、あるさ。一つだけ」
俺は剣を、彼女の喉元に突き付ける。
「さあ、終わりにしようぜ」
□■□
「な、何を言ってるんですか」
狼狽しつつ、額の汗を拭う。
「冗談はやめてください。気分でも優れませんか」
「気色の悪い冗談はよしてくれ。ルナは俺をそんなふうに気遣ったりしないんだ。息をするように毒を吐く。主従という身分を弁えず、ズケズケと文句と暴言を言う酷い女だ」
「酷いですね、私をそんなふうに言うなんてっ」
ムッとルナ(?)は頬を膨らませる。
見た目や仕草、声に至るまでそっくりだ。
「じゃあ、なにか証拠でもあるんですか?」
ルナ(?)は勝ちを確信し豪語する。
「私が私では無いという理由を!」
その顔、何かを企んでいるな?
「そ、そうだ。私の【ステータス】を見ればどうですか?」
「ほう。なるほど、それで本物か分かる訳だな」
「はい、そうですよっ。早くやってください」
では、遠慮なく。
【ス…□■ス】
名前:ルナ
ギルド:無所属
ユニークスキル:【???】
スキル:『隠密行動』F『剣術』E『体術』F『冷静』F『軽業』F『料理』G『並列思考』G『瞑想』G『敵感知』G
「ルナと書かれているな」
「でしたら、やっぱり───」
「が、これはなんの証拠にもならない」
ルナ(?)はハッと息を吸う。
「第一から第三の試練では、俺の『鑑定眼』に何も映らなかった。それはつまり、俺達が見ているこの『幻惑』が俺の『鑑定眼』を上回っているという証拠だ」
今俺が見ている【ステータス】をも欺けるのだ。
「それと私が偽物であるという話は何も関係が!」
「ところで、俺はお前にいつ【ステータス】の話をした?」
「なっ……!?」
ルナは俺を不思議そうに見ていただけ。
なにか特別な力があるのだろうと予想していただけ。
まして、今日会ったばかりの相手に悠長に説明をしている時間等無いに等しかった。
『鑑定眼』が他者の【ステータス】を暴く能力と知っているのはいかにもおかしい。ルナは元奴隷。外界と隔絶される立場にある彼女が、それほどスキルに詳しいのだろうか?
シンシアは『洞察眼』ですら、とても驚いた表情をしていた。それは即ち、余程珍しいスキルである事の裏付け。
どう足掻いても、ルナが俺に『鑑定眼』を使うよう指示するのは不自然って結果だけが残る。
「それと、"お前"。折角だから教えておいてやろう。ルナは俺の事を"ご主人様"ではなく、"主"と呼ぶんだ」
『ここからどうしますか、ご主人様』
「ま、まさか……最初から───」
ふふ、ふははっ。
「なぁ、俺は"お前"の事を一度でも───」
ゴクリ。唾を飲む音が聞こえた。
「───ルナと呼んだ事があったか?」
もう良いだろう、俺はそう吐き捨てて剣を彼女の肩に当てた。ルナ、によく似た"ナニカ"はすっかり観念したように肩の力を抜いていた。
「第四の試練。それは、敵を見極める事。斬るべき対象は、やはり最初から確かに存在していた。この第四の試練が始まった瞬間から、ルナはルナではない"ナニカ"に化けていた」
俺は告げる。
「チェックメイトだ」