第30話 ホワイト・ユニバース。
2日程が経過した。
無茶な冒険をせず順当なペース出続けているから当然と言えば当然なのだが、階層主は未だ倒せていない。
途中森林に濃霧が発生し、歩くのも困難な程に視界を奪われた。奇襲にも気を配ると進行ペースが遅くなるのもほぼ自然な流れと言える。
3日目。今日は約束である剣を受け取る日だ。
そういえば、全財産の金貨がそろそろ20枚に到達する。これを持って商会に再び訪れる時が近そうだ。
クレアというイレギュラー因子もこの際だからジンエイに返しておきたいが。
「わくわくっ」
純心なこの眼を見て、どうしてパーティー離脱を告げられようか。
俺は「追放」という概念に途轍もない忌避感を抱いていた!
「爺さんいるかー?」
「ようやく来たか。待っておったぞ」
放置決め込まれた彼女みたいな事を言うジンエイは俺を奥の工房へと呼んだ。
一時的に扉の前の看板を"CLOSE"にする徹底ぶり。期待が膨れ上がる。
工房は茹だるような熱気に支配され、じっとしているだけでも汗が湧いて出てくる。
焦げ目や切り傷が無数にある、年季の入った作業台の上には、その工房には全く似つかわしくない豪華なケースが置かれてある。
「これじゃ」
金貨二枚を賭して作らせた至高の一品。
やはりこれはルナにこそ相応しい。
「ルナが開けるんだ」
「で、でも……」
「問題ない。これは今日からお前のだ」
ルナは意を決して、ケースに手を伸ばす。受け取らなければ捨てるという無言の圧力に、半ばルナが折れた形だ。
ケースに力を込め、開く……!
「こ、これは……!」
高度な意匠設計によって、より緻密に、かつ繊細に作り込まれたディテール。例えるなら、大海に波打つ白波のような豪快さと、大自然に吹き起こる一陣の風のようなしなやかに伸びる蔓状の鍔、そこから純白の刀身が、眩い光を放って伸びている。『一角獣』の純真さと高貴さを象徴するかのようだ。
「名前はあるのか」
「『白輝の光斬剣』と言う。この王国の最高傑作に迫る出来じゃろう」
ルナは恐る恐る剣の柄に手を伸ばす。
「か、軽い……!」
スゥゥ……と魔力が薄い布切れの如く纏わり付く。
恐ろしく精巧に組み込まれた技術の数々。
「鞘も出来ておる。自動的に剣を修復する特注品じゃ」
『白輝の光斬剣』
ランク:SS
EXスキル:《神通力》
スキル:『治癒』『再生』『浄化』『吸収』『俊敏』
なんで剣にEXスキルがあるんだよ。
これを見た全員がそう突っ込む自信がある。
「今回は特別じゃからな。クレアの面倒を見てくれたおかけじゃ」
まるで孫娘を愛でるように、ポンポンとクレアの頭を撫でる。不本意ながらも撫でられ続けるクレアは相当に師匠思いのいい弟子だ。
そして、この流れは完璧に……あれだ。
「クレア。短い間だったけど、楽しかったよ」
「また一緒に冒険しましょう」
俺達はにこやかに手を振って、クレアと別れた。
「えっ、まだ一緒に冒険しますよねっ!!?」
別れられなかった!
「こらクレア。何日も店を開けておったら、弟子として雇った意味がなくなるじゃろう。冒険出来ただけでもありがたく思え」
「え〜!!? ご主人様っ」
クレアはジンエイに首根っこを捕まれ引き摺られる。
俺はそれを少々不憫に思いながら見守った。
クレアは尽く出番に恵まれなかった。特に前衛のルナとシャルが鬼神の如く敵を薙ぎ倒していたから。そして取りこぼしを俺とノエルで倒していたから、中衛のクレアは完全に《荷物持ち》としての役割しかさせてやれなかったのだ。
期待させてこの仕打ちでは、クレアは納得しない。
それに少し気がかりな事もある。
俺は少し悩んでから、クレアに声をかけた。
「クレアがそこまで冒険に固執するのは何か特別な理由があるんだろう?」
俺の疑問に言葉を返したのは、クレアではなかった。
「何故、そう思った?」
ジンエイは興味深げに俺の瞳を覗き込む。
俺は観念して肩を上げた。
「クレアには、鍛冶職という立派な才能がある。それを二の次に冒険を望むのは、少し妙じゃないかと思ってな。それだけだ」
俺の推理とも言えない簡単な謎解きにジンエイはやるせなさそうに息を吐いた。「小僧に隠し事は無理か……」と小さく呟く。
「この子の父親は、冒険者じゃ」
ジンエイは優しくクレアの肩を握る。
皺の寄った傷だらけの大きな掌。クレアは少しだけ安心したように表情を緩める。
「儂は昔冒険者でもあった。迷宮の攻略、街の外からの討伐依頼をこなしつつ、鍛冶師としての技術も磨いておった。その頃、儂の妹が子供を産んだ。その子供は大の冒険好きで、儂の武勇伝を幾度となく聞かせていたもんじゃ」
話の流れを想像すると、該当する人物が一人浮かんだ。ジンエイの影響を色濃く受けた者。
「その子供ってのが、クレアの父さんだな」
「流石じゃ」
ジンエイは深々と頷いた。
「うむ。儂が責任を取ると言うのも妙な話じゃが、彼はそれ以来冒険に熱心で、結婚し子供が出来て以降も、子育ても母親に任せきりになっていたらしい」
仕事を優先するタイプの父親か。日本に限らず、全世界……異世界ですら存在していたのだ。役割分担という固定概念的な枠組みの結果、"家事は母親がする"という認識が残る。
母親はともかく、子供はそれで納得するだろうか。実の父親の事ならば、もっと過ごしたい、もっと知りたいと思うはず。
そう、だったのか───。
「つまりクレアは、父親の後を追いたいんだな?」
憧れの父が執着した冒険。
父親が描いた軌跡、見た景色を。
彼女は今も辿っているのだ。
「……っ」
ステータスを見る限り、彼女はかなり強い。
迷宮に入らずとも、個人的に鍛えていたのだろう。
周りと比べても遜色ない強さだ。彼女は、人生を賭して父親に追いつこうとしている。
「……」
俺はそれを聞いてどう思う?
好感度が、スキルが、と。
もうその話じゃ無いだろう。
「クレア。お前は鍛冶師だ」
「はい……」
「その才能を捨ておくのは、あまりに勿体ないだろう」
それは理論。合理的な考えに基づいた意見だ。
クレアは泣きそうになりながら、唇を噛んだ。
「だが」
ハッとクレアは顔を上げる。
「人生は時に、非合理な選択こそ正しい時がある。お前はお前の父さんを追う為に、必死に強くなろうとしていた。その選択。その努力を俺は否定しない」
彼女を蔑む権利は俺にない。
寧ろ応援してやる立場にあるはずだ。
「なあ、爺さん。いいよな?」
「……小僧、何をするつもりじゃ」
決めた。俺はこの子を使う。
使いきって見せる。
「クレア。父さんに追いつきたいか?」
「あ……」
優秀な人材は捨て置けない。そしてなりより、真っ直ぐと目的を見据えて戦う彼女を応援したくなったから。
……俺も大概甘いな。
「お前は俺の仲間だ。"ご主人様"じゃない。そういうのは、好き好んで言うルナみたいな変態だけでいい」
「あの主、変な事吹き込まないでください」
「んー? 事実だろう?」
「まったくもう」
ふんすっ、とルナは鼻息を立てた。
ルナもクレアを認めたようだ。
「主がこう言っているんです。もう一度冒険しませんか」
仕方なく、本当に仕方なさそうに手を伸ばす。
クレアは、感極まったようにルナ……ではなく俺の方へと歩みより、両手を握った。
「今更、仲間じゃないなんて言っても遅いですよっ、"レイさん"!」
「ふはは、寧ろ望むところだ」
「ぐぬ……私は無視ですか」
わなわなと手を震わしながら己の手を眺めるルナ。
その傍ら、クレアは満面の笑みで俺を抱き締める。ひとまず第二階層までは彼女と冒険を続けてみる事にした。
名前:レイ レベル:10
HP310/310 MP150/150
称号:【鬼狩り】
ギルド:《北極星》
ユニークスキル:【魅力支配】
EXスキル:《鑑識眼》D《演算領域》F
スキル:『言語理解』D『交渉術』E『礼儀作法』F『剣術』F『挑発』F『料理』G『幻惑』F『隠密行動』G『体術』G『加速』G『先見』G『火魔法』G『蓄積』G『麻痺耐性』G『痛覚耐性』G
所持SP:85
名前:ルナ レベル:18
HP190/190 MP580/580
ギルド:《北極星》
ユニークスキル:【勇猛果敢】
スキル:『隠密行動』E『剣術』D『体術』E『冷静』E『軽業』E『料理』F『並列思考』F『瞑想』F『敵感知』F『光魔法』G
名前:クレア
称号:【鍛冶見習い】
ギルド:無所属
ユニークスキル:【獅子奮迅】
スキル:『鍛冶』S『目利き』S『受け流し』F『槍術』C『槌術』B『豪脚』C『硬化』D





