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娯楽都市  作者: 菊日和静
第04話 娯楽屋と奈落王
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答えは「はい」か「イエス」だけだ

 建物には独特の匂いがある。

 入った瞬間にどの建物かがわかる匂いの最たるものとしては病院だろう。

 病院はどこに行っても同じような匂いが漂っているように思える。

 自分が何らかの怪我や病気を負って行く時には、自分のことだからか不安も受け入れられてある意味楽な気分なる。

 けれど。

 それが自分以外の人間だった場合。

 受け入れられる不安が、全く受け入れられなくなる。

 自分のことではないのに。

 自分のこと以上に不安が押し寄せてくる。

 鼻腔に入ってくる重苦しいアルコールの空気を掻き分け、久遠は目的の場所を一歩一歩歩いて行く。

 手術室――そう書かれた扉の先には、自分の相棒である双六が今まさに施術されている真っ最中である。


「いよーう、ケンタ君。久しぶりだな」

「正義――?」


 忘れられない懐かしい男が手術室の前にいた。

 久遠が初めて自ら負けを認めた――尊敬に値すべき男だ。


「久しぶりだが……どうしてあんたがここに?」

「あー……事情を全部話せば長くなるんだが、フレンド双六がやられている所に駆けつけて、ここまで送ったのが俺なんだよ」


 それは初耳だった。

 双六がやられるところまでしか監視カメラに映ってなかったので、その後誰がここまでしてくれたのかは知らないままだった。


「そうか。双六に代わって礼を言っとくよ」

「礼を言われるまでもねーよ。……なにしろ、フレンドの助けに入るのが間に合わなかったからな」


 サングラスをしている正義の顔はわからなかったが、その声からは苦々しいものが感じられ、本心から言っているのがわかった。


「……正義のせいじゃねーだろ。そんなこと言い出したら、俺は双六(あいつ)がやられている現場にすら駆けつけられなかった」

「もちろん、そんなことはわかってるよ。責任の問題じゃなくって、男の矜持(プライド)の問題さ。どうせ助けに駆けつけられたんだったら、できれば間に合いたかったよ」


 責任ではなく矜持の問題。

 正義が言葉にしてくれたことで、久遠の中で燻っていたモノが何なのかがわかった。

 自分のせいで――ではなく。

 自分がいたら――なのだ。

 似ているようで違う二つの言葉に、今回の事件を起こした男の顔を思い浮かべる。


「何にせよこの落とし前だけは絶対つけさせてやる」


 双六をこんな目に遭わせた犯人――久遠一郎。

 遺伝子上の父親ということだが、物心ついた時から天涯孤独の身の上である久遠にとってみれば、他人と何ら変わらない。

 落とし前をつけさせることに躊躇いなどない。


「その意見には全く同意だな。俺もあの野郎には一泡ふかせないと気が済まない

ZE!」

「おいおい。こっから先は正義には関係ないだろ?」

「そうでもないぜ。どうやら下手人の男とウチのボスが知り合いみたいでな。思いっきり宣戦布告かましたからな」

「ボス?」

「あぁ、碧井桜子さんが俺のボスだ。こないだやり合ったって聞いたぜ」

「あの人がお前のボスだったのかよ……」


 とんでもない事実を知ってしまった。

 奈落で傍若無人の限りを尽くし、あの場にいた全ての人間に対して圧倒的な敗北感を植え付け、嵐のごとく過ぎ去っていた苛烈で激烈な女性――碧井桜子。

 そんな女性が上司である正義を見て、


「お前、本当すげー奴だな」

「……その労いの言葉だけでも救われた気分になるYO」


 さらに正義に対する尊敬の念が深くなった。

 よくまぁ耐えられるものだと感心する。


「それにケンタ君はあの野郎がどこにいるかの情報はないだろ? 俺らと組んでおくのも損はないと思うぜ」

「……確かにな」


 久遠には意気込みこそあれ、久遠一郎の情報はほぼない。

 対して碧井桜子の組織力は確かなものであるし組んでおくのも悪くはない。

 だが、


「条件がある。あの野郎とやり合うのは――俺だ」

「願ったり叶ったりだよ。じゃあ、同盟の記念だ」


 正義が手を差し出し、久遠もまた同じように手を差し出し交差した。

 互いの顔の前でパンと乾いた音が鳴り響く。


「よろしく頼むぜ――正義」

「任せとけ――ケンタ君」


 かつて相対した娯楽屋と正義屋。

 裏稼業の二人がここに手を組んだ。

 腹の奥がくすぐったくなる感覚に思わず笑いが込み上げてきそうな時――



「そこに私を加えることはできますか?」



 雪女が来たのかと思うほど、久遠の背筋がゾッとした。

 今が冬であることを差し引いても体感温度が5度は下がったかのようだ。


「あ、天野か……」


 怒りで天野の存在を忘れていた。

 久遠が相棒ならば、天野は双六の彼女だ。

 しかも、ただの彼女ではない。

 裏の顔はプラチナランカーのジーニという名前を持つほどの天才少女だ。

 双六から多少は話を聞いているし、久遠とも知己のある仲であるはずなのに、久遠はこのような天野は初めて見る。

 久遠の怒りが炎を示すのならば、天野の怒りは氷だ。


「双六君は今ここにいるんですね?」

「あ、あぁ……」


 手術室を前に、天野は悔しそうにしていた。

 すぐに会いたいのに会えない。

 そんな感じだ。


「許さない」


 ボソッと天野が呟いた。


「許さない。絶対に許さない」


 基本的に久遠は恐怖を抱いたことはあまりない。

 鉄火場は昔から日常的に経験しているし、怪我だって負ってきた。

 だというのに。

 そんな男が、目の前の少女に恐怖し気圧されている。

 天野がくるりと振り返り、絶対零度の微笑でこちらを見つめる。


「そこのあなた。正義屋の虎徹正義さんでしたよね?」

「お、俺のことを覚えていてくれたとは嬉しいZE!」

「そうですか。では、あなたがたお二人にお願いがあります」


 あの正義でさえ、天野の迫力に気圧されているようだ。

 見誤っていた。

 あの双六のことだから、きっと天野とは遊び半分で付き合っているのかと思っていたら、とんでもない。

 本気で全力で真剣じゃねーか。

 だからきっと、これは仕方がないのだ。



「私も仲間に入れてくれますよね?」

 


 答えはイエス以外なかった。

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