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娯楽都市  作者: 菊日和静
第04話 娯楽屋と奈落王
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正義のオンジョブトレーニング

「ねぇ、正義先輩。俺僕もう帰っていい? 理由はオセロに会いたいから」

「アホかルピン後輩。俺だって愛しのブラザーを置いて仕事をしてんだぞ。そもそも一人前のカッケー男は黙って仕事をするもんだZE☆」

「ふーん。仕事ってそういうもんなの?」

「そういうもんだ」


 新しくできた後輩であるルピンを引き連れ、仕事の何たるかを説く正義。

 桜子から命令されたはいえ、今まで兄弟二人で仕事をしていたところに新人教育という名目で後輩ができるとは思っていなかった。

 とはいえ、弟の面倒を見ている正義にしてみれば、後輩の一人や二人できようと大したことはないだろうと踏んでいたのだが、蓋を開けてみればこのルピンは驚き箱のような男であった。

 何しろ怪盗として世間に名を馳せていたことにも驚かされたが、それ以上に常識の無さにも驚かされることばかりであった。奈落にいた影響なのか、とりあえず邪魔な奴はぶっ飛ばす、欲しいものがあったら盗むというのが行動の基準となっていて、最初の頃は目を離したらトラブルに巻き込まれていたぐらいだ。

 ようやく最近では行動も落ち着いてきたので、この程度の軽口は全然許容範囲である。むしろ物足りなさすら覚えるレベルだ。


「正義先輩一つ聞いても良い?」

「いいZE! 何でも答えてやるYO!」

「真理君は本当に置いていって良かったの?」

「あー、そのことか〜」


 口淀む正義。

 ルピンが来てからというもの、大抵は真理と一緒に仕事をしていた。

 そのことを不思議に思ったルピンにしてみれば、当然の質問と言える。


「二人って兄弟でコンビなんでしょ?」

「まぁな。目に入れても痛くはない可愛い弟だが、別に四六時中一緒にいるわけじゃねーよ。あいつが関わっても良い仕事かどうかは判断してるよ」


 これに関しては別に珍しいことではない。

 何しろ真理は実力者といえどまだまだ小学生の年頃なのだ。

 それによって正義が一人で行動することだってある。

 今回の仕事だってそうだ。

 何しろ、


「さすがにのあいつにこういう場所踏み込ませたくねーからNA!」


 正義たちのいる場所は――歓楽街エリアなのだから。

 そこらの看板を見ればピンクでいかがわしいものなんて嫌でも目に尽くし、昼間だというのに普通に客引きだっているのだ。

 もしもこんなところに可愛い弟がいようものなら、男も女も関係なく真理に茶々を入れるに違いない。といっても、真理の力を考えればいかがわしいことをしようものなら逆に返り討ちにあう可能性の方が高いのだが、それはそれだ。

 情操教育に悪いにも程がある。

 なので、今はルピンと二人でここで仕事をすることになっている。


「ま、どうでもいいけどさ。それで俺僕は何をしたらいいの?」

「そう慌てんなって。慌てる男は稼ぎが少なくなるぞ」

「ふん。いざとなれば適当に盗みでもやるよ」

「……ルピン。一応言っておくが、俺ら桜子さんの部下だから犯罪だけはやめろよ。マジで。ぶっ殺されるぞ」


 一応は桜子としての部下という扱いになっている正義屋とルピン。

 あの激情家で苛烈な人を怒らせることを考えただけで、ぶるりと震えがくる。

 チンケな盗みなんてしないに限るし何よりもダサい。


「俺らのやることは情報収集だ。これを見ろ」


 懐から一枚の写真を取り出しルピンに見せる。

 写真には頭の薄い嫌らしい感じの男が写っていた。


「こいつは色々な情報を取り扱っている奴だ。情報の売買に関しては特に口をはさむつもりはねーんだが、ちょいとばかり節操がなさすぎてな。どんな奴にだってどんな情報でも売る野郎だ。しかも、収集する情報は粘着的すぎてパパラッチも真っ青な非合法的手段を躊躇なく使うクソ野郎だ」


 その男の説明をかいつまんでするとルピンは興味なさげに「ふーん」と一言だけ返す。奈落にいたルピンにしてみればしょうもない小物に過ぎず、興味を引く対象には足り得ない。

 とはいえ、それに関しては正義も同意ではあるが、こういった小物はやることがセコイ割に迷惑度合いが高く、仕事上では致命的な情報漏洩に繋がらないものの鬱陶しいこと甚だしい輩なのだ。


「んで、こいつがこの付近に潜伏しているらしいから、俺らは足を使って情報を集める。場所がわかったらとっちめる。以上何か質問あるか?」

「要はその辺の奴らに、この写真の男の情報を聞けばいいの?」

「そーいうこった。幸いお前は顔がいいからな。水商売の姉ちゃん辺りを中心に聞き込んでみてくれ」

「わかった」


 とりあえず内容を理解したルピンに仕事を割り振ってみた。

 何しろルピンは長身で体格も良く、顔も女性受けがする程度に整っている。

 社会経験の足りなさが目立つので、女性方面での情報収集を任せ、正義は男の方を当たってみる予定だ。

 とはいえ、いきなり最初から放置するのも教育係として無責任なので、最初の一人か二人程度までは離れた場所から様子見をするつもりだ。

 そこで、ルピンはこれから出勤するであろう風俗嬢っぽい女性に声をかけた。


「ねぇ、そこの君。ちょっといい?」


 女性はルピンの顔を見上げてまんざらでもない様子だ。

 ルピンは正義から預かった写真を取り出し風俗嬢に見せる。


「この男に見覚えはない?」

「うーん、あるようなないような。あ、でも。お兄さんが私と遊んでくれるなら思い出しちゃうかも!」


 好感触な出だしに正義はよしよしと頷く。

 あとは適当に会話を盛り上げて少しでも情報を得れば良い。

 これなら何の心配もいらなさそうだと、正義も別の場所に移動しようかと考えたところ、ルピンがとんでもないことを言い出した。


「はは。冗談だろ? オセロの足元にも及ばないブスと遊ぶって何の罰ゲームかな。いいからさっさと質問に答えろよ。殺されたいの?」

「ハァッ!? あんた何その態度っ!?」


 ルピンの罵倒に風俗嬢は一瞬何を言っているか理解できず、理解できたら怒りに血の気が上がって顔が真っ赤になった。


「おいおいマジかよ……!」


 急いで正義はルピンの元に駆け寄る、風俗嬢とルピンの間に体を挟んだ。


「よう姉ちゃんこいつの口が悪くてすまねーな。ちょっとばかり常識知らずなもんでな。許してやってくれねーか?」


 正義よりも背の高いルピンの頭を掴んで下げる。

 ルピンは「何すんのさ!」と口にしかけたところ「黙って見てろ」と強制的に黙らせて、そのままルピンの頭を下げたままにする。


「別にいいけど……」


 いきなりの正義の乱入に驚いた風俗嬢だが、暴言を吐いた男が頭を下げたのを見て溜飲を下げた。夜の街で働いている女だ。店では面倒な客など山ほどいるし、この程度では一々驚いていられないのだ。


「わりーな、助かるよ。つか、姉ちゃんえらい別嬪さんだな。この辺で働いてんのか?」

「そ、そうよ。もう働いて結構長いわよ」

「そか。詫びついでに今度飲みに行くから店教えてくれ。名刺とかあるか?」

「ちょっと待って。はいこれ」

「お、サンキュー。あと迷惑ついでで何だが、この写真の男に見覚えないか?」


 ルピンも見せた写真を正義ももう一度見せた。

 友好的な態度を見せる正義に、風俗嬢は「しょーがないわねー」と写真を見て思い出すように考え込む。


「……うーん。こいつって何か悪いことしたの?」

「ハッハー! 安心しな姉ちゃん。チンケな小悪党だよ。あまりにもチンケで情けないから、この俺がちょいと説教しに来たんだZE! なんたって俺は正義の味方で、名前も正義だからNA!」

「プッ、何それー」


 別に嘘は言っていない正義に、風俗嬢の笑いを誘う。

 さっきよりもかなり態度が軟化したみたいだ。


「でも、ごめんね〜。本当に見覚えないの」

「いや全然構わねーよ。それよか、こんな美人と仲良くなれたことの方が、俺にとっちゃ何よりの収穫だZE!」

「もうヤダ〜上手いこと言っちゃって。でも、もしこいつがウチの店に来たら教えてあげるわ」

「マジで助かるわ。これ俺の番号な。おっと、別にこのチンケな小悪党が来なくても連絡してくれていいんだZE☆」

「う、うん」


 耳元でそっと蠱惑的に正義が呟くと、風俗嬢が少し顔を赤らめた。

 その後、風俗嬢は「ちゃんとお店にも顔だしてね〜♪」と手を振って上機嫌に去って行った。

 ようやく正義はルピンの頭を上げて言った。


「とまぁ、こんな感じに情報を集めるんだ。わかったか?」

「……俺僕、初めて先輩が凄いと思ったよ」

「ハッハーもっと褒めて良いんだZE!」


 初めてという言葉がやや気にかかるが、先輩らしいところを見せることができて何よりだ。


「んで、できそうか?」

「……わからない。人と話すなんてあんまりやってこなかったから」

「じゃあ、慣れろ。オセロってお前の大事な娘のためなんだろ? だったら、何だってできるはずだ」

「――っ、わかった」


 ルピンのちょっとした弱音に釘を刺す。

 苦手な仕事だろうと仕事は仕事だ。

 できないでは済まさない。


「一応アドバイスだ。情報集めはナンパと同じだ。話す、褒める、知ろうとする、踏み込み過ぎないだ」

「……助言ありがとう先輩。はぁ、オセロ以外の女を褒めるとか面倒だけど、やってみるよ」

「おう、がんばれよ」


 器用そうに見えて色々と不器用な後輩を見送った。

 嫌そうな顔をしているのに、仕事をこなすこと自体には文句を言わないルピンを見ていると、何だか昔の自分を思い出すようでむず痒くなる。


「くくっ。まさか俺が説教する側になるとわねー」


 時間が経つのは早いものだと思う。

 正義屋として真理と一緒に活動し始めたのは一年程度になるが、それ以前には正義一人で桜子の命令のもと他の連中と組んで活動していたのだ。

 そんな新人時代で、正義は弟に恥じない男になるために色々と無茶をして、ルピンと同じようにどころかそれ以上に怒られてきた経験がある。

 とはいえ、さすがいルピンに説教する側なので、こちらも負けじと情報収集を開始した。

 夜も深まって歓楽街が賑やかになり始めた頃、ルピンと合流して一度情報共有をしようとしていた時だ。

 ポケットに入れていた携帯がブルブルと鳴った。


「お、さっきの姉ちゃんか?」


 電話を取ると、最初にルピンが声を掛けて怒らせた風俗嬢からの電話だった。

 彼女は律儀にも店の人にも聞いてくれたようで、その内の一人がコンビニで似たような男が近くの住居用のマンションに入ったのを目撃したとのことだ。


「サンキュ。仕事が終わったら高い酒飲みにいくから用意しておいてくれや」


 ピッと電話を切る。

 もう数日ぐらいは時間が必要と思っていただけに運が良い。


「おいルピン。情報屋の場所がわかったぞ」

「もうわかったの?」

「まぁな。やっぱり、こういう人探しとかだと、飲み屋の姉ちゃんたちの情報とか頼りになるわーって何だその顔?」


 ルピンがむーっと面白くなさそうな顔をしている。

 こんなに早く情報が手に入ったのに何をむくれているのか見当がつかない。


「あれだけ話しかけたのに、俺僕の方はあんまり収穫なかったから」

「ははっ、それで悔しそうにしてんのか」


 まったく可愛い後輩だ。

 こういうのは運不運が物を言う。

 手に入らないことなんてザラだし、情報が入ったら御の字なのだ。


「バーカ。最初から上手くできる奴なんていねーよ。それに、ルピンの仕事はこれからなんだ。しっかりと小悪党を懲らしめてやれよ」

「……わかったよ」


 荒事に関してはルピンの役割だ。

 別に正義自身でもやれないことはないが、プレイヤーとして派手な活動ができるルピンの方が確実だし受けもいい。

 二人は風俗嬢が入っていたビルの一室に向かい、ドアの前で立ち止まった。


「ここだな」

「鍵が掛かっているけど、どうする先輩?」

「簡単だ。蹴り破れルピン」

「了解」


 金属製のドアがひしゃげて開いた。

 そこへ颯爽と正義は乗り込み名乗りを上げる。


「はっはー! 哀れでチンケな小悪党! お前の性根を叩き直しにきてやった……ZE……?」


 シーンと静まり返った部屋に疑問を覚える正義。

 大抵、こういう部屋位乗り込んだ時はドタバタとこっちを見にくるか、窓から逃げるかの2パターンに行動が別れるのにそれがない。

 もしかして、留守だったかと思い部屋の中へと入り込む。

 そして、正義とルピンは――それを目撃した。


「ねぇ先輩。懲らしめる悪党が死んでいたら――懲らしめられないよね?」

「そりゃそーだ」


 写真の情報屋の男が死んでいた。

 壁に背を預けてぐったりとし、口からは大量の血を吐き出したのか床には血の池ができている。心臓どころか呼吸をしている様子も見えない。

 完全に絶命している。

 やれやれと正義は携帯を取り出し、連絡を入れた。

 相手はもちろん桜子だ。

 話すこと数分。

 見たままの状況を伝え、引き上げるようにと指示を受けた。

 これにて仕事は終わりだ。


「とりえあず、桜子さんには連絡入れた。警察の応援がこの後来る手筈だ――ってどうしたルピン? 野郎の死体なんざ見ても面白くねーだろ」


 こんな仕事をしていたら死体なんて珍しくもない。

 なのに、ルピンの顔からは監察医のような死体を検分するかのように見つめていた。


「先輩。これ見て気づかない?」

「あん? そりゃどういう意味――あぁ、そういうことか」


 突然、ルピンからそう言われたので正義は死体を見る。

 別に正義は死体の検分の専門知識を持っているわけではない。

 だが、それなりにひどい現場も見てきたので、そこそこの経験はあって、その経験からようやく現場の異常さに気づいた。


「凶器がない……いや違うか。壁に亀裂入って死体の胸が陥没しているところを見ると、とんでもねー力でぶん殴られたって感じか」


 状況からそう判じた。

 詳細は遺体を調べないとわからないだろうが、おそらく間違いはない。


「俺僕もそう思う。そして、そんなことができる相手には二人ほど心当たりがある」

「一応聞いてやる。誰だ?」

「俺僕と久遠健太」

「だよなー」


 薄々そんな気はしていた。

 といっても、


「ルピンは論外だし、健太くんもそんなことをするチンケな野郎じゃねー。そうなると他にこんなことをできる奴がいるってことか?」

「うん。そうなると思う」


 勘弁してくれよと正義は思った。

 久遠健太の拳をその身に受けたことがある正義はげんなりする。

 あんな人間を超えた男がそうそういてたまるかと思う一方、ルピンもまた仕事を何回か一緒にしたせいで久遠に近い実力を持っていることは知っている。

 確かに、こんな芸当ができる相手が他にいてもおかしくはない。


「……くそ。なーんか嫌な予感がしてきたぜ」


 簡単な仕事のはずが、きな臭い匂いを帯びてきた。

今年一年お付き合いいただきありがとうございました。

来年も娯楽都市を引き続き宜しくお願いしますm(_ _)m

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