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娯楽都市  作者: 菊日和静
第04話 娯楽屋と奈落王
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勝負に男も女も関係ない

「……わたし?」

「お前以外いねーだろ」


 キョロキョロと辺りを見渡す白い少女。

 ようやく自分が話しかけられたのだと理解したようだ。

 あれだけ凄まじい身体能力を披露しているのに、どうして自分以外がいると思ったのか。さっき見た姿が嘘のように鈍臭そうだ。


「……遊んでるの」

「それはわかってる」


 真理としては修行目的であるが、ここはアスレチック広場だ。

 遊び目的以外何があるというのだ。

 聞き方を間違えた。


「まぁ、いいや。それよかお前どうやって身体鍛えてんだ?」

「……鍛えてないよ?」

「おいこら噓をつくな」


 鍛えもしないで真理より早くゴールできるわけがない。

 現に真理は白い少女が力づくで捩じ伏せるようにコースを攻略するところを見ているのだ。それに、改めて間近で少女を『視た』ことでそれは確信に変わる。

 およそ、白い少女は真理と同年代少女の肉体のそれではない。

 二本足で立っていても体幹など一切のブレがなく、ゴールした時は高速動作から急停止したのに骨に何の負担もなかった。

 白い少女の肉体は、久遠やルピンの力強さに同じ分類にされるレベルの属していてもおかしくはない。下手をすれば、現時点で彼らと同程度の強さがあるかもしれないと予感させるほどに。


「……ほんとだよ?」


 なのに、少女は嘘ではないと言う。

 真理がどうしてそんなことを言ったのか理解できずに、首をコテリと横に倒す。

 白い少女の目線の動き、言葉のテンポ、脈拍を真理は観察する。

 そのどれもが、白い少女が真実を語っていると言っている。

 ――嘘をついているわけじゃなさそーだな。

 少しだけ悩むそぶりを見せる真理だが、


「う〜ん。まっ、いいか」


 この広い世界、そんな奴も一人や二人いるだろうと納得した。

 考えたところでわからないものは、とりあえず放置する。

 良くも悪くも兄の正義を見習っているだけに、こういったところは単純明快な真理であった。

 それよりもだ。


「キシシ。じゃあ次はお前からな!」

「……わたしから?」


 突然の真理の『お前から』発言に、白い少女は今度こそ意味がわからず聞き返した。


「そうだ。さっきのコースでお前の方が早くゴールしたからな! 勝った奴が次のコースで一番先にやっていいルールだ!」

「……わかった」


 コクリと頷いた少女が開始位置につく。

 合図と共に白い少女が豪快に走り出した。

 次のアトラクションは『蛇の道』だ。

 クネクネとした曲がりくねった道に、数々の足止めの罠が待ち受ける。

 白い少女はその罠を物ともせず潜り抜け「ヒュ〜」と真理は、口笛が吹けないので口笛の真似をして少女を賞賛する。先ほどの『水渡り』の時と同じように――力任せに走り抜けていた。

 だが、白い少女が突如立ち止まった。

 狭い道で一本道に見えながらも道が分岐しているところがあったり、罠によってはクイズを解かないと通れない関門もあったりするのだ。

 力任せではどうもできない罠に、白い少女は見事に足止めを食らっていた。


「……ゴール」


 といっても、平均タイムだけ見れば、白い少女のタイムはかなり早い部類に入っている。それを確認した真理は、早く挑戦したいとばかりにニコニコと不敵に笑っている。


「キシシ。次は俺の番だな!」


 真理が開始の合図と同時に走りだす。

 走る速度に関しては真理の方が分が悪いが、テクニカルなコースであるので真理は理想の動きを意識しながら、コースの最短距離を走るように心掛けている。分かれ道も、床の廃れ具合から判断して正解の道を導き出していた。

 さらに、白い少女が足止めされたクイズなども、わからない問題はいくつかあったが、小学校卒業を前倒している真理としては上出来な回答率だ。


「おっしゃあ! どうだ!?」


 白い少女が待っているゴールめがけて滑り込み、タイムを見る。

 結果、真理のタイムは白い少女のタイムを少しばかり上回ることに成功していた。効率の良い動きとコースを選択したところで、若干の優位が真理に生まれていたのであった。


「へっへ〜どうだ! 今度は俺の勝ちだ!」

「……うん。すごい、ね」

「な〜んかちっとも凄そうに聞こえねーな」

「……そう、かな?」


 ちっとも悔しそうに見えない白い少女に肩透かしを食らった気分になる。

 とはいえ、勝負は勝負。勝ちは勝ちだ。 


「よし次は勝った俺からな!」

「……うん」


 白い少女を連れて次のコースへと向かう。

 真理の理想の動きへの追求は現時点の真理に体格にあった動きであるため、規格外の身体能力を持つ真理の役には立たない。それでも、真理は己とは全く違う強さでコースを攻略していく少女に対抗意識を燃やすことで、集中力は一人であった時の比ではないぐらい発揮していた。

 勝ったり負けたり。

 負けたり勝ったり。

 そんなことを繰り返しながら、真理は少女と二人でアスレチックコースを攻略して行った。


「ちっくしょー! ついに勝ち越せなかったぜ!!」


 ついに最後のコースを攻略した二人。

 決着は真理が僅差で白い少女に負けて終了した。


「……くやしいの?」

「あったりまえだ!」


 本気の勝負で負けてしまったのだ。悔しくないわけがない。

 それも自分と歳が同じぐらいの女の子相手にだ。

 自分の未熟さに腹が煮えくり立つほど悔しい。


「……わたし、負けた方がよかった?」

「ばっきゃろー! そんなのダメに決まってるだろ!! いいか。勝負ってのは男だろうと女だろうと真剣に全力でやんないとスッゲーカッコわりーことなんだ。絶対にわざと負けるとかすんなよ!!」


 競争相手に情けをかけられるとか冗談ではない。

 そんなことは少雨に対しての冒涜であり、相手への侮辱に等しい。

 

「……ごめんなさい」


 少女は真理の怒りにシュンと落ち込んだ様子を見せ――たかどうかは表情が全く変わらないのでわからないが、それでも謝ったので許した。


「気にすんな。ま、これ兄ちゃんの受け売りなんだけどな」

「おにいちゃん?」

「おう。世界で一番カッケー俺の兄ちゃんだ!」

「……世界一。すごいね」

「キシシ。だろ?」


 世界一カッケー兄が言った言葉なのだ。正しいに決まってる。

 兄のことをすごいと言われ、真理は我が事のように嬉しく感じて笑った。

 今度兄に会わせてややっても良いかなと思ったら、ふと気づいた。


「あ、そうだ。なぁ、お前。名前なんていうんだ?」

「……名前?」

「おう。お前の名前だ!」


 そういえば「お前」としか言ってなかったので名前を聞くのを忘れていた。


「……わたし、先生からは『ヌル』って呼ばれてる」

「塗る?」

「ううん。ヌル」


 どんな漢字を書くのか全く想像がつかない名前だ。

 といっても、この娯楽都市に生きる子供からしてみれば、それほど不思議な名前ではない。いわゆる親の頭がどうにかしているんじゃないかとしか思えない名前なんて溢れ変えているし、普通の名前が気に入らなくて本人が名乗りたい名前をつけるために改名手続きをするなんてことも珍しくはない。

 なので、真理はとりあえず音として覚えた。


「そっか。ヌルか。覚えたぞ。俺の名前は虎徹真理だ」

「しんり?」

「おう。世界で2番目にカッケー男の名前だ!」


 世界で1番は当然兄の虎徹正義だ。

 いずれ越えるべきでっかい兄貴であり、今はそのために打倒久遠健太に燃えているのである。


「しんり。……うん、おぼえた」

「ならいい。じゃあヌル。また一緒に遊ぼうぜ!」

「――うん。またあそぼ」


 日も暮れ始めてきたのでヌルとはここで別れて家路につく。

 小走りで公園を抜けた真理は笑いが止められなかった。 


「久遠のアンちゃんの他にもあんな奴いんのか。キシシ。ったく、これだからこの都市はオモシレーな☆」


 強い奴が娯楽都市には一杯いる。

 兄に久遠にルピン。

 真理が知らないだけで、まだまだすごい奴なんてもっといるだろう。

 世界一かっこいい奴になる道のりは、まだまだ険しい道であることに真理はワクワクが止まらなかった。


        ◆


「……しんり。真理」


 ついさっき別れた少年の名前をヌルは忘れないように何度も口にした。

 笑って、怒って、悔しんで。

 表情がコロコロと変わる少年は、ヌルが今まで会ったことがなくて新鮮な気持ちになった。ただヌルは、その気持ちが何なのかわからなくて、その気持ちをどうすれば伝えられるのかが全くわからなかった。

 だから、別れた今もこうして名前を何度も呟いていたら、一人の男が現れた。


「……あぁ、ヌル。ここにいましたか」

「……先生」


 先生とヌルは呼んだ。

 そして、先生はヌルのことをヌルと呼ぶただ一人の大人だった。

 陰鬱で今にも死にそうなぐらい病弱なのに医者のような白衣を着る男。

 黒式十一がそこにいた。


「……外の世界はどうでしたか?」

「……すごかった、です」

「……ほう。君がそんなことを言うとは実に興味深いですね」


 黒式は楽しそうに笑ってヌルを見て言う。

 端から見れば、黒式の視線は子供に向けるような労りや優しさを含んだものではない。実験動物がどのように成長したのかを楽しむ研究者のそれだ。

 ヌルはその目に慣れきっているし、そんな目しか向けられてこなかった。

 だから、感情なんてものはさざ波一つ起こすことなんてなく、ただただいつも通りだなとしか思っていない。

 ただ今日は少しだけ違った。

 いつもの研究所の中での実験ではなく、外にいきなり連れ出された。

 そして「それでは今から3時間ほど時間をあげますから、自分なりに行動をして見てください」と黒式から言われ公園の中を彷徨っていたのだ。

 黒式の命令に困惑はしても不安はなかった。

 ヌルはその命令に「はい」と一言だけ返して、公園の中を歩いた。

 実験動物としてのヌルは「何もしない」という行動をほぼ取らない。

 実験では何かしらの目的があってデータを取っていて、ヌルは基本的にそれに従っていた。だから今回も何もしないのではなく、何か動くべきだという機械的な判断で動き回っていた。

 結果、黒式の興味を引けたのだからヌルとしては成功と言える。

 

「……先生。これは何の意味があったんですか?」

「……意味ですか? はは。ヌルはどんな意味があったと思います?」

「……すみません。わかりません」

「……社会勉強ですよ。君が社会に出て仕事をするための」

「……べんきょー」


 聞いてもやっぱりよくわからなかった。

 そんなヌルの様子も見ずに黒式はただ話し続ける。


「……予想以上に君の仕事に出す時期が早まりそうでしたので、その調整のために社会勉強を積ませているのですよ」

「……仕事って何をするんですか?」


 実験しかさせてこられなかったヌルは気になって聞いてみた。

 無表情に、無感情に、白々しく白けた様子で聞いた。


「……いずれわかりますよ。近いうちにね」


 結局、何の仕事をするのかわからないまま黒式と共に迎えの車に乗った。

 車に乗る前、ヌルは一瞬だけ真理と遊んだ公園を振り返り、何の感情も持たない白い少女は「真理にまた会えるかな」とだけ思って車に乗り込んだ。

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