推理小説のようなことが現実に起きるのか?
坂月が死んだ知らせを受けて、久遠は娯楽研究会の部室を尋ねていた。
「あ、久遠さん。お待ちしていました」
「おいっすー。ケンケン。昨日ぶりーりー」
中には既に双六がいて、狐島と将棋をしていた。
盤上の駒を見れば歩だけしかなかったので、どうやら挟み将棋をやっているようだ。自分の二つの駒で相手の駒を挟んだら取ることのできる簡単な遊び将棋の一つである。
そんなものをヘラヘラとやっている双六を見ていると、知り合った人間が死んだことをどうにも思っていないのかと疑いたくなる。
だが、どうせ自分もそこまで深い付き合いではないため、悲しい気持ちまでは起きないけれど、ただ——ほんの少しばかり嫌な気分にはなる。
「それで、一体どういうことだ?」
「坂月さんが死んでました。これを」
娯楽都市で発行している新聞を双六が差し出した。
久遠は就職活動のため経済新聞を読んでいるが、こういった地域のことを詳細に載せた新聞は読んでいなかった。そのため、双六から聞いて初めて坂月が死んだことを知ったぐらいである。
その新聞を広げて読んでみると、確かに坂月の顔写真と大まかな経歴が載っていた。
——坂月草火(21)が昨夜未明に死亡。楽王大学の三年生であり、死因はナイフで刺されたような傷跡があった。
——現在、警察は他殺の可能性が高いと見ており、事件の方向で死亡時刻あたりの坂月の動向について調査中である。
そのように記載していた。
新聞に記載している昨夜というのが正しければ、坂月が死んだのはジーニのイベントあった日の後になる。
イベントのあった次の日には、その参加者の一人が死亡した。
偶然と言いきるには――あまりにも、看過しがたい。
——もしかしたら、ジーニ本人か参加者の誰かに殺された?
そんなことを考えただけで、久遠は胸から胸糞悪い気分がこみ上げてくるのを感じた。
「なるほどな。それで、天野の嬢ちゃんをここに呼んでないわけだ」
「その通りです。天野さんも僕らにとっては等しく疑いの余地がありますからね」
イベント時の参加者で犯人の可能性から外れるのは久遠と双六だ。そして、死んだ坂月を殺したとあれば、天野、神島、屋久寺の三人のいずれかが真犯人の可能性が高い。
中でも天野については——坂月を殺してもおかしくはない動機も存在している。
「……もし坂月がジーニだとしたら殺意が十分ってことか」
「えぇ、察しが良くて助かります。ですが、そうでない可能性もあります。ということは、僕らも平等に命の危険性が出てきたというわけですよ」
犯人が天野だとして、坂月がジーニであればこれで全てが終了となる。
だが、それ以外の可能性として坂月がジーニではなく、無差別的にイベント参加者を殺すというような、こちらが全く想定していないような可能性だって秘めているのである。
久遠がやれやれとため息をつきたくなる一方で、双六はいつのもようにニヤニヤと笑っていた。
「……その割には、楽しそうな面してんだな」
「えぇ、楽しいですよ。この殺人が一体何なのかを考えることができるだなんて、まるでどこぞの推理小説の探偵になった気分ですからね。犯人はお前だ! みたいな台詞とか言える時がきますかね。くぅー! がぜんやる気が出てきました!」
「馬鹿かお前は。犯人を捜すのは警察の仕事で、推理なんてのは警察の仕事の方針に過ぎねーんだよ。俺らの依頼はあくまでジーニを見つけることだ」
人一人が死んだというのに、双六は臆するどころか推理小説の探偵気取りみたいなことを言い出したので釘を刺しておく。
あくまでも、娯楽屋の依頼の領分としては天野がジーニを見つけるとまでであるのだから。
「ケンケンはリアリストだねー」
「夢見るにはいささか現実を見すぎたからな」
主に就職方面で現実を見すぎてしまい、現実がどうにもならないことを体験している久遠の言葉には実感がこもっていた。
「えぇー。もっとドリームっちゃいましょうよ。娯楽都市なんですから楽しい夢なんてそこら辺転がってるじゃないですか。むしろ、久遠さんなら就職なんてしなくても、独り立ちしてこのまま娯楽屋を全国経営しちゃえばいいじゃないですか」
「うるせー黙れ、この変態娯楽馬鹿。大学卒業したら就職すんのが世の流れだ」
そう、久遠はそんなことを望んでやしない。
夢は見ない。現実を見る。
就職をして、この娯楽都市を出る。
そんな現実を見ているはずなのに、何故だか最も遠い夢のような気がする。
なのに、こうして非日常なことに身を浸かっているのを感じると、夢が現実なのか、現実が夢なのかさえあやふやではっきりしなくなる。望んだのは、そんな大層なもんじゃないはずなのに、そんな大層じゃないものすら叶えられない娯楽都市が――嫌いだった。
「あ、それで、今後の方針だけは決めておきたいんですけどいいですか?」
「方針?」
「はい。久遠さんが言ったとおり犯人を捜すのは警察の仕事で、僕らはジーニの割り出しを行うわけですが、正直この二つを分けて考えるのは危険すぎます。坂月さんが死んだ以上は僕らも相応に安全を守りつつ、ジーニを探そうと思います」
コホンと一つ咳払いをして、間を溜める。
「なので、僕は夜までに情報を割り出しますので、久遠さんは天野さんの護衛をお願いします。護衛というよりは監視の意味合いの方が強いかもですけどね。そんでもって、他の二人の身元がわかったら、神島さんと屋久寺さんを尋ねたいと思います」
「……なるほど。誰が犯人であれ、殺人犯への牽制になるし、誰かがジーニであったとしても何らかの揺さぶりを掛けられるってわけか」
「えぇ。何か問題でもありますか?」
「特にない。……が、荒事はごめんだからな」
「何を言っているんですか。久遠さんなら、誰が相手でもどんな奴が相手でも、負けるはずがないじゃないですか。てか、僕は久遠さんが襲われても何も心配しませんよ」
本当にこいつは……。と、苦笑を通り越して溜息しか出ない。
信頼しているのか盲目しているのか。ただただ、久遠自身としては、争いなんてものは控えるべきだと思っているし、避けられるなら避けるべきだと思っている。
ただ、やはり物騒な事件が起きている以上は身を守らなければならない。一般市民なら、ここで警察に情報を提供して、何らかの役に立つのが普通なのだろうが、娯楽屋は裏家業の一つ。下手に警察と関わり合いになるのもどうかと思うし、それ以前に、ジーニが殺人を犯した根拠がまず薄弱だ。そういった全てを含めて身を守らないといけない。
「わかったわかった。それじゃあ、俺はこれから天野の嬢ちゃんのとこへ行く。狐島。嬢ちゃんの居場所とかはさすがにわかるだろ?」
「るーるー。ここが、あまちゃんの住所だよー」
狐島がメモ用紙にさらさらと書き出したのを受け取る。どうやら、天野も楽々高校の寮生のようで、そんなに離れていないようだ。
「わかった。それじゃあ俺はこれから出るが、後は任せたぞ双六」
「えぇ。もちろんです。じゃあ僕も出ます」
「ほいさー。二人ともいってらっしゃいにー」
そして、娯楽屋の二人は部室を後にした。