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娯楽都市  作者: 菊日和静
第04話 娯楽屋と奈落王
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白よりもなお白きもの

「あーもう! 暇だぁー!!」


 虎徹真理は空に向かってそう叫ぶぐらい暇を持て余していた。

 寒空の下、閑散とした公園には人がポツポツと斑らにしかいない。真理が多少大声を出したところで誰も気に止めるものはいなかった。

 いつもは兄の虎徹正義とコンビで動いているはずなのに、こうして真理が一人でいるのは理由がある。

 それは、

 

「こういう時、しょーがくせーって不便なんだよなー」


 虎徹真理は年齢12歳の小学6年生であり、今回の仕事では年齢を理由に兄の正義から仕事に付いて来るのははダメだと直々に言われたからだ。

 正義は基本的には真理のことを溺愛しているが、それは何をしても許してくれるわけではない。真理がダメなことをしたら叱るし、カッコイイことをしたら頭がおかしいんじゃないかというぐらいのテンションで褒める。

 一応は、人としての公序良俗を持ち合わせている正義は、時々であるが、真理の年齢的にまだ早いと判断した仕事に関しては、こうして休みを与えているのであった。

 だが、当の真理本人にしてみれば、まっとうな同年代の友達なんているわけもなく、むしろ兄と一緒にワクワクするような冒険感覚を味わえる仕事をしている方が楽しいと思っている。

 しかも、娯楽都市の先進的かつ斬新すぎる教育理念のおかげで、真理はとっくに小学校卒業の資格は小学校6年生に上がったと同時に取得し終えており、学校には通ってすらいないことも、友達がいないことに拍車をかけていた。

 真理にとって休日とはただの暇をもてあそぶ日であり、12歳でありながらもワーカーホリックである少年は、小学生らしからぬ休日を過ごしていた。


「どうせなら訓練している方が面白いのに、兄ちゃんそれもダメだっていうし、どうしろってんだよ〜……」


 当初の予定では、打倒「久遠のアンちゃん!」を掲げている真理は戦闘訓練でもする予定であった。しかし、そこを兄の正義は「はっはー! 愛しの弟よ! せっかくの休日に訓練なんて野暮な真似をせず、公園でも行って遊んでNA!」とか言うもんだから、しぶしぶと公園に来ている。

 何だかんだとぶつくさ言いつつも兄の言うことをきっちり守る真理である。

 とはいえ暇なことに変わりはなく、公園をあてもなくブラブラする。


「お、あれ何だ?」


 目の端に映った方向に顔を向ける。

 そこにあったのはアスレチック広場だと看板に書いていた。それを見て真理はニンマリと笑った。兄に禁止されたのは『訓練』であるが『遊び』は禁止されていない。

 そう、つまりアスレチックで遊ぶことは――禁止されていないのだ。


「キシシ! いっちょ全力で遊んでや〜ろうっと!」


 真理はアスレチック広場へと駆け出す。

 入り口には広場に入るための受付があり、そこの係の人が真理を見て話しかけてきた。


「よう坊主。お前さんもここのご利用かい?」

「おう!」

「元気がいいな。子供用のコース一枚でいいか?」

「子供用? 他にコースがあんのか?」

「あぁ、大人用と超人用がな」

「キシシ! じゃあ超人用で頼む!」

「おいこら坊主。一応おっちゃんが忠告しとくが、お前さんぐらいの体格だと大人向けでも大分きついんだぞ?」

「おっちゃんオレをあんまナメんなよ? そんぐらいキツくないと修行にならねーだろ!」

「修行ねぇ……。あー、おっちゃんも昔やったのを思い出したよ。うーん、よし。修行なら仕方がねーな。怪我には気をつけて無理せず頑張れよ」

「サンキュな。おっちゃん!」

「……まったく元気のいい子供(ガキ)だ。まぁ、精々気をつけろよ」


 受付のおっさんから入場許可を得て真理は超人用コースに向かった。

 いくらなんでも子供の体格だからといって心配しすぎじゃないかと思ったが、その理由はすぐに判明した。


「うっわ〜、こりゃスゲーな!」


 超人用コースの最初の関門は『水渡り』というものである。

 『水渡り』とは全長およそ20メートルの池に作った足場を渡りながら向こう側まで歩くというものというものである。

 これが子供用ならば大きめな丸太の足場が用意されており、大人用だと足場は片足分ぐらいのサイズとなっている。大人用でもかなりのバランス感覚を要求される作りとなっている。

 ところが、これが超人用となるとかなり頭がぶっ飛んだアトラクションになっていた。

 まず、足場は大人用と同じ片足サイズ。それに加えて次の足場は平坦ではなく最大高低差2メートルの立体的動きを要求され、さらには一定時間ごとにその高さが変わる仕様になっていた。ゴール付近においても、意地でもゴールさせないとばかりにバレーボールが打ち出されている始末であった。

 人の意地悪さが度を超えている意味での超人コースだ。


「キシシ! 腕がなるぜ!!」


 真理はコースを見る。診る。視る。

 天性に備わった真理の『眼』は、ありとあらゆるものを見通す。

 かつて、久遠と戦った時も、彼の動きを見切って互角の戦いを演じることができた。

 しかし、勝負自体は久遠の勝ちで終わった。

 いくら動きを見切ることができても、未熟な真理の身体では、久遠の動きについていけず体力の限界を迎えてしまったからだ。

 真理は考えた。この小さな身体でも久遠に勝てる方法を。

 まともに久遠と戦っては、体格差と体力差で負ける。将来的には体格も追いつくかもしれないが、現時点でどれだけ鍛えようとも限界がある。

 今まで天性の眼の力で戦闘をしていた真理は、生まれて初めて勝つためにどうすれば良いかを考え抜いて、抜いて、抜いて、ある一つの結論にたどり着いた。

 それが、この答えだ。


「いくぜ!」


 真理は全速力で走り出し、常に変わり続ける足場の第一歩を踏む。

 そのまま風のように速度を落とさずに駆け抜ける。

 右足――まるで未来が見えているように。

 左足――淀みなく流れ行く。

 だが、


「まだまだっ!!」


 ガクリと足が滑りかけたが、すぐさま体勢を持ち直して走る。

 こんなんじゃまだまだだと心の中だけで反省し、頭は常に次にどう動くべきかを考え続ける。

 ――真理の『眼』の力は天性のものだ。

 およそ完成しており、鍛える余地などない。

 いわゆる長所を伸ばすという選択肢は美しいが、真理にとっては当てはまらないものだ。眼の力だけに頼った戦い方ではこの先行き詰まってしまう。

 そう思い悩んである日のこと、ふっと思いついたかのように何となく真理は眼の力を自分に向かって使ってみた。

 そこに写っていたのは未熟な自分の身体だ。

 試しに動いて見ても、およそ洗練されているとは言い難いものであった。

 こんな未熟な身体では、いつになった久遠に勝てるのかと心の底から苛立ち、腹の底から悔しい思いを抱いて――そして気づいてしまった。


 眼の力はこれ以上鍛えようがない。

 だが、この未熟な身体は言い換えれば、未完成であり完成していない。

 

 慌てるようにもう一度自分の身体をマジマジと見て、真理は背筋がぞくりとするのを感じた。

 この眼の力は相手を見切るものだとずっと思っていたし、そう使っていた。

 けれど、それは違っていた。否、一部分でしかなかった。

 この眼を自分に使えば、真理の体の筋繊維一本、骨一本に至るまで視ることができる。

 

 理想の動きの体現。


 真理は眼の力を相手の動きを見切るのではなく、自分の動きを見切るために使い始めていたのであった。

 とはいえ、いくら眼の力を使っても、眼で見たことをイメージ通りに動かすのは恐ろしく難しく、そのため真理は訓練を重ねて少しずつ理想の動きに近づけるようにしていた。

 その成果がこれだ。


「キシシ! はいゴ〜ル!!」


 途中一回だけ軽微なミスはあったが、その他は全て問題なく動けた。

 ゴール手前のバレーボールの障害も、弾くのではなく手を添えて力の方向を少しだけ変えてやることで、難なくやり過ごしたのであった。

 端から見てればおよそ余裕で真理がクリアしたようにしか見えないのに、


「でもこんなんじゃまだまだだな。イメージ通りってすげームズイ!!」


 真理はまだまだ足りないと不満げな様子であった。

 それも当然だ。求めているのは久遠に勝てるだけの力を身につけることで、この程度では久遠のおよそ人間離れした身体能力を相手取るにはまだまだ足りない。


「くっそ〜ぜってー次のアトラクションは完璧にクリアしてやる! ――って、うん?」


 次に向けて意欲を燃やしていたら、目の端で『何か』を捉えた。

 このアトラクションをする時、真理の他に超人コースを選ぶような客はいなかった。だから、この『水渡り』は他にいないはずであるのに――コースを移動する白い『何か』がいた。

 瞬間、真理は無意識に『眼』の力を使ってそれを完全に視た。

 白い何かは――人間だ。

 それも――少女の姿をしている。

 少女がこの超人コースを選択し挑んでいた。

 その事実に真理は驚き愕然とした。

 驚いたのは少女が超人コースに挑んでいたことではない。

 少女が――真理がゴールした時間よりも早くコースを攻略していたのだ。

 高速に。力強く。罠すらも容易くねじ伏せながら。

 少女は真理がいるゴールまでまっすぐに進んでいた。


「……ゴール」


 そして、白い少女がゴールにたどり着いた。

 改めて真理は近くに来た少女を見た。

 白いというのは服だけのことではなかった。

 まるで神様が着色を忘れたかのように少女は――白かったのだ。

 髪も、肌も、服も全てが白よりも白い少女であった。

 これだけのアトラクションをクリアしたにも関わらず、少女は頬を上気することもなく、その白さは誰にも染められないことを連想させた。


「キシシ。おいお前。一体何モンだ?」


 考えるよりも先に真理は口を開いていた。

 まったく兄の言うことはよく聞いておくものだ。

 こんな面白そうなやつに出会えるなんて、休みも悪くないと真理は思った。

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