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娯楽都市  作者: 菊日和静
短編 天才が生まれた理由
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名前をつけるときなんて案外こんなもの

 十八先生の話を聞き終えて——齢10歳の私は悟った。

 早さの天才といえど、悟りが早すぎる気もしないではないが悟った。

 趣味に命を掛ける人間——超怖い。

 何が怖いかって、完全に他人の都合を何も考慮していないところが怖い。

 自らのエゴを押し付け、自らの欲望を満足させる。

 そのために、小学生である私に1万冊本を読むことを課し、その先にある物語を楽しみにし、プラチナにまで引き上げる努力を惜しまない。


 その努力が怖い。

 その欲望が怖い。

 そして、それが理解できてしまう私が——怖い。


 方向性が違えど、私もまた十八先生側の人間だ。

 目的を達成するためなら手段を選ばない。

 父を理解できるためならば他人なんてどうなっても構わない。

 私を『主人公』として扱う『読者』であっても役に立つのであれば利用する。

 友ですらなく、仲間ですらない、ましてや、教師と生徒の役目すら終えたのだ。

 今二人の関係性を表す言葉があるとすれば——プラチナの絆。

 なーんてものが妥当なのかもしれない。


「狂ってますね」

「あぁ、君と同じぐらいにはね」


 共犯者めいた笑みを二人して浮かべる。

 この人の言葉を全て信じるわけではない。

 ただ疑うのもバカバカしくなるぐらい、十八先生は本に狂っている。

 ならば、礼として物語の一つや二つぐらい提供しても構わないと割り切った。

 多分、この人の能力は——私にとっても役に立つはずだから。


「では十八先生。プラチナランクの特権がどのようなものか説明をお願いします」

「いいだろう」


 プラチナランクの情報は秘匿されている。

 ゴールドランクになった私でも、その情報に触れる機会すらなかった。

 まず間違いなく、同じプラチナである人間か、もしくは娯楽都市におけるトップ階級の人間からしか直接訊けない情報なのだろうことは予想がついていた。

 その特権は何なのか。

 今、十八の口から聞かされる。


「プラチナランクの特権。それは——免罪だよ」

「なっ……!」


 免罪と聞いた瞬間——あまりにの破格な特権に驚きを隠せなかった。

 もし免罪と聞いて「それの何が凄いのか?」とでも言う奴がいたら、想像力の無さと無学を嘆いた方が良い。

 人の世界にはルールがある。法がある。常識がある。

 いずれかを破ろうものならば罰という行為によって、自身が裁かれる。それが抑止力となり、人の世界はある程度暴力的でありながらも、うまい具合に破綻せずに回っている。クルクルと狂狂と回っている。

 なのに、免罪はそのルールを——嘲笑うかのように破り捨てるものだ。


 人に嘘を付いた人間が——赦される。

 人を傷つけた人間が——赦される。

 人を殺した人間が——赦される。


 およそ、そんな特権を持ってしまえば待っているのは社会の破綻か、特権を持った人間の破滅だ。圧倒的大多数な無力な普通の人間により駆逐される。

 それだけの力を持つ免罪特権だ。

 そんな情報なんて軽々しく公開できるわけがない。

 ゴクリと喉を鳴らした私に、十八先生は笑って言った。


「プラチナランクになった君には、もう一つの身分が与えられる。君がその身分で何を行おうとも、君自身の罪になることはない。つまり、娯楽都市の中でならば、やりたい放題できるってわけさ」


 なるほど。簡単に免罪と言っても「天野天音」に対してのものではないのか。

 もう一つの身分ということは、つまるところアバターみたいなものだと理解する。つくづく娯楽都市らしいシステムだ。その先にある狙いも大体は読めた。

 疑念を確信に変えるために、十八に聞く。


「それは例えば——殺人であってもですか?」

「もちろん。殺人であろうと赦されるよ」


 思わず「アハ!」と笑いが出てしまった。

 馬鹿げている。

 これが推理小説ならば「私が殺しました。ですが私はプラチナなので逮捕できません。ざまぁ!」という、とんでもない喜劇に変わってしまうぐらいだ。

 まったく本当に——下らない。

 そんなもので私が喜ぶとでも思っているのか。

 なぁ、罪を赦してくれる——誰かさんよ。


「へぇ。それで誰が——その罪を赦すんですか?」

「人間だよ。人間が罪を決めたんだ。その罪を許すのは人間に他ならない」

「そいつらは、何を企んで娯楽都市を作ったんでしょうね」

「さぁ? 私もそれを知りたいと思っているんだけどね。まだまだ本が読み足りなくて、誤読もできないよ」


 結局は、プラチナランクが特権階級の最上位といえど、支配者ではない。

 与えられる側としての——特権だ。

 プラチナの先輩である十八先生であっても例外ではない。

 いささかばかり、気に障る部分があるが、真正面から歯向かう気もない。

 私にはそれよりも大事なことがある。


「まぁ、私には関係のないことですね。くれるというのならば、ありがたくもらっておくことにします」


 父を尊敬していて。

 父を愛していて。

 父が死んでも父のことを理解したい。

 あの手で頭を撫でられた感触も、抱き上げられた温もりも、耳に残る優しい声を私は忘れない。

 私が父の矜持を打ち壊し、打たれ、怒られ、全てに絶望した父の姿すらも今では愛おしく感じる。

 私は天才で——ファザコンだ。

 私が生きる理由なんて、それだけで十分だ。


「最後に一つだけ聞きたいことがある」

「何でしょうか?」


 十八先生から、さらにレクチャーを受けて帰ろうとした間際、引き止められた。


「君の名前は何だ?」

「……今更何を言っているんですか?」


 本の読みすぎでボケたのかな?

 あれだけ本を読んでいれば、確かにキャラの一人や二人忘れてもおかしくはない。

 いや、十八先生に限ってそんなことはなさそうだけど。


「ふふ。プラチナランクとしての君の名前だよ。ゲームの主人公の名前決めみたいなものだ。それを教えてくれないか」

「あぁ、そういうことですか」


 プラチナとして新たな身分が授けられる。

 なので、通称のようなものを付けて良いと言われた。

 ちなみに、十八先生はプラチナランクになったものの、免罪特権なんて何一つ興味もなく、名前付けもしなかったことで<図書屋>という二つ名を付けられて、随分と憤慨したらしい。

 なんでも「私は読者であって、貸し出す側の人間ではない」という、わけのわからない彼女なりの信念があるようだ。普通、本好きの人間って司書とか本屋とか好きだから嬉しんじゃないかという、名前を付けた側の思いやりが透けて見えるが、本人には受けが悪かったみたいだ。

 だから、十八先生は私には自分で名前は付けた方が良いと強く説得された。

 とはいえ、私としても特に名前にこだわりがある方ではない。

 名前名前……適当で良いか。

 私は天才だ。ジーニアスだ。

 ある意味、私ぐらいの天才は唯一といってもいいぐらい天才だ。

 じゃあ、これでいいか。


「ジーニ」


 安直にそう決めた。

 うん。短いし覚えやすいし良い感じだ。


「今度から私を呼ぶ時は<ジーニ>とお呼びください」

「わかったよ。天才少女(ジーニ)ちゃん」


 数年後。

 この名前が中学生を超えたあたりで急に恥ずかしくなり、小学三年生であった私を呪うことになることになるが——この時の私はまだ知らない。

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