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娯楽都市  作者: 菊日和静
短編 天才が生まれた理由
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夢の中でも本を読んでいた

 ずっと本を読んでました。

 朝起きたら本を読んで、昼になっても本を読んで、夜になっても本を読む生活が3ヶ月間ずっと続いていました。

 寝ても覚めても本・本・本・本・本本本本本本本本本本本本!

 別に読書自体は嫌いではなかったが、ここまで読む生活ばかりだと読書が嫌いになりそうだ。なのに、私が必死こいて本を読んでいる横では、涼しい顔をしてゆったりと読書を楽しんでいる十八先生がいる。

 イラつきを通り越して殺意を抱きそうというか殺意を抱いていたが、最速で課題を終わらせるためには、そんなことを思う時間すら勿体なかった。

 当初、寝る時間を削ってでも読めばいいと考えてもいた。

 実際、最初の一週間はどの程度寝る時間を削ればいいかを試した。徹夜で読書もしたが、結果としては思考力が低下し、削って読んでも効率が上がるわけではないことを知った。

 結局のところ、最適なコンディションを保ちつつ読書をするのが一番効率が良く、ひたすら読むのではなく、ある程度体を動かしたほうが良いことも判明した。

 さらに、小学生の体力で無理をすると熱も出るし、体調が悪化でもしたら1日の遅れが致命的なものになってしまう。

 他にも睡眠時間だけではなく、食事にまで気を使うようになった。

 思考力が低下する前に糖分と水分の補給をこまめに取るようになったし、三食きちんと食べないと後々響いてくるので栄養を考えて食べるようにしている。

 おかげで、育ち盛りにも関わらずに健康に気を使う生活が身についてしまった。

 こうした小さな一つ一つは自分で気づいた点もあるが、大体は十八先生の行動を真似た。

 最初はただ本を読むのが好きな人間かと思っていたが——私はその認識を改めることになった。好きを通り越して、この人の読書は三大欲求に匹敵するレベルにまでに達している。

 それに気づいたのは、私が最適な読書スタイルを確立しようと試行錯誤していた時だった。ふと横で読書している十八先生を見たら自然体で——私が目指すべき最適な読書を彼女は行っていた。

 あまりにも自然すぎて——気づかなかった。

 そして、気づいたらもう目が離せなくなった。

 あまりにも清廉にして美しいとまで感じてしまった。

 達人は達人を知るという言葉がある。初対面では気づけなかった。私の読書能力が低すぎて彼女の高みがまるで見えてなかった。

 微笑を浮かべ、そっと優しく本をめくる彼女の細く白い指。

 まるでそこだけ光が差したかのような、神秘的な姿に見えた。

 冗談抜きで、この人は読書のために生きている。

 読書のために食事をし、読書のために体調を整え、読書のために寝ている。

 その他気づいたものとしては、空調、光量、音楽、姿勢、呼吸、ありとあらゆる要素を整えているように見えた。多分、それらは十八先生にとっては、ほんの些細なことでしかない。

 彼女の集中力を考えれば、悪環境であっても読書ができるし、読書を楽しむことだろう。けれど、彼女は悪環境で読書をすることを良しとしない。

 ほんの少しでも読書を楽しむために最善を尽くす。

 彼女はそのほんのちょっとに対して気遣っている。敬意を払っている。感謝をしている。十八先生は自分の読書をより最善最適な状態で読むために——努力していた。

 少しだけ養父の言っていたことが分かった気がする。

 私は優秀で天才だ。

 大抵の物事は習わなくても理解できたし、わからなければ資料や参考書を読めば本質までも理解することができた。一を聞いて十を知る。その言葉通りのことができる人間だった。

 だから、私はお手本にしようと思える人間など周囲にいなかった。いなかったから、私は十八一という人間を私より下に見ていた。どうせこの人も有象無象の一人に過ぎないだろうと見下していた。

 だけど、そうではなかった。

 この人の読書能力は遥か高みにあった。

 私が考えるよりも先に、真似る他ないとさえ痛感するぐらいに。いつしか私は十八一の所作を観察し、彼女の読書を真似た。真似てからの読書の効率は比べるべくもなかった。

 あまりにも圧倒的な集中力で読書に没頭していた。

 無論、必要な知識を得るための読書であったが十分すぎるほどに役に立った。

 時間を忘れて読書に没頭する。

 そんな経験は初めてだった。

 そして——3ヶ月後。

 私は宣言通り1万冊の本を読み終えた。

 自分で言うのも何だがよく読めたなと思う。本当に最終日ピッタリに終わった。毎日進捗状況は確認していたし、終わりになるにつれてどんどん読みなれてきて効率は上がってきたから、ギリギリ間に合う計算だったが——計算通りすぎて怖い。

 何が怖いかって、私の読書能力を加味して3ヶ月前にピッタリと終わるように1万冊の本を吟味して選別した十八先生が怖い。

 読書に関してプロすぎるだろう。天才である私が負けを認めるくらいに。

 全てが読み終わった達成感に溢れ返った私は、深く息を吐いた。深い海に潜っていたように、集中していた疲れがどっと体に押し寄せる。

 同時に十八先生が読んでいた本をパタンと閉じて、こちらを向いた。


「さて、約束通りの期日で本を読み終えたようだね」

「……天才に不可能などありませんから」


 当然なように私は言った。

 弱気な姿は見せない。一度自分で決めたのならば「自分はすごい」「褒めろ」「労え」などの言葉を相手に求めるようなことはしない。

 自分が決めたことならば、達成して当然だからだ。


「その元気があれば大丈夫そうだね。じゃあ、これからテストをしようか」

「望むところです」


 嘘だ。

 疲れて果てているので1日ぐらい休みたい。

 でも、言ったら何かに負けるような気がしたので口が裂けても言わない。


「じゃあ、ネットにつながるタブレットかパソコンを用意しなさい」

「わかりました」

 

 私が使用しているパソコンの電源を立ちあげた。

 十八先生の指示で、とあるURLを入力すると何かのホームページが表示された。


「これは君へのテスト問題用のホームページだ」

「はい」


 なるほど。これは十八先生が今日のために作っていたテスト用のホームページだそうだ。これに答えを選択するか書き込むことで試験ができるものだという。


「問題数は1000問あって、合格基準点を超えていたら合格となる」

「なるほど。合格基準点は何割取ればいいんですか?」

「10割だ」


 ……実はこの人バカじゃないかな。

 1問も間違わないとか何考えてるんだろう。


「なんだ。余裕ですね。もっと難しくてもいいんですよ?」

「はは。それは実に頼もしい言葉だね」


 それに釣られていう私も相当だと思うけれど、この人ほどじゃないと思う。

 まぁ、とはいえだ。

 お父さんのことを理解するための努力だ。

 この程度のことをあっさりこなせないと、私自身納得もできないし、しっくりもこない。お父さんのことを理解したい。どうして死んだのかを理解したい。

 そのための努力なら——十八先生に負けるつもりなどない。


「では、開始だ」


 十八先生が開始の合図を告げる。

 制限時間は30時間。1000問もあるので、1問あたり10秒計算でざっくり27時間掛かる。それに色をつけて30時間という制限時間を設け、2日間に分けて実施されるとのことだ。

 スピード、理解度、集中力が全て最高水準を要求されている。

 ここまで来たら退くなんて文字は私にはない。

 絶対に全問正解して吠え面かかせてやる!

 ……。

 …………。

 ……………………。

 そう思ってテストに向かい、あっという間に1日目を終えた。

 疲れた……。もう本当に疲れた。

 何なのあのテスト。選択式かと思ったら記述式もあったり、4択かと思っていたら8択とかあったり、一文字違いの答えが並んでいたり、嫌がらせにもほどがある。

 この調子のテストが明日も続くとしたら、さっさと寝ないとまずい。

 なので、テストが終わったらご飯を食べてベッドへと向かい、泥のように眠った。

 二日目は、よく寝たおかげか体調は悪くなかった。

 この分であれば今日のテストも十分に乗り越えられるコンディションだ。

 昨日と同じく十八先生の合図とともにテストを開始する。

 テストの内容自体は今まで読んだ本の中の知識を問われるものなので、特に問題ない。一冊一問ペースで問題は出されているような感じだ。

 専門書の中の知識であったり、小説では登場人物の名前など。ありとあらゆる視点から問題が作られている。

 よくもまぁ、これだけの問題を作ったものだと感心させられる。

 でも昨日の時点で問題のペースは掴めた。

 この分で行けば余裕で全問正解できる——そう思っていたら最後の1000問目で私の手が止まった。

 問題に対して——選択肢の中に正解がなかった。

 何度も見返したが間違いない。

 私の中の記憶の中には、この中に正解はない。

 ——つくづく嫌らしい問題の出し方だ。


「十八先生。質問があります」

「何かな?」

「最後の問題——間違えてます。正解がありません」

「はは。やっぱり気づいたか」


 やっぱりわざとか。

 問題文自体に不備があるとか性格が悪い。


「では、これにてテストは終わりだ。さすがだね——全問正解だ」

「当然のこととはいえありがとうございます」


 採点は自動でずっとやっていたのだろう。

 テスト終了とともに採点結果が公表された。

 十八先生からの読書の課題はこれで終わりだ。

 残りは——プラチナランクになるということだけだ。

 考えてみればプラチナランクの存在自体は結構知られている。なのに、プラチナランクになってからサービスは何も知らされていない。

 それだけに、プラチナランクは多大なサービスが受けられると噂されていて、欲に目がくらんだ人間たちが日々躍起になって目指そうとしていると聞く。


「天才少女ちゃん。君に一つ聞いておきたいことがある」

「何ですか? ご褒美なら本以外で頼みます」


 切実に当分はこれ以上本はいらない。

 

「それは残念。だけど、聞きたいのはそれじゃない。君は父親の気持ちを知りたいと言ったね。そのために君はどれだけのことができる?」


 どういう意図があるのだろうか。

 気にいる答えを言えばいいのか、それともぶっ飛んだ答えを言えばいいのか。

 じっと覗き込むように十八先生は私を見る。

 その雰囲気を感じ取り、何となく嘘を言う気にはなれなかった。


「どこまでも——例えそれが命を賭けることになろうとも」

「それは他人の命であってもかい?」

「父の命よりも他人の命なんて、私にとっては軽いですね」

「なるほどね」


 私の答えを聞いて十八先生は笑った。

 だけど、その笑みが何なのかは未だにわからないままだ。

 そして、彼女は言った。


「おめでとう、天野天音。君は今日から——プラチナランクだ」


 そのあまりに突飛な一言に私は、


「はぁ、ありがとうございます」

 

 としか返せなかった。

 いくら早さの天才といえど、これを理解するには時間がかかった。

 どうやらこの試験はプラチナランクの試験だったようだ。

 わかるかそんなもん。

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