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娯楽都市  作者: 菊日和静
第03話 娯楽屋と怪盗ルピン
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マッドサイエンティストの実験結果

「……なるほど。そういう結果となりましたか」


 薄暗い部屋は塵一つなく、アルコールの匂いが漂っている。潔癖という言葉が何よりも似合っている部屋なのに、この部屋の主は病弱じみた青白い顔をして笑みを浮かべている。

 部屋の主である黒式十一。

 彼は奈落での一連の出来事の報告書を読んでいた。

 そして、全てを読み終えて溜息を一つ吐いた。


「……やはり、彼程度の性能では桜子さんどころか久遠君にも及ばないようですね。あぁ、それは少しだけ残念ですね……」


 最高傑作だと自負していた作品が劣る。

 わかっているとはいえ気落ちするものがあった。

 とはいえ、


「……まぁ、推測通りなわけですが」


 概ね黒式が予想していた通りの展開だ。

 ルピンは確かに最高傑作だ。

 しかし、それはあくまでも性能面的な話であり、最終的には桜子に戦闘経験の差で圧倒されて終わっている。


「……それよりも驚くべきは久遠君の方でしょうね」


 性能的にはルピンは久遠をモデルにしている。

 黒式が今まで取得してきたデータにおいて、久遠と同程度の性能を保持していることは確認済みだ。

 それなのに——ルピンは性能差(、、、)で久遠にも負けた。本人同士は決着を付けていないと認めていないが、研究者からの観点から言えば性能的にルピンは劣り負けていた。

 あれだけの改造を繰り返し、人間の限界など何度も破り捨てたはずのルピンが——天然の超人に負けたのだ。


「……人というのは本当に未知の塊ですね。ねぇ、あなたもそう思いませんか?」


 そう言って黒式は部屋の中にいるもう一人の人間に話しかけた。


「ふふふ。それは私に問うているのですね? いいでしょう。では答えて差し上げましょう! 人。それは神々が創り上げた可能性の塊! あぁ、そんな生物を全て知るなど、どれほどの困難が待ち受けているのか。だけど、私は知ることを諦めない。なぜなら、私はマッドサイエンティストだから!!」


 はーはっはと高笑いが部屋の中で木霊した。

 さらには、これでもかとばかりに上げて決めポーズをした。シャキーンと後ろから効果音が聞こえるようであった。

 一連の流れに、さすがの黒式もしばし閉口し、ようやく口を開いた。


「…………あの、それは何の真似でしょうか? 遊木さん」


 いたのは遊木遊子であった。

 ドヤっとした顔をやめて普段通りの理知的な彼女に戻った。


「はぁ。前にやったマッドサイエンティストが不評だったので、練習したので披露してみました。如何でしょうか?」

「……え、えぇ。わ、私からは何とも。あなたが楽しければ良いんじゃないでしょうか?」


 練習結果があれかと何気にショックを受けてしまった。

 いくら何でも自分はあんなに酷くない。反面、もしかしてあれぐらい酷いのかもしれないと思うと死にたくなった。死なないけど。

 遊子に関しては新人なので多少の無礼は許すとしよう。というか、あまり関わり合いたくないので流しておく。

 これ以上関わったら藪に足を突っ込むどころか、棘に全身ダイブせんばかりの傷を負うことになりそうだから。


「そうですか。では次の会議で桜子さんたちにも披露しましょう。——黒式先輩からのお墨付きだと言って。ふふ。これで先輩方の度肝を抜けることでしょう」

「……それは勘弁してもらえませんかね」


 抜けるのは君の頭のネジだけだ。

 一人で自爆するだけならまだしも、その自爆にこちらを巻き込むのだけはやめてほしい。

 とりあえず、これ以上の脱線はまずいので軌道修正しておく。


「……こほん。それはともかくとして、今回のことで色々とあなたに迷惑を掛けましたね」

「いえ、それについてはお気になさらず。『真紅の瞳』も無事に戻ってきましたし、それ以上に今回の興行(、、)では儲けさせていただきました」

「……ふふ。そういうちゃっかりしている点はお父上とそっくりですね」


 ルピンが怪盗として予告を出した時点で、遊子はイベントの告知を出していたのだ。主に、娯楽都市のゴールドランクや富豪を対象とした賭けのイベントであり、そこでルピンが盗みに来た際の成功するかの賭け事は基本として、ライブ中継などをして参加料も徴収していた。

 盗みに入られたのなら、大々的なイベントとして楽しんでしまう。

 こういった点は父親である遊木遊々がよくやっていたことであるが、つつがなくその資質は娘に受け継がれているようだ。


「父と似ているとかやめてもらえませんか。セクハラで訴えますよ」

「……前から一度言おうと思ってましたが、一応先輩ですよ。私」


 どうも桜子や管音と比べると、ヒエラルキーがかなり低い気がする。


「だったら、先輩らしくしてください」

「……努力はしましょう」


 そもそも先輩らしくって何だ。

 飲み会でもやって奢れば良いのだろうか。そんな時間があるのならば、研究を進めていた方がマシだ。そもそも、この後輩に先輩らしくするメリットなどあるのだろうか。いやない。ないのであれば先輩らしくする必要などなく、これまで通り研究に精を出せば良いのだ。思考解析終了。


「あと、私からも一つ聞きたかったのですが。今回のルピンの事件ですが、どこから黒式先輩の手の上だったんですか?」


 話も落ち着いたところで、そんな質問が遊子から出た。

 どこからって、そんなこと決まっっているだろう。


「……あぁ、それは最初からですよ」

「は?」

「……ですから、最初からです。ルピンをわざと脱走させ、久遠君と桜子さんの対決に至るまで、すべて私が思い描いた図の通り進みました。本当に最高の実験結果を得られましたよ」


 いくらか例外はあったが、大体は思惑通りに進んだ。

 今回の実験の目的は性能実験であり、実験体101番——通称名ルピンが娯楽都市の有力者と競わせて、絶対値ではなく相対値がどの程度のものかを測っておきたかった。

 数値の上では優秀でも、やはり数値にしづらい部分での改良が必要なことがわかった。いわゆる経験といったものだ。


「なるほど。さすがは先輩だと見直しました。ですが、管音さんと桜子さんの二人に知られたら気分を悪くされるのでは?」

「……どうでしょうね。あの二人ならこの程度の思惑見抜いた上で『楽しそう』だからという理由で乗ってくれたのではないでしょうか」

「確かに。それにしても、私はまだまだですね。この程度の思惑を見抜けない程度に未熟だと痛感しました」

 

 少しは見直されたようだ。

 この程度というのが若干気にかかるが、まぁ良しとしようか。


「それで本題ですが——ルピンと同程度の実験体は何体用意できますか?」

「……そうですねぇ。あれは現時点の最高傑作だったので、多少劣りますが10体程度というところでしょうか」

「では——それ以上の個体は?」


 そう問われて黒式は笑みを深くした。

 禍々しくも黒々しい未知なる女神を犯す探求者の顔をして言う。



「調整が必要ですが——1体は間違いなく」


 

 ルピンは確かに最高傑作だ。

 だが、たかが最高傑作でしかない。

 最高傑作というのは、途中経過でしかないのだ。

 過去の作品は——未来の作品によって超えられるのだ。


「それを聞ければ十分です」

「……ふふふ。悪巧みですか?」

「えぇ、もちろん。新人たるもの先輩たちに可愛がられているばかりじゃいられませんから」


 懐かしいやりとりだ。

 過去、彼女の父親である遊木遊々とも、こうして話していた。

 自分の実験結果を提供し、彼がその結果を好き勝手に遊び尽くし、大げさに大仰にして娯楽を提供していたのだ。

 父親に直接育てられずとも、その血は根強く受け継がれている。

 ある意味、これはこれで研究テーマになりそうだ。


「……やはり、あなたはお父上とそっくりですよ。そうやって、楽しそうに何かをしようとしている所が特に」

「——父と似ているとかやめてもらえませんか。セクハラで訴えますよ」


 今度は迷惑そうではなく、遊子は少しだけ嬉しそうに笑っていた。

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