仕事の後のお酒はどうしてこんなに美味いのか
「おーい、おっちゃん! 熱燗と厚焼き卵一つな!」
「いやいや、何でまた桜子さんこんなとこにいるんですかね?」
こんな場末なむさいおっさんしか来ない居酒屋で、金髪赤スーツの桜子は場違い感が半端ない。なのに、注文とか気安くしているので常連かと思うほど馴染んでいる様子を見せるのはどういうことなのだろうか。
「こまけーこと言うなよ銭形ちゃん。私がどこで飲もうと私の勝手だ」
「えー……完全に自分がいること知って来てますよね?」
「もちろん♪」
上司と飲んで絆を深めるご時世でもなく、ただただ日常の疲れをそっと慰めるだけの場所だったはずなのに——桜子が来たおかげで台無しになってしまった。
ある意味これは残業だと割り切って頑張ろう。
ぐいっと銭形は残っていたビールを飲み干した。
「ほれ。上司からの酌だ。喜んで飲みな」
「こりゃまたどうも」
空気がめっきり冷えてきたので熱燗がうまい。
酒の肴には山芋の梅和えを注文し一口。程よい塩気と酸味が口の中に広がり、そこでもう一度熱燗をいただく。いくらでもいけそうな組み合わせに、ひたすら小さな幸せをいただく。
「そういやルピンのことだが、<正義屋>の二人に任せたわ」
「虎徹兄弟にですか? まぁ、あの二人は警察組織とは関係のない枠組みで動いてますし適任っちゃ適任ですかね」
桜子は確かに銭形にとっての上司だが——厳密には銭形が務める警察組織の上司という意味ではない。そもそも桜子はそんな枠組みの中にすらいない。
桜子はこの娯楽都市における、ありとあらゆる『暴力』における頂点に立っている。警察、娯楽家業、民間警備、はてはヤクザすらも含めた、表も裏も含めた組織を束ねているのだ。
なので、本来なら雲の上どころか神様みたいな立場にいるはずなのに、何の因果か銭形は彼女に気に入られてしまい、時折、彼女直々の仕事を強制的に受けさせられているのであった。
「銭形ちゃんとこは結局ルピンを捕まえられなかったって形になるが、そこは『真紅の瞳』を奪い返したってことで、評価はプラマイゼロってとこだな」
「別に気にしちゃいませんよ。それに世間様だって『怪盗』って存在に心浮き立たせているんですから。新聞なんかじゃ『警察の面目躍如! 決着は次回に持ち越しか!?』みたいに書かれてましたよ」
「くくく煽るねぇ〜。まっ、今んとこ決まっちゃいないが、ルピンには定期的に怪盗やらせるかみたいな話もあるぞ?」
「……マジですか?」
「マジだ。今回の怪盗のイベントは大分受けが良かったからな」
「それで毎回警官連中潰されたらたまったもんじゃありませんよ〜」
そして、最後には誰もいなくなるんじゃなかろうか。
だとすると、怪盗じゃなくてミステリーだ。
まったく笑えない。経費と人材不足的な意味で。
「何にせよ。今回のことで身に染みてわかりましたよ。時代は若人のもの。おっさんは裏方でコソコソと動いている方がいいってことが」
「はっ。若い連中に当てられたか?」
「えぇ、たっぷりと。おっさんはあんな情熱的には走れませんよ〜。走ってもすぐに息切れしてゼイゼイハァハァして死んじゃいますよ」
酒にタバコを言い訳にする気はない。いくら警官で鍛えているとしても、気力がついていかないのだ。それに、ああいう風にキラキラと眩しい汗は、おっさんにはきっと似合わないだろう。
「まぁ、いいんじゃねーの? 今回だって私が怪盗には銭形ちゃんが適任だと思って、適当に指揮官にしたわけなんだから」
「やっぱり桜子さんが決めてたんですね。いや、まぁ、思い出にはなったからとやかく言う気はありませんがね」
おかげで大変な経験になった。
良くも悪くも悟ることが多々あった。
「んで、これからどうすんだ? 現場に出るのやめるか?」
「あーそのことなんですがね、桜子さん。おっさん一つやりたいことあるんですよ」
「やりたいこと?」
今回のことでわかったことがある。
ルピンのライバルには自分はなり得ない。あんな改造人間は同じぐらい強い久遠にでも任せておけば良いのだ。
そして、奈落での出来事で銭形はわかった。
自分が最もやりたいこと。
それは——
「おっさん。ガンマンになります」
何というかもう、銃を何も気にせずぶっ放して、バッタバッタと射抜くのは快感であった。警察組織だとあれやこれやと銃を撃つのに七面倒な手続きがあるが、今回は桜子の個人的な頼みごとであったので撃ち放題だった。
そして、目覚めた。
やっぱり銃は良いものだと。
打った後に鼻孔をくすぐる火薬の匂い。
引き金を引いた時に感じる振動。
思った通りの場所に当たった時の快感。
ということを、隣の桜子に真面目にとうとうと語った。
「ひーひひっ……! は、腹痛い。銭形ちゃんが、ガンマンって! よりにもよってそっちかよ! 落ち込んでるかと思ったらガンマン! 無精髭の生えたおっさんがガンマンとか似合いすぎだろ!!」
大爆笑されてしまった。
まぁ、自分でも笑ってしまいそうな夢なのだから仕方がない。
「あー笑った笑った! 私はその夢応援するぜ! 銭形ちゃんが銃をバンバンぶっ放せるようにしてやるよ!!」
「腰が痛くならん範囲でお願いしますよ……」
下手をすればとんでもない仕事を任されそうなので一応釘を刺しておく。
多分、無駄に終わると思うが。
とりあえずは、夢を語り終えて桜子と再び「乾杯」と酒を飲む。
新しい門出にふさわしいアルコールの強い酒だ。喉がヒリヒリと焼け付くも、胸がカッカとする感じは未来に燃える若い頃を思い出させる。
「あ、そういや、ルピンと一緒にいたオセロちゃんはどうしたんですか?」
宵も深まり良い感じに酒が回ってきたところで、ふと思い出したので聞いてみた。ルピンの話は聞いたがそっちは聞いてない。
「ふっふ〜ん。どうしたと思う?」
悪戯心満々の人の悪い笑みを桜子は浮かべた。
あ、これは気の毒なパターンだ。
銭形はいつもの自分の境遇を思い出し、オセロに同情した。
「前途ある少女にあんまり酷いことしちゃだめですよー」
「人を鬼みたいに言うなよ。むしろ、私にしちゃ真っ当なことをしたぞ」
「いやいや、本当に何をしたんです?」
桜子が真っ当なことをするわけがないだろうと思って、銭形はことの顛末を聞いた。それを聞き終えて銭形は思った。確かに、桜子にしては真っ当なことをしている。これ以上ないぐらいに真っ当で正しいことだろう。
しかし、これ以上ないぐらいの——嫌がらせでもあった。
「やっぱり、鬼じゃないですか」
人の嫌がることをやらせたら天下一品すぎる。
これからオセロが挑む未来に幸多かれと祈るばかりであった。




