弱点を突くのは戦いの基本にして奥義
「良い茶葉を使っているね。とても美味しいよ」
「りらー。気に入ってくれたなら良かったよ〜」
娯楽研究室に突如現れた闖入者である十八一は優雅に紅茶を飲んでいた。
そんな十八に気後れせずに管音はニコニコと笑って十八を迎えた。
管音が誰かに気後れする姿なんて想像することもできないが、それでも自分なんかよりよっぽど度胸があるのではと思わずにいられない。もしくは何も考えていないだけかもしれないが。
「呑気に茶を飲んでいるところ悪いんだが、十八さんだっけか。あんた一体何が目的でここに来たんだ?」
「あぁ、これはすまない。紅茶が美味しくて話すのが遅れてしまったね」
独特な雰囲気のある人だなと思ったのが第一印象だ。
見た感じ自分より年上なのだろうし、容姿も美人の類に入るそれだ。
なのに何故なのだろうか。
自分の直感が何かを告げてくる。
——この女はどこかおかしいと。
とりあえず、警戒しておくにこしたことはない。
目的を聞いたらさっさとお帰り願おう。
「ここに訪れた当初の目的はちょっとした宣言かな。まぁ、先ほど君たちの話を聞いてしまったせいで、少々本題がずれてしまったけれどね」
「宣言?」
その言葉に眉をひそめる。
どういうことなのか聞く前に彼女は、
「そうだ。娯楽屋の片割れである賽ノ目双六君をこちらで預かっている」
そう言った。
賽ノ目双六。娯楽屋として久遠のパートナーを務める男の名前だ。
「……どういうことだ、そりゃ?」
自分の頭がすっと冷えるのを感じる。
さすがに身近な人間が関わっているとなれば、剣呑ではいられない。
「おやおや、そんな怖い顔を見せないでくれたまえよ。別にそんな仰々しいものではない。彼の進路相談に乗ってあげたら、実力が足りないというので、そのお手伝いをしているだけの話さ」
十八は久遠が凄んでも何事もないかのように紅茶を飲んでいる。
何かを仕掛けても柳のように受け流されるみたいだ。
幾分か冷静になったので、改めて彼女の話を聞くことにした。
「つまり——あんたは家庭教師っていうことか?」
「そのようなものだ。一応、これでも大学の講師も務めているのでね」
大学講師ときたか。
それならば一応は納得はできる。
あくまで『一応』はという程度であるが。
「んで、その『進路』とやらはどこなんだ。まさか、本当にただの大学受験の話をしていたわけじゃないんだろ?」
「もちろん、その通りだが——詳しいことを私から言う気はない。もしも聞きたいのであれば、直接彼と顔を合わせて聞きなさい。双六君のパートナーなんだろ?」
「ちっ。……わかってんだよ。んなことは」
痛いところを突いてこられた。
ここに来て、双六とちゃんと話していないことが悔やまれる。
「まぁ、詳しことを言う気はないが一つだけ伝えておこう。そんな彼の意に沿うためには経験が圧倒的に不足していてね。こういう機会があればぜひ参加させてやりたいんだ」
ニコリと十八は『先生』のような笑みで言う。
優しく笑っているのに、その笑顔が何故か寒々しく見えた。
「……駄目だ。今回の相手はかなりやばいんだ。双六の力じゃ足手まといになる」
明らかな危険があるのがわかっているのに、巻き込むわけにはいかない。
そもそも双六は戦闘ができるようなタイプじゃない。
娯楽屋のパートナーとしても基本は後方支援。情報集めや計画を立てる方の人間だ。特に今回の件に関しては荒事がメインになりそうなのだから、ますます双六の手を借りるわけにはいかない。
情報に関しては、金を払ってマークからもらえばいい。
「なるほど。最もな言い分だ」
うんうんと吟味するように首を縦にふる十八。
ここまで言えばさすがにわかってもらえたかと思ったが、
「——だが、実につまらない展開だ。危険大いに結構。リスク無くして人が成長できる道理などどこにもない。キャラクターが大きく成長するには、大いなる困難と劇的な物語が必要不可欠だからね」
背筋がゾッと逆立った。
頭がイカれているとか、そういうのじゃない。
この十八は冗談でもなんでもなく、正常な状態で嘘偽りなく言っている。
つまりは——双六が危険な目に合えば必ず成長できると思っているのだ。
十八は双六がどのような状態になろうとも、例えそれが銃弾飛び交うような戦場であっても、同じように笑って送り出すに違いないことが——久遠には確信できた。
「……おい。あんたはあいつの家庭教師じゃないのか?」
「もちろん家庭教師みたいなものだ。そして、勘違いしてもらっては困るな。私は彼のお手伝いをしているだけであって、彼の意思を曲げたいとは何一つ思っていないのだよ」
久遠の五感がまたしても十八が嘘をついていないことを教えてくれる。
呼吸に脈拍、されには匂いに関しても何一つ乱れがない。
——こんな人間に教わっているとかバカか双六はっ!!
そう叫び出したいのをグッと堪える。
「話にならねーな。つーか、そもそも部外者のあんたにどうこう言われる筋合いはない」
「ふむ。確かにそれを言われると弱いな」
最初からそうしていれば良かったのだ。
何もこの女の言うことを聞く切りは何もないのだから。
そう思っていたら、
「らー。だったら勝負して決めたらどうかにー?」
まさかの身内から裏切りにあってしまった。
大人しく話を聞いていたので、すっかり管音のことを失念していた。
「管音。お前どういうつもりだ?」
話を打ち切って終わりにしようとしたのに、こっちの努力を返せと言いたい。
というか、管音も最初から双六に声を掛けていなかったのだから、変なことを言い出さないで欲しい。
「ん〜? 私様はゴロ君が参加してもしなくてもどっちでもいいからねー。それに本ちゃんも引き下がる気なさそうならどうかな〜」
本ちゃんというのは、きっと十八のことだろう。
十八一。
漢字を合体したら『本』になる。
「私としては異論はないよ。むしろ、願ったり叶ったりだ」
あっちは既に乗り気だ。
もはや断れる流れではなさそうだ。
無理して断っても、下手したら十八は別の方法で介入してきそうだ。
ならばいっそ、このばで全てを片付けた方がいいのかもしれない。
夏休みの宿題は最後ではなく、最初の方に片付ける派の久遠は、頭を切り替えそう決めた。
「はぁ……。仕方ねーな。それで勝負方法はどうする?」
「そうだな。私がお願いする立場だから君の有利なフィールドで戦うとしよう」
「おいおい、まさか」
「拳で決着をつけようじゃないか」
正気かと疑いたくなった。
十八は女性にしては長身の方だが、久遠とは比べるまでもない体躯だ。
この体格差で戦いを挑もうなど、無謀もいいところだ。
「さすがに屋内で勝負をするのはまずかろう。狐島君。ここの屋上は使用しても良いのかな?」
「らー。もちろんいーよー。そこに屋上への階段あるからどぞどぞー」
「ありがとう。さぁ、久遠君屋上へ行こうではないか」
どうやら彼女は本気で久遠と拳を交える気らしい。
屋上へたどり着き、晴天の下で改めて彼女に問う。
「一つ言っておくが、あんたが女だからって手を抜くつもりはないぞ」
「ははは。私としては手を抜いてくれた方が助かるが、その必要はない」
まさかこちらが女に手を出せないと思っているのかと釘を差す。
さすがに顔をぶん殴れはしないが、気を失わせる程度の方法ならば心得はある。
だが、久遠の言い分を十八は笑って跳ね除けたばかりか、
「予言しよう——君は手も足も出せずに私に負けるとね」
なんてことを言い出した。
殺人倶楽部を暴力で一掃し、正義屋の二人には暴力では勝っている久遠健太に対し、彼女は『勝つ』と断言したのだ。
さすがに、これには久遠もカチンと来てしまった。
「言うじゃねぇか。それがハッタリじゃないことを証明してみせな」
いざ勝負開始。
その自信のほどはどれほどか確かめさせてもらおうかと思った矢先のことだ。
「——って、おい! アンタ何をしてやがる!?」
久遠は焦り動揺した。
動揺せざるを得なかった。
何故なら、戦おうと久遠が構えた直後、
「見てわからないのか。服を脱いでいるだけだ」
十八は着ていたシャツのボタンをプチプチと外し始めたのだ。
艶かしい彼女の肌が外気にさらされ、風に長い黒髪がたなびく。
完全に上はブラジャーだけになってしまった。
黒レースのブラジャーで大人びた彼女の雰囲気にマッチしており、また白い肌とのコントラストが見事なまでに映えている。それでも、あまり扇情的に感じないのは陽光の下、あまりにも十八の脱ぎっぷりが見事だったことも要因の一つであろう。
そして、そんな彼女の突然の脱衣に、久遠は目を白黒とさせている。下着の色だけに。
勝負が始まったこともあるのと、女性の身体をジロジロ見るのもどうだろうという倫理観の中、棒のように立ち尽くしたままとなっている。
なのに、十八は久遠の想像のさらに斜め上をいった。
上を脱いで終わりかと思ったら——今度は下まで脱ぎ始めた。
「いや、ちょっ、ストップストップ! 下着! 下着見えてんぞ!!」
さすがに見かねた久遠が、とうとう十八から目を背けて注意する。
こういうことに免疫が低い久遠は、顔を真っ赤にさせながら後ろに下がる。
ついには、高級感あふれる黒レースのブラジャーとパンツだけになった十八であるが、その顔には羞恥心という言葉なぞ何一つ存在していなかった。
その証拠を突きつけるように彼女は言い放つ。
「見たければ見ればいい。私の体に恥ずべきところなど何一つない!!」
「アホかお前は!?」
女ならもっと羞恥心を大切にしろ!
そう文句を言ってやろうとした瞬間、目の前には十八が迫っていた。
「そして」
十八は久遠の服を掴み、足を払った。大外刈りだ。
ろくすっぽ構えを取っていなかった久遠の重心は後ろに下がり、見事に一本を取られて地面に背中を打ち付けてしまった。
「ガハッ——!」
肺から酸素が流れ出る。
完全に油断した瞬間を狙われてしまった。
このままではまずいと身体を起こそうとしたが、それも叶わなかった。
久遠の両の目の前に十八の指があり、下手に動かせば目を潰されることがわかった。
「これで私の勝ちだ」
確かに、十八の宣言通り手も足も出せずに負けてしまった。
さすがに卑怯すぎだろうと久遠は心の中で嘆いた。
十八の下着は『黒レースではないか?』という、大変ありがたい助言を頂いたので下着の描画を増やしました。




