わからないことがわかっても、結局わからないだけ
「次の依頼?」
「うん。そだよ〜」
久々に依頼が来たなと久遠は思った。
前の遊園地の依頼から随分と期間が空いたと思ったら、どうやら管音は久遠健太にとっての初仕事に相応しい仕事を選別していたとのことだ。
気遣いの範囲内かわかりづらいところだが、管音の元で働くことに決めたので、彼女がそう言うのであれば特に異論はない。
「どんな依頼だ?」
「らー。ケンケン向きの依頼だよだよ〜」
「……つまり、荒事っつーことか」
「くふくふ〜。どうだろね〜ね〜♪」
その表情が全てを語っていた。
どうも管音は久遠が暴力沙汰の依頼を好む傾向にあると思っているようだが、それは大きな勘違いだ。できることならば無事平和に終わる方が望ましいに決まっている。
久遠は自分が常人とは身体能力や五感のレベルが違うことは自覚している。その能力を活かすのであれば、例えばペットの捜索とかそういう平和な依頼にだって役立てるはずだ。
暴力だけが全てじゃない。
暴力で解決できるのはジャイアンだけで十分なのだ。
「ろー。詳しいことは依頼人が来てから話すね〜」
「それはいいが——双六はどうした?」
娯楽屋としての依頼ならば、双六がいないのはおかしい。
そう思って管音に聞いた。
「ん〜? ゴロ君はそもそも呼んでないよー」
「……そうか。とりあえず、依頼人の話を聞くか」
数瞬、返事が遅れた。
双六は前回の依頼の時に大分こっぴどくやられている。
それからというもの、連絡はおろか顔も合わせていない。
正義屋である虎徹正義との間にあったことは詳しくは聞いてないが、大体は想像が付く。おそらく、双六なりに思うところができたのだろう。
今後のことを含めて話し合いたいとは思っているが、今回の依頼に関して双六に伝えるかどうかは依頼人の話を聞いてからでも遅くはないだろう。
そう考えているうちに——コンコン。
娯楽研究会の扉を叩くノック音が聞こえた。
「あぁ、ちょいと失礼するよ。ここが娯楽研究会の部室で間違いないかな?」
ガチャリと入ってきたのは、くたびれたコートを羽織った中年の男だった。
見た目は一見覇気がなさそうに見えるが、歩き方と少しの立ち振る舞いから、かなり体を鍛えていることがわかった。
直接依頼人に会うことは少ない久遠とっても、珍しいタイプの依頼人だ。
「いらっしゃいりー。娯楽研究会の狐島だよー。くふふー待ってたよ〜銭形ちゃん」
「あらら。年下のお嬢さんにちゃん付けで呼ばれるとは、おじさんドキドキしてきたよ」
「まー話聞くからてきとーに座ってよ〜」
銭形と管音が呼んだ男は「では失礼して」と椅子に座る。
そして、身分証代わりに銭形は胸ポケットから手帳を取り出して、中身をこちらに見せた。
「では、改めまして警察から来ました銭形です」
警察官ということに久遠は目を見開いた。
実物を見たことがないので偽物かは判別できないが、確かに銭形身分を示す事柄がそこに記載されている。管音相手に詐欺をするような人間がいるとは思えないので、本物であるに違いない。
「警察だと?」
「うん。今回の依頼は警察からの依頼なんだよ〜」
またややこしそうな依頼を持ってきたと嘆息する。
この時点で久遠は平和な依頼の夢をゴミ箱に投げ捨てた。
「えーと、そちらの彼が<娯楽屋>の久遠健太君でいいのかな?」
「あぁ、俺が久遠健太だ……」
「そーそー。このケンケンがお仕事する人なのさ〜」
「そうか。彼が久遠健太君か。うんうん、実に強そうで役立ちそうだ」
何をさせる気かは知らないが銭形は満足げに頷いている。
いや、本当に何をさせるつもりなんだろうか。
「銭形さんだったか。すまないが俺はまだ依頼について何も聞いてないんだ。警察官のあんたが、言ってはなんだがどうして<娯楽屋>に依頼を持ってきたんだ?」
「おっと、そうだったのか。あ〜そうだな。これは一から説明した方が早そうだから聞くんだが——久遠君は最近世間を騒がせている『怪盗ルピン』って名前を聞いたことは?」
「新聞で読んだ程度ぐらいにはな」
娯楽都市の新聞は鮮度とゴシップが命。
そう言わんばかりに目新しそうな面白そうな事件が載った記事がゴロゴロしている。
その中でも最近のトップ記事となっているのは『怪盗ルピン』の内容だ。
現代に復活した怪盗ということで、世間の注目を集めており、その名にふさわしくこないだは楽王美術館から『警備の隙』をついて真紅の瞳を盗み出したとのことだ。
おかげで名ばかり怪盗ではなくなり、世間は大いに盛り上がっている。
でも、
「いやー新聞に書かれている内容は事実なんだけど、ちょっとばかし警察にとって都合の悪いことに関しては伏せてもらったんだよね」
「どういうことだ?」
銭形はそんなことを言い出した。
ゴシップ満載の新聞なので事実に対して脚色はある程度されているだろうが、当の警察官の口から事実とは違うと否定されたのはどういうことだろうか。
銭形たはその答えをすぐに教えてくれた。
「警備体制の隙を突いて盗まれたんじゃなくて『警備していた警官全てを全滅』させた上で盗まれたんだよ」
なんてことを言い出した。
怪盗らしくトリックを使ったり、事前準備に時間をかけたり、警備網の穴を突いてとか、変装をして紛れ込んだりとか、そういったものは一切なく『暴力』によって潰されたとのことだ。
詳細を聞けば、数百人体制の警察官全てが重軽傷を負い、最後の方はどこかの戦場かと思うぐらい死屍累々としていたと銭形は言う。
「聞いただけじゃ信じられねぇな。なぁ、管音。それは本当の話なのか?」
「るーるー。銭形ちゃんの言ってることは本当だよだよ〜」
管音がそう言うのならば事実で間違いないのだろう。
それにしても、まだ信じられない気持ちはあるにはある。
「そうそう。さすがに面子だけならまだしも、警察全体の信用に関わることだから市民の皆様にはマイルドに伝えたっていうわけなんだよ」
それはそうだろう。
そんなことが知れたら不祥事どころの話ではない。何より、警察という市民の安全を守る組織が個人に敗れたとあっては、今後同じような馬鹿どもが現れないとも限らない。
だが、そうなってくると——マークから聞いたあの話が信憑性を帯びてくる。
一つ、自分が暴力だけではないことを示すために腹芸をしてみることにした。
「なるほどな。——それで俺がルピンじゃないかって疑ってきたのか?」
久遠はジロリと銭形を睨みつける。
すると、銭形は驚いたように慌てて言った。
「え、いやいや! 久遠君を疑ってるとかじゃないよ! そのルピンがきた警備の責任者は自分だったので、久遠君とルピンは同一人物じゃないのはわかってるつもりだ」
腹芸失敗。
読みが見事に外れたので、若干顔が熱い。
気まずかったので、何でもないように管音の方を振り返った。
「あー、管音。そうなのか?」
「うん。そだよー。てか、ケンケン。一体どうしてそう思ったの〜?」
「あーいや、マークから聞いた話なんだがな」
不審がった管音に久遠は説明する。
マークから聞いた話としては、情報屋界隈でも怪盗ルピンの話題で持ちきりなのだが、その正体はまったく掴めていないとのこと。
そして、美術館から品を盗み出した時に、並外れた力を発揮して美術品を盗み出したとのことだ。そのため、ルピンの正体は不明のままだが、そのルピンの有力候補とした人間の一覧の中に久遠健太の名前があるため、気をつけた方が良いと忠告をもらったのだ。
こんな前情報があったのだ。
しかも銭形の話を聞いた後では勘違いするなという方が無理だ。
「ろー。情報屋ネットワークではそんなことになってんだねー。さすがの私様もそれは知らなかったよー。まったくマー君もそんな噂話を信じるなんて〜。もーぷんすかだよ!」
「こっちが勘違いしただけだからそう言ってやるな。あいつは善意で教えてくれたんだから」
一応マークのフォローは入れておく。
さすがに友人は心配して教えてくれたのに、株が下がったとあっては心苦しい。
とはいえ、これで久遠は自分の身が潔白であることはわかった。
「話は逸れてしまったけど事情はわかってもらったと思う。要は警察はルピン一人にボコボコにされて人材不足状態。でも、私たち警察組織はルピンはどうにかしたい。なので、外部から協力者を募ることにしたんだ。つまり、娯楽屋にお願いしたいのは怪盗ルピンの捕獲なんだよ。できれば盗まれた真紅の瞳も取り返してほしいけど、まぁ、もう売られているだろうね」
「なるほど。そういうことか」
一種の賞金稼ぎのようなものなのだろう。
怪盗ルピンには賞金をかけ、それを捕まえるのが今回の依頼だ。
「できれば返事は今日か明日までには欲しい」
「……あぁ、わかった」
それだけ切羽詰まっているのだろう。
返事の期限が短いことから、銭形の背後にある警察組織の威信がうっすらと見える。
「では自分はこれで失礼するよ。この後も仕事が詰まってるので」
「ほいほい〜。じゃあね〜銭形ちゃん」
パタンと銭形はあっさりと出て行った。
「れー。そいで、ケンケンは今回の依頼どうるするつもりなの〜」
「依頼は受ける。けど、双六は——今回の依頼に関わらせないでおこう」
少し考えた結果、そうすることに決めた。
その久遠の決断に管音は不思議そうに首をかしげる。
「るらーちなみに理由は?」
「危険すぎるからだ。警察の組織力に単体で勝てるような奴が相手だぞ。俺はともかく双六を連れて行ったら、さすがにあいつを守りきれるかわからねえ」
銭形の話を聞いた時点で、かなりヤバイ依頼なのはわかった。
下手をしなくても普通の人間である双六が付いてきていいものではない。
今回の依頼は自分だけでやろう。
そうしようとしたら、
「——おやおや。それは困る話だな。久遠健太君」
娯楽研究会の扉が開き、凛とした声が響いた。
「……誰だあんた?」
一瞬で警戒感をマックスにした久遠は、相手を殺すように見つめる。
けれど、入ってきた人物は涼しげな顔で笑っていた。
「私の名前は十八一。世界一本を読んでいるお姉さんさ。不本意だが人は私のことを<図書屋>と呼んでいるよ。以後お見知り置きを——<娯楽屋>久遠健太君」
そう言われて久遠はわかったことが一つある。
やっぱり、誰かわからなかった。




