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娯楽都市  作者: 菊日和静
第03話 娯楽屋と怪盗ルピン
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娯楽と奈落は何か似ている

 『夢を掴みたいならば娯楽都市へ行け』

 そんな格言まで出てくるほど、娯楽都市には数限りない夢が眠っているとされる。

 事実、裸一貫で出てきたような人間が一年で驚くほどの立場になって、生活が激変したことなんてざらにある話として認識されている。

 街灯に集まる虫と同じように、人は光り輝く場所へと集まってくるのだ。

 だが、逆もまた然り。

 凄まじい熱量を持つ灯に近づけば近づくほど——夢は真っ黒に燃え尽き果てる。

 それこそ、無限に飲み込む闇のように何もかも際限なく飲み込んでいく。

 なのに、人は求め続ける。

 さらなる光を。

 尽きない欲望を。

 もっと、ずっと、それ以上に、全てを求め続ける。

 だから、これは当然の帰結なのだろう。

 白と黒、光と闇、希望と絶望。

 娯楽都市は、天秤のように釣り合いを取るがごとく、そのバランスが美しいまでに取れている。

 ここは娯楽都市の中でも、その『闇』の部分を担う場所だ。

 通称<奈落>。

 娯楽都市であって娯楽都市ではない——夢破れた者が行き着く果ての場所だ。

 そこでは、暴力上等、カツアゲ日常、一度足を踏み入れた日には全ての身ぐるみを剥がされ、最悪死体すら残されないとまで恐れられている。

 そんな最悪の場所で、とある男がカツアゲに遭っていた。


「あ〜そこのお兄さんお兄さん! 恵まれない僕らに愛の手を恵んでくれませんか!?」

「あるある〜それな!」

「ギャハハ! 相手超ビビってるじゃ〜ん!」


 薄汚れた服に身を包み、タバコの紫煙が張り付いたかのような黄色に変色した歯。手には相手を威嚇するようにナイフをブラブラとさせているチンピラが三人いた。

 チンピラたちは、相手の逃げ場を塞ぐように、とある男を取り囲んでいる。

 別に、その男が何かをしたわけではない。

 ただ三人のチンピラたちの目には、ちょっと小綺麗な格好をした男がいて、カモになりそうな感じだったので、日常的に声をかけたのだ。

 金を寄こせば、チョロい奴なのでさらに絞る。

 金を一度でも渋れば、暴力で解決する。

 借金をしている人間は可哀想なので、身に付けているものだけを奪う。

 そんな彼らなりのルールにおいて、とりあえず金を持っていそうと認識されたので、息を吸うように取り囲んだ男を威嚇する——が、当の絡まれている男はヘラヘラと笑って言った。


「ん? それって俺僕に言っているのかな?」


 今気づいたかのように男は取り囲んでいるチンピラたちを見る。

 邪魔だなと思って避けようとしても、すぐさま三人の肉の壁に押し返された。


「そうそう! お兄さんに言ってるの!」

「僕たち恵まれない貧乏な子供なんで〜す!」

「ちゅーこって絶賛カツアゲ中で〜す☆」


 ゲラゲラと汚い笑い声をあげるチンピラたち。

 聞いているだけでゲンナリしそうな笑い声なのに、


「あぁ〜なるほど。これがカツアゲなんだ。うっわー初めての経験だなぁ!」


 キラキラした顔で子供のように興味深そうにしていた。

 いつもならば怯えて逃げるか許しを請う場面のはずなのに、場違いなことを言い出した男にチンピラたちはイライラとしてさらに威嚇する。


「あぁん? てめー何笑って調子こいてんだ?」

「ぶっつぶすぞゴルァ」


 ただでさえ厳しい顔がさらにきつくなった。

 幼気なちびっ子達ならば、もうおしっこを漏らしているところだ。


「うわー怖い怖い! すごいな〜俺僕カツアゲされてるんだ!」


 なのに、男はこの状況になってさえ涼やかに笑っていた。

 怒りの沸点が限りなく低いチンピラ達は「はーい、こいつ死刑決定!」と言って、手にしていたナイフにバットを振り下ろそうとした瞬間、


「——でもね。君ら口臭いから消えくんないかな?」


 ナイフを腹に突き刺そうとしたチンピラの一人の腕を掴み——グシャリ。

 文字通りチンピラの腕を力任せに握り潰した。


「は——?」

「え、え、何これマジ……マジ?」


 力の通ってない骨が砕けた腕をプラプラとさせている。その目を覆いたくなる悲惨な光景を目にして、脳が痛みを拒否して悲鳴すら上がっていない。

 あたかも交通事故にあったかのように——それは現実離れしていた。

 けれど、これは交通事故ではない。

 偶然でもなければ必然でもない。

 人為的に起こされた——事件だ。


「マジマジ〜。これ超現実だよ〜はい、二人目〜」


 ガシッとチンピラの頭が掴まれる。

 それをそのまま鉄柱に叩きつけスイカが割れたような音をして、赤き果汁を撒き散らす。あまりにも凄い負荷が掛かったせいか、鉄柱がゆがんで曲がっていた。

 その力すべてがチンピラの顔に掛かったかと想像するだけで痛々しい思いがする。

 最後に残されたチンピラの一人は、先にやられた二人の惨状を目にして歯を振るわせる。

 次にこうなるのは——自分だ。

 予想でも予測でもない確信的に未来を予知できてしまった。

 本来ならば、万が一、億が一の可能性にかけて彼は全力で逃げ出すべきだった。

 しかし、彼はここで未来の選択を決定的に間違ってしまった。

 彼が取った選択。

 それは——日本人の伝統芸とでもいうべき「土下座」であった。


「……は、へ、えへへ。ちょ、調子乗ってマジすんませんした! 俺、こいつらに付き合わされてただけなんです! あ、有り金全部渡しますんで見逃——」

「わけないじゃん。てか、口臭いから声出すなよ」


 地に頭を擦り付けてこその土下座スタイル。

 けれど、残念ながら彼の土下座は若干頭が浮いていた。

 ここで一つ問題を出そう。

 下はコンクリ上はかかと落とし。

 答えは——言うまでもなかった。


「やりすぎちゃったかな? ま、運が良ければ死なないんじゃない。次からは気をつけなよ。ちゃーんと口臭気にしないと死んじゃうかもだよ〜」


 すでに三人とも死んでいるんじゃないかというぐらい重症なので次があるかもわからなかったが、それでも男は念のために忠告しておいた。

 だって本当に口が臭かったから。

 ようやく異臭を放つ男たちの呼吸が弱くなって、良いことをしたなといい気分で立ち去ろうとしたら、


「何してんだ馬鹿ルピンっ!?」


 頭にバシッと軽い衝撃と同時に大声で説教をされてしまった。

 ルピン。

 そう呼ばれた男は、自分よりも少し目線が下の女の子を見て言う。


「もういきなり叩かないでよ、オセロ。痛いなぁ〜たんこぶできちゃうじゃん」

「お前がたんこぶなら、こっちの三人は瀕死だよ! ようやく帰ってきたと思ったら、何があった!?」


 オセロと呼ばれた少女は、ゴミのように捨てられた男たちをビシッと指差す。

 ゴキブリのようにピクピクとしているので、辛うじて息はあるようだ。


「いやねー。俺僕はじめてカツアゲに遭ったんだよね」

「うんうん」

「んで、うわー超珍しいって驚いてたんだけど、この三人の口臭がひどくってさ〜」

「ほう、それで」

「気分悪くなったのでボコっちゃいました!」

「このレベルはボコじゃねーよ! 明らかに殺人未遂じゃん!?」


 若干グロテスクな光景に対してオセロは引いているものの、取り乱しはしていない。こんなことぐらいで狼狽えていては<奈落>ではやっていけない。

 オセロは短めの茶髪をガシガシと困ったように掻きながら、ルピンからことの経緯を確認した。


「あーでもとりあえずの経緯はわかった。まぁ、このクズ三人に同情の余地はないにしても、このままだと可哀想だな。とりあえず、救急車呼んでばっくれるぞ」

「は〜い!」


 返事だけは素直なルピンにやれやれと溜息する。

 オセロはチンピラ三人のポケットからスマートフォンを取り出し、救急車の呼び出しアプリを起動する。このアプリは突発的な事故や事件が起きた場合、GPSで正確な位置を相手に伝えて救急車が来る仕掛けとなっている。

 後は放置しておけば勝手に救急車に連れて行かれるという寸法だ。

 そして、二人は事件現場から足早に離れて、廃墟となった建物に入ってようやく一息つく。


「ったく、あんな雑魚チンピラに絡まれてるんじゃねーよ!」

「もう〜オセロってば、そんなにプリプリしてると可愛い顔が台無しだよ?」

「全部お前のせいだろうがルピン!」

「あはは。ごめんね」


 全く邪気がないルピンの顔にオセロは毒気を抜かれてしまった。

 どうせこのまま説教しても馬の耳に念仏だろうと「はぁ……」と息を吐く。


「まぁ、いい。それでお目当の物はどうだった?」

「もちろん手に入れてきたよ〜。はいこれ」


 そう言ってルピンが渡したものは——大きな宝石であった。

 赤く、紅く、緋い、吸い込まれそうになるほど深い色を帯びた紅玉をオセロは手にして、喜色満面の笑みを浮かべる。


「うぉぉぉ! マジモンの『真紅の瞳』じゃねーか!!」

「あはは。褒めて褒めて〜」

「超愛してるぜルピン!」

「うっわー超軽いけど嬉しいや」


 それは、ルピンが楽王美術館から盗み出した『真紅の瞳』と呼ばれる宝石だった。

 希少価値性と芸術的観点から時価総額でいくらぐらいになるか、わからない宝石を手にしてオセロは頬ずりをしている。

 そんなオセロの笑顔が見られただけで、ルピンは苦労が報われた気がした。


「それで、そのでっかい宝石どうするの?」

「もちろん売る!」

「俺僕の苦労肩なしだなぁ〜」


 盗み出すのにほんの少しばかり苦労した宝石を売ると宣言され、ルピンは「あはは」とさすがに力なく笑った。


「いいかルピン。お前に良いことを一つ教えてやろう」

「何々?」


 そんなルピンを見てオセロは笑って言う。


「売れない宝石に価値はない」


 逆に言えば、売れれば宝石だろうが何だろうが構わない。

 金に替えられなければ、そんなものはゴミと一緒だ。

 もしも 『真紅の瞳』に価値がなかったら、次の日にはキャッチボールの玉として使っていることだろう。


「さすがオセロ。でも、その宝石って結構有名なようだし足つかないかな?」

「バーカ。こんなのまともな宝石店に売るわけないだろ。裏ルートに持ってけば売れるんだよ。その分値段は低くなるんだけどな」

「そうなんだ」


 この<奈落>おいて売れないものなどないのかもしれない。

 生者ならばどれ位に労働力に玩具など様々な用途に使えるし、死者に至っては臓器の取り出しに裏社会専用の身代わり死体など様々なものに活用される。

 そんあん毒が毒を喰らうような裏街において、宝石に一つや二つ捌くなどわけのないことだ。


「あぁ、これを足がかりにしてのし上がってやる」

「オセロ?」


 ぎゅっとオセロの拳が強く握られる。

 奈落に住まうものには、とある共通点が一つだけある。

 それは娯楽都市における——ランク適用外ということだ。

 ランク外。

 俗にアイアンランクがスタート地点、基準となるランクであるのに対し、ランク外というのは、この娯楽都市おけるピラミッドの最下層ということになる。

 ランク適用外となる人間は様々だ。

 娯楽都市における重犯罪者であったり、表社会から身を隠した者など脛に傷を持つような胡散臭く暴力的で退廃的な雰囲気を持つ者ばかりだ。

 ただし、何事も例外はある。

 オセロは重たい罪を犯した人間では決してない。

 彼女はこの<奈落>で産声を上げて育った少女であった。


「……何が娯楽都市だ。奈落(ここ)には娯楽なんて一欠片もないじゃねーか。上の連中なんて、私たちが日々どんな暮らしをしているか知らねーんだ!」


 ギリリとあまりにも力強く歯を食い縛るオセロ。

 彼女の常識は<奈落>にしかない。

 娯楽都市における強き光は、彼女にとってあまりにも眩しく映ってしまう。

 それこそ、太陽に魅せられたイカロスのように。


「大丈夫だよ。オセロには俺僕がいるから」

「——ルピン」


 そっと、ルピンがオセロの手を握って跪いた。


「その名前だってそうだ。オセロが俺僕に全部をくれた。だから、俺僕の力は全部君にあげる。君の夢が——俺僕の夢だ」


 ルピンは自分が生まれた日をハッキリと覚えている。

 それは——オセロに出会った日だ。

 黒式の研究所から逃げ出し、宛てもなく彷徨っていたルピンはふらふらと、この奈落を訪れた。ここならばもう追っては来ないだろうと逃げ込んだのだ。

 名前すら持っていなかった自分に『ルピン』という名前をくれたのもこの少女だ。

 だからルピンは決めた。

 この少女のためならばなんでもすると。


「お前は……本当にそれでいいのか?」

「何が?」

「だって、お前は私と違って力があるじゃないか。それこそ、私に付いて来なくても——」

「オセロ。それ以上は言っちゃダメだよ」


 人差し指でそっとオセロの唇をふさぐように触れる。

 オセロは何か勘違いしている。


「俺僕がオセロと一緒にいたいんだ。ううん。いや、違うな」


 心の中の言葉を探す。

 ルピンは寂しそうに笑って言った。

 


「——捨てないで」



 もう二度と研究所(あんなところ)に舞い戻るのはごめんだ。

 苦痛に耐え。

 投薬に耐え。

 手術に耐え。

 耐えるばかりで、未来なんて何も見えなかった日々。

 そんな奈落どころか地獄に戻るのだけは——絶対に嫌だ。


「オセロは俺僕にとって初めてできた繋がりなんだ。だから、俺僕を捨てないで」


 ギュッとオセロの手を震えながら握る。

 すると、


「このバカ! 私がお前を捨てるわけないだろう!!」


 ガバッとオセロがルピンの頭を抱えるように抱いた。

 こんなゴミ屑のような人間が集まる街だけど、オセロの匂いだけは安心できた。


「いいかルピン! 私に付いてくるからには今まで以上に働いてもらうからな!」

「えぇ〜。もうちょいのんびりやりたいなぁ」

「何を呑気なことをいってやがる! お金は待ってくれないんだ。だから、迎えに行かないとお金は貯まらないんだ!!」

「オセロ。目が¥マークみたいになってるよ〜」


 オセロはこんな街であっても未来を見据えて生きている。

 やっぱり、オセロはすごいなとルピンはしみじみと思った。


「目指すは娯楽都市でのウハウハ生活! 今よりがんばるぞルピン!!」

「うん。がんばるよ〜」


 楽王美術館で宝石を盗み出した宝石よりも、オセロの方がずっと綺麗だなとルピンはふと思った。

 人間は宝石が好きらしいけれど、そいつらは何もわかってないに違いない。

 だって本当に一番綺麗なのは——オセロなのだから。

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