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娯楽都市  作者: 菊日和静
第02話 娯楽屋と正義屋の極楽遊園地
31/97

名探偵と呼ばれるのに必要な条件の定義

 スタンプラリーが始まって早2時間ぐらいが経過しただろうか。

 今回のこの遊園地のスタンプラリーの特徴として、全部の場所を回れば良いだけではなく、ショートカットする方法が存在していた。

 それは、各アトラクションの難易度を変更することだ。

 一番簡単なものならば全てのスタンプ場所を回らなければならないが、最高難易度の設定にすれば3倍のスタンプを押してもらえるので、大幅な軽減が可能である。

 そのことを知った双六たち一行は当たり前のように最高難度を選択することとなった。無論、金目当ての久遠もそこには異論をはさまなかった。

 それでもこれだけの参加者だ。

 最高難度を一回でも失敗すればそれだけ時間のロスに繋がってしまうし、再度挑戦してもうまく行くとは限らない。

 これは中々にハードな勝負になる。

 そう——双六は思っていた。

 

「楽勝だな」

「楽勝ですね」


 そんな双六の心配など何一つ意味はないと言わんばかりに、実にあっさりと久遠と天音はそう言ってクリアした。

 ちなみに最高難度は遊園地公式の解説によると、初見のスタッフが10回ぐらい挑戦した末に攻略方法を割り出してクリアできる代物である。それを二人は初見でクリアしている。

 それでも、何個かミスるだろうと思っていたのに、そんな予想をあっさりと覆した二人の様子を見ていると杞憂だったことがわかった。

 むしろ、そんな心配をしていたこと自体がバカバカしくなったので、サポーターとして動いていた双六は、それを見て楽観的に騒ぐことにした。


「うっわ〜楽しいですね〜! この無双状態!! さすがは久遠さんに天音さんですよ!!」


 無双すぎて怖いぐらいだ。

 逆に「お前らズルしてんじゃね?」疑惑を掛けられたら困るレベルである。


「金が掛かっているからな。手を抜くつもりはない」

「この程度の難易度で手を抜く方が私は難しいです」

「天音さん。一応言っておきますが難易度は一番高いやつですからね」

「そうでしたか?」


 とぼけたように天音が言う。

 やはり天才にしてみればこの程度の難易度はイージーモードなのだろう。

 となると、天才のハードモードって一体どれぐらい難しいのだと気になったが、もはやそれは地獄と言って差し支えないのかもしれないと思った。


「まぁ、何はともあれ道のりは順調。このまま行けば1位も夢じゃないですね——あ、次はあのモンスターエリアですね」

「当たり前だ。1位狙ってんだから先急ぐぞ。んで、そのモンスターエリアには何があるんだ?」


 久遠が聞いたので、双六は遊園地の攻略パンフレットを開いて詳細情報を調べる。

 ちなみに、攻略パンフレットは有料で売っていたので買っておいた。本当なら攻略情報は自分たちで埋めていくのが楽しいけれど、今回のような場合は仕方がないだろう。


「えーと待ってくださいね。『迫り来るモンスターをぶっ殺せ! 狩るか狩られるか。君が生まれた意味がそこにある拳系アトラクション(※怪我をする場合がありますので難易度を考えて挑戦しよう!)』と書いてあるので——広義的なパンチングマシーンみたいなもんですね!」

「そんな物騒なパンチングマシーンがあってたまるか!!」


 そう言われても困る。

 そもそも、この遊園地のアトラクションの半分ぐらいが怪我を前提にしているようなものが多い。スリルを求めた結果リスキーも比例して高まったようだ。

 もうちょっと安全に気を配ってもいいのかもしれないが、怪我をする要素があるのは最高難易度だけのようなので、挑戦したい人だけすればいい仕様らしい。

 そして双六は考えた。

 

 ——果たして久遠が怪我をするだろうか?

 

 まったく怪我をした久遠が想像ができないので煽る方向に決まった。

 逆に久遠が怪我をする姿も一回ぐらいは見てみたいものだ。


「ちなみにこれ最高難易度だとスタンプ多めにもらえるみたいですね」

「……くそ、本当どうなってやがるんだこの遊園地は。怪我が前提な時点で遊園地じゃないだろうが」


 実に最もな言い分であるが、娯楽都市の考えからしてみれば「その程度のスリルは娯楽の内」なので反対する層は少なさそうだ。まぁ、一般常識のある有識者からしてみれば「お客様の安全が保証されない」なんていうのは論外かもしれないが、実にどうでもいいことだと思う。

 リスクの無い愉悦なんて——炭酸の抜けたコーラと同じだ。

 味気なさすぎる。


「まぁまぁ、スリリングを楽しみたい層もきっといるんですよ。それにどうせ久遠さんやるんですよね?」

「癪だが金のためだからな」


 渋々と久遠は言う。

 何はともあれ、久遠は優勝を狙うつもりらしいので参加は問題ない。


「なら今回私は見学に回りましょうか」


 今まで天音は知識系のアトラクションを担当していたので、体力系っぽそうなアトラクションがありそうなモンスターエリアの参加を辞退する。


「そうですね〜。体力系は久遠さんに任せておけば問題ないですからね!」

「代わりに知識系は私がやりますので、どうぞ久遠さんはがんばってください」

「……なんか俺脳筋扱いされてねぇか?」


 久遠は不服そうにしているが適材適所なので仕方がない。

 事実、現在までのスタンプラリーはそれで全てクリアしているのだから、脳筋扱いされてもおかしくないレベルだ。

 そして、一行はモンスターエリアに足を踏み入れた。


 ——10分後。


 久遠は手についた埃をポンポンと払いながら言う。


「ま、こんなもんだな」


 久遠の足元には死屍累々と積み重ねられたモンスターがあった。

 何十体いるのか数えるのも馬鹿馬鹿しく思えてくるが、それ以上におかしいのは汗も大してかかず、息一つ切れていない久遠の方だ。

 モンスターよりよっぽどモンスター地味ている。


「ねぇねぇ天音さん。あれクリアできます?」


 恐る恐る双六は隣にいる彼女に尋ねてみた。

 もしも、天音もあんな簡単にクリアできるのだとしたら、さすがにいつもヘラヘラしている双六であっても引くところだ。

 モンスターエリアのアトラクションのルールは至ってシンプルだ。

 さっき久遠に説明した通りであるが、基本は機械仕掛けのモンスターが襲い掛かってくるので、それを参加者が拳で倒すだけである。

 しかし、パンチングマシーンの要素も入っており、的確な急所に必要なダメージを一定以上与えなければ倒れない仕様となっている。最高難易度では次々と短い間隔でモンスターが出現するので、囲まれたら最後ボコボコにされて終わりである。

 もちろん、モンスターには緩衝材が入っているので死ぬまではいかないだろうが、かなり早く動いているので衝撃は相当なものがあるだろう。当たりどころが悪ければ脳震盪を起こしたり、怪我をすることもあるのは今見たので宣伝通り誇張は何もなかった。


「できるとは思いますが、あんな力業は私では無理ですね。いくつか動きにパターンがあったので、それを読んでクリアするのが本来の手順のようですからね」

「ですよねー。まさか、機械人形を相手にして避けずに受け止めて、そのまま殴るとは誰もしないでしょうから」


 そう。久遠がクリアした方法は文字通り『力づく』でだ。

 本来ならば一定のパターンに基づいて動くモンスターの動きを読んだり、将棋やチェスのように数多いモンスターを利用してクリアするのが本来の攻略法なのだろう。

 だが、久遠はそんなことはしない。


 モンスターが殴り掛ったら受け止める。

 モンスターが止まったらぶん殴る。


 これだけでクリアしてしまった。

 双六や天音ならば吹き飛ばされるはずの攻撃も、彼は涼しい顔をして受け止めていた。受け止めた時にモンスターからモーター音がギギギッと異音が鳴って『壊れたらこれどうするんだ?』と逆に遊園地側の心配をしてしまったぐらいだ。


「外野うるせーよ。強引でもなんでもクリアはクリアだろうが」

「いや〜久遠さんの活躍には目を見張るばかりって話ですよ」

「あんなん気合いがあれば誰だってできる」

「気合い入れてザクロのようになるのは嫌ですよ」


 ザクロというかモンスターによる人間サンドバック状態なわけだが、何にしても嫌なものは嫌だ。

 ともあれ、クリアしたことには違いないのでスタンプラリーのスタンプ帳を開いたところ、


「それで双六くん。スタンプはどのくらい溜まったのですか?」


 天音がひょこっと横から覗き込んできた。

 開始してから結構な数のアトラクションを最高難易度で回っていた。

 そして、今のモンスターエリアのスタンプを貰ったのを足すと、


「えーと、これで一応全部集まりましたね」


 いつの間にやら全て集まっていたようだ。

 失敗の一つもなく全体の3分の1の行程で全部集まったことを考えれば、かなり快挙のレベルでスタンプが集まったに違いない。

 これでようやく次のステージに移れる。

 スタンプラリーのイベントの説明時に全てのスタンプが集まった際には、各受付でスタンプ帳を提出してくれと言われたので、双六は持っていたスタンプ帳を手渡した。

 こんなにも早く受け取るとは思っていなかったのか、受付の女性が軽く驚いていたが、すぐに切り替えて説明してくれた。

 何でも次は「謎解き」をするとのことで、今まで集めたスタンプの情報を基にしないと解けないようになっているとのことだ。

 その謎を解くことができればスタンプラリー優勝商品が手に入るという寸法だ。

 万が一に参加者がスタンプ全部集めていないのに商品を見つけたらどうするのだと聞いたら、イベント参加者名とスタンプ帳の証明確認があるので、それはできないと返ってきた。

 ズルができないのであれば何一つ心配はない。


「よーし謎解きパートというわけですね! 名探偵に憧れる僕の出番が——」


 何気に漫画の推理物でも結構犯人を当てるのは得意だ。

 俄然やるきに満ち溢れた双六であるが、


「あ、もう解けたから行きますよ」


 天才の彼女がケロっとそんなことを言い出してきた。

 謎解きパートが早くも終了した瞬間だった。


「はやっ!? 憧れ名探偵双六の出番はどこですか!?」

「名探偵に憧れている時点でそれは名探偵じゃねーよ」

「ですよね!」


 まぁ、確かに毎週殺人事件が起きるような名探偵にはなりたくない。なったとしても、殺人事件が探偵の周りに集中するようになれば探偵の方が怪しいだろう。名探偵足り得るために殺人事件が起きるようならば世も末だ。世が世なら疫病神として村から追放されているに違いない。

 それでも、謎解きの過程がすっ飛ばされて結果だけが突きつけられると余韻も何もなかった。


「もう〜お二人揃うと本当に形式美とかぶち壊されっぱなしですよ!」


 せめて、ワイワイ言いながら謎を解きたかったと不貞腐れながら双六は言った。


「馬鹿野郎。お前の楽しみより金が1番大事だ」

「ごめんなさい双六くん。後でキスしてあげますから許してください」

「許しちゃいます!」


 謎解き?

 そんなものはキスもしたことのない子供にでも任せておけ!

 双六はにこやかに泣き顔のアツシを思い浮かべながら笑顔でグッと親指を立てた。


「さらりと惚気んなガキ共」

「ふっ。久遠さんも悔しかったら彼女を作ればいいじゃないですか」

「双六。顔と腹がどっちがいいか選べ」

「調子に乗ってすみませんでした。謝りますから許してください」


 正直、この反応は予想外だった。

 さっきのイベントクリア後の久遠を見ているだけに、心底ガクガクブルブルしながら地に頭をつける土下座スタイルで謝った。


「もう一度言う。顔と腹どっちがいいか選べ」

「強制イベント!? ち、ちなみに顔だと?」

「デコピンだ」

「じゃあ、デコピンで——」


 双六はこの時初めて知ることになる。

 ——人はあまりに痛すぎるとリアクションすら取れないのだと。

 自分の額からとてつもない衝撃と音が鳴ったと脳が認識した次の瞬間には空を見上げていた。

 痛いとか痛くないとかいう前に驚きの方が勝っていたせいか、しばらく放心してからようやく頭が事態を把握し始めてきた。


「僕、デコピンで気を失ったのは初めてかもしれません」

「私もデコピンで人が飛ぶの初めて見ました」

「飛んだんですか僕!?」


 何をどうやったらそんなことができるのかと久遠をジトっと見る。


「ったく、さっさと次行くぞ」

「くっ、これがジャイアニズム!」


 とはいえ、元を正せば自分が悪いのでそれ以上は変なことは言わない。

 彼女の話で久遠をからかうのは以後禁じなければと心の中で誓った。


「あ、それで天音さん次はどこなんですか?」


 そういえば謎解きの結果を聞いていなかったので天音に聞いてみた。


「最後はこの遊園地の中心のあの塔ですよ」

「あーあそこですか。ちなみに、あれ塔っていうんですかね?」

「俺はビルか城だと思ってたんだが違うのか?」

「どっちなんですかね〜。ま、あそこが遊園地管理している建物らしいので、とりあえず行ってみましょうか!」


 天上にそびえ立つ細長い近未来的な建物に向かって双六たちは歩き始めた。

 遊園地の中心かつ目立つ建物ということもあって待ち合わせに使う人たちも多いようだ。迷子センターも中にあるため人の出入りが結構見られるが、それでもスタンプラリー目的の人間っぽいものは見当たらなかった。

 ガラス張りとなっている入り口の扉が開いたので、真っ直ぐに受付のところへ向かった。


「あ、どうも! スタンプラリーのスタンプ集めてきました!」


 さてさて、双六たちは何番目なのかようやくわかる瞬間だ。

 間違いなくスタンプを集めたのかの確認が終わり、受付嬢をしていた方がニコリと笑った。


「おめでとうございます。お客さま方がクリア第一号となります。つきましては、最後にイベントの優勝者として我が遊園地の館長よりご挨拶がありますので、最上階までお上がりくださいませ」


 そう言って関係者以外立ち入り禁止と書いてあったゾーンを解放し、その先にあるエレベーターを使用するように言われた。

 エレーベーターに入ってようやく双六がニヤリとテンションを上げて久遠に振り返って言った。


「やりましたね久遠さん!」

「おう。これでまとまった金が入る」

「物足りなかったですが、まぁまぁ楽しめましたね」


 何と言っても1000万円だ。

 仏頂面の久遠もこればかりは口元が緩んで嬉しそうにしている。

 チームで回っていたので三等分にしても333万円が各自の手元に残る。まぁ、天音にしてみれば小金が入った程度であろうが十分な大金である。


「でも挨拶って何があるんでしょうかね?」

「とりあえず写真でも撮って広報にでも使うんじゃねーのか。知らんけど」

「ですね——あ、そろそろ着きそうですね」


 何しろアホみたいに高い建物だ。

 エレベーターを使っても最上階まで数分を必要とし、ようやく着きそうだった。

 そして、双六たちは少しばかり浮かれて忘れていたのかもしれない。


 ——これはマークだけでなく狐島も紹介したイベントであったことを。

 ——娯楽都市で初めて建設された遊園地であることを。


 娯楽都市において何よりも重要視されるのは賞金ではない。

 楽しみ、愉悦、快楽、刺激、感動が求められているのだ。

 だから、三人はこうなることを少しでも考えておくべきだったのだ。

 予想してしかるべきだった。

 予測しておくべきだった。

 推測しておくべきだった。

 心構えておくべきだった。

 エレベータを開いた先にある館長室で、三人はあり得ない光景を目にした。


「は——?」

「……んだ、これはっ!?」

「へぇ〜さすがに一筋縄ではいかねぇようだナァ」


 各々が最初に見た色は赤だった。

 嗅いだ匂いは生臭い鉄の匂いだった。

 耳にした音は一滴ずつ落ちる水の音だった。

 そこには一人の人間がいた。

 もしくは一体の人形だったのかもしれない。

 だって、そうだろう?


 操り人形のように天井から全身がワイヤーで吊るされていた。

 首と胴体がワイヤーで離れて繋がっていた。

 肩と腕がワイヤーで離れて繋がっていた。

 胴体と脚がワイヤーで離れて繋がっていた。


 ——それはもうどこからみても操り人形のようにしか見えなかったのだから。


 唯一違うとすれば、血が流れているところと異様なまでの臭気だけだ。

 それさえなければ人形であると誤認できたはずなのに、それがあるせいで鋭いナイフのように現実が突きつけられてしまう。


 ——バラバラ死体の現実離れ。

 

 不謹慎ながら、そう思ってしまった。

 そうだ、ここは娯楽都市なのだ。

 遊園地が非日常を演出するところであるならば、これ以上ないぐらい非日常を演出してくれたものだ。


 ようやく楽しくなってきた。

 

 先ほど名探偵になり損ねた双六は、何故名探偵が殺人事件を求めるのかわかった気がした。

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