男の友情なんて女一人いれば簡単に壊れる。
例えばこの世界には俗に『勝ち組』と『負け組』なるものが存在する。
では、このカテゴリーがを誰が決めているかについて考えた人間は少なからず存在するだろうが、恐らく大抵の人間は『自分が負け組だと思ったら、その時点で負け組なんだ』と考え、いわゆる負け組にならないために人は努力をするのだろう。
勝ち組になりたいよりも、負け組になりたくない。
一位になりたいよりも、ビリになりたくない。
持つ者になりたいよりも、持たざる者になりたくない。
日本人というのはつくづく肯定的な意見よりも否定形を大切にし、否定の文化が幅を利かせている部分が多い。
だが、気づいているのだろうか?
負けの反対は勝ちであるけれど、負けの否定は決して勝ちではないことに。
負けの否定には引き分けもあれば、決着がつかないことだってあるだろう。
負けないは——勝ちではないのだ。
夢を諦めないは——夢が必ず叶うではないのだ。
では、この否定形の言葉の善し悪しについて考えた場合、否定形の言葉というのは決して悪く『ない』ないのだ。
何故なら——否定形の言葉の意味も責任も軽いからだ。
否定はその部分を否定しているだけなので、その部分だけの責任だけでよく、それ以外の責任は何一つ負わなくていい素晴らしい論理の一つだ。
逆に、それ故に肯定の言葉は責任が重大となってくる。
それこそ人の人生を縛ってしまうぐらい重大で深い意味を——持つ。
だからなのだろう。
人が否定形の言葉を使ってしまうのは——責任を負いたく『ない』からだ。
まぁ、色々と仰々しく語ってしまったが、決してこれは他人事ではない。
むしろ、人間が生きていれば何度だって立ちはだかる数多いイベントの一つだろう。
そう、それは恋に悩む重大の高校生男子とて——例外ではないのだ。
では、そんな『持つ者』と『持たざる者』がいるのが、ここ娯楽高校であり、つい先日『持つ者』賽の目双六とその友『持たざる者』アツシに分たれてしまった。
そして今——彼らの友情は終焉の時を迎えようとしている。
「でさーアツシ。今度のポイントテスト何受けようか?」
「そうだな。国語でいいだろう。——死ね」
「だね。最近の若者の言葉は乱れてきているからね!」
「全くけしからんことだな。——むしろ、殺す」
「ははは。語尾だと『○○だニャン!』がもはや有名過ぎるわけだけど、あれって辞書に載ったりしないのかな?」
「さすがにテストで現代的な口語までは載らんだろう。——猫に呪われろ」
「そっかー。じゃあアツシは新しい語尾を作るとしたら何がいい?」
「そうだな。今の俺の気持ちだと『DEATH!』だな」
ここまで露骨な態度だと逆に清々しく感じるのは何故だろう。
いや、むしろ逆かと双六は思う。
好きだったり嫌いだったりがはっきりしないのは日本人の美徳であり罪でもある。そんな曖昧模糊とした態度で日々人間は生きていくわけだが、ことさら好き嫌いがはっきりとわかってしまうと途端に生きづらくなる。
好きだと主張すれば出る杭は打たれ。
嫌いだと主張すれば仲間はずれにされる。
中立、中庸、曖昧が大人だと主張する人間の多くは、やはり、はっきりとした意思決定はリスクを負うことを知っているからこそ曖昧を好むのだろう。
だからこそ双六は感心する。
友人である自分に嫌われるかもしれないリスクを負ってまで、彼がそこまでこの態度を貫く理由は何であるのか?
若干の心のワクワクを覚えつつ、友人のつれない対応に、さすがの双六も軽口を返せなくなって来たので聞いてみた。
「あのさアツシ。僕、何かしたかな?」
「……何をしたかだと?」
ギギギとアツシの首がゆっくりとこちらを向いた。
その瞳には怒りの炎が渦巻いているように見えた。
「お前の罪。それは俺を裏切ったことだぁぁぁぁぁぁぁぁ————!!」
「えぇ〜……裏切ったって何を?」
あまりの理不尽な理由に双六は困惑しながら考える。
数秒考えた結果……何も思いつかなかった。
まぁ、どうせいつも通りアツシのわけのわからない言いがかりだろうと思って、彼のリアクションを楽しむことに決めた。
「お前に彼女ができたことだぁぁぁぁぁ!!」
やはりアツシはアツシであったと双六は安心して笑った。
つくづくこの親友は飽きさせないことに関して天才的であると思う。
「一人だけ彼女を作りやがって! 俺は、俺はなぁ!! 俺がお前より先に彼女を作って自慢したかったんだ!!」
「前にプラチナハーレム略してプチハ作りたいって言ってなかったっけ? がんばれよプチハ」
作りたいであって、未だ作られる気配もないプチハ。
ハーレムうんぬんよりも前に、まず一人目の彼女を先に作れと言いたい。
「それとこれとは話が別だ! だがな、確かに俺も双六に彼女ができただけなら悪態付きつつ祝ってやろうと思ったさ。うまい棒で祝ってやろうと思ったさ!」
「もうちょい祝ってくれよ。親友」
十円分しか祝う気持ちが無かったらしい。
もしかしたら、お徳用パックの方かもしれないがそんなにはいらない。いや、うまいんだけどね。うまい棒。
「しかも、相手が天野天音だと!? 分不相応にも程があるだろ! お前であんなオーバースペック彼女ができるなら、俺にだってできるはずだ! そうだろ親友!?」
「とりあえずアツシ。一回殴っていいかな?」
半狂乱になって喚いている親友を殴った。
自分が生まれる前、テレビは四十五度の角度から殴ると直るという伝承の元に殴ってみたわけだが、どうやらこれは人間にも有効らしい。
殴ったらアツシが大人しくなった。
「落ち着いたかい?」
「あぁ、すまんかった。つい我を忘れて本音を漏らしてしまった」
「本音かよ」
「男の魂の嫉妬だ」
「ならば甘んじて受けよう」
男の魂まで掛かっているならば受け止めずにはいられない。
たとえそれがどんなに汚れているどどめ色の魂だとしてもだ。……少し考えてみたら、やはり受け止めたくなくなってきた。
「だがな双六。お前も悪いからな」
「何でさ? 彼女ができたことを祝うぐらいの器の大きさを見せてくれよ」
今のところ器の小ささしか見えない。
お猪口一杯分ぐらいしかなさそうだ。
「一晩中彼女ができた自慢を聞かされたんだぞこっちは!?」
「あぁ〜それね」
天才の名を恣にしている双六の彼女である天野天音。
紆余曲折あって付き合うことになり、双六はかねてからの宣言通り『彼女ができたら夜も寝かさないで自慢する』を実行してやった。
アツシがうんざりした顔をすればする程饒舌になったのを覚えている。我ながらあれは本当に楽しい一日であったと思う。
「いや〜ごめんね。初めての彼女で舞い上がっちゃった☆」
「こいつ本当に殺しても俺訴えられないんじゃないかな……?」
そんな風に馬鹿な会話をしていたところ——空気が変わった。
アツシの言葉で言うなら『美少女が登場する前の静けさ』のような雰囲気だ。
ただ、双六からの視点ならば少し違う。
自分のガールフレンド天野天音が登場する静けさだ。
「——双六君。待たせましたか?」
鈴の音色のような声。
相も変わらず雑踏の中を突き刺すような凛とした声が耳に届いた。
「天音さん。いえ全然待ってませんよ」
アツシをからかって遊んでいたとは言わない。
天音はそのアツシを見てキョトンと首を傾げた。
「そちらの方は?」
「親友のアツシです。丁度今天音さんのお話を——」
折角だから紹介しようとアツシの方を振り向こうとしたところ、
「いや〜、双六の『親友』のアツシです! 天野さんのことはあいつから色々と伺っています! 何たって『親友』ですからね!!」
「……は、はぁ」
天音が引いた。
さっきその親友を殺す発言していたのはどこのどいつだと言ってやりたがったが、恐ろしく必死なアツシの剣幕に押されて何も言えない。
「何を隠そうこいつ天野さんが初彼女ですからね。何か失礼があってはいけないと色々と教えてやってたんですよ! 親友ですから!! いやいや、いーんです。わかっています。お礼なんてもらう程じゃありませんって! でも、天野さんがそこまで言うなら——誰か女の人を紹介してもらえませんかぁぁぁぁ!?」
生まれて初めて双六が——ジャンピング土下座を生で見た瞬間だった。
自尊心を放り投げたこととか、目的のためなら手段を選ばないところとか、土下座の姿が堂に入って美しかったとか、何というかもう素晴らしいの一言しかなかった。
だから、双六はアツシに向かって笑顔で語りかけた。
「アツシ——もう帰ってくれないか?」
とりあえず、アツシにはこれから用事という名のデートがあると言って帰ってもらった。
泣きながら『俺は絶対プチハを諦めないからな!!』という負け惜しみが姿が見えなくなるまで続いたけれど、気にしないことにした。
それから、学内のベンチで缶ジュースを購入して二人並んで座った。
「あひゃひゃ! まったく面白い友達だったな〜久々に爆笑しそうになった」
「なんというか本当すみません。節操無くて」
男子高校生は節操がないと思うが、あそこまでとは思われたくない。
ピュアな高校生だっていっぱいいるのだ。
「まぁ、あれぐらいになると逆に好感持てるけどな」
「恋愛的な?」
「いんや、ペット的な」
哀れアツシと心の中で同情した。
君はハーレムじゃなくてペット要員だ。
彼女が出来るときまで諦めず頑張って欲しいとつくづく思う。
「それで、今日は何の用なんだ?」
「そこは恋人らしくデートとか言って欲しかったですね〜」
一般的か知らないが『何の用?』『君の顔が見たかったから!』みたいなバカップルみたいな会話も少しは楽しそうなのでやってみたい気もする。
ただまぁ、相手はプラチナランクのジーニ様で天才の才女だ。甘い雰囲気など微塵も予感できない。
そう思っていたら——
「ふむ。じゃあ、今日は子作りでもするか?」
「ぶほぁっ!」
直球を投げ込まれた。
飲んでいたジュースが逆流して鼻の奥がツーンとして涙が出てむせる。
デートも数える程しかしてないし、そういうのは男側から言うものだとか色々言いたいことがあったが、むせて言葉にならない。
「うわっ! あーもう汚ねーなぁ」
「ごほっ、げほ! じゃなくて何言っているんですか!?」
「何動揺してんだよ。童貞か?」
「残念ながらまだ綺麗な身体のままですよ!」
「そうか。私も処女のままだ」
「聞いてないのに何言ってるんですか!?」
「あーもう、うるせーな。ほれ」
また唐突にキスをされた。
ひゃっほーセカンドキスが処女とわかった彼女でドキドキするぜ!
本能の双六が歓喜しつつ、心臓が早鐘を打つ。
「……何かもう。すっかり手綱を握られた気がします」
「あひゃひゃ! 童貞男子へのキスは面白いな。病み付きになりそうだ」
キスするのは気持ちいいので、今度はこっちから仕掛けてみたい気もする——否、仕掛けてやろうと決意を新たにするが、そもそも今日天音を呼び出したのはデートやイチャイチャしたいからではない。
なので、ゴホンと一つ咳払いをして空気を変えた。
「いや、まぁ、本題なんですけどね」
「ん、何だ?」
さすがにもう茶化す気はないらしい。聞く態勢に入っている。
「本日狐島さんから呼び出しが掛かりましてね」
「ほう」
「そしたら、天音さんを連れて部室まで来いと言われました」
「わかった。じゃあな」
「帰らないでくれませんかね!?」
「え〜やだよー。私あの人何か苦手なんだよ。変に馴れ馴れしいところが」
先ほどいきなりキスをした人間の言葉とは思えない言い分であった。
とはいえ、天音が狐島を苦手としていたのは少し意外だ。まぁ、あの奇抜な狐島を好んでいるとしたら変わり者といえばマークぐらいだろうから当然と言えば当然かと納得した。
「一応娯楽屋に仕事をくれる人なので、彼氏の立場としてここは一つ」
「……しゃーねーな。今度何かおごれよ」
「もちろんです!」
勢い良く返事した後ふと思った。
会社を買える程度の資産あるんだよな。この人。
何をおごらされるのか今からドキドキが止まらなかった。




