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娯楽都市  作者: 菊日和静
第02話 娯楽屋と正義屋の極楽遊園地
21/97

悪を滅する正義屋ここに参上!

 何故だ。何故こんなことになった?

 少なくともこんな事態にならないよう手を尽くしたつもりだ。

 そのために、変に感が鋭く嗅ぎ付けて来たジャーナリストは殺したし、裏切りそうな奴には最初から手伝いを頼まなかったし、このことで精神に変調を起こした奴は挽肉にして海に投げ捨てた。

 人事を尽くして天命を待つ。

 この言葉が好きだったので、その通りに人事を尽くして来たのだ。

 人事を尽くして人を殺して来た。

 人事を尽くして人を騙して来た。

 人事を尽くして人を貶めて来た。

 人事を尽くして人を晒して来た。

 おかげで、毎夜血のように赤いワインをたらふく飲めたし、股のゆるい女を日替わりのように抱いてきた。俺より頭のいいエリートは悪評を立ててやったらすぐに失墜した。

 まさしく天命というのは人事を尽くした者にだけ与えられるのだと知った。

 だから、人事をより一層尽くしてきたのだ。

 そんな夢の生活がずっと続くようにがんばってきた。努力してきた。

 なのに、


「何で俺がこんな目に遭わなきゃなんねーんだよっ!!」


 息も絶え絶えにビルの合間を抜け、煌びやかな明かりを放つ大通りを避けながら走り続ける。

 途中、生ゴミが入ったゴミ箱に足が引っ掛かり転ぶ。数十万はするスーツにゴミの腐臭がこびりつき、店の連中全員皆殺しにしてやろうと思ったがそんな暇は一切無い。

 逃げなければ。

 逃げなければ――捕まってしまう。

 強迫観念に駆られながら男は更に走り続ける。

 自分が所有している隠れ家まではあともう少しだ。

 誰も知らない隠れ家で、ここだけはどんな女を抱こうとも教えていない。

 そして、その隠れ家まで辿り着いた時――悪魔のささやき声が聞こえた。


「キシシ! 見~つっけた☆」


 子供の悪魔がいたらこんな姿をしているに違いないと思った。

 悪戯心に溢れた顔をしてこちらを見て、夜も深まる街並に沿わない棒飴を舐めている小学生ぐらいの子供が目の前にいた。


「……っんで、ここがわかった!?」

「キシシ! さぁ〜て何ででしょう!」


 これがハロウィンであったならお菓子でもやって帰すとこだ。

 むしろ、お菓子上げて帰ってくれるなら早く帰って欲しい。あの世に。

 だが、この悪魔のトリックorトリートは残念ながらそんな可愛らしいものじゃない。

 デッドorアライブ——死ぬか生きるかだ。

 冷静になって考えてみれば相手はただの子供一人だ。

 即座に殺せば——まだ生きる目がある。


「おいクソガキ。今ここにいるのはお前だけか?」

「そーだぜおっちゃん!」

「ならよかった」


 スーツの内ポケットに入れていた折りたたみナイフを取ろうする。

 そこで違和感を覚えた。

 手にしようとしたナイフの感触がまるでなかった。

 それどころか、ナイフの他に仕舞っていた拳銃も見当たらなかった。


「お探しの物はこれかい?」

「なっ!?」


 ニヤニヤと笑いながら、ガキがナイフと拳銃を見せびらかす。

 いや、まさかと思い再度スーツをまさぐってもやはりなかった。

 ということは、やはりあれは自分が護身用に持っていた物で間違いないだろう。

 サーッと血の気が引いた。

 圧倒的な『死』を感じさせる凶器があるから脅しに使えたのに、その凶器が今向こうの手元にある。

 それがどういう意味を持つのかなんて馬鹿でもわかる。


「BAN!」

「ひっ」


 反射的に身が竦んだ。

 ただ、ガキが持っている銃からは銃口は向けられていても銃弾は出ていない。

 それがわかっていても、生理的な恐怖の欲求から情けなく地面にしゃがんでしまった。


「キシ。な〜んちゃってね!」

「っんのクソガキがぁぁぁぁ————!!」


 逆上して頭に血が昇るのがわかる。

 こんな小さな子供がコケにされたことで、ギリギリ抑えて来た我慢の限界があっさりと破られた。

 銃やナイフを持っていても所詮は子供だ。

 一発ぶん殴って——否、泣き叫ぶまで殴り続け、謝ったところをナイフで刺して、涙とよだれまみれになったら拳銃で撃ち抜こう。

 そう決めた。

 決めたはずなのに——ひょいひょいとガキが身軽に躱して一向に捕まらなかった。


「おっと。ぎゃー兄ちゃん俺超怖いよー。えーん」

「いい加減捕まりやがれ!」

 

 演技臭い棒読みでガキが笑いながら言う。

 余裕があるその表情がさらに男の感情を逆撫でし、さらに苛烈さを増して殴りつける。

 殴り続け。殴り続け。殴り続けた。

 それでも捕まらないガキに苛立ちを覚え、息も絶え絶えになった時に背後から声が聞こえた。


「おいおいマイフレンド。誰の弟に手を出しているんだ?」


 ギクリと後ろをゆっくりと振り返る。

 そこには、純白のコートを羽織った金髪オールバックの男がいた。

 ここで男はガキが時間稼ぎのために逃げ回っていたことにようやく気づいた。


「兄ちゃん遅いよ! 俺殺されるかと思ったじゃんよ!」

「悪いなブラザー。兄ちゃんは方向音痴なんだ!」

「なら仕方ねぇな!」


 馬鹿みたいな会話をしている内に逃げられないかと周りを見渡して愕然とした。

 ガキを追っている内に——袋小路に追いつめられるような形になっていた。


「さて、逃げ足が達者なフレンドに俺からの贈り物だ。——人様の弟に手を出そうとはどういう了見だゴラァ!!」

「がはっ!!」


 勢い良くぶん殴られて壁に激突した。

 背中に衝撃が走り肺から空気が漏れて息がしづらい。ヒューヒューとかすれた空気がしか入らず考えがまとまらなかった。


「なぁ、バッドフレンド。お前がいくら悪の道に堕ちようと構わんよ。だがな、お前はたった一つだけやってはいけない間違いをしてしまったな。俺の目の前で弟に手を出そうとしたことだ! わかる。わかるぞフレンド! 確かに俺の弟は可愛い。この荒廃した世界に舞い降りた天使と言ってもいい。そんな天使を守るのは誰か? そう兄貴である俺だ! つまり、俺は超兄貴なんだ。だから、俺はお前をぶん殴る!!」 


 さらに顔を殴られた。

 最悪だ。

 涙と鼻血に彩られ、こんな話の通じなさそうな人間たちに目をつけられた今日は、本当に最悪の日だと思った。


「兄ちゃん兄ちゃん! 超きもかっこいいぜ!!」

「そうだろう弟よ! 兄ちゃんは今世界で一番輝いている!!」


 こんな馬鹿みたいな連中にいいようにやられたままでいいのか?

 いいわけがない。

 こっちは人事を尽くしてきたのだ。

 ならば、こんな連中に負けるはずなどない。

 また、自分の都合のいい世界がきっとこの後待っているはずなんだ。


「このいかれ野郎どもが。俺に手を出してただですむと思ってんのか……?」

「あん。どういうこった?」


 本当に何も知らなかったらしい。

 ならば、教えてやるしかない。


「俺はこの一体を取り締まっている組の若頭だぞ! お前らが手ぇ出しているのは本職ってことだ!! 相手が悪かったな!!」


 これで相手が怯んだ後は「殴ったことは許してやるから帰れ。俺は心が広いからな」とでも言っておけば大丈夫だろう。その後はもちろん海に沈めてやるが。

 今一番やばいのは勢力争いも何も知らない素人が勢い余って暴力を振るうことだ。こんな不利な状況で殺し合えば、最悪本当に死んでしまうかもしれない。


「いや、それは知っているぜマイフレンド。チンケな組のチンケな若頭が悪逆非道なことをしているのは」

「兄ちゃん。こいつ馬鹿なんだよ。見ればわかるじゃん」

「HAHA! そうだなブラザー! 確かに馬みたいなツラしているな!」

「鹿が足りてないぜ兄ちゃん!」


 絶句した。

 こいつらは自分の素性を知って手を出してきたことになる。

 ということは、それなりの組織が裏にいることになる。


「手前ら。一体何者だ……?」

「ようやく聞いてくれたなフレンド。そうだ。お前も知っているだろう。巷で有名な『正義屋虎鉄兄弟』とは俺たちのことだ!!」

「だぜ!!」


 ……知らなかった。

 大々的に効果音がつきそうなポーズまでして名乗ってくれた所申し訳ないが、本当に知らないので困る。

 むしろ、知っていたら背後にいる連中のこともある程度見当はつくのだが、こんな奴らに該当する情報がないので本当にどうしたらいいのだろうか。


「す、すまんねぇがお前らのことは知らない——」

「知っとけボケが!」

「がはっ!」

「うっわー、やべーわ。兄ちゃん超恥ずかしいわ。あんな決めポーズまでして名乗っておいて知らないとかどうしたらいい真理?」

「兄ちゃん。そもそも俺たちってば秘密裏に動く感じだから知られようなくない?」

「そうだったな! さすがは俺のブラザー。頭が冴え渡っているな!」

「キシシ! 兄ちゃんがキレ過ぎているだけだぜ!!」


 イエーイと兄弟揃ってハイタッチをした。

 少しわかったことがある。

 恐らくこいつらはどっかの組が雇った裏社会の何でも屋の一つに違いない。


「はぁはぁ。お前らがどこの組に雇われているか知らねぇが、どうだ? お前らが雇われた金額の三倍はこっちが支払ってやる。見逃してくれればその金が手に入る。悪い取引じゃないだろう?」


 金なら腐る程ある。

 手持ちの現金はないが、ネットバンキングを通じて支払いは可能だ。金に雇われた裏社会の何でも屋ならば持ちつ持たれつだ。金で全てを穏便に済ませることもできる。

 相手が本物の馬鹿でもない限り、この取引は十分に成立させる余地がある——と思っていた。


「Oh〜そいつはできねぇ相談だグッドフレンド。正義ってのは金じゃ動かないんだ。そうだなブラザー!!」

「そうだぜ兄ちゃん! 朝のヒーロー番組でもそう言ってた!!」


 問題は相手が金では動かないような連中で、本物の馬鹿だった場合——その限りではない。

 男は、自分の足場が崩れ、ずるずると底の無い泥沼に沈み込んで行くような気がした。


「ひぃっ! お、俺をどうするつもりだ!?」


 歯が寒くもないのに恐怖でカチカチと鳴り響く。

 男は決して暴力に向いているような体格ではない。人事を尽くし思いつく限りの策を巡らせてここまでのし上がって来たのだ。

 今もなお自分に取って都合のいい天命があるに違いない。

 そう妄想せずにはいられない程、彼の心は追いつめられていた。


「決まっているじゃないかフレンド。古今東西悪党ってのは、正義に必ず負けるもんだろ。だが、ラッキーだったな! 俺たちは正義の味方じゃない。正義を味方する正義屋だ! 爆発で相手をぶっ殺したり必殺技で相手を破壊なんてしないぜ! ていうか、できないしな!」

「キシシ! そう考えると正義の味方って大抵ひどい連中だな!!」

「そうだブラザー! だから俺にできることなんてただ一つだ! 悪を力の限りぶん殴るだけだ!! そして悪とは誰だ! お前のことだフレンド! さぁブラザーよ。こいつの悪行を教えてやるといい!!」

「OK兄ちゃん! まずは人身売買!」

「正義パンチ!」

「がぁっ!」


 顔を殴られた。


「臓器の密売!」

「正義パンチ2!」

「うぐぇっ!」


 腹を殴られた。


「売春の斡旋!」

「正義パンチ3!」

「がはっ!」


 再度、顔を殴られた。


「あとはー何か色々だ兄ちゃん!」

「わかったブラザー! 最後の正義ラッシュ!!」

「はは……夢なら覚めてくれよ」


 永遠とも思える時間タコ殴りにされる直前、男はもうついてけないとばかりに自ら意識を手放した。



「ふっ、これで悪は一つ滅んだな」

「だな!」


 正義屋を名乗った金髪オールバックの男——虎鉄正義が、目の前でグッタリと殴って気絶させた男をポイッと捨てた。

 その直後、彼の白いコートの中から振動音が聞こえた。


「おっと真理。兄ちゃんは仕事の報告があるから、いつも通り後片付けを頼む」

「わかったぜ!」


 弟の虎鉄真理は兄に言われた通り、男を担ぎ上げてこの場所から離れて行った。

 それを確認して正義は着信があった携帯電話を通話状態にした。


「はい。こちら正義屋! ユーアーどちらさん! ってボスですよね! HAHAHA! もちろん仕事は終わりましたよ。いや〜俺らにしてみれば楽勝な仕事でしたがね。って、はい? え、次の仕事ですか……。不服そうな声って、そりゃ今仕事終わったばかりなんすけど。張り込みやら情報集めで疲れてるんすよ。あーはい。わかりました。金くれるならやりますよ。それで次の仕事は——は? 今度開かれる遊園地で遊んでこい? 行けばわかる? いやいやいや、もうちょい具体的に教えてくだ——あぁ〜! 切りやがった! 我がボスながら本当に身勝手だなあの人は!!」


 通話が切れた後の電話にギャーギャーと文句を言っているうちに真理が戻って来た。


「兄ちゃん後片付け終わったぜ!」

「おうご苦労さん。そんで真理。早速次の仕事が決まった」

「えぇ〜早くない?」

「言うな。金はいつもより多く出してくれる。それに次の仕事場は遊園地だ!」

「マジか兄ちゃん! 早速行こうぜ!!」

「残念ながらまだ開いてないらしい。新規オープンの遊園地なんだとさ」

「おぉ〜新規か。……兄ちゃん。俺良い予感が一個もしないんだけど」

「奇遇だな。俺もだブラザー。ただオープンまで時間はあるから休暇を満喫しようぜ」

「だな!」


 そして、正義屋を名乗った二人の兄弟は——夜の娯楽都市へと戻って行った。

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