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娯楽都市  作者: 菊日和静
第01話 娯楽屋とプラチナランカー<ジーニ>
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最も世界を楽しむ人間の一人

 チーン。エレベータの扉が開き、廊下を少し歩いてドアノブに鍵を差込んで鍵を回す。

 ふぅ、と軽く一息をついて、パソコンの電源を入れて立ち上げる。完全に起動するのを待っている間に、冷蔵庫からスポーツ飲料を取り出す。適度に甘く、飲みやすいように作られているこの飲み物は、何かをする前に集中するにはもってこいだった。

 そして、パソコンが立ち上がったのを見て、双六はパソコンの前に座る。

 手が天井までつくように、うーんと背伸びをした。すると体の隅々まで血流が回るのを感じ、ふわりと目の前が景色が遠くなったすぐ後——フッと目の前がクリアになった気がする。


 ――さぁーて、やりますか。


 ついさっき、マークには情報収集を頼んだ。

 彼のというよりは、彼の会社の力を使えばあっさりと情報は手に入ることだろう。多分、夕方ぐらいにはある程度まとまった報告が来るはずだ。

 それまでの間に、双六はネットに転がる無数の情報から、マークに頼んだ以外の情報の裏づけを行っている。

 その作業を数時間程続けた後に


「報告まだかなぁ……」


 と、呟くものの、さすがにそんな早く連絡はこない。

 連絡ーーという単語からふと最近久遠から聞いた情報を思い出した。

 なんでも社会人の常識の一つでこんな言葉があるとのことだ。『報告・連絡・相談』を略して『ほうれんそう』と言うらしく、仕事を円滑かつ円満に進めるための基本的でありながらも、とても大切なことだと教えられた。

 その時は『さすが久遠さん! ほうれんそうを守って就職活動がんばってください!!』なんて言ったら『お前の「連絡」があまりにもない皮肉も通じねーのか』と返された。

 まぁ、そもそもの話が連絡が足りてないのではなく『面白さ』を優先したがために、あえてしていなかったのだが、久遠には通じていなかったらしい。

 けれど、その話を聞いて双六はこう思ってしまった。


 ——何を今更そんな当たり前のことを言うのだろうか?


 曲がりなりにも小学校からの教育を受けているのであれば「ほうれんそう」なんて自然と身に付くものだろう。それも社会人という一端の大人になってまでも、そんな基本的なことがわからないまま——どうやらこの世界は回っているようだ。

 子供と大人の違いとは何だろうと問われたら、恐らく本質的な違いなんて無いのだろう。



 ——子供の頃からいじめは良くないと教えられながら育っても、大人になって結局いじめをしてしまう。

 ——子供の頃から立派な大人になろうと教えられても、結局立派な大人になんてなれない。

 ——子供の頃から大切なことを教えられても、その大切なことを踏みにじりたくなる。



 だから、子供と大人の違い何て本当に些細なことなのだろう。

 子供より大人の方がより性質が悪くなるという——些細な違いでしかない。

 そう考えてみると皆大好き七つの大罪という概念は『人間』をよく表していると思う。

 七つの大罪とは『傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲』に分類される。これらは罪そのものというか——罪に導く可能性のある欲望なのだそうだが、双六にしてみれば違う解がある。



 七つの大罪なのではなく、七つの娯楽だ。


 

 その七つの娯楽があるからこそ——人は何よりも楽しむことができるのだと思う。

 だからこそ双六は声を大にして言いたい。

 その全てが揃った娯楽都市が――何よりも大好きだ、と。


 思えば、この娯楽都市ができる前の日本というのは、禁欲や禁制といったものがひどく好まれていた時代でもあった。表現が規制され、出る杭は打たれ、あれこれは悪影響があるから、あれこれは健全な成長を妨げるからと熱心に議論されたそうだ。

 そんな歴史を調べたとき、単純にアホかと思った。

 放送禁止用語? そんなのはただの言葉だ。言い方を変えたところで、本質は変わらないのに、それがただ頻繁に使われ、人の悪意が混ざった言葉だと見なされ禁止になった。

 意味というならば、それを禁止にした意味がわからない。言い方が変わったところで何が変わったのだろう? 世の中は何も変わりはしないのに。

 表現に規制を加えた? 表現に規制を加えた結果、悪質な犯罪が減ったとでも大人は本気で思っているのだろうか? 一応は、規制されてから悪質な犯罪は減ったと報告を受けたそうなのだが、そんなわけが何一つない。相変わらず表現を規制したところで、殺人は起きるし、犯罪は起きる。ただただ、悪質な犯罪の流行が変わるだけだ。

 何を禁制にしたところで、何一つ世の中は変わらない。むしろ、悪化する。

 変わったと思っているのは、おめでたいアホの大人たちの頭の中だけだ。

 歴史から学ぶということを知らないのだろうか。何かを禁止したら、逆にそれがさらに魅力を帯びてしまうのだ。むしろ、魔力とも言っていいほどのレベルで。


 だから、そんな禁欲された人々の欲望を叶えるために——この娯楽都市ができた。


 娯楽を禁止にされた結果、人は娯楽に染まったのだ。

 影響というのは、受動態ではない。自らが選び取るものだ。悪影響というのなんて、結局は、その人が選び取った嗜好でしかなく、何ら否定されるものではない。


 悪影響もまた――その人が選んだものだ。


 あれが楽しいから望む。これが楽しいから望む。それが楽しいから望む。

 楽しくて楽しくて仕方がないから望む。

 あぁ、娯楽は何て素晴らしいんだ。

 結果、それが悪影響と呼ばれたにすぎない。

 そんな、当たり前のことから目を背けた、自称頭の良いとされるお偉い国のトップの方々は心底、娯楽という当たり前のことを知らないのだろう。本当に心からそう思う。いや、もしかしたら、一般の人とは違う娯楽ゆえに禁止する楽しみがあるのだろうか?

 そんなことを考えたところで、双六には何もわからない。

 双六がわかっているのは――ただ、当たり前のことだけだ。


 傲慢により、誰かを見下すのは楽しくないか? 楽しいに決まってる。

 嫉妬により、何かを恨むのは楽しくないか? 楽しいに決まってる。

 憤怒により、怒るほど大切なものがあるのは楽しくないか? 楽しいに決まってる。

 怠惰により、休んで何も考えないのは楽しくないか? 楽しいに決まってる。

 強欲により、欲しいもの手に入れるのは楽しくないか? 楽しいに決まってる。

 暴食により、美味なるものを食すのは楽しくないか? 楽しいに決まってる。

 色欲により、快楽を求めるのは楽しくないか? 楽しいに決まってる。


 本当に、この世は最高だ。

 だから――娯楽が闊歩するこの都市に生まれた事を感謝し、つくづく、生まれる時代を間違えなくて良かったと思う。


「おっと、もうこんな時間か……」


 気づけば、もう時計が夕方を回っていた。だが、何一つ進展はない。


「うーん、さすがに今のままじゃあ限界だなぁ……」


 と、そこで、メールボックスに一件の受信があった。マークからだ。


「さすがマークさん! いいタイミングで来るな〜」


 届いたメールを開き、添付されている暗号化されたファイルを解凍し開く。

 その情報を一ページから順に目を通し、全てを見終えた後にもう一度読み直して、自分の読み落しがないかを確認をする。


「ふーん。あぁ、こっちの方だったんだ」


 ――違和感の正体はこれか。

 あの時、ジーニのイベントの時に感じた違和感がようやく解消し、確信できた。


「なるほどなるほど。となると……誰が坂月さんを殺したかだけど――」


 さらにもう一通、メールが届いた。

 もちろん、マークからであるが、今度の内容は添付ファイルも何もなかった。


『これはサービスだよ』

 そうメールに書いてあり、その下にリンクが貼ってあったので、リンク先に飛んだ。


「これは……」


 飛んだ先のサイトの情報を見て、双六はようやくパズルのピースが出揃ったのを感じた。


「マークさん、ありがとう」


 画面の先にいるマークに、感謝の気持ちを伝える。

 これで、坂月が死んだ理由と、誰が殺したのかはわかった。

 そして、これから先誰が狙われるのかもわかった。

 あと最後にすることがあるが――ひどく気が進まない。


「あーあ、僕チートとか嫌いなんだけどなぁ……だけど、このままじゃあ結局全部はわからないままだしなぁー……。はぁ、仕方ないか」


 一度立ち上がり、双六はフローリングに敷いている絨毯を捲る。一見するとわからないが、フローリングのつなぎ目に爪を掛けて、パカリと床を外す。すると、そこには床に埋め込まれた鍵穴――もとい、金庫があった。双六の隠し金庫だ。

 そして、ポケットから鍵を取り出して、金庫を開ける。

 そこから取り出したのは、ある一枚のカードだ。

 それは、ある身分を証明するもの。この娯楽都市において存在が疑われるほどの価値を持ちながら、誰もが目にしたことのないされるカードだ。


 白銀色に輝く――<プラチナ>のカード。


「何で誰も気づかないんだろう? ジーニがすぐ傍にいるっていうのに」


 ポツリと双六は、ただ不平を漏らす。


「さてさて、このゲーム版の最後のピースを見させてもらうよ」


 パソコンに備わっているカードリーダーにプラチナカードを通し、そのランクでしか見られない情報にアクセスする。カードを使う前は、どんなにがんばってもわからない情報が、あっさりとわかってしまった。つくづくチートは簡単だと思う。双六は最後のピースがカチリとパズルにはまったのがわかった。

 そして、わかった瞬間――


「……あは。あはは! あはははははははははははははははは――――――――――!!」


 双六の楽しげな笑い声が、部屋に響き渡る。その笑い声に反射した部屋中の物という物が、双六の笑いに呼応して笑いあっているようだ。


「そうか。そういうことだったのか! これじゃあ、僕は探偵失格だな! 探偵なんてものになった覚えはないけど! あぁ、だけど、何でこんなに楽しいんだ。最高だ。最高だよ本当に! あぁ、楽しすぎて死んでしまいそうだ! 死なないけどね! あ、でも、答えあわせぐらいは残ってるか。ならちゃんと、この娯楽の答えあわせをしないといけないなぁ」


 はぁはぁ。興奮を抑えきれず双六は携帯を取り出して電話をかける。その間に、取り乱した息を整えなんともない風を装う。


「あ、もしもし、久遠さん? はい、僕ですが――」


 久遠に簡単に調べたことを伝え、次の行動を指示する。

 双六が組み立てたパズルが本当に正しいのか、間違っているのか。せめて、その答え合わせをするべく行動をすることに決めた。

 このジーニのゲームを解き明かすことだけは——双六は絶対にやめないと決めた。

 なぜなら。

 双六は——ただ純粋にこの不可思議な状況を楽しんでいるだけなのだから。

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