歴史区の大和撫子
久遠と天野は、電車を乗り継いで娯楽都市の<歴史区>と呼ばれる場所に向かっている。
歴史区とは、その名の通り日本の歴史にちなんだ物を集め展示をしたり、古き良き時代を思い出すために作られた娯楽的な区画である。ただ、歴史区の注目すべき点としては、物だけに留まらず——過去の建物もその中には含まれる。
つまりは——二人が電車を降りて歴史区の町並みを見れば、歴史の年表を見ているかのように建物が時代を逆行しているのであった。
タイムマシンにでも乗ったような気分だと久遠は思うものの——お目当ての目的地がそこにあるのだから仕方が無い。
歩き続けていると、近代的な建物からいきなり昭和の時代を彷彿とさせる建物になったり、その次は時代劇でしかお目にかかれない下町の家屋があったりする。無論、その建物は見世物でなく、実際に住みたいという物好きも中にはいるのが娯楽都市の恐ろしい所でもある。
そんな風に、歴史区全体が一種のアミューズメントパークとして成立している。なので、この歴史区では、近代から古代までの歴史的な格好をした人間が闊歩していてコスプレ好きな人間や古き良き時代を好むお年寄りがこぞって訪れる場所でもある。
ある種の混沌とした雰囲気が醸し出されているが、不思議がる人はどこにもいない。
むしろ、積極的に写真を撮ったりしてキャッキャと楽しんでいる。
時折、歴史区の見せ物の一つで、屋根を走る忍者を追う明治の憲兵隊といった、絶対にありえない時代のドタバタ劇をやったりもしている。
一種のデートスポットして人気でもあるが、こういった催し物にさほど興味が無いのか二人は迷いもせず——歴史区の中でも閑静な雰囲気がある場所を目指して歩いていた。
玉砂利が床を敷き詰めているそこは、日本庭園をイメージしているのか実に静かであり神社を訪れたような静けさに溢れていた。
カポーンという鹿威しの暢気な音を聞きながら久遠は口を開いた。
「本当にこんなところに神島……だかがいるのか?」
「さぁ。賽ノ目君の情報が確かならばそうなのでしょうが——ジーニのイベントに居た神島さんがこちらでアルバイトをしているとは思いませんでしたね」
「そもそもがアルバイトするような人間に見えなかったんだがな」
双六の指示通りに来た久遠であるが、さすがに不安になってくる。普段だろうが特別だろうが歴史区自体あまり立ち寄らない場所だ。
しかも、今いるのは歴史区の中でも——人を拒絶するような空気を持つような場所であり、何となくモヤモヤとした気分になる。
必然、歩く足も多少は鈍くもなる。
「……見えてきたな。あそこだ」
その日本庭園の一画に茶店があった。
店の前には、赤い絹がかけられている長椅子と赤い傘が差されている。典型的な団子を売る店で、看板にはお茶と団子のメニューが達筆な筆で書かれている。依頼がなかったら夕暮れ時の団子と茶を楽しみたいところであった。
そして、暖簾を潜って店の中に入ると――
「あの……いらっしゃいませ……」
今にも虫が消え去りそうなか細い声で出迎えられた。
その声の雰囲気だけで、あの日にいた神島だとわかった。ただ、接客業をやる身としてその声量はどうなのだろうと、ふとどうでもいいことを思った。
神島が顔を上げると——彼女は髪を三角巾でまとめ、全体的に紅色をした着物を着こなしていた。正に大和撫子といった装いだ。どうやら、カラオケではわからなかったが、神島は異様なまでに和服が似合っている。多分、それが神島をこの店で雇った理由なのだろう。
着物といえば、狐島も着物を愛用しているが、そもそもの話があれを着物と分類していいのか困る。狐島は着物を自分勝手に改造をし、何を狙っているかもわからない着こなしをしている。そのせいで、逆に、こういった正当な和装を見ると心が洗われた気になってしまう。
「よう。こんな所でバイトをしてたんだな」
「………………」
無言。
——軽く忘れられたのかと思ったが、目を見開いている所から驚いている――ような気がすると久遠は勝手に判断をした。
「あーなんだ。俺のことはわかるな?」
「あの……その……はい……。あ、申し訳ありませんお客様………ただちに、ご案内しますので……その……すみません……」
……誰だこいつを雇った奴は。
バイトをしたことない久遠も久遠であるが、神島に案内にさせるのは、さすがにどうだろうと忠告したくなった。
双六ならば逆に需要があると言いそうなものだが、久遠にしてみれば何の需要なのかさっぱりだ。理解すらできない。
「いや、悪いが今日は客で来たわけじゃない」
とりあえず、さっさと話を進めなければと、構わず話を振る。
「この記事を知っているか?」
ポケットから坂月が殺された記事を出して、神島に見せる。
それを受け取った神島は——おっとりとした表情を何も変えずに返事をした。
「…………はい。あの……驚きました…………」
「知っているなら話が早い。この件について話を聞きたいんだがバイトは抜けられるか?」
「……わかりました」
コクリと頷いて、神島は奥に引っ込んだ。
「久遠さん。神島さんに何を尋ねるつもりなのですか?」
「あん? 言ってなかったか?」
こんなところまで来ているから、つい言った気がしていた。
「はい。電話をもらってすぐに出たので、聞くタイミングが中々……」
「それは悪かったな。とりあえずは、ただの確認だよ。坂月が死んだことの確認がてらジーニに対してどうしたのかを聞くつもりだ」
「こないだ不干渉を提案した身で言うのもなんですが——大丈夫でしょうか?」
「さぁな。誰がジーニで誰が殺人犯なのかわからない状況だ。少なくとも牽制の意味を込められたら十分だ。あとはそうだな……」
「あとは?」
「――いや、何でもねぇよ」
そう。何でもない。今のところ全てが何もかも推測の域を出ていない。双六の話ではないが、自分たちは探偵でもなんでもないのだ。依頼であるジーニを見つければいい。
何もないのが一番だ。何もなく終わるのが一番だ。
なのに、見知った人間が一人死んだせいできな臭い事件に片足を突っ込んでいる。ズブズブと見えない沼にはまり込んだように——もしかしたら、気づかない間に久遠は深いところに来ているかもしれないと感じながらも、頭では必死に否定した。
「何もねぇのが一番っつー話だよ」
「何もないのが……ですか。そうですね。そうであればいいかもしれないですね」
多分、久遠の言った意味とは違うのだろうが、天野の方も概ね同意した。
「あの……お待たせしました」
奥から出てきた神島は、着物から着替えて空色のワンピースと上に一枚カーディガンを羽織っていた。今の格好も似合わないでもないが、やはり、先ほどの和服の方が似合っていると感じた。
「あぁ。それじゃ早速で悪いが話があるんだが――そうだな。込み入った話になるから、どこか静かな場所とか知っているか?」
「……はい。知っています。……こっちです。……付いてきて下さい」
そして、三人は何も注文しないまま、店を出た。




