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娯楽都市  作者: 菊日和静
第01話 娯楽屋とプラチナランカー<ジーニ>
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女子高生との気まずい二人きり

 正直な話、すごく困っている。

 ただただ沈黙が流れているこの場の雰囲気に、久遠はため息をつきたくなった。

 どちらとも口数が多くないのは知ってはいるのだが、さすがに沈黙が一時間経ったころから厳しくなってくる。

 せめてこの場に双六がいれば……と思わずにはいられない。

 普段は邪険にしているはずの双六の存在を求めたのは初めてかもしれないと久遠は思った。女子高生と大学生のという違いもあるが、何より久遠としてもさほど人とのコミュニケーションをとるのはうまい方だとは思ってはいない。

 むしろ、避けられる機会の方が多かったぐらいだ。

 部屋に流れる音はそう多くない。

 ただ、天野の指がカタカタとキーボードを叩き、マウスがカチカチと鳴っているぐらいだ。せめて煙草でも吸えれば手持ち無沙汰でなくなるのだが……さすがに、女子高生の部屋で吸うことは躊躇われる。

 今久遠がいる場所は、楽々高校の女子寮の天野の部屋だ。

 寮といったところで、実際のところ普通のマンションと何ら変わらない建物である。学生が入る寮としては破格の待遇のような気もするが、相手は天才と言われる人間なのだ。ならば、この程度の待遇は当然のことなのだろう。

 女子寮とかならば男一人が入るのに規制があるのだろうが、この規模になれば本人の許可があれば何も問題は無かった。いや、問題はあった。最大の問題は——天野にずっと付いていなければならないということだった。

 双六と別行動を取ることになりよくよく考えてみれば、天野の護衛と監視をするということはずっと付きまとうということに等しいことであった。

 というか、そもそもの話が護衛といっても久遠が想定していた護衛というのは、一人で居る天野の身が危険なので娯楽研究会の部室につれ行く者だと思っていたのだ。

 だが、それについてはすげなく天野に断られる結果となった。

 なんでも、天野の方でも部屋でやることがあり「すみませんが少々お時間をください」と言われ、二人きりで待たされる状況になるだなんて思っていなかった。

 一応、坂月が死んだことは天野も知っていたらしく、ジーニを割り出す間の護衛を買って出ることにしたらすんなり了承をもらえた。

 何でも今天野がやっている作業もこないだのイベントの情報を元にジーニの行方を探っているらしく、今もパソコンのキーボードをせわしなく操作している。

 無論、そういう事情なら無下に断るわけにもいかず、誰が殺人犯なのかわからない状況において天野の力は有用に働くだろうと判断した。


 その結果が——女子高生と二人きりという状況の出来上がりというわけだ。


 何たる迂闊だったのだろう。文句を言おうにも誰にも文句をつけることはできないので、心中で自分の愚かさを嘆くだけに留めておく。

 そして、かれこれ二時間程度経っているのだが、天野は調べ物をやめる気はないようで、絶え間なく調査は進んでいた。


「そういえば、お一つお聞きしたいことがあるのですが」


 そこで、顔をこちらに向けることはないが、天野が話しかけてきた。もう話しかけられることはないのかと心配していた久遠はホッと胸を撫で下ろす。


「何だ?」

「今回起きた殺人というのは……ジーニが関係していると考えているのですか?」

「関係していないと考えるには、少しばかり符号が合いすぎているな」


 今朝、双六と話していたときに、その結論は出ていた。

 昨日のジーニのイベントがあってからすぐ後に——坂月が殺されてしまった。その因果関係がないと考えるのはいささか無用心である、と。

 ジーニ本人が手を下したとは考えにくいが、それでも用心しておくにこしたことはない。


「……ジーニとは一体何なのでしょうね。一度はその名前を広めたと思ったら消えて、そして今はまたポイントをあげるなど、行動の一貫性というものがまるで見られません」

「…………」


 その問いに返す言葉を久遠は持っていない。双六は、モニター越しのジーニを『劇場型犯罪者』のような感じとか言っていた、久遠は少し違う意見を持っていた。


 ――あぁ、こいつも娯楽都市の人間か。


 あの時、すぐにそんなことを思った。本当に娯楽都市に住んでいる連中はイカレているとしか思えない行動を取る。

 何も躊躇わずに。楽しければどこまでも許されると思い込んだように——何でもする。

 娯楽屋をやってからというもの、そういう人間に会う機会が嬉しくないことに恵まれ、本当にこの都市の人間はそういう考えしか持っていないのではないかと疑うことが多々ある。

 普通の社会ではルールがあり、楽しむためにそのルールを踏みにじっていいわけではない。当たり前の常識である。なのに、そんな当たり前のことがわからない奴が多く溢れかえっている。

 けれど、そんなルールさえ形骸化してしまいそうな——娯楽都市特有の雰囲気には未だに馴染めなかった。


「さぁな。だが一つだけ言えるのは、双六が今そのことについて調べている。あいつは、変態娯楽野郎だが――そういうところだけは、きっちりやるからな」

「賽ノ目双六君ですか……。彼は一体何者なのですか?」

「どういう意味だ?」


 不思議そうに天野は問う。


「いえ、一応私も娯楽屋に頼む前に、多少なりとも調べさせていただいたのですが、それでも賽ノ目君の情報は一切目に触れなかったものですから」

「あぁ、そういうことか。どうせ、あんたが目にした情報は狐島が触れ回っているものだろう。なら、高校生がいるとかだと信用に関わると思って、伏せておいてもおかしくはないだろうな。何せ、あいつも楽しければ何でも仕事を持ってくる奴だからな」


 実際、久遠も気になって『娯楽屋』に関する噂を確かめてみたことがあった。

 娯楽研究会自体は堂々と仲介するための宣伝を狐島が載せているが、その中には『娯楽屋』といった語句は出てきていない。おそらくは口コミレベルのような情報か狐島本人から聞かなければ出て来ないような情報レベルなのだろう。

 それなのに、天野は娯楽屋ということまで知っていた。

 多分ではあるが、ポイントの恩恵を使ってもう少し高いレベルの情報にアクセスをしたのだろう。ポイントを使用すればそれだけ深いレベルの情報が開示されることになる。

 けれど、天野が最初に部室に来た時に双六が娯楽屋であることを知らなかったことから、娯楽屋自体のパーソナルデータはなかったのだろうと予想がつく。

 どうせ、狐島が規制しているに違いないと——久遠は声に出さないまま考えていた。


「そうですか。いえ、確かに私のようなの素人が口を出すことではなかったことですね。出過ぎたことを言ってすみませんでした」

「いや、確かにあいつは胡散臭い奴ではあるからな。あんたが不審に思うのも無理はない」


 ここにはいない双六に対してひどい言われようであるが、まぁ仕方ないだろう。事実であり、あいつ自身そんな風に装っている節があるのは確かなのだから。


「くす。ありがとうございます」


 ようやく、この部屋に来て初めて天野の笑顔を見た気がする。

 天才といえども、笑えばただの女の子なのだ。そもそも、久遠にしてみれば、周りが狐島に双六、マークといった面々に囲まれているので、久々に普通の女の子の笑顔を見たような気がする。誰だって笑えば、平等ということは変わらない。

 それを差別だ、何だとのたまい意識させるこの都市は、一体何を目指しているのだろう?

 柄にもなく、そんなことを考えてしまった久遠のポケットから振動音がする。

 誰だ? と考えたが、このタイミングで電話をする奴は一人しかいない。就職活動は全部駄目なのだから、企業からということはありえないのだから。

 携帯を取り出し画面を見ると、やはり双六から電話が掛かってきていた。


「あいつからだ」


 ピッと、通話ボタンを押す。

 今の時間帯は大体夕方ぐらいだ。夜までには連絡すると言っていたはずだが、意外と早めに情報は出揃ったのかと感心し、双六の報告を聞く。


「あぁ、俺だ。どうなった?」


 そして、双六の報告が一通り伝えられる。それに一つずつ相槌を打つ。

 所要した時間は五分もかからなかった。


「――わかった。じゃあ、そっちの方はお前に任せた」


 簡単にまとめられた報告を聞き、久遠は電話を切った。ツーツー。パカっと折りたたみ式の携帯電話をポケットにしまう。


「どうなりました?」


 電話中、特に口を挟むことはなかったが、天野は結果を心待ちにしていた。


「神島と屋久寺の居所が知れた。俺らは今から神島の方へ向かう」


 双六からの報告にて、二人の居所が知れた。

 どちらかがジーニだとしても、久遠のやることは一つだけだ。

 依頼を遵守する。

 できれば穏便に済めばよいと、希望的観測を持ちながら二人は部屋を後にした。

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