いのせんっす!2-2
屋上といえば定番の主人公達のたまり場。
お前らはいつもどうやって屋上に入っているのか。
そこの説明がないのはどうも入り込めない私……。
2-2
昼休み、俺は屋上に転校生を呼びだしていた。
火曜日なのが幸いした。
月曜日に天文部が夜に屋上を使った後、大抵鍵を締め忘れるというのを俺は知っているのだ。
どうも鍵当番が持ち回り制で、月曜日の夜に鍵を渡されている人間がズボラならしい。
「なんでここに呼んだかは、わかるな?」
普通に質問する俺。当然のことだ。
「さあ」
少女は艶に笑んでそっとスカートの端を両手でつまみ、
「私との屋外での性的行為を希望?」
「いやいやいや全然そんなんじゃねーから!」
普通に全力でうろたえる俺。当然のことだ。
「そう、残念」
両手を開く。スカートがはらりと元の位置に戻る。
なんという事は無いという表情の少女。
貞操観念がおかしい。
俺は流されてしまわないようにできるだけ低い声で絞り出すようにし、
「目の色変えたって、俺は誤魔化されないからな」
少女はふうとため息を吐くと、
「やっぱり、消えてなかったんだ。記憶」
「や、やっぱりお前昨日の……!」センとかっていう、コスプレ女なんだな!?
「別に。あなたの求めている役割を演じてあげただけ。私は何も知らない」
「お前まだしらばっくれる気かよ」
こいつ、絶対昨日の女に間違いないのに、あくまでしらを切り通すつもりなのか!?
「魔法も知らないし、異能力も知らないし、服装変えたり触手の生えた怪人と戦ったり、何にも知らない」
「バリバリ知ってるじゃねーか!」
何無駄にふざけてんだよ。
一瞬でも人違いかと思った自分を全力で叱責したくなる。
こいつは、俺の動揺する様子を見て、楽しんでいる。
なんていうか、不愉快だ。
愉快に感じるとしたら朱里以上の変態だとおもう。
朱里が本当に変態かどうかは確認必要な気もするけど。
女同士もなかなか、うーん……だけど、女にからかわれて喜ぶ男っていうのもなんていうか、ね。
ゴミのようだ、とか罵倒されて喜ぶっていうならわからんでもないけど。
……いや、わかったらヤバいか。
今のは俺の中の無意識が生みだした産業廃棄物的言葉の組み合わせに過ぎない。忘れよう、忘れよう。俺は変態ではない。うん、俺は変態では……。
「ん、君、覚えてるみたいだったから。なら、隠し通せるものでもないかなって」
あっさりと昨日の事を認めた少女は、開き直っているようにさえ見えた。
「いい加減だな。そんなんでいいのかよ?」
「ん、魔法省によればその場合は外部に情報を漏らさないようにきちんと監視する事ってなってる。だから、大丈夫」
「ふーむ?」
何を言いたいのかわからん。ていうか魔法省ってなんだよ。ホグ○ーツか。
「別に、君が気にする事じゃない。私の問題だから」
「あーそうかい」
どうしてこう俺はトゲトゲしく話してしまうのか。
根本的に会話がかみ合わないからだ。
……あとは、こいつの顔を直視するのが少なからず俺には恥ずかしいというか……。
「ていうか、目の色はどうやって変えてるんだ?」
「ん、カラーコンタクト」
現実的なお返事。
「黒くしてるのはね」
「あ、やっぱ赤い方が地の色なのね」
「そりゃあ、そう。私からしたらあなた達の色素構成の方が特異。だけど、郷に入ったら郷に従わなきゃいけないから」
何やら日本的ことわざを用いる魔法少女。
「そういえば異世界人ってなんでこっちの言葉話せるんだ?」
「私達の世界はこっちの世界の『想い』によって構成されているから」
よくわからない説明をするセン。マンガで国籍違う人達が普通に会話してる(何故か語尾に『アルヨ』とかが付く)のは見た事があるけど、異世界だと現実でもそのルールが適用できるらしい。
言葉の心配しなくていいのはとりあえず俺とこいつとの将来を考える上で一つのポジティブポイントだな。
……まだ付き合ってもいないし、告白さえしてないわけだけど。
「それでお前は、何しにこっちに来てるわけ?」
「邪念体」
事前予告なしにいきなり猛烈な中二病っぽいワードが飛び出した。
多分火をみると二重人格が現れる妹も大喜びなレベルのワードだ。
俺に妹はいないけど。当然かわいいわけもない。いないんだから。
……というかまずその単語についてだ。
「邪念体?」
興味半分、興味半分で秘技オウム返しを使用する。
母さんとの特訓のたまものだ。
風邪薬も真っ青なくらい、俺の気持は中学二年生だった。
「私達の世界で、『悪意』を食らって生きる存在の事」
「ほう」
中学二年生的には食指が動かされる。
「それを倒すのが、私の仕事。あとは、人探しとか」
「人探しって誰探してるんだよ」
「それは……言えない」
うーん、こっちはあんまり中学二年の俺的には興味が無いから、いいか。
「ならもう一つの方でいいや」
結局俺は、最初話題に出た邪念体について聞く事にした。
邪念体とは言わなかったけど。
「化け物なら、昨日倒したじゃないか」
「昨日のは小物。奴らを操っている大元がどこかにいるはず。今回は、今までの敵とは違う」
「そんな事を言われても俺にはさっぱり違いが分からんぞ」
違いの分かる男になれる日は俺にはまだ遠いらしい。
「君、昨日私が二匹の邪念体と戦っているのを見たでしょう」
「ああ、二人と戦っているのは見たな」
なんとなくあれを既に人間でないものとして呼ぶのに抵抗があった。だって人の形してたし。触手は生えてたけど。
「そもそもああやって二体でいる事自体、おかしいの」二体でも二匹でもいいのか。
「何がおかしいのか俺にはさっぱりわからん。俺にはお前含めて非常識的な存在一切がおかしいように思われるのだが?」
「むぅ……」
やば、言い過ぎたか? 繊細な女性の心を痛めつけてしまうような言い方だったか?
「あ、いや、その……」
若干反省。
「むぅ……」
「ごめん」
「むう……」
「許してっ」
早くアヤマッテ! 的な感じで言ってみた。センは「?」な表情で、
「どうして謝っているの?」
「いや、だってなんかお前の事傷付けたみたいだったし……」
「違う世界の人間だもの、意思の疎通の齟齬が生じて当然。ましてこっちの人間じゃ……」
ていうかなら傷付いたようなリアクション取るなよ、ようやく自分がまたセンにからかわれていたという事に気付く。
だけど今はそれはもうどうでもよかった。そんな事より、
「なんかいかにもこっち側の人間がダメみたいな言い方だな」
「否定はしない。殺しても殺しても湧いてくる所とか、自分達が冷蔵庫の陰に隠れてる一匹見たら百匹の昆虫に酷似している。そのくせプライドが高く、周囲を破壊する事でしか生きていけない。長所と言ったら自分達を相当にプラス方向にデフォルメした男女がいちゃいちゃする紙媒体娯楽もしくはそういった男女を画面に映して声を口パクで合わせる娯楽作品を作るくらいしかない野蛮な生き物。それが私の認識」
「最後の一つ前のセリフおかしくない!?」
世界がそこまでサブカルチャーに傾倒しているとしたら、這い寄る何かもびっくりな事になってしまう。何かには多分いつもニコニコな動画名が入る。嘘だけど。
「最後の一つ前のセリフって?」
「いや、あえて言う程でもないけど」
「なら言わないで」
あう。
……。
「っていうか、ひどい認識だな」
「ひどい認識?」
「お前がこっちの世界の人間に対して抱いているイメージがさ」
「ゴミのようだって事が?」
「いやさっきまでゴキブリのようだったじゃん! 何その微修正! 何故立そこで場を変える?」
「別にどっちにしても同じ事よ」
「同じじゃないだろ」
同じな気もするけど。
と、唐突にセンが俺の方を凝視する。
「昨日の化け物」
俺の心の中まで覗き見ようとするかのように。
「あれがあなた達の思念によって生まれているとしたら?」
「な、なんだってー」
「……ふざけないで」
しかし、そうか、つまりセンは……。
「俺達がいるせいで戦わなきゃいけないって事か」
実害が及べば、そりゃ人間嫌いにもなるよな。
俺だって人類の為にとかいう理由でヒモ無しバンジージャンプを強制させられたら、全人類とかいう霊長類も嫌いになってしまいそうだし。
「邪念体はこっちの世界で人が生まれ、文明が発展する程に強くなっていった。奴らの力の源は、こっちの世界の欲望、憎しみ、絶望、そういったものだから。奴らがこっちの世界で、こっちの人間の心を直接吸収してどこまで強くなるか、まるでわからない。だから私は、戦わなくちゃいけない。これ以上あいつらが成長する前に」
「そっか俺達のせいであんな化け物と戦わされるってんなら人間嫌いにもなるよな……」
意図的にかみ合わない会話。理由としてセンは目的達成の困難さについて語らず、俺はそれを察するよう努めていただから。
「でも」
そしてセンは俺との認識の齟齬を埋めるように、補足してくれた。
「どうか勘違いしないで。私の目的は邪念体を殲滅する事であって、君たちを守る事じゃない」
「え?」
「つまり私はこっちの世界に来た邪念体が私のいた世界にとってのちのち害になる可能性があると判断されたから派遣されただけであって、君たちを守る事は任務には入っていないって事」
「派遣戦士って事か」
魔法少女、魔法戦士、異能戦士、そういった言葉はアニメやマンガなんかで聞いた事はあるが、派遣戦士ってのはないな。現代のキンキンに冷えきって停滞した日本経済が生みだす事のできるニューウェーブ、乗るしかないっしょこの波に! みたいな感じなんだろうか。いやいや。とりあえず自分の身も心配だし、一言苦言を呈しておきましょうか。
「冷たい話だなあ。まあ、俺達の責任で化け物が生まれているってんだから、仕方がないかもしれないかもしれないけどさ。そんなに嫌わなくても良い気がががが」
「別にこっちの世界の人間が嫌いなわけじゃない。ただ、興味が無いだけ。君達が道で昆虫を一匹見たところで心動かされず、それでも食料に付いていたら毛嫌いするように、私にとってこっちの世界の人間は、私の戦いの邪魔さえしなければ、どうでもいい存在。もちろん戦いの為に、利用できる事ならしたいから、皆から好かれるようには努力するけど」
センにとってこっちの人間はまるで価値の無いものなのか。昨日の触手の男達を思い出す。あんな常識から外れた化け物を相手にするにはこっちも、正義のヒーローとかいうのが必要な気がする。それは俺の知る中じゃこいつしかいない。なのにセンは、大事なことらしくもう一度はっきり俺の方を見て、
「どうか勘違いしないで。私の目的は邪念体を殲滅する事であって、君たちを守る事じゃない」
俺は確認したくなった。
「それって、俺に対してもそうなのか? 俺に対してもお前は興味なんてなくて、心底どうでもいいと思っているのか?」
するとセンは照れたような女性的な笑いをして、
「私は君には興味あるよ」
コンタクトの瞳の奥から、赤い光がキラと光って。
凡百な表現だが俺はドキリとした。と、センは急にスカートをフワリと広げUターン、俺に背を向け屋上から去っていく。俺も慌てて後を追った。
「私は君には興味あるよ」こんなセリフを言われたら私は多分その人の下僕になってしまうだろうが、主人公はあくまで主人公なのでただ唐突にヒロインがいなくなったのでなんとなくついていってしまっているだけなのだ!
……次回、急に屋上から去ったヒロインの意味とは?!