いのせんっす!1-2
親友から悩み事を相談された主人公だが……。
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ここは路地裏。そして目の前で二十から三十歳くらいの男が二人、倒れていた。
この光景を見て「十代から二十代、もしくは三十代から四十代の犯行、五十代から六十代の可能性もある」と犯罪心理学の専門家なら言うのだろうか。
俺がその専門家でテレビ用にコメントを求められたとしたら、そう言うだろう。
ついでに付け加えて、間違いなく「男」の仕業ですね、とも。
とりあえず俺は目の前の少女が犯人だとは、あまり思いたくないというか、思えなかったというか。
……でも、それは揺るぎないことなんだよね。だって見ちゃったから。
なのに見たことを否定しようと俺がしているのはなぜか。
つまり事実は揺らいでいないが俺が揺らいでいる。俺が今動揺している、という事だ。
今ある可能性を一つ一つ吟味し、疑い、可能な限り、目の前で異様な光景を見てしまった自分が安全である可能性を模索している。
犯行現場を見られた犯人が口封じにさらに人殺しを重ねる、そして被害者が俺、という最低最悪な展開が起こりうる確率が極めて微小であるという事を確認したがっている。
……不安で不安で、しようがないんだ。
そのために俺が取った行動は、目の前で立っている、自分の他にこの場で意識を持っていそうな唯一の人間に声をかける事だった。
殺人、殺人未遂、あるいは暴行、いずれかの罪を現行で犯した事が確定している人間に、声をかける事だった。
大事な事だから二回言ったが特に意味は無い。
ついでに勇気も無い。
現行犯逮捕は警察官じゃなくてもできると聞いたことがあるが当然俺はそんなことはしない。
むしろ俺の脳味噌は犯罪者のよき理解者の振りをして見逃してもらおうと考えていた。
銀行強盗と仲良くなってしまう人質張りの希望的観測の成就の希望だ。
なんらかの心理学的要素が俺を後押ししてくれるかもしれないが今はそこまで深く考えていない。
「あ、あんた何者なんだ?」
俺は屍と化して(実際に死んでるかどうかは不明だけど出血量的にそう見えた)倒れ伏した男たちの間に悠々と立つ、スクール水着にアンスコ用スカートとあと若干の肩とか腰防具を身に付けている少女の後姿に対して声をかけた。
……こういうとまるでアニメやマンガのコスプレみたいな格好に聞こえるだろうが、実際アニメやマンガのコスプレみたいな格好だった。
「喋らないで」
まるで俺がここにいたのも最初から把握していたかのように濃紺の髪をした少女が振り返りもせずに言う。
見たなあ、とか言われて振り返られたら多分俺は腰をぬかす。
冷静に自分がヘタレである事を分析できるくらいに肉体と精神が分離し始めている。
「な?」
「気が散る。一瞬の油断が命取り」
ショートヘアのそのコスプレイヤーさんと思しき少女は言った。
どこかで聞いたようなセリフだ。追撃のグランドなんたらを出したらさらにダメージは加速しそうだった。
と、不意に男たちが立ち上がった。
血まみれだったのによく立てるなと思って顔を見たら、その顔の傷口からは、幾本もの触手が飛び出している。 紫色だ。
正直バイオなハザードがリアルに発生するとは思っていなかった。
状況を整理しよう。
俺は恵輔と別れた後、自分の家に向かった。
といっても少し距離がある。
徒歩五分くらいなんでまあせいぜいバスで一つくらいの距離なんだが、その区間を歩いている途中に建設中のマンションが二棟ある。
片田舎のへんぴな街ではあるが若干の人口増加が見込まれたのか知らない。
田舎だと高そうなマンション買っても安く済みそうだしな。
富裕層が引っ越してくれれば消費も増えてこの街にとっては良い事なのだろう。
俺にとっては格差が目の前に現れるわけで、あまり面白くは無いが。
これでは俺の築三年の古家が泣いてしまうではないか。いや泣かないか。
「母さん」がものすごいローンを前提に買ってくれたのを感謝しよう。
それはともかくその二つのマンションの隙間から何か、ゆらゆら動く人影が見えた。
俺は気になって内側に入っていく。
あまり隙間は開いていないように見えたが、建設中のシートで隠されていただけで、内側は鉄骨だけの中空となっているようだった。
そろそろと様子をうかがっていると中にはショートの紺髪のコスプレ少女と短髪の男が二人。
異様に張り詰めた空気が辺りを支配していた。なんなんだ?
一瞬見合っていた少女と男達だったが、隙を見つけたのか少女が駆け出す。
ここで俺は初めてこの少女と男二人が「戦って」いる事に気付く。
少女は手近にいた一人目の男に持っていた変な妙に光沢のある杖――というかステッキ、というべきか。どちらでも同じだが多分見た目的にステッキの方があってるからステッキで表現する。その変な妙に光沢のある長大なステッキを振りかぶって男の頭蓋に向けて振り下ろした。
倒れ伏す男。
あとはもう、一方的な殴打だった。
振りかぶりうつぶせに倒れた男にダウン追い打ちを与え続ける。残念ながら現実には補正はないのでモロにくらう。
格闘家のパウンドに不良のバタフライナイフが追加されたような惨状が起きた。だってロッドの先には円状の刃物が付いていたから。
コスプレ少女は殴ると同時に切り裂く、効果的な鈍器兼刃物を用いていた。可愛らしい羽も先端に付いているのが妙に痛々しい。
一瞬で辺りが赤く染まる。羽も染まる。
止めに入ろうとしたのかもう一人の男が声を上げて襲いかかった。
その声は怒りからか人間のものではないかのようにおどろおどろしい声だった。が、コスプレ少女はひるまず、その声をまるで無視して倒れた男の方を鈍器で殴っている。
そしてつかまれる、そのギリギリの瞬間。止めに入った男に迎撃を入れる。
狙いすましていたかのように、というか実際狙っていたのだろう。男の首筋に全体重を押し当ててのカウンター。
その時俺は少女がちょうどこちらを向いていたので顔をよく見る事ができた。
赤い、瞳をしていた。
「ジョルトカウンタアァァッ!」
前傾姿勢から普通に全力で格闘技をやっている赤眼の少女(甲高い技名叫び声付き)。
カウンターに異常なまでのこだわりをみせるフライ級のボクサーみたいだった。
もちろん彼女はフライよりもっと軽いのは間違いないが全体重をかけるため威力は十分に見えた。
そこで俺は一瞬彼女の体重にも思考が及ぶ。だがそれは今は関係ない!
とにかくこの少女、魔法っぽい見た目がまるで意味をなしていない。
しかも刃物付きの鈍器でそんな全力カウンターを行うものだから、当然そちらの男(今度からこっちを男Bと表現しよう。もう片方を男Aと。その方がわかりやすい。うん、そうしよう。ちなみに男Aは細マッチョ。男Bの方はかなりの巨漢、もといデブだ。どうでもいいけど)も昏倒する事となる。あおむけで、大の字に。
はい、回想終了。
そして現在に至る。
あえて言おう、理解不能な事態である、と。
そして戦闘はなおも続く。
「ハアァァァッ!」(少女)
男達は体から紫色の触手を伸ばすが、少女の動きは素早い。マンションの鉄骨をうまく使い、触手の攻撃を回避している。
しかし男達も触手を出してからは本領発揮なのか少女にもそれなりのプレッシャーをかける事に成功しているようで、少女からの攻撃は無い。
「ウボォアー!」
男Aが怒ったように両腕を振り上げ、突進しながら触手も伸ばす。
顔から腕から生えた触手が少女に迫るも、少女は鉄骨を三角蹴りの要領で蹴り上に逃れる。結果的に男Aが隙を晒す事になった。そして、
「この瞬間を待っていたんだぁー!」
上から下に重力による上下誘導ばつ牛ン(あ、打ち間違えた)の理不尽な攻撃が降りてくる。
しかも着地してるのかしてないのかわからない素早さで四連撃を入れた後、鈍器でジョー(アゴ)を打ち上げ自身も地を蹴り飛び、さらに空中で鉄骨を蹴り上昇してもう一撃を加える。
一瞬で相手が大気ごと氷結させられて死ぬほどの理不尽な武力制圧が目の前で行われている。
しかも空中に飛んだ事により男Bの触手攻撃を回避さえしていた。
強過ぎる。
魔法使いの見た目で魔法使ってないのに、強過ぎる。
なんなんだこいつは?!
対戦ゲームにいたら修正必須なくらいの壊れた強さだった。
開発側が仕事していれば……みたいな状況。
「お、おい、大丈夫か?」
恐らくその最強(最凶?)コスプレ少女の唯一の誤算は男Aが俺の目の前に落ちてきた事、そして何故か俺が条件反射で男に声をかけてしまった事だった。
……俺はまだ夢の中にいるような気分だったんだ。思った以上に自分が動揺していた事に気付けてなかった、というか。
「あ、バカッ!」
コスプレ少女が叫ぶが時既に遅し、だった。
俺は男Aに後ろ手でつかまれ、動けなくさせられていた。
そして頬に当たる、男の触手の感触。
……変に熱を持っている。
男は呼吸が乱れていたがなんとか一言、
「おとなしくしろ……」とだけ言った。
なんだ、人間の言葉喋れんじゃん。とのんきに男Aに突っ込む事などできなかった。
俺を拘束している腕の力が、既に人間のものではない事を十全に示していたから。
そのせいで、「なあ、これってなんか趣味の悪いアニメの実写映画化の為に撮影とかしてんだろ?」などという常識人として当然の反応を返す事さえ押さえ込まれてしまっていた。
「そ、その子を離しなさい!」
俺の方に少女の注意が逸れた。
「お、おい、あんた後ろ!」
少女は一瞬で気付いた。自分の背後に敵が迫っている事に。
「ハアアアァァァッ!」
敵が羽交い絞めにしようとしてきていた所を体をかがめてかわし、必殺のステッキをアッパーの要領でアゴに!
その瞬間、俺の後ろから再度声が響く。
「動くな! 動けばこの男の命は無いぞぉ!」
……ステッキの動きが止まる。それから男Bが少女を羽交い絞めにするのは、変にスローモーションに見えた。
「く! 放せ! 放せ!」
少女が暴れるも、男Bはガッチリと押さえつけている。赤眼の少女の力はスピードに乗ってこそ活かせるもので、こういった密着状態では触手男にはかなわないのだろう。
「なんだこいつ、さんざん暴れたくせに、軽いなあ!」
巨漢の男Bが小柄なコスプレ少女をブラブラさせたままこちらに歩み寄ってくる。顔も腕も触手だらけで、それで少女を縛り上げるようにしてさらに拘束していた。
でっぷりとした腹に少女を乗せている。怪人ではあるが、汗は普通に出ているみたいだ。
先程の戦闘でびしょびしょぴったりになったTシャツに少女は密着させられている。
多分かなり気持悪い思いをしているだろう。嫌悪に満ちた表情をしている。
人外の比率の方が、もっとか。男Bは余っていた右肩の触手の先端を尖らせ、少女の首筋に向ける。
恐らくでなくても、首に突き刺して頸動脈を傷付け、殺すつもりだろう。
触手が引かれ、突き刺される。少女の瞳孔が開く。
男Bが勝利を確信して叫ぶ。
「ははははは、第一巻完!」そしてすぐに「……って、あれ?」
男Bの前でブラブラしていた少女の姿が、いつの間にか消えていた。そして俺の後ろから聞こえる、ドサリという音。見ると、男Aは首を刎ね飛ばされていた。そして前を見ると、今度は男Bの脳天から腹にまで、深々とステッキが突き刺さっている。
「残像だ」
当たり前のように少女は言った。さらにもう一言。
「いつから私を捕えていると勘違いしていた?」
既に……バトル展開……!!
次も……バトル展開……!!