#1 狩猟の街フォレトシア
「もっと強くならなきゃ」
黒紅色の髪を持つ少女――プノアがつぶやく。その脳裏には、あの日のことが思い浮かぶ。
そこらじゅうで爆発が起き、巻き込まれた仲間や恩師、そして傍らにいた親友の血で学園が紅く染まるその情景が。学園に現れ、彼女を救った魔王の姿が。
「私が魔王のように強かったら、みんなのことも守れたのに」
言っても仕方のないことだ、いまさらのことだ、そう理解しながらもプノアは、毎朝そういって決意を口にし、こぶしを固く握る。
「おーい、プノア? まだ寝てるのか? 返事しなきゃ入っちまうぞ」
部屋の外から少年の声が聞こえてくる。プノアと同じ学園の事件からの生還者の一人で彼女とともに旅をしているマオだ。
「起きてるわよ。すぐ支度するからちょっと待って――」
「残念! 返事が遅いから入っちゃいましたー」
いたずらっぽい声で言いながら部屋に入る姿に少しイラっとしたプノアは、マオの腰あたりから生えるしっぽを掴み思い切り引っ張り留飲を下げる。
「痛い痛い! 取れちゃうだろうが!」
~数分後~
「そろそろ支度終わった?」
部屋を追い出されたマオが扉越しに声をかける。
「ええ。そろそろ行きましょうか」
二人は足早に宿から出ていく。そのときマオはしっぽの根元を押さえて、プノアの後ろを歩く。
「しかし昨日も思ったけどすごいね、あちこちからお肉を焼くいい匂いがするよ。さすが、狩人の街って言うだけあるね」
プノアが言う通り、ここは狩人たちが暮らす街『フォレトシア』。二人は昨晩この街に到着したばかりである。
「せっかくこの街に来たんだから、一段落着いたら肉も楽しまなきゃな。でも今日はまずギルドに行かないと」
「分かってる、けど……ギルドってどこにあるの?」
二人は辺りを見渡すが、ギルドどころか案内板の一つさえ見当たらない。観光街ではないので当然といえば当然だが。
「街の地図も持ってくればよかったかな」
プノアは小さな街の中で使うには何の役にも立たない世界地図を睨みつけて、こりゃだめだという具合に畳む。困り果てた末に街中を練り歩いて探そうと話をしていると――
「冒険者ギルドならあっちだぜ」
突然声をかけられ後ろをみる。そこには大きな熊を担いだ男が居た。男の指先は街の中心部を指さしている。
「あっ、ありがとうございます」
「いいってことよ。それより嬢ちゃん達、外から来たんか。ギルドになんの用だい?」
「冒険者になるため、これから登録をしに行くんですよ」
「ほぉ、お前さん達冒険者になりてぇのか。俺は狩人で冒険者にゃあ詳しくねぇが、若いのにすげえんだな。せっかく来たんならこの街の肉も、よかったら食ってってくれや」
男は自慢するように背負っている大熊を軽く叩いた。
「えぇ、一段落着いたら食べさせていただきますね」
「おう、熊肉がオススメだぜ。じゃあな」
そう言い、男は去っていった。駆け足で少し急いでいるようだったが笑顔で大きく手を振っていた。
「親切な人だったね」
その後も何人かに声をかけられた。
――見ず知らずの外の人間をこんなにも受け入れてくれるんだな。
そんな考えを巡らせ、二人はこの街の活気と優しさが数日間野宿ばかりで疲れた二人の心を癒した。
しばらく歩くと街の中心部にある大きな建物が見えてくる。立てかけられている看板を見てもこの建物がプノアたちが探していた冒険者ギルドで間違いなさそうだ。
「プノア? まさか緊張してんのか?」
ギルドの戸を叩こうと意気込んでいると彼女の顔が強ばるのを見たマオが少し茶化すように言う。
「まさか、私を誰だと思ってるの? むしろようやく夢への第一歩を踏み出せるんだから楽しみで仕方ないわよ」
そうは言っているが、その小柄な手が震えている。その様子を見たマオがプノアに微笑みかける。
「……大丈夫、オレも同じ思いさ」
ギルドの扉を開けると同時に、鈴の音が鳴り響いた。その音の主を確かめるように、二人に注目が集まる。人々の目は二人を一瞥し、奇異の目に変わる。
――どうして子どもが。 若いのにいい装備だ。ガキがこんなところに、何をしにきたんだ。
そんな言葉でギルド内がざわめく。
ギルド内のざわめきを気に留めないふりをして二人は受付のカウンターへ進む。
「冒険者ギルドへようこそ。ご要件はなんでしょう」
受付嬢も珍しい来客と、ギルド全体からの視線で少し声が震える。顔つきは柔らかいがその手には力が入る。
「冒険者登録をさせていただきたいのですがよろしいでしょうか」
やはり緊張を隠し切れないプノアの返答は必要以上に丁寧で、その声は少し上ずっていた。
「あの……どこかの教育機関を卒業されていますか?」
イタズラで冒険者になりたいという子供を見分けるため必ずしなければならない質問である。
「はい。私たち、エアグナの卒業生で――」
何の気なしに言った言葉でギルド内は再びざわついた。他の冒険者からの視線がただの子供をみるものから変わる。
「エ、エアグナ! あの世界最大の高等教育機関であるエアグナですか? 信じられない……」
「エアグナって半年前事件があったとかって」「テロ組織に狙われたとかで学生の半分が亡くなったって聞いたぜ」「ってことは、その生き残った半数のうちの二人ってわけか」
同情や疑問の声でギルド内が埋め尽くされる中、受付嬢は戸惑いながらも仕事を続ける。
「でしたら、エアグナの卒業生であることを証明するものはお持ちでしょうか?」
受付嬢が驚きながら促すとプノアとマオはそれぞれ荷物から紙を取り出し受付嬢に手渡す。
「ありがとうございます。間違いありませんね。すごい本物だ……始めて見ましたよ。……では、冒険者手続きの方をすすめさせていただきますね」
受付嬢の紙を持つ手が震えている。
二人は冒険者登録のため名前や年齢、卒業証明の内容が正しいかなどの質問をされた。その会話の中で判明したことだが、受付嬢の名前は『アンナ』というらしい。
「登録完了しました。こちらがギルドカードです。冒険者ギルドに所属していることの証明や身分証明書にもなるので無くさないよう気をつけて管理してくださいね」
「「ありがとうございます」」
二人が口々に感謝を述べると、
アンナはお返しと言わんばかりの笑顔を返した。
「ではお二人とも、冒険者ギルドにようこそ。 いざ、未知なる旅路へ。あなた方の冒険に幸があらんことを」
アンナは胸の前で手を組み、お決まりのセリフで二人を祝福する。
――これでやっと、冒険者になれた。
カードを見つめて二人は興奮をかみしめる。
「では、せっかくなので何か依頼を受けてみましょうか」




