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夢は消えない、産み出せる!

 照明が暗闇の中でシーソーをぼんやり照らしていた。午後8時半の東の城公園は静かなものだ。

 東の城公園には、滑り台やブランコなどの遊具を取り囲むように、公園外周にアスファルトで敷かれたジョギングコースがあった。アスファルトにはスタート位置から100m刻みで距離の看板が立ててある親切さだ。天城は、そのジョギングコースを走っていた。心花が伴走している。

 タートルリバーレのトレーナーからの指示は「一週間のうち、5日は1kmを走ってください」とのことだった。まずは基礎体力、特に心肺機能の呼吸持久力を高めたほうがいいと言われた。

「また踵になってますよ。ちゃんと足を垂直に着地させてください」

 心花が走りながら、天城の走り方が乱れたことを指摘する。800mを過ぎたあたりだ。天城自身、心花に指摘されるまで気づかなかったが、踵で着地をする走り方をしてしまうのは天城の悪い癖だった。なにせ42年間、その走り方で生きてきたのだ。正しいフォームをきちんと教えてもらっていても、疲れてくると悪い癖が出てしまう。

 天城は返事はしなかったが、フォームを意識する。

「そう、そう。いいですよ」

 心花が言う。ふっふっ、はぁはぁと天城は荒い呼吸をしている。

「ラスト100です」

 心花が言った。残り100mはダッシュにしている。

「GO!」と心花が言う。天城は加速する。加速をするが、伴走していた心花もダッシュをする。さすが陸上部だ。心花はすぐに天城を追い抜く。心花の背中がどんどん遠くなる。天城はいつもこの時の自分は、最後の直線で置いていかれる競走馬のようだなと思う。

 心花はゴールすると、腕時計のストップウオッチをLAPにした。続いて天城がゴールをする。

「3秒26です。だいぶ縮まったじゃないですか」

 初日に測ったときは、残り100mの心花と天城の差は5秒10もあった。それを3日で2秒近く縮めた。

「すぐにわたしが置いて行かれるようになりますよ」

 中学、高校、大学と陸上部で中距離の選手だった心花は、お世辞でもなく本当にそう思った。

 同じ努力をしていても、才能のある人はすぐに速くなる。特に陸上のような単純な競技こそ、その差は如実に表れるものだ。



 岡崎旋盤製作所の大矢野は素晴らしい技術力を発揮していた。

 これまでは機械に鉄の材料をセットしてボタンを押すのが仕事だった。加工は機械が行い、機械が加工を終えると、エアースプレーで切粉を落とし、バリ取りと検査をする。その繰り返しの作業に飽き飽きしていた。だから、いつもなかなか進まない時計とにらめっこする勤務態度だった。それが、いまや昼休みに入って休憩しながらでも仕事がしたいなとうずうずするほどだった。

 社長が宇城の地金屋から持ってきたテーブル型アーケード筐体は10台あった。そのうち動作がしないものが4台あったが、大矢野はブラウン管が壊れていて使用不可能な一台を除いて、9台の動作を復活させた。

 億単位の価格がする岡崎旋盤製作所のマシニングセンターを手探りで分解すると思えば、ゲーム筐体の修理は簡単だったし、楽しかった。西中に頼めば、事務所のパソコンからインターネットを使って、配線図やDIP表は持ってきてくれる。半導体が壊れていても、センサやダイオードを一本からでも、西中がインターネットで注文してくれるので、すぐに手に入った。

 そして、壊れかけた機械が復活するのは充実感がたまらなくあった。楽しげな音を立てて画面にドット絵のゲームキャラクターが踊るのを見ると、大矢野の心も踊った。

 9台目のアルカノイドの筐体のレストアが終わったとき、大矢野は西中につぶやいた。

「この仕事、これで終わりなのか?」

 大矢野は西中の寂しそうな顔を見て、何も言えなかった。

「これ、アルカノイドじゃないですか! やらせてください!」

 事務所に旋盤品の検査表を取りに行く途中の天城が気づいて声を上げた。

「100円だよ」

「またそんなこと言って。お金を入れないでできる裏技あるんでしょ」

「仕事中だから一回だけだぞ」

 大矢野が言いながらコインケースのカギを開ける。

「何を言いますか。これも動作確認という立派な仕事ですよ。な、西中」

「え、どうでしょう」

 突然振られて西中が苦笑する。

 天城はゲームを始める。大矢野がレストアしたコントローラの感度は、30年前の筐体とは感じられないほど抜群で、プレーにストレスは感じられない。

「ごめんください」

 そんなところに、機械や部品の販売をしている佐伊津産業の志柿が現れた。普段から、岡崎旋盤製作所に出入りしている業者で、工員たちもよく知っている人だ。ただ、志柿はスーツを着ていたが、志柿の後ろには見慣れない作業服姿の男が二人いた。

「どうも志柿さん」

 西中が答える。

「事務所を覗いたら、社長がいらっしゃらないみたいなんですが、社長に機械を見るように頼まれていますので、おじゃましますね。途中、機械を止めてもらうこともあるかもしれませんが」

 なんだろうと西中が天城を見た。天城がアルカノイドの手を止める。ブラウン管のボールが画面手前に転がり、GAME OVERになる。

「社長がいいと言ってるならいいでしょ。どうぞどうぞ。工場長があそこにいますんで一応話しててください。工場長!」

 天城が立ち上がって工場長を呼ぶ。工場長は振り返って、志柿に笑顔を向けた。



 岡崎旋盤製作所社長の岡崎はその頃、警察署にいた。商工会の経営指導員と、商工会が紹介した中小診断士の資格も持っている司法書士と、三人で応接室に座っている。

 警察官が書類を持ってやってきた。

「大丈夫ですよ。県の条例も問題ないとのことでした」

「ありがとうございます!」

 岡崎は立ち上がって頭を下げた。予想より素直にうまくいった。警察OBとして本泉が一言口を利いてくれると言っていた。その効果がどこまであったかわからないが、最高の結果だ。

 天城がサッカー選手になるために来年で会社を辞めると聞いた時、岡崎は岡崎旋盤製作所の人手不足倒産を予感した。

 それから一晩考えた。

 どうせつぶれるなら、じり貧になってじわじわとつぶれるよりも、派手に散りたいと思った。

 そして、天城のように、42歳になってもプロサッカー選手になれる奴がいるんだから、なにが起こるかわからないという期待もあった。旋盤工の天城がプロサッカー選手相手にゴールを決める姿に勇気づけられていたのだ。

 派手に散るには派手にやらなければなるまい。思い出したのは、天城の試合のあとにファミリーレストランで会った、本泉の話だった。

 平日の午前中、ゲームセンターを覗いたら、たしかに高齢者ばかりだった。高齢者が休めるスペースがあり、その一角で話し込んでいる老人もいた。岡崎は知らなかったが、高齢者にとってゲームセンターがコミュニティスポットになっていたのだ。

 そこで岡崎はゲームセンターをやろうと思った。

 まずは資金だ。

 はじめは銀行に融資を依頼した。日銀のゼロ金利政策以降、岡崎旋盤製作所に現れては「機械を買いませんか?」「工場を拡張しませんか?」となにかに理由をつけて、岡崎に金を借りさせようとしていた銀行だったのに、しかしリスクが高いので新規事業では貸せないと言われた。

 それでもあきらめなかった。個人で老後用に貯めていた貯金が二千万はある。妻に話してそれを当て込んだ。

「どうせこのまま旋盤屋をやっても会社がつぶれるかもしれない。おれが破産したら、どうせこの金はおれたちの金じゃなくなる。そうなる前に生きた金として使いたい」と言えば、はじめは反対していた妻も納得した。

 国道沿いにショッピングセンターができてからシャッター街と化した商店街の、十五年前に倒産したおもちゃ屋のあとを、店舗として借りる見込みが立った。目玉のメダルゲームは競馬のゲームとルーレットの二機種を有料レンタルで借りる契約をした。本泉に聞いても効率よく時間をつぶすには、メダルゲームが必要不可欠のようだった。小型の筐体はテーブル型の筐体が、地金屋が持っているということだったので、二束三文の値段で買って、会社でレストアをした。今後はネットオークションで運転席型など体感型ゲームの筐体も購入して、レストアする予定である。

 入口に置くUFOキャッチャーとプリクラは、無償レンタルができた。そのぶん、利益は少ないが、なんでも孫へのおみやげにUFOキャッチャーを張り切ったり、自分の持ち物にプリクラを貼る高齢者もおり、需要はあるそうだ。このような情報も本泉から教えてもらった。天城の試合のあとファミレスで会ったとき、いい年をしてゲームセンターに入り浸ってる本泉を軽蔑し、もう二度と話を聞くことはないだろうと思っていたが、いまや岡崎のアイデアの重要なブレーントラストになっていた。

 そんな岡崎にとって、念願だったのは営業時間だ。高齢者向けに特化し、また深夜だとアルバイトの確保でコンビニなどと競合になり、早晩人手不足に陥る可能性もあることから、岡崎は営業時間を午前六時から午後六時までと考えていた。

 そこに立ちはだかったのが風営法である。県の条例では風営法に触れる業種は「原則午前0時から日の出まで」の営業ができないことになっていた。ゲームセンターは風営法で規制の対象になっている。

 まず、この日の出が何時なのかの解釈が難しい。夏だと午前6時は日の出のあとだが、冬の午前6時は真っ暗だ。もっとも条例自体が、朝早く開店するのではなく、飲食業などの閉店をイメージしていることから、県に聞いても警察に聞いても弁護士に聞いても、何時からなら店を開けられるかという判例がなかった。

 次に問題になったのがメダルゲームの存在だった。メダルゲームはメダルを顧客に貸す形態になる。これは貸し玉をやるいわゆる「ぱちんこ遊技機」と同じような形態になるのではないかとの指摘があった。県の条例で「ぱちんこ遊技機」の対象であるパチンコ店は、午前十時からしか開店ができないことになっていた。この条例がそのまま適用されれば、岡崎のゲームセンターも午前十時にしか開けられなくなる。

 最悪、メダルコーナーは10時からでもいいから、店自体は午前六時に開けたい。

 岡崎はそう思っていたが、今日の警察官の説明によると「メダルゲーム機も含めて、午前六時に開店してもらって構わない」ということだった。

 特に警察から評価されたのは、岡崎が大矢野に指示して作らせたヘッドフォンシステムだ。

 本泉の「楽しいけどゲームの音がうるさいのが疲れる」「休憩コーナーで仲のいい友達と話しても、ゲーム機の音がうるさくて会話が聞き取れないことがある」と聞いた岡崎は、9台の筐体にライン出力の基盤を詰め込んでヘッドフォン対応に改造させていた。ボリュームコントロールもできる本格的なもので、耳が遠い人でも楽しめる配慮だ。

 メダルゲーム機やUFOキャッチャーなどレンタルの筐体にその改造はできなかったが、音のボリュームを下げることができた。

 岡崎の青写真では、ヘッドフォンをつけてゲームをしなければ、昭和時代の有線を流しても聴きとれる程度の店内の音量にするよう計画していた。その計画で騒音が出ないことが大きく評価されたのだった。

「これで会社でも説明ができます」

 本当にうまくいった。

 警察署を出たとき、岡崎は経営指導員と握手をした。



 翌日の朝礼は岡崎の希望で休憩所で全員が座ったところで始まった。

「ラジオ体操はこの話が終わってからやってくれ」と岡崎が工場長に言う。それから、岡崎が商工会に持参するために作成し、その後何度も修正したレジュメが工員たちに配られた。A4の表紙には「事業計画 高齢者向けゲームセンターで老人の憩いの場を地域に設ける」と書かれていた。

「あれ?」

 思わず表紙に目をやった天城が声を上げる。

「あの古いゲーム機で商売するんですかね?」

 西中も驚きを隠せない。

 岡崎は自信をもって説明を始める。

「来年より岡崎旋盤製作所は、新事業としてゲームセンターを商店街にオープンします」

 工場長は厳しい顔で腕を組んだ。工員たちも困ったように顔を見合わせていた。

 商工会と練りに練った事業計画書は、隙なく考えつくされていた。

 話はマーケティングから始まった。平日の午前10時から17時までの国道沿いのロードサイト店舗のゲームセンターの客層調査、中にはタクシーに乗って毎日ゲームセンターに通っている高齢者もいるなど細かく市場調査されていた。

 そこでバス停から徒歩一分の距離にある商店街で老人向けのゲームセンターをやるという。

 その資金のため、岡崎旋盤製作所の工場の機械は、汎用性の高いマシニングセンターを1台残すだけで、残りはすべて売却すると岡崎は説明した。

 そこまで聞いて、年輩の工員は自分を指さして、首のところで手刀を切る。ついに解雇されるのかもしれないと表情に不安が浮かんでいた。

 逆に大矢野は目をキラキラさせていた。工場自体は、レンタル品以外のゲーム筐体のメンテナンス場として再出発すると岡崎が語り、ゆくゆくは中古市場に出回っている動作未保障のジャンク筐体を修理して販売する事業も行いたいと未来まで考えられていたからだ。

「以上です。質問はありますか?」と岡崎は話を締める。すぐに工場長が「すみませんが」と言った。

「いままで旋盤しかやってこなかった自分たちはお払い箱になるんですか? 大矢野と西中だけでも工場は回りそうですが」

「旋盤事業は縮小の方向で、いずれやめる。他の方たちは、工場で機械のメンテナンスをするか、ゲームセンターで店員をしてもらうことになりますが、雇用は継続するつもりです」

「おれに店員やらせるんですか!」

 66歳の店員が言った。今すぐにでも会社を辞めますと言わんばかりの勢いだ。

 しかし社長のほうが上手だった。

「松島さんは面倒見がいいから、意外に店員をやってみたら向いていると思いますよ。トラブルなどは解決できるように、警察OBの知り合いに顧問として非常勤ですがいてもらいますので、親切にお客様の相手をしてもらえばいいです」

 面倒見がいいと褒められると、ついついその気になる。

 本音を言えば、鉄を扱うのが好きで、機械加工が好きで、旋盤が好きで、岡崎旋盤製作所に勤めている工員など、一人もいなかった。何十年もこの仕事をやってしまい、他の仕事ができないから勤めているだけだったのだ。西中に至っては、英語を勉強して転職しようと目論んでいたほどだ。

「しかし計画は素晴らしいですが、うまくいくんですかね?」

 工場長が否定的に言う。

 新しいことをやらないといけないという抵抗感が、その計画を気持ちに受け入れさせてくれないのだ。

「わたしも考えた。でも、残業して無理をしないと利益が出ないようないまの旋盤のやり方より、新しいことをやるほうが未来があると思ったんだ。みんなも知ってる通り、来年は天城くんも会社からいなくなります。若手は西中くんだけになると、会社として無理も効かなくなる。そう考えてもなお、この工場の責任者として、旋盤でメシを喰えると工場長は宣言してくれるか? 来年、天城が抜けても工場長は工場で利益を生む自信があるか?」

 言ってるうちに岡崎の語気がだんだんと強くなっていた。「それは……」と言って工場長が黙り込む。その工場長の姿を見て、岡崎はこのまま旋盤を続けても、来年はうちも松永鍛造のようにつぶれていたなあと思った。

「おもしろそうじゃないか」

 天城が西中に言った。

「ゲームセンターができたら天城さんも遊びに来てくださいよ」と西中が言う。

「高齢者向けだろ。ちょっとなあ」と天城は笑った。

 西中はこの話を聞きながら英語の勉強も続けるけど、電気も勉強したいと考えていた。

「そろそろ仕事を始めましょう」

 工場長は納得いかない顔で工場に向かった。



 二週間ぶりの県総合陸上競技場でのタートルリバーレ亀川のホームゲームには3000人ほどの観客が詰めかけていた。

「一緒に見たらいいのに、知香子と西中さん、ゴール裏に行っちゃいましたよ」

「まあ、ふたりになれたからいいじゃないか」

 そう言って天城は心花の手を握った。

 タートルリバーレからメインスタンドS席のチケットをもらったのだ。3000人ほど入っていても26000人収容の観客席は、鉄道ローカル線のようにガラガラで、天城と心花は上下二列に誰もいないところにふたりで座った。もっとも、竹部や前田、また記者などもいるので、キスひとつできやしないことは承知してるが、それでも天城が選手になる来年からは絶対スタンドから見ることができないから、少しでも心花に思い出にしてほしかった。

 タートルリバーレの選手がウオーミングアップのためにピッチに登場する。煽るスタジアムDJの声、そしてゴール裏から響く応援の声に、天城は驚いた。これがJリーグなんだと感じる。

 10日ほど前にトレーニングマッチで、天城はこの陸上競技場でタートルリバーレの選手と戦っていた。

 でもそのときとは雰囲気がまったく違う。あの憎たらしかったロベルトも、華麗なプレーを見せていた江上や赤城も、顔つきが引き締まり、トレーニングマッチとは全然違った。

 先週の日曜日、敗戦濃厚と言われたロマンス厚木との試合、トレーニングマッチで天城に翻弄されたロベルトは相手選手に一本もシュートを打たせなかった。赤城のアシストから江上の左足のシュートで一点を入れ、その一点を守り切って勝利した。他の下位チームが負けたため、この勝利は大きく、順位は降格圏から脱出し、19位に浮上していた。

 今日勝って連勝となればJ2残留に弾みが出る。「絶対残留」「負けるな」と書いたゲートフラッグを掲げるサポーターのボルテージも高かった。

 試合が始まる。Jリーグどころかワールドカップの試合すらテレビでも見たことのない天城だったが、来年タートルリバーレに加入することもあるが、試合を見ていてこんなにサッカーがおもしろいものだと初めて知った。

 ロベルトが相手チームのフォワードを抑えるたびに拍手を送り、江上や赤城が攻め上がるたびに心が躍った。自然と「いけー」「打て」と声もこぼれていた。

 江上がシュートを外せば、ほぼ同時に心花と「ああー」と声を出して頭を抱えていた。

 お互いのチームが決め手を欠き、試合は後半35分を過ぎても0-0のままだった。

 南監督は前半から走りすぎて疲れの見えていた江上を、控えのフォワード、田中選手と交替する。

 この采配がぴたりと当たった。

 後半37分、交替後初めてボールに触った田中は、ボールを一度赤城に預けると、スピードを生かしてペナルティエリア付近まで駆け上がった。赤城が縦にパスを出す。スピードを緩めることなくボールに向かった田中は、そのままシュートを放った。ゴールネットが揺れた。公式入場者数2982人のスタンドが歓声で揺れる。スタジアムDJが「ゴーーーール!」と叫ぶ。ゴール裏では旗が舞い、サポーターたちは飛び跳ねる。

「おおおー、たなかしょうごー、おおっおおー」

 サポーターたちが歌う。西中も知香子もゴール裏でサポーターに交じって声を枯らして歌っていた。

「天城さんだったらどんな歌が歌われるんでしょうね」

 心花がそんなゴール裏を見ながら言った。

「来年、おれもあんな風に歌ってもらえるのかな?」

「歌ってもらえますよ。活躍しますから」

 心花が握っていた手を更に強く握った。

 こんな場所に自分が立つことになるのか。

 天城は歓喜に包まれた陸上競技場を見て思った。

 それはにわかに信じられない。

 だが密かに、あのゴール裏のサポーターたちが「天城大輔」の名を呼んでくれると考えたら、来週から課せられた毎日3kmのランニングもいくらかは楽になるような気がした。明日からも心花と頑張ろうと思った。


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