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第三幕 従者エリオ・マーコット

5/6修正しました。折角お金絡みで親頼りの婚約を取り付けたのに悪女成分が少なかったので。

 眼前でキャキャウフフと少女達が談笑している。

 これが前世の光景ならどんなに良かっただろうか、いや、こんなところに混ざっていたら腕を後ろに捻り上げられて地面に押し付けられていたか、などと心中で苦笑を洩らす。


(……わーい、ハーレムだー……)


 愛想笑いを貼り付け、上空に意識を持っていく努力をしているとどこか遠くでセミが鳴き声が聞こえた。

 そういえば、以前この星にもセミがいたのかと、探し回ってみたものの声はすれども姿は見えず、不思議に思い注意深く音を辿るとなんと花に止まっていたハエくらいの虫が鳴いていたという軽くカルチャーショックを受けた出来事があった。


「随分と静かだけれど、お口に合わなかったかしら?」


「いいえカリーナ様。とても美味しく頂いております」


 半ば現実逃避に走っていた思考を遮るように声をかけられて意識を眼前に戻した。

 現在、俺はエアリース公爵家のお茶会に呼ばれている真っ最中である。


 夏の長期休暇と言えば、前世であれば子供にとって天国であるはずだが今世、パルミア王国では少々事情が異なるようだ。


 王立セントフィールド学園は貴族御用達、というわけではない。

 単純に入学資格が十二歳以上で一定量以上の魔力適性を保有している者に限られているというだけことだ。

 パルミアは王家を筆頭に、魔導師が興し、魔導師が治め、魔導師が護ってきた国である。小国でありながら大国を相手取って戦い抜けたこともそれが大きく影響しており、魔法が使えるということ、それ自体が過去の偉人の末裔、貴族の証明となる。

 必然的に学生は貴族で占められることになり学園自体が社交界の代替を果たしているといっても良かった。


 そんな学園に通っていた令息令嬢が各家に戻ってくる。

 つまりまだ年齢に達していない子供達には顔を覚えてもらうチャンスがやってくる、所謂社交シーズン真っ只中というわけだ。


 特に俺は今年で十一歳。来年からは学園に通うことになるわけで、その前に在学生に覚えを良くしてもらうというのは重要なことらしい。

 中身はともかく貴族令嬢の端くれである俺もこういった催し事には参加しなくてはならないのだった。


 しかも、名指しで家紋入りの招待状が送られては断れるはずもない。


 あの糞餓鬼め、と赤髪の少年を脳裏に浮かべながら心中悪態を吐いた。

 ハーレムなどと嘯いてはみたものの、俺は元々、所謂草食系と呼ばれた種類の人間だ。どちらかといえば女性は苦手なほうでこの状況に喜ばしいことなど何もない。

 

 それでも表面上はあくまで穏やかな笑みを形作ったままなので我ながら随分器用になったものだ。愛想がないと言われては困るので日々薄く笑った表情をデフォルトにして過ごしてきた賜物である。


 エアリース公爵家。

 そう、公爵家。ハッキリと言ってしまえば、これはご招待という名の呼び出しと見るべきだろう。大公爵家の嫡子を掠め取っていった阿呆の面を拝んでやろうとかそんなところか。

 大体、他の招待客からして皆、二つか三つ上の人間ばかりだ。その上、お茶会が始まった第一声が、エイダムス侯爵家にご令嬢がいたとは知らなかった、である。これでほんの僅かにでも好意的と感じられたら本物の阿呆だろう。


(……本気で帰りたい)


 妙に腹が痛いのは、まだ着け慣れないコルセットのせいだけではないだろう。

 こんなことなら前世では営業部に配属されておくべきだった。ただ愛想良くし続けるという行為がこんなに神経を擦り減らすと知っていればもう少し連中に敬意を払っていただろう。少なくとも無理難題ばかり持ち込み、自分らだけ出先から直帰する馬鹿野郎共とは間違っても思わなかったに違いない。


 目の前に置かれた焼き菓子を一つ掴み、一口サイズに割って放り込む。口の中と脳に糖分が染み渡るのを感じ、溜め息を吐きそうになった。


(適度に糖分を補充しないとやっていられない、まるで精神安定剤の常用者の境地だな)


 女子が甘いもの好きとはこんな理由だったのか、と意外な事実を発見した気分だ。そんなくだらないことを考えられる程度には思考に余裕が出来たような気がした。


(さて……相手の目を見ろ、だったか)


 相手の真意を見抜くには目を見ろ、とはスコットとタクティカを挟みながらいつか聞いたことがあった。貴族というのは口と内面が別に動くものだからと。

 相変わらずスコットとのタクティカついでの婚約は続いている。

 最近は色々と研究しているのか、来る度にがらりと戦術を変えてくるようになり、おかげでまだ飽きもせずタクティカで遊べている。ちなみに二十三戦中八勝十五敗、負け越しである。


 明後日の方に逃げ出そうとする思考を呼び戻し、カリーナ嬢に目を向ける。

 青紫の髪を後ろで留めて、ドレスも所々にレースをあしらっているが落ち着いた色合いで控えめだ。口元には絶やさず笑みを浮かべ、全体的にたおやかな印象だと思った。

 だが、気配とでもいうのか威圧感とまではいかないが、意見してはいけないと思わせるような独特な雰囲気を醸し出している。


(敵意は無いように思うんだけどな?)


 そのうち私刑にでもかけられるのではないかと危惧していたが、いつまで経っても表面上は穏やかな時間が続いている。結局、俺にはスコットのような審議眼は備わっていないようで、分からないというのが本音だった。


「何か聞きたいことでも?」


 こちらの視線に気づいてかカリーナ嬢が上品に首を僅かに傾げる。よもや、何故呼び出したのか、一体どうするつもりなのかなどと聞くわけにはいかないだろう。


「そうですね……、学園について伺っても宜しいですか?」


 そういって話題を逸らすとカリーナ嬢はふ、と目を細めた。


「そうね……、あらゆる面で今より高等な知識が学べるところ、かしらね」


 各家付きの家庭教師に習う事は初等教育に当たる。前世でいう小学校レベルの授業が主で、たまに先生方に渋い顔をされるのもこのあたりが原因だった。

 対して、学園は中等、高等教育に当たり、五年制であることからも所謂中高一貫のエスカレーター制と同じと考えて良いだろう。


「それだけではありませんよね?」


 そう問いかけるとカリーナ嬢はクスリと笑いを漏らした。


「ええ、セントフィールド学園の最たるものはやはり魔法学でしょうね。……やっぱり楽しみかしら?」


「勿論です」


 これは本心である。

 魔法の存在は本に幾度となく登場したため知っていたが、まさか自分がそんな不可思議な力を使えるとは思ってもみなかった。いよいよファンタジーじみてきたと思ったものだ。


 一応、俺にも魔力適性があった。貴族でもたまにまったく魔力を持って生まれない場合があるらしくその場合、学園に入れないどころか下手をすると勘当も有り得るとのことなので安堵したものだ。

 しかし、いくら魔力があっても使い方を知らなければ魔法は使えない。如何にして魔法を使うか、それを学ぶための学園なのである。同時に如何にして魔法を使わないかを学ぶためでもあるのだが。


 そうして、学園についていくつか教えてもらい、釈放―――もといお開きとなった。帰り際に、学園で待っている、とカリーナ嬢に言われたのでそれ程悪印象だった訳ではなかったのだろうか。


 ようやく深い安堵の息を吐き、待機してもらっていた馬車へと向かう。


「お帰りなさい、お嬢様」


 そう言って手を差し伸べる、人によっては人懐っこいと表現するかもしれない笑みを浮かべた少年の姿を捉え、そういえばまだ俺の腹痛の種は残っていたことを思い出した。


 

 ◇



 悪くない、それがエイダムス侯爵家令嬢ゼノヴィアの評価だった。

 薄氷のような髪色をしていて、すっと背筋を伸ばして毅然とした面持ちで立つ彼女は年齢よりもずっと大人びていた。


 オーリバス大公爵家の嫡男、スコット大公世子が婚約したという噂は学園にも届いていた。しかし、その相手というのは聞いたことも顔を見た覚えも無いということに違和感を覚えた。

 身分違いとまでは言わないが順当でもなく、それはつまり普通の手段で結んだ婚約ではないということに他ならない。

 綺麗な子だとは思ったがその愛らしい容姿だけで、というほど愚昧ではなかったはずだ。


 聞けば、スコット大公世子と同い年だという。本来ならば、とっくに社交の場に姿を見せていなければおかしい年齢にもかかわらず積極的に自分を売り込む努力を怠っているようだった。 

 学園は貴族社会の縮図だ。在学中に培われた立場というのは驚くほど強固で、卒業後にも色々と影響してくる。

 しかし、学園に入ってから顔を売るというのはなかなか簡単なことではなく、幼いうちから親に連れられてでもどうぞ適宜に、と挨拶して回るのは身分にかかわらず大切なことなのだ。学園で孤立してしまえば取り返しのつかないことになる。

 それに茶会や夜会は殿方探しの場ではない。誤解してしまっている子は少なくないけれど、既に婚約しているのだから不要と思っているのだとしたら思い上がりも良いところだ。


 余程、無作法な人間なら咎めてやろうと思い、茶会に招待してどうやらそれは杞憂だったと知った。


「全く……生意気な小娘ですこと」 


「本当ね、ただ座っていれば良いと勘違いしているのではないかしら」


 そう言ってゼノヴィア嬢が居なくなったことを良いことに、取り巻きの子達は憤慨し始めたけれど、残念ながら言いがかりにしかなっていなかった。

 

 彼女は一通りの礼儀はちゃんと弁えていて、こういう場は初めてと言いながら作法に目立った失敗もなく、こき下ろす切欠さえ掴ませてもらえないのでは仕方ない。


 積極的に会話に入ってこないのは少し不躾かもしれないが、表情に多少の固さはあったものの、悠然と笑みを絶やすことなく構えていれば充分及第点といえる筈、射抜くような視線に囲まれてこれだけ出来れば並以上の胆力を持ち合わせていると分かる。


 かといって、呼び出された理由に見当がつかない程、愚かと言うわけでもない。 理解したうえで、こちらの意図を見抜こうと努力している姿は好ましく、少しばかり意地の悪い聞き方をすれば、言い淀むこともなくかわしてみせた。


 本心を笑みで隠す術を心得ている、と思った。

 どんな手段で取り付けた婚約か興味はあるけれど、随分癖の強い子のようだから、きっと真っ当な方法じゃないのだろう。


 けれど、私はそれが悪いことは思わない。身の程を弁えて、幸せを掴むことに躊躇えばいつだって横から攫われるのが女の世界だ。

 きっと彼女なら学園でも強かに立ち回るんじゃないだろうか。

 仮にも将来的には高い地位になる人間なのだから、少しだけ手助けを、より上手く学園で立ち回れるように躾けてみようか、とそんなことを思った。

ゼノヴィアお嬢様が社交界デビューしたようです。

舞踏会とかじゃなくてすみません。一応、悪役令嬢モノのテンプレはなぞっていこうと思っているので定番の魔法と学園を持ち出してみました。

テーマとは関係ないのでどんどんありきたりな設定が出てくるかと思います。攻略者二人目はまだもう少しお待ちください。

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