正夢
「祐樹君は正夢って信じる?」
昔ならともかく今は即答できた。でもすぐには答えなかった。椅子に座ったまま、机の前に立つ人間の顔を見上げる。唯は微笑みを絶やさない。しばらくそうしていると微笑みはそのままで少しだけ小首をかしげた。
「正夢って分かる?」
その言葉に思わず吹き出す。
「まあ、一応はね。でもどうして急にそんな質問を?」
あの日から何度となく夢の中で見た光景。失ったはずの二人のやりとりが今正に行われている。これを正夢といわず何と言うのか。これも偶然かな?川島さん。
「ちょっとね、ふとそんな言葉を思い出して」
「あぁ、あるよね。そういえばそんな言葉あったな、みたいなの」
窓から差し込む光は若干昼間の勢いを失っていた。赤みも差している。教室の窓からはテニスコートが見える。数十人の学生が練習に勤しんでいる。祐樹も唯もどの部活にも所属していない。唯はそのうち入るかもしれないが祐樹にはそんな考えは欠片もなかった。祐樹の机の前にしゃがみ、顔と両手の指だけ机の上に出している。小動物みたいだ、そう思った。
「で、どう?」
「どうって、そんな追及する話題かな?」
祐樹の顔が歪む。苦笑いだ。もしかして自分の気持ちが見透かされているのかという恥ずかしさもあった。取り戻したいと切に願った二人の関係。もちろん目の前の少女が優衣でないことは理解しているが、映像だけ見れば間違いなくあの日々の再現、夢にまで見た光景。正夢と言っていい。
「信じる信じないってはっきりは言えないけど、そんなことも起こるかもね」
軽く濁した。あまりはっきり信じるとは言えない。「そんなことあったの?」などと問い質されれば、そのうち優衣に行き着いてしまいそうだ。唯に優衣の話は無用だ。
二人の距離が縮まるのにさほど時間はかからなかった。唯の性格はとても明るく、誰とでもすぐに友達になれるタイプ。もちろん、それだけでは祐樹とも友達で終わるだけだ。普段は人見知りする祐樹も自分自身驚くほど唯には積極的に話しかけた。席も隣同士だったので話す機会はたくさんある。
祐樹が唯に話しかけるのは、しかし言ってみれば自然なことだった。優衣の姿を重ねていたのは紛れもない事実だ。しかし自分の中ではちゃんと線引きは出来ているつもりだ。確かに唯は優衣にそっくりだ。まるで双子のように、いや、本物の優衣のようだ。しかし、だからといって優衣と唯が何かの関係があるかといえば別問題だ。いやいや、何かしら関係があろうとなかろうと二人は別々の人間。混同して考えたりはしない。
「祐樹でいいよ」
この一言を言うためにどれほどの緊張とどれほど激しい痛みを伴った鼓動を感じただろう。唯は少しだけ驚いたように眼を見開いて、そして微笑んだ。
「じゃあ、遠慮なく。祐樹君ね」
受け入れてくれた安堵感と、ようやく言いたかったことが言えたという嬉しさで、祐樹は大きなため息をついた。あの頃に一歩近づいた、そう思った。祐君と祐樹君、若干違うが。
「どうしたの?急に黙って」
唯が不審げに首を傾げている。慌てて回想を打ち消す。
「いや、正夢なんて経験したことあるかなって思い出してたとこ」
「結果は?」
「・・ないね、やっぱり。正夢なんてないのかな?」
「私はあるよ」
「ほんと?どんなの?」
唯がくすりと笑い、「内緒」と言って立ち上がった。
「そろそろ帰ろうかな。祐樹君は?」
「じゃあ僕も帰るよ」
立ち上がり机の上に鞄を広げた。教科書や筆記具を放り込んでいく。唯はすでに帰宅準備は出来ていたらしく、祐樹が鞄の口を閉めたときには教室の扉の前に立っていた。
「早いね」
「そう?祐樹君が遅いんじゃない?」
そう微笑む唯。夕日が赤く照らすその姿は、祐樹に自分は夢の中にいるのではないかと錯覚させた。目が覚めると唯の姿も消えてしまう。自分はまた彼女を失うのか、祐樹は、自分がそう考えてしまったことに気付いていなかった。小走りで近寄る。夢が消えないようにちゃんと捕まえなければ。
二人して自転車を押して歩いた。乗って帰れば唯の家まではあっという間だ。10分とかからないだろう。だが二人は歩いて帰った。どちらが提案したわけではない。自然とそうなった。しかし祐樹にとっては願ってもいないことだ。二人でゆっくり帰れる。あの時間が戻ってきた。唯は楽しそうに、ずっと笑顔で喋っている。その顔を見ているだけで祐樹の顔も綻んだ。大して面白くない話でも、きっと大笑いできるだろう。事実そんなことはなかった。唯の話す全てが面白く感じられた。それはつまり―?
自分は唯が好きなのだ、そう気付いた。その瞬間顔が熱くなるのが分かった。唯はそんな祐樹の様子に気付く様子もない。今が夕日で良かった、祐樹は太陽に感謝した。あっという間に唯の家に着いた。壁の色も変え、庭の様子も違う。当たり前だ、ここは小林家ではなく大野家なのだ。少し寂しさを感じた。
「じゃあまた明日」
唯が笑顔で手を振る。祐樹も笑顔でそれに応えた。もしかしたらぎこちない笑みだったかもしれない。大丈夫、もう薄暗くなってきている。祐樹は太陽に、本日2度目の感謝をした。
「どうも信じられないな」
智弘はコップの水を一気に飲み干した。夏前だというのにすでに蝉の泣き声はうるさく感じるほどだった。
「まあそれが普通の意見だろうね」
「だろ?住所も名前も一緒な上に見た目も声もそっくり。ドッキリカメラかっての」
「でもほんとにそっくりなのよ。見れば分かるわ」
3人がかりで言っているのに智弘はまだ信じようとしなかった。
「百聞は一見にしかずってか。じゃあいつか連れてきてくれよ」
「それいいね、じゃ、よろしく、尾藤君」
「え、僕?」
いきなり矛先を向けられて戸惑った。
「確かに最近仲いいらしいしね」
「転校してきてまだ2週間だろ?なかなかやるな祐樹」
「席が隣だから喋る機会があるだけだよ」
オレンジジュースのコップについた水滴を弄びながら目線を落とした。確かにこの2週間で随分仲良くなった。一緒に帰ったこともあるし。
「でもそんなに似てるならホント仲良くなって昔のようにこのメンバーで集まりたいな」
智弘がおどけた調子で言う。気を遣ってくれているのは分かった。祐樹も笑顔で応える。しかし響子も隼人もそれに倣わなかった。
「大野唯と仲良くなっても別物だと思うわよ」
「傍から見れば確かに昔のようではあるけどね」
智弘は何か言おうと口を開いたが、そのまま口を閉じた。沈黙が流れた。しかしそれは重苦しいものではなかった。そう感じたのは最初のほんの数秒で、後は馴染んだ、むしろ心地よい静寂だった。1年という時間は意外なほど自分たちを強くしてくれていたのだな、祐樹はそう感じた。
「さて、と。そろそろ出るか?」
そう切り出したのは智弘だった。それを皮切りに皆が動き出した。支払いを済ませて外へ出る。むっとする熱気が全身を纏う。
「これからどうするの?」
「俺はちょっと買い物あるからここで」
「あ、私もあっちだから」
智弘と響子は二人並んでその場を後にした。
「二人で買い物?」
小さくなる二人の背中を見つめながら祐樹が呟いた。
「相変わらずの鈍さだね、祐樹君」
「何が?」
「気付いてないでしょ?あの二人が付き合ってるの」
え?と言おうとしたがその声すら出なかった。全く考えもしなかったことだった。隼人が「やっぱりね」と言ってため息をついた。
「ホントに?」
「さ、用事のない僕らはさっさと帰ろうか」
さっと踵を返してすたすたと歩き出す隼人。慌てて後を追った。
「え、いつから?いつから付き合ってんの?」
「いつでもいいじゃないか」
「何で知ってるの?」
「直接聞いてはいないけど、僕は祐樹君ほど鈍くはないので」
「言ってくれればいいのに。何で内緒にするんだろ?」
隼人の目線に気付いてそちらに顔を向ける。中指の腹でくいと眼鏡を押し上げる。隼人が弁舌を披露するときの合図のようなものだ。
「亡き恋人の影を見ている友人の前で、数年来の友二人が「私たち付き合います」って宣言できると思うかい?」
「それはつまり」
「君に気を遣っているってことだ」
「僕のことなんて気にする必要ないのに。大体友達だから気兼ねなく言えるんじゃないの?」
「まあ、最近は祐樹君も小林さんの影を追っている感じは少なくなったようには見えるよ。理由はどうあれ」
「何か引っかかる言い方だね」
「他意はないさ」
鯛はない?じゃあ鯵は?なんちゃって。隼人が言葉を濁すなら祐樹もそれ以上追及しないことにした。
「隼人君はそんな浮いた話はないの?」
「浮く必要性を感じないからね、今のところは」
これも追及する話ではないな。
図書館に行くという隼人と早々と別れてから、祐樹はまた思いを馳せた。幼馴染の笑顔の可愛い女の子。でも祐樹はその女の子の笑顔と同じくらいにふくれっ面も好きだった。周りを慮りいつも笑顔を振りまく彼女が、唯一自分にだけ見せてくれる特別な表情だった。「ゆいちゃん」と呼びかければ飛び切りの笑顔で振り向いてくれる仕草がいつまでも脳裏に深く焼きついている。でも少しずつその姿が小さく遠くなっていく。手を伸ばしても届かないことは分かっている。寂しく見つめるだけだ。どんどん離れていく。そして、―自転車に乗って帰ってきた。
「あら祐樹君」
初めて制服姿ではない唯を見た。白のTシャツにベージュのハーフパンツ、明るい唯の性格にぴったりだと思った。
「大野さん、これからお出かけ?」
祐樹の言葉に吹き出した。
「お出かけって言葉久々聞いたよ。せっかくだしいろいろなとこ散策してみようかと思って。どこかお薦めのスポットとかある?」
祐樹は首を捻った。
「お勧めスポットねえ・・都会から来た人に勧められるようなものもないと思うなあ。見てのとおりちょっと街から外れればすぐ山や畑があるけど」
「山かぁ、学校のちょっと先にあるよね」
「愛宕山だね。山頂からの眺めはなかなか綺麗だよ。今日は天気もいいし遠くの海まで見えるかも」
唯の顔がぱっと明るくなる。
「海見えるんだ。行ってみようかな」
「まあ自転車で登るのは無理だと思うけど、そんなに高い山でもないしね」
幼稚園時代に登ったときはとてつもなく高く感じたものだが。
それから少し他愛もない話をした。やがて唯が「そろそろ行こうかな」と切り出す。
「じゃあまた月曜日」
「うん、大野さんも気をつけて」
2、3歩進んですぐに立ち止まった。唯に呼び止められたのだ。振り返る。
「どうかした?」
「私は祐樹君って呼んでるのに祐樹君は私を大野さんって呼ぶでしょ。バランス悪いかなと思って」
「つまり?」
「唯でいいよ」
それは、数日前の祐樹の口調を真似ていた。しかし祐樹のように緊張してはいなかった。その代わりにとばかりの満面の笑み。
「じゃあ、唯ちゃんで」
祐樹の応えに満足げに頷く。
「そういえば初めて会ったときもそう言ったよね」
「だったね。お恥ずかしい」
何と言っていいか分からず曖昧に笑顔を取り繕った。正確にはあの時言った言葉は「唯ちゃん」ではない。だがわざわざそれを言う必要はあるまい。祐樹の仕草を見て、唯がふふふと笑った。祐樹もつられて二人してふふふと笑った。一瞬のためらいもなかったことに、祐樹はちょっと嬉しかった。
「休みはどうだった?」
こういう質問は苦手だった。休みでなければ平日は毎日優衣に会えた。だから祐樹は休日が嫌いだった。優衣がいなくなってからは―?結局一日中優衣の面影を追ってしまって却って性質が悪かった。去年の冬休みと今年の春休み。
夏休みはあっという間に過ぎ去っていった。いつあったのか分からないくらいに。振り返ってみればやっと「ああ、あったのだな」と思い出せるくらいだ。はっきり言ってしまえば何の思い出もないということだ。時々いつもの面々で集まった。皆で海にでも行こうかという案も出たが、智弘のバイトや響子の部活などで上手くスケジュールが合わず結局流れてしまった。
「君は?」
「休みどうだった?」の応えは決まってこれだった。まさか一言も答えず返されるとは思っていなかったであろう唯は少し面食らい大きな瞳を更に見開いた。
「私?そうだなぁ、結局部活も入ってないしこれという思い出もなかったりして」
ぺろりと舌を出し照れたように笑う。その表情を見ながらぼんやりと考えた。久々に見る唯の顔にほっと癒される気がする。この笑顔に会いたいと思っていた自分に気付く。
「で、祐樹君はどうだったの?」
「僕もこれといった思い出はないよ。友達と遊びに行こうって言ってたんだけど結局都合が合わなくてなくなっちゃって」
「このクラスの人?」
「いや、中学のとき仲良かったグループ。川島さんもその一人だよ」
「あ、理数科の。祐樹君に職員室まで送ってもらったとき一緒にいた子ね」
そういえばその集まりに連れて来いって言ってたっけ。結局一回も連れて行っていないどころか誘ってもいない。自分で思うにもうこんなに仲も良いしデートに誘うわけでもないから気後れしているのでもないが、何故か誘えずにいる。でも連れて行きたい気持ちはある。あの頃のように5人で笑い合いたかった。
「いつか私も連れてってくれない?」
「へ?」
思わず情けない声を上げてしまった。まさか誘いたい相手からそう切り出されるとは。
「違う学校の子と交流すればもっと世界も広がるかなと。だめ?」
「いや、いいよ。もちろんいい」
唯はその言葉を聞いて本当に嬉しそうに微笑んだ。その表情で祐樹は幸せな気分になる。これはやはり、自分は唯を好いているのだな。客観的に感じることが出来た。でなければ今頃熟れきった林檎のような顔を唯に見られていたことだろう。それはそれで悪くないかもしれない。意思表示しているということだ。もちろん唯の気持ちは分からないし、彼女を想うゆえに頬を染めたと気付かれないかもしれない。「あれ、顔赤いよ。熱でもあるの?」と言って白く柔らかい掌で額を触ってくるかもしれない。いや、せっかく想像なのだし、額と額で確認してくれないかな?そんなだったら照れてもっと赤くなってしまうだろうな。想像だけでも顔を赤らめてしまう。
「あれ、顔赤いよ。熱でもあるの?」
気付いたときには額に唯の温もりを感じていた。さすがに額ではなく掌だったが、それでも実際にそんなことをされると想像とは桁外れに緊張した。顔が熱くなっていくのが自分でも分かる。きっと真っ赤だ。
「だだ、大丈夫、デス」
「あら、でも結構熱いんデスけど」
その足で保健室へ。どうやら本当に熱があったらしい。
「夏風邪かしらね。薬あげるから飲んで少し横になっておきなさい。それとも早退する?」
保健の安田先生の喋り方はゆったりとして心地よく響く。こんな美人なのに30代も半ばに差し掛かる今の今まで結婚していないのがこの学校の7不思議の一つだとも言われている。他の6個を祐樹は知らないが。
「あ、じゃあ寝ときます。すぐに良くなると思うんで」
「私は教室に帰るね。じゃあ祐樹君また後で」
「うん、ありがとう」
笑顔で保健室を後にする唯を見送って、ごそごそとベッドに潜り込んだ。保健室はクーラーが効きすぎているのか少しひんやりとしていて、布団に包まれるととても心地がよかった。
小学3、4年の頃だと記憶している。急な腹痛で保健室に駆け込んだことがあった。そのときも薬を貰ってベッドで横になった。祐樹はあっという間に夢の中に入り、目覚めたときはここがどこなのか一瞬分からなくなった。
「おはよ」
突如視界に優衣が現れた。祐樹の顔を上から覗き込んできたのだ。びっくりしてわっと声を上げてしまった。
「優衣ちゃん・・あ、僕保健室で寝てたんだ」
優衣がベッドの隣にあるパイプ椅子に座り直す。
「気持ちよさそうに寝てたよ、まるで家で寝るみたいに。ま、家でどう寝てるか見たことはないけどね」
優衣の冗談に笑みが零れた。それをみて優衣も嬉しそうに微笑む。
「もう元気になった?」
「うん、そういえばもう痛くないや」
「そう。それはよかった」
寝ている間に昼休みになったらしい。それから30分以上そこで喋っていた。
ふと気付くと優衣の姿がなかった。視界にあるのは見慣れない壁。いや、天井だ。そうか、いつの間にか自分は寝てしまったらしい。
「おはよ」
驚きのあまり息が詰まった。夢の続きか?
「優・・唯ちゃん、いつからいたの?」
「今3時限目が終わって様子を見に来たとこ」
あの時のように昼休みではないようだ。ちょっとだけ残念な気持ちがした。
「気持ちよさそうに寝てたよ」
悪戯っぽく笑う唯。
「まるで家で寝てるみたいだった?」
「だね。と言っても祐樹君が家でどう寝てるかは知らないけど」
唯の言葉を聞いて、思わず笑ってしまった、ふふふと。それにつられるように、唯もふふふと笑った。
「ねえ、唯ちゃん」
「何?」
「昔の思い出を夢に見てさ、その後同じようなことが起こったら、それは正夢なのかな?」
突然のことで唯は話が読めないようだった。とはいえ微笑みは絶やさない。笑顔で祐樹に問いかける。
「何?急に」
「ちょっと前に言ってたでしょ、正夢を信じるか?って」
「ああ、あれね」
と言って、それから首を捻る。
「思い出の正夢・・それは、どっちかっていうとデジャヴじゃない?」
「デジャヴって、前にもこんなことあったなって感じるとかいうあれ?」
「それそれ。私が思うにね」
「じゃあ、あの質問の僕の答えは、正夢は信じない、だな。」
安田先生はいないのだろうか、物音もしないし気配もない。
「そっか。まあ考えは人それぞれってね」
「あ、でも唯ちゃんは経験があるって言ってたね」
「単なる偶然って言えばそれまでなんだけどね。根拠も何もないし」
何となくムズムズする。一度断られたので聞きにくいとは思いつつも口にせずにいられなかった。
「その正夢ってどんな内容だった?言いたくなければ別にいいんだけど」
しつこいと思われるかな?という心配もあったが、唯はその質問が来ると予測していたのだろうか、天井を仰ぎ思い出す素振りを見せた。
「正夢っていうか、そんなことあったらいいなっていう希望的なものだったのかもしれないけど」
と前置きをして、目線を落とした。
「私転校って初めてじゃないんだ、お父さんの仕事の都合でもう何回も引越しを繰り返してて。寂しくなるからあんまり友達を作らないの」
「そんなことないでしょ。皆と仲良くしてるじゃない」
「皆一緒、一見仲良いようだけど本当にいつまでも続くような友情は築けてないと思う」
唯は皆の前ではいつも笑顔だった。来るもの拒まず。話しかけてきた者全てに優しい笑顔を振りまいていた。初めてこんな憂い顔を見た。自分だけに見せる特別な表情、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。
「でね、いつの日からか、転校が決まるといつも同じ夢を見るようになったの。転入の挨拶をするときに、とある生徒が私を見て驚いて思わず声を掛ける。夢の中のその子の顔は分からないけど、私も同じように驚くの。運命的な再会を果たしたって」
「それは、言ってみれば僕がやったような?」
思い出すと今でも恥ずかしい。唯が大きく頷く。そしてこちらに顔を向けた。いつもの笑顔だった。
「初めて会ったんだし再会を果たしたってことにはならないけど、夢と同じような感じでしょ」
チャイムが鳴り響いた。
「あ、やばっ。授業始まっちゃった。私行くね」
椅子から飛び上がり駆け出す。
「待って」
立ち止まり振り替える唯。揺れる髪がやけに綺麗に感じた。「どうしたの?」
「次って確か物理でしょ」
「ああ、岡崎先生って時間に厳しいんだっけ」
唯が大袈裟に苦い表情を見せた。
「僕も行くよ」
そう言ってベッドからもそもそと這い出す。
「まだ寝てなよ」
「薬飲んで寝たし。もう大丈夫。遅れた言い訳にもなるでしょ」
そう言ってふふふと笑った。唯は少し考える素振りを見せたが、やがて祐樹と一緒にふふふと笑った。




