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第十話 欲しいのはあなただけ 6

「あっさっくにぃいいいい! どーゆーことよ! ええ? あんた何やったの!」


「おや? ご不満でしたか。ちゃんと式は組み換えましたが」


「だとしても、あんな展開誰も望んでないわよ!」


 妙玄は美玲が酔っ払っているのだと思って介抱し、とりあえずタケルの部屋までお姫様抱っこで連れて行ってしまった。その光景の驚愕たるや、朱莉は翼をもがれたイカロスのように、地へと真っ逆さまに落ちた。


「美玲さんの守護霊様と協議した結果ですね、思縁方程式を組み換えせず分解すれば、美玲さんがツケ払いをすることになるわけです。ですからちょうど妙玄さんを組み入れるのが都合よかったんですよ。目的的には達したというわけで――」と、麻国は朱莉が買ってきたクリスマスケーキに手を伸ばそうとする。朱莉はそれを横から分捕り「あんたに組み替えるって話だったじゃん! なんで妙玄さんなのよぉ!」


「とにかく、目的は達成したのですから報酬はいただきます」とさらに、朱莉からケーキの箱を取り返す。


「だめっ、話が違う!」


「私は受けた依頼は完遂しましたぁよ! そもそも人の思縁式を組み替えるなんて興味深い実験だから受けたんですよ」


 約束は約束だ、確かに麻邦は朱莉の言った通りの役目は果たした。麻邦からすれば契約不履行なのは朱莉のほうである。朱莉は不承不承事実を受け止めるしかなかった。


(なぁに騒がしくしてんのよ、うっせんだよ)と、鞠がそこに現れた。どうやら室内でたらふく線香をたいて一人呑みしていたらしい。明らかに酔っている。


(あ、鞠さん……ちょっとこじれちゃってですねぇ……もうシュリ様ぁ、チキンありますよぉ。食べないんですか、お腹空いてるでしょ?)


 部屋の隅にうずくまる朱莉に、テーブルに腰かけたトーコが呼びかける。


「いい、いらない……」いじけてふさぎ込む朱莉。


(まあね、あかりんはね、鞠しゃんほどの色気はないけど、それはそれでいい所あるからね、ボクりんは嫌いじゃないよ)と朱莉にきつく抱きしめられるミケランジェロは鬱陶しい顔を背けつつ、逃げられないでいた。


「うっ、うう……ミケぇ」


(――だからね、離し……て――うごぉお……じぬ、ミケランジェロしんじゃう)さらに強く締め付けられ悶えていた。


(まぁた朱莉ちゃん麻邦さんと何かあったの? ほんといっつもいっつも、世話が焼ける)鞠は不機嫌そうな顔を、立て肘で支えて、ダイニングチェアの上で行儀悪くあぐらをかいている。


(美玲さんの式を麻邦さんが妙玄さん宛に組み替えちゃって……)トーコはそういって麻邦を見やるも、彼は人ごとのようにリビングのソファでチキンを片手にワインを飲んでいる。


(あん? ああ……そっか、三角関係なのね?)鞠は火照った顔で眉根を寄せて困ったような顔を作る。それを見てトーコは(いや、それほど高度な関係ではなくてですね……はあ、なんでこうなりますかねぇ……)一気に疲れたといったように嘆息し、麻邦の背中を恨めしく見つめる。


 そんなトーコの視線を察し麻邦は「トーコちゃんにはまだわからないかもしれないが、男女の色恋沙汰というのは起伏に障害、挫折に絶望あってこそ成就した時に燃え上がる愛となるのです。まして普段の仲たがいなどコミュニケーションの一つみたいなものなんですよ」と、麻邦は言う。


(むっ、経験豊富な大人みたいな言い方してますけど、麻邦さんはどうなんですか? 彼女がいるようには到底見えませんけど?)子ども扱いされたのが癇に障ったらしく、トーコは麻邦のほうへ飛んでいき、強い口調で言う。


「はは、何を言い出すかと思えば。私にはれっきとした伴侶がいますよ」


(は、はんりょ! 奥さん?)


「しかし、よもや私は異性間の低俗な精神的交流などには興味はないのです。彼女がいるだの、結婚しているだので、さも人間のレベルが上がったような物言いをする人間はままいますがね。あれはとかく面倒なんです、時間をかけてやり取りしていざ会ってみれば情報とは違う別人なんてざら。仮にうまく行ったところで、話を合わせて喜んでいるのは上辺限り、一か月もしてみれば文字通り化けの皮が剥がれてつけあがる。一日に一時間は電話しろだの、彼女が自己設定した記念日には予定を空けておけだの、集合の十五分前には現着しておけと言いながら、自分は三十分遅れようが悪びれない。私には何十万円ものジュエリーを要求しておきながら、お返しは手作り弁当一つ。携帯電話の通信内容を見せることを拒否すれば破壊されるし、帰りが遅くなればテーブルに用意した料理に包丁が突き刺さっているんですよ」


(包丁が……ああ、束縛きつい女性っていますよね。ん、まあヒス起こしてる女性は男性からすると鬼みたいに見えるかもしれませんねぇ……)


「ええ、ええ、鬼ですとも。彼女にはこんな角が生えてるんですよ。それに、私の部屋には監視カメラが最低確認できただけでも三つはあったし、盗聴器も各コンセントに仕込まれていた。私がそれに気づいて彼女を詰めれば泣きじゃくり、こちらが泣いて済むかと詰れば巴投げを食らわされて、マンションの五階から放り出されて、挙句瀕死の私を彼女は追いかけてきて六本の腕でとらえ、覆いかぶさり、ヌタヌタとした触手で私の首を絞め、その怒りに満ちた顔で、貴様は永劫に我とともに在ると誓ったのであろう――と、しかし彼女の何が恐ろしいかというと――」


(――や、もう、いいいです。よくわかりました。麻邦さんが何とご結婚されているのかは想像の範疇を軽く超えました! なるほどいつも家に帰りたくない気持ちはわかります!)


 しかしトーコの制止にもかかわらず、麻邦は喋り続ける。


「そう、もはや私には家に帰っても私の分のご飯がないのだ。どうやって出現したか皆目わからないが、いつの間にかできた六畳間の中心に、ぽっかり開いた闇の穴から生まれた六人の子供のために食料はすべて費やされてしまい、私が冷蔵庫の奥に隠していた魚肉ソーセージは毎度毎度……」


(えっ! お子さんもいるのですか? っていうかそれ本当に子供ですか?)


「そうなのだ、私の稼いだ金はすべて妻に吸い取られ、私が自由になる金は月に八千円だけだ。それとて、わが家が外界から干渉を逃れるために、私が呪符で家に守護結界を張ることを条件に得た金ですっ!」


(八千円ってなんかリアルな数字ですね――あの麻邦さん……明らかに魔窟を育んでいませんか?)


「ふっ、人はそういうかもしれない。だが所詮他人の家庭事情など外から見れば魔窟と見えるものです。特に結婚というものを経験していなければ――夫が妻に逆らうという事の想像力が欠如した者の戯言にすぎません。しかし私は家庭を愛しているのですよ、そこには男女の愛など足元にも及ばない崇高なる愛が、些末な問題などすべて飲み込んでしまえる情愛があるのです。私はそんな家庭を守るという使命があり――」


 さらに言いかけた麻邦の身体は、閃光とともに吹き飛び、式神で作られた掃き出し窓は自ら開き、麻邦は勢いのままテラスのさらにその先、地上十八階の闇の向こう側へときりもみしながら消えていった。


(ま、まりさん!)


 麻邦に向かって放たれた念衝波の元をたどれば、鞠が両掌を突き出し肩を怒らせていた。霊体である者がトーコから視認できるほどの動作ジェスチャーを行って放つ念衝波とは、かくも強力なものである。特に鞠ほどの霊格を持っていれば、いかなる質量のものであろうと力押しだけで吹き飛ばすことは可能である。


(……甘く見ていたわ。後ろ暗い奴だとは思っていたけど、韻枢師が魔道にしっかり堕ちてるじゃない……トーコちゃん、急いで戸締りをして! あーっせっかくの酔いが覚めたわ!)


 恐々とした表情を浮かべつつ、慌ててトーコは部屋の戸締りの指示を窓と玄関扉の式神に指示を出す。

 しかし同時に、「はっはっは、いやはや。鞠様は手厳しい」という高笑いが室内に響く。


 鞠とトーコが振り向いた先には、何事もなかったかのように麻邦が右手を掲げてスタイリッシュに立っていた。


「鞠様が吹き飛ばしたのは式神ダミーですよ――ご安心ください、私は韻枢師としてはもとより、ゴーストスィーパーとしての職務も真っ当に果たします。仕事に家庭の事情は持ち込まない主義ですので」といって麻邦は胸を張る。


(まずは、あんたがあんたの家を掃除しなさい!)


 麻邦に鞠の言葉は届かないが、それに合わせてトーコも頷き(結婚って人を狂わせるんですね……)と、二人は苦虫をかみつぶした様な顔を目の前の黒づくめの男に向け警戒する。


 しかしその横で「あ、麻邦……あんたはそこまで家族のことを思って仕事をして……知らなかったとはいえあんなことを頼んでしまって……あたしはずっとあんたを誤解していた! ごめん!」そこには目を潤ませ胸の前でふてぶてしい顔をした猫を抱きしめる女が、深々と頭を下げていた。


(ああああ、こっちもなんか訳わかんないこと言ってるぅ!)


(シュリ様! しっかりしてください! 人の話を印象で聞いちゃだめですよ? ご飯食べますか? おなか減りすぎて頭が回っていないんですよね! ね?)



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