第八話 たいていのことはへっちゃらよね 追伸
「やっぱ期待を裏切らないねぇ、垣ケ原監督は!」
(ホント、私、もう時間忘れてわくわくしっぱなしでしたよ!)
地元のシネコンに約束通りトーコを連れて『となりのムコウ』を鑑賞した朱莉とトーコの第一声である。
しかし朱莉の背後から数人の不機嫌な声が聞こえる「ダメだね、垣ケ原監督は作家性を失ったよ」「歳食って媚びるってことを覚えたのかねぇ」「まあ、どんな強い人間でも取り残されるってのはきついもんがあるからな」
したり顔の三人の若者は朱莉を追い越してさっさと、シアターを出て行ってしまう。要するにダメ出しだ。楽しんだ人間からしてみれば、聞きたくない声である。
「なんか、きぶんわるいね」
(ええ)
映画の観方など様々なのだから、好きに評価すればいいとは思う。映画監督が作品を作る際、おそらく一つ一つの作品は完全に分断されているのが普通だ。しかし、人生のように作品を作る魂は連続性を持っている。朱莉は一つの魂が生み出した複数の作品を比べてみても仕方がないと思う。一つの作品はそこで完結しているのだ。百二十分という時間の中で、限られた表現の中で、描きたいこと、伝えたいことを最大限伝えられるよう努力しているだけだ。
過去作に鑑みなければ伝わらない作品は、それらを含めての長大なサーガであるという解釈になろう。
ふと思うのだ。
自分は何のために生まれて来たのか、と。
その答えを言うならば、因果律から肉体への再生が行われた結果だ。天上霊界における生まれ変わりの理はその一点しかない。
前世を知りたがる声は珍しくない。かつて歴史上で活躍した武人や偉人、あるいは革命家や宗教家、そんなに、そうそう都合よく誰もが知るような人物が、今この現世では平凡なサラリーマンやOL に扮しているなどと無邪気に信じることが出来るのは、現在の人生のさもしさをよく表現している。
自分はなぜ生きているのか。
この世界に何度も再生してくるのはなぜか。
ほとんどの人間が一度は問いかけることだが、いい歳の頃あいになればそんな疑問は消え失せる。おそらくは目の前に確かに見えている目標をこなすことで、精いっぱいになってしまうからだろう。
朱莉とてそれは同じだ。
普通の人間よりもおそらく困難や厄介ごとは多い。だが折り合いをつけねばやっていけないというだけだ。何かの目的がある訳ではない。
霊感応力があれど人生を達観できるわけではない。霊感応力者といえど、この人生は初めてで一度きりなのだ。ならば楽しく生きた方がいいじゃないか、精一杯生きればいいじゃないか、それが霊能に目覚めた十四歳から今に至るまでの間に出した朱莉の結論だった。
AUNグループの大型商業施設『オリオンモール』はその名のとおり、上空から見れば、真ん中がくびれたボウタイのような形をしている巨大な建造物で、『シエルブリリアント』と同じようなコンセプトで、対称性の建造物だ。ポップ、カジュアルイメージを前面に押し出した商品展開のオレンジライト。エレガント、フォーマル路線を意識した商品展開のグリーンレフト、と左右にショッピングモールの質を違えて、趣向や年齢層に応じたサービスを提供している。
笠鷺市では最大の商業施設で、ここ以上の商品数を確保する店舗は他になく、平日休日に関わらずいつも人でにぎわっている。
また、併設されているシネマコンプレックスも日本国内では指折りの『VR5』というヘッドマウントディスプレイを使用しない、上下左右三百度をカバーする球状画面に、リニアフローシートという新機構を備えており、まるで自身が映画の中に入ったかのようなヴァーチャル映像が楽しめる新技術を導入している数少ない映画館で、新作のアクション映画が封切りされると、地方から観客が押し寄せて連日満員である。
「今晩は遅くなったし、何か食べて帰ろうよ」と朱莉はフードコートへと向かう。上映作品の数が格段に増え、上映枠の関係上レイトショーでの上映が当たり前になって、それに引きずられるようにオリオンモールの店舗も深夜営業を行うようになっていた。
すっかり定位置になってしまった朱莉の胸元から、トーコは顔を出し、ハンバーガーが食べたいと言う。
「せっかくなんだし、もっといいもの食べてもいいのよ?」と朱莉は言うが、セルフ給仕式のフードコートに来ている時点で、“もっといいもの”という選択肢はない。
(いいんです、なんか映画見た後ってジャンクなものが食べたくなるんですよ)
「まあ、なんとなくわかる気がするけど……で、さっきから黙ってるけど、タケルはどうなのよ? なんか映画の感想とかないわけ?」
「えぐっえぐっ……わああん……」タケルは朱莉の背後で両手で目元を拭っていた。
「うっおお……、泣いてる?」
(クールを気取ってる割に涙もろいんですね……てゆーか、泣き方可愛いですね)
「こらこら、タケル! 恥ずかしいからそんなに泣きなさんな! あたしが意地悪してるみたいに見えるでしょ!」
「だあってぇええ……」
タケルと暮らすようになって一週間。最初はふてくされていた彼だったが、日を追うごとに本来の素直さを前面に出してきて、いまではすっかり仲良くやっている。とはいえ素直過ぎてそれはそれで腹立たしい言動となることも多く、朱莉のストレスの元ともなるのだが、まるで彼らはきょうだいのように面白おかしく暮らしていた。
タケルの見た目は高校生くらいで、朱莉とさほどに背は変わらないが、やはり年下の男の子という雰囲気は否めない。
タケルは齢にしてみれば数千歳にもなるはずで、彼としてはトーコに対しても朱莉に対しても年長者のような振る舞いをしているが、いかんせん現世上での人としての経験値はすこぶる少なく、トーコはタケルを弟のように見ている。
朱莉に関しては言わずもがな、厄介ごとの種が一つ増え、生活費がかさみ、今後の暮らしがさらに複雑になる兆しに戦々恐々とし、鞠との言い合いも以前よりも増えていた。
今日も今日とて、鞠とは冷戦中である。
鞠はタケルの為に部屋を明け渡さねばならなくなり、鏡はリビングへと移動することになった。物理的な部屋を失ったとて霊体の鞠の生活が変わる訳ではないが、鞠は、こんなの落ち着かない、と文句を言い、朱莉は、こっちだってやりたくてやったのではない、と牙をむきだし、もの分かれて今日に至っている。
いつでも背後にいる対なる者の気配を感じながら、無視をするというのも霊感応力者としては求められる努力ではある。すべてを俯瞰する彼女がいることに頼もしさも感じながら、それに頼り切り自身を見失う、自身の行動原理を阻害される居心地の悪さと対峙し続けなければならない。
まるで自身の裏表の感情のように守護霊と対話が出来る朱莉が、必要以上に外部に対し居丈高になることも仕方のない事ではあった。そのために失ってきた人間関係も少なくはない。
(あっ、唯……)
「なに?」
トーコは意識に出すつもりはなかったが、念話上で朱莉に伝わってしまった。
(あ、いえ、なんでもないです……)
「なあに? 気持ち悪いじゃん、いいなよ」
(――――いえ、友達が……昔の友達に似てる人がいたから、それで……)
コート内の座席に座ると目立つので、持ち帰りにして、すこし離れた人気のないモール街の雛壇に腰かけ、ライトアップされた観覧車を眺めながらハンバーガーを頬張った。
「タケル? ハンバーガー。食べたことないの?」と、手渡された紙包みのままのハンバーガーを、まじまじと見つめるタケルだったが、朱莉の姿を見てタケルはその独特の食欲をそそる香しさに、物珍しがりながらかぶりつく。
「そっか、トーコの同級生は高校二年生くらいなんだよね」
(ええ、最近よく気になってました。前まではあの部屋から離れることが出来なかったから、外の世界に関しては無関心を貫き通せたんですけど……なまじこうして生き返ったみたいになってしまうと、あれですね……)
「寂しい?」
(……はい――でも、世間じゃ私は殺人鬼ですから……いくら実体をもってたとしても、しかもこんなサイズで、会える訳ありません)
彼女にかかった疑いだけでもなんとか晴らすことはできないだろうか、と今まで何度も考えた。鞠や観寧にも相談したが無理だろうと言われた。じゃあ、こんな事なら実体を与えるなんて残酷なことを何故したのか、と憤怒したこともある。そのことはトーコには黙っている。
彼女が普通に昇天できる手段があれば、それを講じる方が先だったのではないか、という思いは拭えない。無論あの時の朱莉にはそんな思いが浮かべど、実行には至らなかったし、その他もろもろの事情からなし崩し的に今の形に収まったのである。
あのマンションに入居した頃に比べれば楽しく幸せな日々が流れていると言えたるだけに、今を全面的に否定することも出来ない。
朱莉もトーコも、互いが好きで一緒に暮らしている。それは確認しあわずとももう知れたことだ。だからこそ一つでも心のつっかえがあるなら、取り除きたい、取り除けるなら取り除いてあげたいと思う。
タケルが来た今も、それは同じだ。ますます悩ましい日常に巻き込まれていっている自分に、不安も覚えながら可笑しさも同時に沸き起こる。
自分はいったいこの人生で何を為そうとしているのか。
この先も上手くゆくのだろうか、流転してゆく日常の中で我々は。
赤から青、そして白から黄色へとグラデーションを描きながら、観覧車の色が美しく変化している。初冬のきりっと冷えた夜の空気は、イルミネーションの光をよりクリアに瞬かせる。
(ふ~ふふんふ~ふふふふぅ~)
突然トーコが鼻歌を歌いだす。さっきの映画のエンディングテーマだろう。落ちかけていた気分が、急にくすぐったいものに感じられ、朱莉は口元を緩める。
冷え切った、湿り気のある空気を吸い込み、星々がちりばめられた濃紺の虚空にむかって吐きだす。
「あのさ、トーコぉ…………」
(ふ~ふふん、――え? なんですか?)
朱莉は観覧車の向こう側、そのさらに夜空の向こう側を見つめる。同じように傍らに腰かけたタケルが泣いていたことも忘れたかのように、ぷっと噴き出した。
クリスマスが近い。そこかしこにネオンがきらめいていた。
朱莉は眼を細めて一言呟く。
「うた、下手だね」と。
これにて、第一期が終了します。
回収しきれていない伏線は、また第二期、(春から夏ごろにかけての連載)にて責任をもって書かせていただきます。連載時期が前後する可能性はありますがその時は、事情を勘案してご了承いただきたし。
番外編『あることかたし~霊感応力者あかりの虚しいクリスマス~』も重ねてお読みいただけると幸いです。
それではしばしのお別れでございます。




