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第六話 大丈夫、いきていこうよ 4

(ふう――まあね、礼をつくしゃあ私もそれには応えるさ。人として義理は重んじなきゃぁいけねぇ)


(さすがは姉御、お心の広さは太平洋にも勝るとも劣らねぇ)


(おだてたって何にも出やしねぇよ)


(いえいえ、もう姉御がいてくれるだけで相手はビビッちまいますから、そりゃ――あ……)


「朱莉……なにしてんの?」


 昼間の轍を踏んで実話を避けるあまり、ジェスチャーが派手になっていた。


「ぎ、儀式のようなものです……」


「朱莉って、ずっと思ってたけど……今日は一段と変やな」


「そ、んなに変ですか?」


「うん、だいぶ」


 室内が映り込んだ広縁に面した掃き出し窓を見ると、鞠と猫の姿のトーコがキャッキャウフフとじゃれ合っている。飛騨から見れば三毛猫がゴロゴロしたり、跳ね上がって何かを掴もうとしているかのようにしか見えないだろう。


「なあ、もしかして朱莉って、霊とかみえたり……するん?」


「やだな……飛騨さん、霊とか信じちゃってるんですか?」


 今更ながら、この最悪な状況に気づく。もはや橋頭保を築いたと言っても過言ではない鞠とトーコ。ここでこの喋る犬に関して悶着を起こせば、朱莉がシュリ・バーミリオン、魔界の天魔王『閃光のシュリ』などではないことはトーコの目には明らかになるうえ、飛騨にも申し開きをせねばならなくなる。このまま何食わぬ顔で、喋る犬に触れずに立ち去るという選択肢はない。


(姐御! あーねーごー! あっしはどうすりゃいいんですかい!)


 朱莉の指向性念話に対し鞠はちらと視線を向け(牛の糞にも段々があるんでぇ、まずはおどれがタマみせたらんかい!)と叱咤とも激励とも言えないが、とにかく従わねばならないようなドスのきいた強い言葉を投げかけられる。朱莉は盛大にため息を吐いて助(略)兵衛へと近づく。


 霊視する限り、犬は犬だ。何かが憑いているようには見えない。それに見てると愛らしい。やはり犬はいい。


 仕方なく手を伸ばし助(略)兵衛の頭を撫でる。ん、これも問題なく、舌を出してハッハと喜んでいるように思う。


「あのさ、君はどっから来たのかなぁ?」


 問いかけてみる。ワンと返事が返ってくる。


 話しかけられたことは認識しているようだ。それにミケランジェロのように念話が扱える個体なら意識は同時に届いたはずだ。念話で答えが返ってこない所を見るとやはり、ただの犬か、それとも無視されているか。


「飛騨さん、やっぱり普通の犬ですよ、座り方はどうかと思うけど」


「んでな……あ、あのな、朱莉……」


「なんですか?」


「ここって、4SLDKって書いてたやろ?」


「ああ、間違ってたって奴ですか、たしか納戸はないって」


「それがな、あってん……」


「ラッキーじゃないですか」


「これ見てラッキーやと思うか?」


 そう言う飛騨を振り返ると、その背後の壁にはぽっかりと細長い空間が口を開けていた。扉らしきものもなく柱と柱の半間の隙間が数枚の古い板で埋められている。そのうちの一枚が外れた状態だ。飛騨は残りの板をガタガタゆすりながら外し、朱莉に内部を見せた。つまり壁はあらかじめ外せるように細工がしてあるらしかった。


「秘密の部屋的な……金持ちの道楽ですか?」


「そんなんやったらまだええわ。中見てみ」


 言われるがままに隠し部屋の中へと踏み込んだ。据えた臭い、目が慣れず真っ暗で何も見えない――が、何かは感じる。


 強い念力場だ。


「社……祠……?」


 浴室ほどの大きさの隠し部屋に鎮座しているのは木と石でできた小さな祠だ。石の土台に切妻屋根に正面に観音開きの扉がついている。


(ありゃあ……これかぁ)


 鞠の声がしたので慌ててコンパクトを開く。


(これって、なに? 鞠さん解るの?)


 鞠は部屋を一巡し、朱莉の背後へと戻って来る。


(何かはまだわからないけど、部屋内に結界符が張り巡らされてるわ。前に来た時に何も感じなかったのはこのせいか……)


「ねぇっ、飛騨さん。これ見つけたのは?」


「昨日会社から帰ってきて……。この子が……じゃれて私に飛びかかってきた勢いで、転んでここの壁を壊してしもて……んで、部屋んなかに助さんが入って、出てきたと思ったら――」


「――喋りだした?」


「うん」


 ミケランジェロと同じケースか――いや、早苗とミケランジェロの様な信頼関係があれば並法根もあり得たが、いくらお人よしの犬とはいえ、縁もゆかりもない霊にそう簡単に口など貸さないだろう。出来るとすれば、考えたくはないが、実存実体を一方的に律法根で乗っ取るほどの強い力を持った悪霊の仕業だ。


 この小部屋の佇まいを見る限り、封じられていたと解釈するほうが自然だった。


(でも、ここには今、助(略)兵衛さんは居ないみたいね)


(うん、力場は感じるけど霊体の類は見えないね。祀られているってことは地霊か山神か邪神かな?)


(それにこの部屋、無茶苦茶古いわよ……二百年くらいは経ってるかな、祠も同じくらい)


(ええと……江戸時代の中くらいか……)


(でも土台の石はもっと古いわね……ええと、千年以上ここにあるみたい)


(じゃあ、元々祠があった場所に強引に家を建てたってことかな)


(そう考えるほうが自然よね)


(で、祠は動かすとヤバいってことよね)


(そうね。この部屋を作った先人の行いが証明してるわね)


 小部屋を出ると朱莉は「飛騨さん、引っ越そう!」と開口一番に言う。


「えっ! いややわ! せっかく買おたのに! まだ二か月も住んでないんやで!」


「こんないわくつきヤバいですよ。家の中心に祠があるとか、リビングの真ん中に便器据えてるようなもんですよ?」


(……ひどい例えね)


「そやかて、別に壁閉じとけば普通なんやし、気にせんかったら住めるんちゃうん? そういうのもまあ、含めての物件やしさ、納得してるわけやしさ」


 飛騨は動かないつもりだ。


 平面図に書かれている間取りと違うという事であれば、今からでも異議を申し立て、契約がなかったことにはできるはずだったが、山岸の能天気な解釈に乗りかかってしまったとあっては、単なる購入者側の錯誤で済まされるだろう。


 朱莉はとりあえず飛騨が外した小部屋の壁を元に戻し、封印の呪符の代わりにマーカーでコピー用紙に簡易的な結界符を描き、壁板の上からセロテープで張り付けた。本来は和紙と墨で描き、米を溶いた糊で張り付けるべきなのだが、ここにはそんなものはない。耐久性は低いがとりあえずならばこれでも事足りると、鞠からも助言を得た。


「とりあえずはこれで大丈夫です」


「あのさ、朱莉。大丈夫とかそうでないとかの意味が、ウチにはさっぱり解らんねんけど……」


 アォン、という声に振り返ってみると、助郷録仁左衛門宗兵衛が肘掛椅子から身を乗り出してこちらを向いている。


「あ……つながった……」


「繋がった? ……なにが?」


 霊感応力者の朱莉には念波の微妙な変化を感じ取ることが出来る。さっきまでの、ただの犬とは違う。

「汐里殿、飯はまだかな」かわいい顔をしてダンディな声色。だが尻尾をフリフリしている。害意はないようだ。


「あ、ああ。す、すぐ作るからぁ、まっててなぁ助さん」狼狽えながらも、何気ないといった態度でパタパタとキッチンへと向かう飛騨の様子から、これまでにもすでに食卓を共にしているようだった。


 朱莉は飛騨の背中を追った目を転じて、助郷録仁左衛門宗兵衛へと向ける。しかし霊視しても霊の姿が確認できない。やはり早苗の葬儀の時のように、犬に霊体が寄り添って口寄せているのではないということだ。


(同化……やはり律法根りっぽうこんね)


(今のトーコと同じ状態ってこと?)


(ええ、でもトーコちゃんとミケランジェロとは違って、一方的に憑いてるみたいね。犬の方の意識が完全に沈黙してないわ)


 鞠の声色と態度からして憑いている霊が只者でないことは想像に足りる。


「おお、客人かね。美しいおなごが二人も」


 飛騨は不思議な顔をして朱莉と自分を交互に指さす。この助郷禄仁左衛門宗兵衛には鞠の姿も見えている。これも今のトーコと同じだ。


「飛騨さん、この助さんが小部屋から出てきたときに、名前以外になんか言ってませんでした?」


「えと……腹減った、って」


「それだけ?」


「うん」


(邪悪な者って感じもしないわよね。念度は強いけど封じるにしては普通すぎるし、口調からしてありふれた武士の類かしらね。少なくともこんな立派な祠に祀られるほどじゃないわ)


(いずれにしても体乗っ取られたままだとこの子が可哀想だし、引きはがす方法あるの?)


(どうも彼はその祠の念力場に捕らわれてたみたいだから、部屋から出るために犬の体を使っただけで特にこだわっているわけじゃなさそうね)


 トーコはきょろきょろと丸い瞳孔を動かして朱莉らと喋る犬を、少し離れた場所から交互に見つめて首を傾げて、(しゅーりーさーまー。おなか減りましたよぉ。シュリ様やらないなら、私が飛騨さんのお手伝いしましょうかぁ)


 トーコの申し出を全力で断り、仕方なく助郷禄仁左衛門宗兵衛の方は鞠に任せ、飛騨に断りご飯を炊く準備を始める。


「おっ、朱莉。ご飯炊けるようになったんか?」


「や……やだな飛騨さん、まっ、前から炊けますよっ! 本気出してなかっただけですから!」


 夏に印条寺で炊いて以来、これが二度目である。記憶を探りながら米櫃をのぞき込み、ドキドキする朱莉であった。


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