264話 「決着をつけよう」
メレアは、すべての英霊たちと分かれたあと、エルマが霊山にやってくるまでの間、しばし一人の時間を過ごした。
なにかをするたびに、いつもは傍にいた英霊たちの声が思い出される。
そのときはまだ、世界に関わる前だった。
メレアにとっては霊山での生活がすべてで、そこにいた英霊たちが関係性のすべてだった。
だから、一人になったのだとふいに気づいたとき、前世で覚えた孤独が、ひさかたぶりに現れて、四肢をつかんだ気がした。
「でも、俺には思い出があった」
この世界に生まれ直してから、彼らと共に歩んだ軌跡。
今でも、そのすべてが愛おしい。
「そして、あなたたちが遺した未練があった」
未練を、彼らは悪いものだという。
それゆえに霊山に縛られ、ときに心を失くす、と。
「でも、俺は違うと思う。――未練は、遺された者にとっての指針にもなる」
まだ世界を知らなかったとき。
自分がなにをすればよいのか、これからどう生きて行けばよいのか、心の底からなにかを思うことなどできなかった。
しかし、メレアには英霊たちの遺した未練があった。
そして、彼らの子として、その未練の輪郭を確かめようとする意志が、メレアの中にはあった。
「子が親の未練を晴らそうとすることのなにが悪い。それをするのもしないのも、子の自由だ」
もう報いている。
もう十分だ。
そう言ってくれることも、ありがたい。
自分がいっぱいいっぱいだったら、きっとその言葉に救われただろう。
でも――
「何度でも言うよ。――俺を舐めないで欲しい」
英霊の子として生まれ、魔王として生きることを決めた。
今でも悩むことはある。
けれど、周りの仲間たちに助けてもらいながら、確実に前へ進んでいるという確信がある。
「俺にはもう、新しい仲間たちがいるよ」
すべてを一人で背負い込んでいたら、どこかで歩を止めていたかもしれない。
もう背負えないと、自分の気負いに潰されてしまったかもしれない。
けど、自分の背負い込もうとしたものを、一緒に背負ってくれている仲間がいるから、まだこの背には空きがある。
「俺は、まだ背負える」
もっとだ。
この〈魔王〉を巡る因縁に囚われた人々の思いに、手を伸ばせる。
むしろ最初のころより、自分の手の届く範囲は広がった気がする。
「俺は――」
その瞬間、メレアの脳裏にもふと、あの未来石に映った言葉が蘇った。
「俺は、俺の意志で――〈百魔の主〉の道を行く」
その道を選んだことに、もはや悔いなどどこにもない。
◆◆◆
「……そうか」
フランダーは、宣言するメレアをまっすぐに見つめ、一度だけ頷いた。
「……ホント、なんか気づいたらずっと遠くに行かれちゃったみたいで、ちょっと寂しいなぁ。まさか親としてこんな気持ちまで体験できるとは思わなかったよ」
「子離れまで体験させてあげるんだから、親孝行だろう?」
天を仰ぐフランダーに、メレアがイタズラっぽく返す。
「……でも、本当によくわかったよ。君はもう、君の道を歩いているんだね」
フランダーはそう言って、メレアの後ろへ目を向けた。
メレアもつられて振り返る。
そこには仲間たちがいた。
「おい、そんなしみじみした感じでこっち見んなよ。なんか照れるだろ」
ふと、サルマーンがわざとらしく言った。
そのあとすぐに、ほかの仲間たちも似たような軽口を返してくる。
それぞれの顔には、この戦場にそぐわない軽快な笑みがあった。
「良い仲間たちでしょ?」
「うん、そうだね」
すると、メレアが今度は仲間たちの間を縫ってムーゼッグ軍が見える最前へ歩み出でる。
「いこうか。〈悪神〉アニムスに関して俺がなにをするべきかは、わかった。でもまずは――セリアス、お前と俺の決着を、ここでつけよう」
メレアの目は、遠く黒鎧の軍勢の中心にいるかの〈時代の寵児〉を捉える。
向こうもまた、その視線に応えるようにメレアを見ていた。
◆◆◆
「……そうだな」
セリアスは、遠くに立つメレアを見ながらつぶやいた。
――これで、終わりにしよう。たとえどんな結果になろうとも。
「セリアス様」
ふと、ミハイがわずかに身を寄せて言う。
「あの二人――〈魔神〉と〈術神〉には注意が必要です。〈悪神〉について、我々の知らないことを知っている可能性があります」
「そうだろうな」
「どのように対処いたしますか」
「それでもあの二人とは私がやる。私がやらねばならない」
それこそ、あの敗北の日から求め続けた望みであり、そして幼い頃から求め続けた夢でもある。
「中央を開けて布陣を展開。敵味方関係なく、私とあの二人との戦いに邪魔が入らないよう戦域を調整させろ。その他の魔王どもはこの際後回しでも良い。生きていようが死んでいようが、事が起きればすべて意味のないものになる」
最後の言葉の真意をミハイが訊ねようとしたが、セリアスはそれを察知していたかのように手で制して前に歩み出る。
【彼に勝ちたいのかい】
ふと、そのとき頭の内側から声がした。
【ずっと、あの人を見ているね】
――そうだな。
もう、いまさら否定はしまい。
あの男が目の前へ現れるたび、腹の底から湧いてくる熱。
霊山で初めて相対したときも。
戦場でまみえたときも。
そして今、ここで対峙するこの瞬間も。
もはやそれは、ムーゼッグの王子として抱く熱ではなくなっていた。
「……ミハイ」
「はい」
「――あとを頼んだ」
不意に。
それはまるで今生の別れのように。
「セリアス様……?」
「うまく立ち回れよ」
ふとそう言ってミハイのほうを一度だけ振り返ったセリアスの表情は、どこか憑き物が落ちたように、妙に澄んだものだった。
「出る」
「あ、お待ちくださ――」
とっさに伸ばした手は届かない。
軽い身のこなしで近くの地竜に飛び乗ったセリアスは、軍団に一声号令を出すやいなや、その先陣を切って往く。
その姿はまごうことなき時代の寵児であった。
戦乱にまみれたこの時代に現れた、戦いの天先。
だがなぜか、ミハイはその背中に、どこにでもいる一人の小さな少年の面影を見た気がした。





