251話 「開戦」
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そして邂逅の時は来た。
アイズたちはフランダーと合流したあと、クリアの指示にしたがってアイズたちを迎えに来たセレスターとも合流し、その足でサイサリス北門を抜ける。
北部に広がる広大な平野。
「まさしく決戦という体だな……」
土の茶色と、短草の緑に彩られた地平の向こうを見たエルマが言う。
彼女の視線の先に、この清々しい景色に似つかわしくない、黒い大群が蠢いていた。
直後――
「うおっ、なんだ⁉」
轟音だった。
サルマーンがその音にびくりと肩をあげてまもなく、音の原因が正体を現す。
「――マジかよ」
人が、宙を舞っている。
それも、相当な高さを。
今の轟音は、『なにか』がその一撃でムーゼッグの黒い大群を宙に打ち上げた音だ。
「あれが、古代に神号を授かった魔王の力か」
目を凝らしたサルマーンの視界に、背から九本の巨大な黒尾を生やし、その薙ぎ払いの連続によって次々と大群を吹き飛ばしている女の姿が映る。
〈土神〉クリア・リリス。
一足先に先陣を切ったクリアは、単騎でムーゼッグ軍を圧倒しているようにさえ見えた。
「今から僕らはあそこへ行く」
異様な戦況に固まっている魔王たちへ、フランダーが言った。
「じきにまだ現世できている蘇った魔王たちもここへ来るだろう」
心強い、と思うと同時、それでもなおフランダーの表情が険しいことに魔王たちは胸騒ぎを覚えた。
「あれは斥候部隊か。……もはや部隊ではなく大軍だが」
エルマが言った。
「そうだね。さっき会ったレイズの話では、あの斥候部隊の奥に妙な兵器を携えた部隊が控えているらしい。消える間際、彼が魔眼で捉えることができた光景を教えてくれた」
「……『術機』か」
レミューゼと同盟を結ぶ三ツ国の一つ、クシャナ王国が中心産業とする術機。
ありとあらゆる武力を吸収し、利用するムーゼッグであれば、当然それにも手を出しているだろうとは思っていた。
「問題はその程度だな」
願わくばその練度が低いことを祈る。
それくらいしか今の状況で願えることはない。
「戦線は開かれている。であれば、我々も魔王の矜持に従って、戦おう」
最初に剣を掲げたのはエルマだった。
「――シャウ、今の我々にとってサイサリスとはどういう存在だ」
エルマはちらとシャウの方を見て訊ねた。
その視線を受けたシャウは、やれやれと肩をすくめて答える。
「今後、我々〈魔王連合〉との強い同盟関係を結ぶ相手になるでしょう。サイサリスの最高権力者である〈心帝〉は、我々の考え方に賛意を示し、我々とその同盟相手であるレミューゼに対し、協力を申し出ました。私に決定権はないので保留にしましたが――我らが主は首を横には振らないでしょうね」
シャウがこなしてきた野暮用は、国家情勢を覆した。
そしてそのことが同時に、ここで魔王たちをムーゼッグとの全面戦争に追いやる確固たる理由になる。
「では、私たちもまた、未来の同盟相手を守るために力を見せる必要があるな」
わざとらしく理由を告げ、エルマは苦笑する。
「私たちは国家相手に対等であることを主張する酔狂な集団だ。レミューゼに対しても、三ツ国に対しても、サイサリスに対してもそれは変わらない。そしてムーゼッグに次いで多くの魔王を庇護するサイサリスと対等な立場で同盟が結べるのであれば、私たちの目的を達成するのに大きな力となる」
ここは、転換点だ。
おそらく今日ここで起きる戦が、後世において歴史が動いたときと評されるであろう。
「メレアはいない。それでも私たちは、魔王連合に所属する一人の魔王として、その矜持に命を懸けよう」
そうエルマが告げた直後、サイサリスの北門を越えて向かってくるいくつもの人影があった。
かつて今の自分たちと同じ境遇にいた、古の魔王たち。
死霊術士ネクロア・ベルゼルートによって今と過去がぐちゃぐちゃに混ぜられた混沌の中で、それでもこうして〈魔王〉としてムーゼッグを相手に立つのを見ると、やはり妙な一体感を感じずにはいられない。
もしかしたらずっと古い時代から、今日、こうなることが決まっていたかのような、不思議な感覚だった。
「――行こう」
エルマがゆっくりと前へ歩き出す。
その進みにほかの魔王たちが追随する。
ゆっくりとした歩みは徐々に加速し、やがて――地を翔ける一本の槍のようになった。
次話:来週中





