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百魔の主  作者: 葵大和
第十五幕 【天に掲げよ、その名の意味を】(第四部)
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229話 「剣の道」

 それはまさしく天を衝くような光の剣だった。

 静かな風が魔剣クリシューラの周囲に渦巻いたかと思えば、それは瞬く間に暴流のごとくして魔剣クリシューラを覆い、やがて光となって天に昇った。


 巨大にして暴力的。

 

 触れるものすべてを圧壊せしめんとする力の権化。

 その触媒となっているクリシューラの柄が見えなければ、おそらくそれを剣だとは断定できなかっただろう。


「これが、暗黒戦争時代という表舞台を友たちと生き抜くために私が生み出した力。個の力を追求し、表舞台を離れ、ただただ一人の道を往ったあなたとは違う、集の力よ」


 夜のサイサリスのすべてを照らさんと輝く光の剣。

 それをシン=ムはほんの少し、眩しそうに見ていた。


「そうか」

「……ちょっとくらい驚いてくれてもいいのに」

「ならば、良い腕だ」


 そういわれたときのイースは、文句を言いながらも少し嬉しそうだった。


「まあ、これを振るうのは私じゃないんだけど」


 そう言ってイースはエルマを見る。


「エルマ、私の愛しい末裔」


 イースに呼ばれてエルマはハっとしたように彼女を見る。


「今、ここであなたに〈三八天剣旅団〉の長を継承するわ」

「え?」

「もはや名ばかりのものだけど、これを振るうからにはあなたに背負ってもらわねばならないものがある」


 エルマがイースの傍によると、彼女は嬉しそうに言った。


「一応、みんなの賛成も得られたし、そんなわけでよろしくね」

「い、いやいや! 急によろしくといわれてもだな……私はすでにメレアの率いる〈魔王連合〉の一員でもあるし……」

「そのメレアって子は許してくれなさそうなの?」

「い、いや……」


 たぶんメレアはパァっと顔を明るくして「いいじゃん!」と言うだろう。

 それどころか目に子どものような好奇心を浮かべて「なんかカッコいいよね、そういうの!」とも言いそうだ。


「ぐぬぬ……」

「ふふ、問題なさそうね」

「わ、わかった、ひとまずその提案を受けよう」

「よし、じゃあそのうえで、いまだに〈魔王〉という言葉を巡る戦いに身を置くあなたに、覚悟を問おうと思う」


 イースはエルマをまっすぐに見た。


「あなたが一度でもこの〈光の剣〉を振るえば、きっとそれがきっかけで〈魔王〉として見られることは増える。今でもそうだ、と言われればそのとおりだし、その原因を作ったのが私であることも認める。けれど、これを振るうということは、私とまったく同じ道を歩むということでもある。けっして後戻りはできない」


 イースは魔剣クリシューラの柄を差し出しながら言った。


「それでもあなたは、この柄を握れるかしら?」


 エルマはイースの目を正面から見据えた。

 そして――


「イース=エルイーザ。私の遠い母。あなたはもしかしたらそれを悲しんでいるかもしれない。けれど、私はもう――」


 あのリンドホルム霊山でメレアに出会ったとき。

 仲間たちとともにレミューゼ王国へたどり着いたとき。

 そのときからずっと――


「〈魔王〉であることに絶望を抱いてはいない。私は、仲間たちのために剣を振るうことを決めた。だから、私が魔王と呼ばれようと、英雄と呼ばれようと、私が剣を振るう理由は――」


 いつも一つだ。


「仲間たちを、守りたいんだ」


 エルマはイースに差し出されたもう一つの魔剣の柄をつかんだ。

 

「そう。じゃあ、あとは乗り越えなさい。あなたが自分に課した生き方を、貫けるように。ふふ、あなたみたいな子が私の末裔であることを誇りに思うわ」


 そしてイースの体は光になって天に昇った。

 周囲に感じていた複数の気配も同じように消えていく。

 エルマはシン=ムへ向かい合った。


「終わりにしよう、シン=ム」

「……」

「あなたのように己が力のみで頂きを極めることはまだ私にはできない。だが、こうして受け継がれた血の系譜もまた、私の身に宿る力だ。だから――」


 エルマは右手に持ったイースの魔剣を、振り下ろす。


「光と共に天に還れ、稀代の剣士よ」


◆◆◆


 まっすぐに振り下ろされた〈光の剣〉。

 それを見上げながらシン=ムはほんの少しの充実感と、そして虚無感を覚えていた。


 ――剣の頂きはいまだ見えず。


 別にそのこと自体に絶望はしていない。

 その絶望は、あの霊山に置いてきた。

 可能性だけはメレアの中に遺したつもりだが、メレアにはほかの英霊たちから受け継いだ力もある。


 ――メレアには、メレアの道がある。


 それでも少し、切なさを覚えてしまうのは自分がそういう生き物だからだろうか。

 もしかしたら自分と同じように剣を取るしかなかった者が、同じ道の頂きを見せてくれるかもしれないと思った。

 今目の前にいる〈剣帝〉の末裔は、むしろメレアよりも自分に近しい。

 術式を使えず、リン=ムのように無手で戦いきれるほどの才覚を発揮したわけでもなく、剣を取って戦う道を選んだ。


 ――まあ、可能性が増えただけ、降りた甲斐があったか。


 このままあの光の剣に切り裂かれるのも悪くない。

 もはや戦いに勝利することにそこまで執着はない。

 だが、どういうわけか体は勝手に動く。

 どこまでもどこまでも、ただ剣を持って戦い続けた体が、この戦いをあきらめることを拒否する。


 ――ならば最後まで〈剣魔〉として生きよう。


 我は求道者。

 多くの民草を救った他の英雄とは違う。

 利己的に、それこそ〈魔王〉のごとく、ただ剣において斬ることのみを追求した怪物である。


「――ッ‼」


 そしてシン=ムはそれを切り裂いた。

 終わった。

 結局自分は、最後まで剣で負けることなく寿命で死ぬ。


 ――せめて誰かに剣で負けることはできれば、あきらめもついたというものだが。


 そう思ってシン=ムは正面を見据えた。


 切り裂かれ散り散りになった光の粒の向こうから、かの女剣士が目にもとまらぬ速さで突っ込んできていた。


◆◆◆


 この光の剣は切り裂かれる。

 エルマはそれを直感していた。

 何度も見たシン=ムの斬撃は、やはりどこまでいっても頂点だ。

 さきほどの大規模な空間割断を見たときに、この光の剣もまたシン=ムの一撃を模倣したものだと気づいた。

 だからきっと、これもシン=ムに防がれる。


 ――それがどうしたというのだ。


 たとえこれが防がれようが、まだ自分の手には魔剣が残っている。

 勝たねばならない。

 越えねばならない。

 それが不格好であっても、


 ――私は今、ここで、〈剣魔〉に勝たねばならないのだ。


 イースからもらった方の魔剣を手から離す。

 それから自分の魔剣を、居合抜くときのような姿勢で脇に構えて姿勢を低くする。


 帝型三式〈踏切紫電(ふみきりしでん)〉の構え。


 ちょうどそこでシン=ムが光の剣を大きな一振りで切り裂いたのを見た。

 瞬間、体を弾丸のように前へ弾く。

 散り散りになった光の垂れ幕(カーテン)を掻き分ける。

 シン=ムがこちらに気づいた。

 再び剣を振り下ろそうとしている。


 ――見ろ。


 シン=ムが引こうとしている斬線が見えた。

 

 ――避けるな。


 エルマは銀色の術式紋様が浮かんだ眼でその線を切り裂くように視線を引く。


 ――斬れ。


 想像を信じた。

 魔剣が()いた。


◆◆◆


「……良い腕だ」

「……あなたのおかげだ」


 かしゅん、と剣が鞘に収まる音が鳴る。


「エルイーザ家は、よいものを生み遺したな」

「ああ、この剣は私の誇りだ」

「違う、お前のことだ、エルマ=エルイーザ」


 仰向けに地に倒れた〈剣魔〉シン=ムはふと表情をほころばせて言った。

 はじめて見る表情だった。


「たしかにその魔剣は強く、美しい良い剣だ。だが、使い手が練達していなければ頑丈な棒きれと変わらない」


 戦いは終わっていた。

 光の剣が振り下ろされたあとに交わった剣撃を、エルマが制したのだ。

 いまだに周囲には光の剣の残滓が舞っている。

 そしてその無数の蛍のような光に混じり、シン=ムの体もまた空へ昇ろうとしていた。


「最後の最後に自分で斬線を引いたな」

「この剣のおかげだろう」

「いや、あれは私のやり方と同じだ。イースの使った魔剣の術式とは違う。……まあ、いずれそれはわかるだろう。……しかし、〈剣魔〉などと呼ばれるようになってから初めて負けた。初めて私は、私以外の剣士に負けたのだ」

「……私があなたのような純粋な剣士であったかどうかは微妙なところだがな」

「いいや、お前は剣士だった。たぐいまれな剣士の血と意志を受け継ぎ、最後まで手に持った剣を頼りに勝ち抜こうとしたお前は、剣士だよ」


 シン=ムの表情は、毒気を抜かれたかのように柔和で、そして満足げなものだった。

 

「あなたの意志を継げるほど私は才覚にあふれているわけではないが、同じ剣士として、そして同じ系統の号を持つ〈魔王〉として、あなたと剣を交えられたことを誇りに生きていこう」

「ああ……」


 エルマの言葉にシン=ムは小さくうなずいた。

 それからほんの少しの沈黙があって、再びシン=ムが口を開く。


「……メレアは元気か」

「周りの魔王たちが手を焼くほどにな」


 そこでメレアの話があがったことに、エルマは少し驚いた。

 シン=ムはメレアを育てた英霊たちの中でも少し特異で、少々言い方は悪いが、子を思いやるという普通の感情が薄いと思っていた。


「あれは私のような小物では背負いきれないような多くのものを背負っている。数々の英霊の未練、思い、そして自分自身が前の生で抱いた後悔。私は剣を言い訳にそういうものから逃げた人間だ。だからときおり、あれが眩しく見える」


 その気持ちはなんとなくエルマにもわかった。

 メレアは普段こそ等身大の人間だが、たまに普通とは一線を画す意志の強さを見せる。

 なんとなく、二度目の生を生きているからこその高く広い視点のようなものを感じる。


「普通であることを保ちながら、さまざまな思いを受け止め、決断し、貫くというのは簡単なことではない。あるいはどの英霊たちよりもメレアこそが私たちの親のようではないかと思うことがある」


 それもなんとなくわかる。エルマはうなずいた。


「――支えてやってくれ。それでもメレアは一人の人間だ。私にリンがいたのと同じように、あれには守るべき者が必要なのだ」

「無論だ。だから私はどんな戦いでも生き残る。そして必ず並び立ってみせよう」


 エルマはシン=ムをまっすぐと見据え、そう言った。


「――」


 シン=ムはその言葉を聞いてやはり満足げにうなずき、その微笑を崩さぬまま光となって天に昇った。


「――こちらこそ、礼を言う」


 エルマはその光の昇るさまを少しの間見つめ、再び駆け出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] シン=ムさんの出番はこれで終わりか……好きなキャラだったので寂しくなりますね。
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