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百魔の主  作者: 葵大和
第十二幕 【動き出す者たち】(第三部)
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145話 「火遊びはほどほどに」

【報告】

書籍版『百魔の主3巻』が本日発売となりました。発売記念ということで二日連続更新です。お楽しみください。

 シャウはレミューゼ王城への道を半分ほど歩き切り、それからふと、視界に群集の中に気になるものを見つけた。

 人で賑わうレミューゼの環状街路。その隙間を、するすると抜けてくる人影が二つ。

 別に知り合いではない。

 だが妙に、その二つの人影はシャウの視線を惹きつけた。


 歩き方と人の避け方が、どうにもきな臭い。


 シャウにはやや特殊な経験がある。

 さほど自慢したくない、経験だ。

 だがその経験が、その二つの人影に対し、警笛を鳴らした。


 シャウは歩調をそのままに、可能な限り不自然にならないよう意識しながら、つま先をその二つの人影の方へズラしていった。

 流れるような動作ですいすいと人垣を縫い、近づく。

 向こうから近づいてくる人影も、同じく自分の方へと歩いてくる。


 そしてついに、すれ違った。


「ねえ、そこの金髪のお兄さん」


 シャウはそれが自分のことであることを疑わなかった。

 それくらい、あからさまな視線を初めから感じていた。


「はい、なんでしょう」

「ちょっと道を聞きたいんだけど」


 若い、男の声。青年というよりも少年の声だ。


「〈星樹城〉ってどっちにあるか知ってる? あの大きな樹の傍に見える城のうち、どっちかがそれなのかな」


 腰に二本のベルトを巻き、そのベルトから三つの小さな亜麻袋をつりさげている。

 細長い指に指輪を四つ。

 リリウムのものよりも少し暗い赤髪は、横髪の一房だけ長く伸びていて、きれいに三つ編みされていた。

 小柄、細身だが、全体的に派手ななりだ。

 

「ああ、星樹城でしたら、あちらに」


 シャウは『レミューゼ王城』を指差した。


「あっちのお城か。わかった、ありがとう」


 少年はそう言って、横の大柄な男を肘で小突いてから歩き出す。

 大柄な男は、ゆったりとした着物の裾をなびかせて、その後ろを歩き出した。


「あ、金髪のお兄さん」


 すると、小柄な少年が思い出したようにシャウの方を振り返って言った。


「星樹城ってところに〈魔王〉が集まってるって噂、本当か知ってる?」


 シャウはその言葉に動じた様子もなく、淡々とさわやかな笑顔で答えた。


「ええ、そうらしいですね」

「実はお兄さんもその魔王たちの一人だったりしない?」

「さあ、どうでしょうか」

「おもしろい答えだね、お兄さん。『はい』か『いいえ』しかありえない問いなのに」

「含ませた物言いが好きなんです、私」

「ハハ、それが身の破滅につながらないといいね」

「まったくですね」


 シャウは微笑を浮かべたままそう言って、


「では、私はこれで」

「――うん、ありがとう、お兄さん」

「どういたしまして」


 少年と大柄な男から視線を切り、また歩き出した。

 

◆◆◆


 それからしばらく街路を歩いたシャウは、洒落た紅茶店の近場に差しかかると、ぴたりと歩を止める。

 さきほどの二人と出会ってから、あえて進路を変えていた。レミューゼ王城から離れるように。

 シャウは煉瓦造りの紅茶店の外壁に背をあずけ、おもむろに懐へ手を伸ばした。


「まったく、手癖の悪そうなのが来たものですね」


 シャウは懐から『自分のものではない財布』を取り出し、悪戯っぽく笑った。

 それから『自分の財布』がなくなっていることを確かめて、その笑みをさらに楽しげに変化させる。


「しかし、まだ甘い」


 シャウは紅茶店の壁に背をあずけたまま、大星樹の傍のレミューゼ王城を見上げる。

 数秒の間、蒼い空の下にそびえる王城を眺めて、ようやく視線を切った。


「火遊びはほどほどにしないとダメですよ。『彼』は優しいけれど、私ほど気まぐれではないのだから。――『それが身の破滅につながらないといいですね』」


 自分のものではない財布を懐にしまって、シャウは再びレミューゼ王城へ向かって歩きはじめた。

 その顔はどこか、楽しげだった。


◆◆◆


 メレアは仲間たちと別れたあとも、ハーシムとともに謁見の間で会談をしていた。


「海賊都市の狙い――強いてはムーゼッグの狙いがどこにあるのか、明確にしておくべきだな」

「ヴァージリアを獲ることが最終的な目標だったとは思えん。あれは何か大きな目的のついでになされたものだと考えるべきだ」


 ハーシムの言葉を聞き、メレアは神妙な顔でうなった。


「大きな目的ってのはなんだ? セリアスの腹心〈ミハイ=ランジェリーク〉は、最初からサイサリスの介入に気づいていたって感じじゃなかった」

「であれば、サイサリスへの牽制という線は消えるな」

「むしろ、そうなると余計にわからなくなる。ヴァージリアに戦略的な価値はそれほどないと言っていたじゃないか」

「そうだ。――レミューゼを攻撃するという前提の上であれば」


 ハーシムの引っかかる言い方に、メレアは首をかしげる。


「狙いはレミューゼじゃない?」

「可能性はある。たしかにムーゼッグは『ヴァージリアで』サイサリスを牽制するつもりはなかったかもしれんが――」

「サイサリス自体には最初から興味を持っていた」

「そうだ。その前提があると、ヴァージリアという港町の獲得には多少なりとも意味がある」

「……」


 説明を聞いて、メレアはなんとなくハーシムの言わんとすることを理解した。


「まさか、ムーゼッグは東大陸を海沿いにぐるりと回って、南大陸に攻め入るつもりか」

「我ながらおおげさな戦略行動だとは思うがな。だが、ムーゼッグならやりかねん。特に最近は、以前にも増してやりかたが大仰かつ過激だ。そして仮に南大陸を――サイサリスを手に入れられると、おれたちの身も一気に危うくなる」


 北と南、両端を敵国に挟まれることになる。


「加えて、サイサリス攻略のために獲得するであろう東大陸東端(とうたん)の港からも、戦力がなだれこんでくる可能性が生まれる」

「そうなると面倒だな」

「だからおれは、ここらへんで一度大きく動こうと思う」


 ハーシムは前かがみになって両膝に肘を立てると、顔の前で手を組んで言った。


「ムーゼッグの港町占領を止める。ここから東大陸の東端まではやや距離があるが、その道中の諸国と同盟を結ぶ仕事も兼ねて、一度東端へ兵を派遣する」

「ムーゼッグを止められるのか」

「……わからん」


 ハーシムは正直に吐露(とろ)した。


「三ツ国は現状で兵を派遣するほどの余裕がない。特にムーランのクシャナ王国は、ムーゼッグとの距離が最も近い。北側への防衛に兵を回すので精一杯だ」

「キリシカたちは?」

「クシャナ王国への援護に大方の兵を回しているな」


 ハーシムは肩をすくめて、「まあ、これが現実だ」と苦笑した。


「今もっとも動きやすいのが、レミューゼなんだ。ムーゼッグの先手に対して牽制を入れたり、反ムーゼッグの結束を強化するためには、おれたちレミューゼが動き回るしかない」

「俺たちはどうする」


 メレアは暗にハーシムに提案していた。

 その東端への兵の派遣に、魔王を使ってはどうかと。


「お前たちは今回手を出すな」


 しかしハーシムは毅然として首を横に振った。


「今回の派遣は公に行う。だからこそ、魔王の手を借りるわけにはいかない」


 メレアはなんとなく、ハーシムの言わんとすることを察した。


「すでに一度、レミューゼは魔王たちに頼ってしまっている。もちろん、大きな戦いになる可能性があるのであればお前たちの力を遠慮なく借りようと思うが、こういう小さないざこざにまでお前たちを駆りたててしまうと、兵が育たない。それに、民たちの自国の戦力に対する不信の火種にもなる。――レミューゼはそれのみでも強くなければならないのだ」


 メレアはそれが自分たちとまったく同じ考えであることを知っていた。

 どちらかがどちらかに頼りすぎると、今の魔王とレミューゼの団結は緩む。

 

「それに、お前たちにもやることがあるのだろう。いつムーゼッグが再び攻めてくるともかぎらない。今のうちに優先すべきことを為せ」


 ハーシムは続けて言った。


「ムーゼッグを滅ぼすことが、お前たちの最優先事項ではないだろう」


 そうだ。

 メレアの最たる目的はそこではない。


 ――魔王を、救うのが先だ。


 ムーゼッグが動かないうちに、各地の虐げられし魔王に手を伸ばす。

 それは早ければ早いほど良い。

 むしろ、早くなければならない。


「なにかあればすぐに助けを乞う。おれたちが潰れればお前たちの居場所もなくなるからな。おれの意地だけで国を潰すような真似はしない」

「ああ、そうしてくれ。――なら今はまだ、俺たちは手を出さない」


 メレアは赤い眼でまっすぐにハーシムを見据えて言った。


「お前の言葉に甘えるよ、ハーシム」

「ああ」

「でも、何かあればすぐに言え」

「わかってる」


 ハーシムは苦笑してうなずいた。


「ちなみに、次の行先は決まっているのか?」

「いや、これから決める。星樹城に戻ってリリウムからの報告も聞かないと」

「そうか」


 そこでハーシムは身体の力を抜いて椅子に深く座った。

 頭を悩ませるような考えを振り払い、気を休めているかのようだ。


「あくまでおれの適当な考えだが、〈アイオース〉なんかはどうだ?」

「あの学術都市の?」

「そうだ」

「リリウムとお前の話では、あそこは政治的な中立を保つために魔王を匿ったりしないって話だったじゃないか」


 そういう気風のせいで、リリウムもまたアイオースを追い出された。そう聞いた。


「そうだ。その気風がなくなったとは言わん。だが、単純に情報を得るためにも、アイオースは良い選択肢だと思うんだがな。あそこは情報の宝庫だ。特に昔の書物が豊富に保管されているのが大きい。〈七帝器〉や〈魔王〉そのものに関する情報も、新しく仕入れられているかもしれん」


 ハーシムは「――ただし」と付け加えた。


「たしかにお前の言うとおり、魔王という存在そのものには排他的だ。身分がバレると、面倒なことにはなるかもしれん」

「どこかの誰かさんのように、うまいこと忍び込め、と?」

「あくまで一案だ。ヴァージリアの〈魅惑の女王〉のように、より具体的な情報があるのなら、そちらを優先するべきだろう。――いずれにせよ、行くなら今のうちだ」


 ふと、ハーシムがまた真面目な顔で言った。


「今にお前の存在は世界に轟く。ヴァージリアで派手に大立ち回りを演じたお前の存在は、あの場に居合わせた芸術嗜好家たちによって各地に広まりはじめているからな」

「それにもメリットとデメリットがあるな」

「そのとおりだ」


 と、二人がうなずきあったところで、不意に謁見の間の扉がコンコンと音を立てた。

 次いで外から声が響いて来る。


「陛下、〈魔王連合〉のリリウム様がお越しです」


 外からの声に、メレアとハーシムは顔を見合わせた。


「構わない、入れてくれ」


 ハーシムが許可を出すと、謁見の間の扉がゆっくりと開く。

 その扉の向こうから、紅の長髪を宿した気の強そうな少女が、現れた。



こうして書籍版を3巻まで出すことができたのも、いつも応援してくださるみなさまのおかげです。この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございます。

書籍から入った人も、WEBから入った人も、どちらの人も楽しめるような作りを常に意識して作品を書いていこうと思うので、これからも楽しみにしていただければと思います。

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『やあ、葵です。』(作者ブログ)
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