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百魔の主  作者: 葵大和
第十幕 【踊る者、観る者、そして】
103/267

103話 「かの歌劇場へ」

「お前たちは当初の予定通り港に向かえ。すでに『向こう側』の密偵は入り込んでるはずだ。僕は殿下に仰せつかった別件の調査にあたる」

「はっ」

「くれぐれも騒ぎは起こすなよ。ヴァージリアでの騒ぎは収めるのに一苦労掛かる。――まあ、お前たちに関しては心配していないが……」

「問題は向こう側の荒くれどもが小奇麗な格好に身を包んでおとなしくしていられるか、ですな。ともあれ、我々は心得ております」

「ああ」

「それで、ミハイ様はどちらに?」

「少し調べることがある。まずは歌劇場あたりを回って情報を集めるとしよう。しかし待ち合わせの時間までに収穫がなければ、今回は諦める。残念ながら、今優先すべきは『そちら』ではないからな」


 芸術都市ヴァージリア北門。

 海に近い都市門の一角で、そんな会話が小さく響いていた。

 最も人の出入りの多い西門と比べると人の姿はいささか減るが、その北門もまた十分な活気に満ち溢れている。


 会話をしているのは、ほどよく整った身なりをした数人の男たちだった。

 着ているものに統一性は見られない。

 傍から見れば、たまたま顔を合わせた旅仲間。もしくは、少し身分を高く見積もれば、周辺域の貴族仲間という感じである。

 彼らは太く雄大な二本の柱に支えられた北門の足元で、ときおり海側から吹いてくる塩気を含んだ風に衣装をはためかせている。


「しかし、当然〈魅惑の女王〉が魔王であるなら、その力の調査と――可能であれば奪取を狙う。彼女が魔王であるとすれば、おそらく精神感応系の秘術を持っているだろうから」

「ですな。魅惑、とするからに、もしくは〈魅魔〉あたりでしょうか」


 門の中を出入りする旅人や貴族たちにまぎれて何気なく会話をする彼らのうち、大きなマントを羽織った若い男がその言葉にうなずきを見せた。


「まあ、予想されるのはそのあたりだろう。……しかし、魅魔はだいぶ前に血統が途絶えたと言われていた。おかげで情報もあまりない。その力が秘術式によるものであるのか、もしくはなにか生態機能的なものであるのかも、まだ確定していない」

「血統が途絶えて名が沈む、ということは、一子相伝の秘術か、はじめから身体にその機能が刻み込まれている変異種か、どちらかでしょうな」

「変に予想して挑むとその予想を裏切られたときに隙が生まれる。まだ確定させるのはやめておこう。それに、あとになって本国から追加の情報が来るかもしれない」

「仰るとおりで」

「まあ、できれば前者であることを祈る。仮に後者のたぐいの魔眼であったりしたら、対応が間に合わない可能性があるからな」

「見られた瞬間に終わり、ではなかなかつらいものがありますからな」

「とにかく、一気に近づくことはしない。まずは情報を十分に集めることだ」


 と、ついに若い男が動き出した。

 北門の足元から一歩を踏み、前進する。

 ふいに海側からひときわ強い風が吹いてきて、その男が目深にかぶっていたフードをなびかせた。

 なびいたフードの下から、男の顔が露出する。

 その男は精巧に編まれた金糸のような髪を宿していた。

 まだ少し幼ささえ残る、少年のような顔。

 しかしその目の奥には、研ぎ澄まされた刃のような、鋭さのある眼光が閃いていた。


「では、あとは手筈通りに。ヴァージリアは平和ボケしている都市だが、一度そこに剣呑(けんのん)が漂うと一気に面倒なことになる。まだほかの大陸の勢力を刺激するべきではない。その点には十分気をつけるように」

「御意のままに」


 そんな若い男の言葉に、彼よりずっと年齢の高い中年の男たちが小さく頭を下げた。

 そこには明確な権力差が見えた。

 だが、中年の男たちに不満の色は見られない。


 若い男がひとり先に都市門をくぐっていったあと、その場に残った中年の男たちはわずかなうなり声をまじえて言葉を交わした。


「ううむ。ミハイ様は『あの遠征戦』より生還されて、お変わりになられた。以前はもっと弱気な部分が見えていたものだが、今はいっそのこと近づきがたい覇気さえ感じる」

「あの遠征戦がきっかけだろう。あれは本国で話を聞いただけの私たちにもひどく嫌な衝撃を与えた。近くにいたミハイ様はより大きな衝撃を受けたに違いない」

「しかし、もともと素質は十分すぎるほどにあった。あの性格が上に立つことに向いていなかっただけで、それが改善されたとなれば、もはやだれも『セリアス殿下の寵愛を受けているだけの若造』とは言わんだろう」


 彼らは口々に言葉を乗せる。

 それからしばらくしたあと、彼らも若い男を追うように都市門をくぐっていった。


 彼らの目の前には、なにやら妖しい活気を帯びはじめた、夕暮れ時の芸術都市が鎮座していた。


◆◆◆


 メレアたち一行はシーザーの案内に導かれて芸術都市の方々を歩いた。

 表通りの著名な芸術館から、裏通りの少し怪しげな小売店。例の絵画通りも案内付きで再度通過し、それからほかの芸術通りも歩いた。

 メレアたちはシーザーの的確な説明や案内に感嘆の息をもらしながら、ヴァージリアを堪能した。


 やがて、日も赤みを帯びはじめ、夜が近づいてくる。

 夕暮れ時になって、通りを歩く人々の姿もどことなく気取った身なりをしている者が多くなった。


「さて、では最後に――今、この街でもっとも熱気のある文化の集積地へご案内いたしましょう」


 ふと、そんなとき、中央通りに面した料理店で小休憩を挟んでいると、シーザーが声をあげた。


「もっとも熱気のある?」


 芸術細工のほどこされた木製の椅子に座りながら、片手に紅茶のカップを持っていたメレアが、シーザーの声に反応する。

 小首をかしげる動作に、雪白の髪が揺れた。


「そうです。実は最近、〈魅惑の女王〉という大仰な名前がこの街の一角から広まりはじめていましてね」


 その言葉にメレアたちの目が見開かれた。

 しかし、メレアたちはすぐにその驚きの様相を引っ込める。

 下手になにかを気取られるのを避けるためだった。

 誰が何をいわずとも、よけいに騒ぎすぎるのが面倒事に繋がりかねないことはわかっていた。


「気になるね」


 結局、メレアが率先して短く言った。


「でしょう?」


 シーザーが片目をつむって笑みを浮かべる。

 するとシーザーはおもむろに道化師衣装のポケットに手をつっこみ、ややもったいぶってからあるものを取り出して見せた。

 シーザーの手には――数枚の『チケット』が握られていた。


「これ、なんだと思います?」

「チケット?」

「そうです。実はこれ、今日の夜に行われる〈魅惑の女王〉が主演の歌劇のチケットなんです。いやぁ、入手するのに苦労しましたよ?」


 シーザーの言わんとすることに、メレアもすぐに気づいた。


「もしかして俺たちのために?」

「ええ、もちろんです。こうして同じ宿に泊まっているのもなにかの縁ですしね。ぜひお近づきの印に、ご招待できないものかと」


 シーザーの言を受けて、メレアは、


 ――願ってもない。


 と心に浮かべた。

 思わぬ縁で、早々に〈魅惑の女王〉に近づける。

 そのことに少し胸が高鳴った。


「ただ――」


 と、再びシーザーの声が場を貫く。

 今度の声はやや沈んだ音色を帯びていた。


「さすがに全員分、とはいきませんでした。今かなり人気でしてね。劇場仕事の伝手(つて)を頼ってどうにかこうにか集めましたが、枚数にして八枚。つまり、ちょうど一人分足らないのです」

「なるほど」


 シーザーが改めて枚数を確認するようにチケットの端を指ではじき、次いでメレアたちを見渡して指差しで人数を数えていく。

 言わずもがな、シーザーをのぞいてここには九人がいる。

 なので、一枚足りないことに間違いはない。

 すると、


「では、私は外で待っていましょう」


 ふいにシャウが声をあげた。

 その顔にいつもの微笑を浮かべて、軽い雰囲気を漂わせながら、さらに続ける。


「私はさほど歌劇に興味がないので、今回は遠慮します」

「本当にいいの?」


 メレアが小首をかしげながらシャウに訊ねた。

 メレアの問いに、シャウは片手に持った紅茶のカップを優雅に傾けながら飄々と答える。


「ええ、むしろその間に夜の芸術都市でよい商品を物色してた方が私的には楽しいですし」

「まあ、シャウがそういうならそれでいいけど……」


 メレアは少し申し訳なさそうに言った。

 そんなメレアを慰めるように、シャウが苦笑する。


「別に嘘ではありませんよ? かつて嫌というほど歌劇は見せられましたしね」

「誰に?」

「――生家の方の、知り合いに」

「ああ。生家。……生家か。そうか、シャウにも生家くらいあるか」

「あれ? なんだか私すごく自分が誤解されている気がしてきましたよ? あなたのその反応で」


 シャウの言葉に、周りの魔王たちから即座の声がいくつもあがった。


 『誤解ではないな。お前からそういう普通の単語を聞くとかえってしっくりこないのはたしかだ』

 『お前まだ自分がまともな人間だと思ってんの? おめでてえな』

 『あなたは金から生まれたんですよね? ――しかも質の悪い金から。ということはやっぱり生家も地中にあるんですか?』

 『あ、だから錬金王……?』

 『シラ、ちゃん、たぶん、それは、マリーザさんの悪ふざけだから……あの、えっと……』

 『もじゃーは金からできた金人形っ!』『金人形っ!』


「言いたい放題ですね!? ――あっ、でも最後の金人形っていいフレーズですね!!」

「そこは同意するんだ……」


 リィナとミィナにびしりと人差し指を向けながら逆の手で力強くガッツポーズを取るシャウに、メレアが半笑いで嘆息を返した。


「まあ、そのあたりも追々話しますよ。とりあえず、私は少し商店を回ったあと劇場からそう遠くない場所で待っていますから。――シーザー、その歌劇の劇場はどこですか?」

「ん? レーヴ=オペラ座だよ」

「では、その近場に」


 シャウがシーザーの返答を待ってから、再びメレアの方を向いて言った。


「わかったよ。じゃあ、またあとで合流しよう」


 メレアはシャウの言葉に片手をあげながらうなずきを返す。


「では、そのほかのみなさんが観劇なさるということでよろしいです?」


 最後に、シーザーがたしかめるように言った。


「うん、それでよろしく頼むよ」


 メレアがみなを代表して答え、ついに席を立つ。


「なら、劇場が混む前に早めに行こうか」

「そのほうがいいですね。ではでは、ご案内いたします」


 そうして一行は、ついに〈魅惑の女王〉に接見すべくかの歌劇場へと向かうことにした。


◆◆◆


 それからメレアたちは順々に外に出て、人々の通行の邪魔にならないように路地の脇に寄った。

 支払いを終えたシャウが最後に出てきて、魔王たちのもとへやってくる。

 そうして、いざ別行動をするか、というところで、シャウが何かを思い出したように拳を手のひらの上へ落とした。


「あ、すみません。ちょっと急用を思い出したので、少しだけメレアをお借りしますね」


 シャウはメレアだけを手招きして言った。

 メレアはほかの魔王たちと同じく首をかしげたが、あえてそれを断る意味もないのですぐにシャウの方へと向かう。

 二人はそれから少しの間建物の陰で話をして――そのまま別れた。

 仲間たちのところへ戻ってきたメレアに、エルマが訊ねる。


「なにか重要なことか?」

「いや、あんまりこっちの事情とは関係ないことだった。星樹城に残ってる魔王たちからの諸々の経過報告とか。――あ、あと、リリウムからの手紙。なんか術式関係でわからないところがあったから、俺の知識を貸してくれって」

「なるほど。――ああ、そういえばお前を待っている間にあの金の亡者のところに風鳥が来ていたな」

「黄色いやつ?」

「そうだ。よくわかったな?」

「あの女の人を運んでるときにちょろっと見かけたから、もしかしたらって思って」

 

 そういえばそうだった、とメレア自身いまさら思い出したことだった。


「ま、ひとまずはこっちに集中しよう。せっかく早い段階でチャンスが来たんだから」

「そうだな」


 メレアは襟を正し、エルマもそれに倣うようにして再び前を見据えた。


 それからあらためて、シーザーの案内が再開される。

 魔王たちは妖艶な道化師に連れられて、かの歌劇場へと向かった。



 その夜に起こる大きな動きを、メレアたちはまだ知らない。



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