102話 「予感」
それからメレアは、彼女を目的の場所まで送り、時間もちょうど良かったので、シーザーとの待ち合わせの場所へ向かった。
たどり着いたのは芸術都市の中心部。
活気にあふれる広場だった。
「例によってここも派手だなぁ」
広い広場の真ん中に、塔といってしまっても過言ではない高さの噴水がある。
噴水塔の頂点からは正午の陽光を受けてきらきらと光るきれいな水が噴き出ていて、それが霧のように舞い、ところどころに小さな虹を浮き上がらせていた。
メレアはその光景に感嘆の息をこぼしながら、噴水の周囲をぐるりと周る。
噴水広場には身なりのいい家族連れが多く、気品をあふれさせる紳士たちが、その子どもたちと一緒にあたりを散歩している姿が数多くあった。
そんな穏やかな雰囲気に合わせてか、広場の周囲にぽつりぽつりと立っている露店も、子どものための菓子店や、清廉な雰囲気の料理店が多い。
と、メレアはそのうちの一つに目をつけた。
そこに見慣れた背中が三つほどあって、思わず視線が引きつけられたのだ。
その背中に歩みよると、その場で行われているやり取りが声の応酬となって聴こえてきた。
「サル! あれとあれとあれ!」「あとあれ!」
「あ!? どれとどれとどれだよ! ゆっくり言えよ!」
「だからあれとあれとあれ!」「あとあれ!」
「お前らぜってー俺の話聞いてねえだろっ!!」
そこにいたのは、きらきらとした飴細工が並べられた店先で、落ち着きなさ気に言い合う一人の男と二人の少女であった。
言わずもがな、
「サルー、あとあれ」
「あ!? だからどれ――って、メレアかよ。……ってかどさくさに紛れるんじゃねえよ!! お前は自分で買えよっ!」
サルマーンとリィナ、ミィナの双子である。
メレアが後ろから三人に寄ると、どたばたとしながらサルマーンが文句を言った。その忙しなさを表現するように、砂色髪の一部はぼさりと外跳ねしている。
「あ、メレア!」「じゃあメレアはあれ買って!」
「えっ!?」
「ハハッ、ざまぁ」
と、気づいたときには、妹のミィナがメレアの服のすそを引っ張ってねだっていた。腰を優に超える長さの青銀髪をさらさらと揺らし、上目使いでメレアを見上げている。
メレアは思わぬ早業に面食らうと同時、見事に服のすそを押さえられていることに一抹の畏怖を抱く。――抜かりがない。
メレアはにやにやとした笑みのまま悪言を放ってくるサルマーンに対し、皮肉の一つも返す暇なく、しぶしぶ腰元の革袋を取り出して中身をのぞいた。
「俺の小遣い……」
「もじゃーはがめついから買ってくれない」「もじゃーはがめつい」
「だから俺なのね……」
「そう!」「そうだよ!」
「少しは言い切ることに遠慮しろよ……」
言いながら、結局メレアはミィナの指差した飴を買うことにした。
「あれ? ちょっと待って。……その飴なんか高くない? 昨日別の露店で見た短剣とかより高くない?」
「特別な産地の砂糖を使ってるらしいぞ」
サルマーンのため息交じりの補足が飛んでくる。
「あ、飴のくせに生意気だなっ!?」
今度はメレアの白髪が内心の憂鬱を表現するように外跳ねした。
「飴は深遠なのです」「なのです!」
「……はあ」
「ああ……」
そして最後に、メレアとサルマーンのため息が同時に漏れた。
懐から消えていく硬貨を暗示するように、二人のため息は空に昇ってぱちんと弾けた。
◆◆◆
「で、ほかのみんなは?」
「もう広場にいるんじゃねえかな」
双子に飴を買ってやったあと、メレアたちは肩を並べて噴水塔へ向かっていた。
遠目に見えるその噴水はあいも変わらず綺麗だが、それ以上に正午になってどんどんと増えてくる人の数に圧倒される。
――ようやくこの街の住人も動きはじめたのだろうか。
メレアは内心に浮かべながら、ふと思いついたように声をあげた。
「そういえば、そろそろ一回港の方にも行ってみたいな」
「あー……、そうだな。内陸側が活発すぎて忘れがちだが、一応海沿いだし、一度は向こう側も見てみたほうがいいか」
サルマーンがメレアの声に答えた。
サルマーンはリィナを肩車した状態で歩いていた。
ちなみに、ミィナはメレアの肩に乗っている。
「……あれ、お前海見たことないんだっけか」
「こっちではな」
メレアの含んだ言い方に、サルマーンは小さく笑った。
「はは、なんか、お前が言うと不思議な響きを持つな」
「俺もそう思うよ」
メレアが苦笑する。
「しかしまあ、海自体はさほどおもしれえもんでもないと思うぞ。もうちょっと北の方に行くと、北大陸との接点が見えたりするらしいが」
「へえ」
「あとあれ、ちょろっとうわさに聞いたんだが、北大陸と東大陸の間にあるちょっとした海峡に、最近〈海賊都市〉なんていう物騒な都市国家ができたらしいから、もっと北の方の港に行けばそういうもんが見えたり聞こえたりするかもな」
「たしかに物騒な名前だ」
「マジで都市の冠につけてるってんなら相当だ。さすがに周りの連中が揶揄してつけた通称だとは思うんだが、そこまではまだハッキリしねえ」
サルマーンが大きめの息を鼻で吐いて言う。
「〈海賊都市〉か……。いずれにしても、気になるね。でも北大陸との接触面はムーゼッグの活動地域っていうしなぁ……」
「そうだな。よほど確度の高い情報がねえかぎり、まだ近づかねえほうが無難だろう」
メレアは言葉に、サルマーンが答えた。
「ともあれ、まだヴァージリア周辺海域は平和な方だ。――いつ何が起こるともかぎらねえがな」
「もしムーゼッグがその海賊都市を併合したりしたら、そのいかにも海戦に強そうな戦力を投入して回り込んでくるとか、ありえそうだけど」
「そうだな。まったくねえとは言えねえ。――ただ、まだ掛かる。北側の勢力を調停して、いったん消耗した戦力を回復させ、そのあとにヴァージリアに手回しもして――なんて、結構手間暇がかかりそうだからな。いやまあ、あくまで一般論だから、ハナっから決めつけるのもなんだが」
サルマーンは「どうしたもんかね」と頭を掻いた。
肩車されていたリィナがその手を邪魔だと言わんばかりにはたく。
「頭くらい掻かせろよ」うんざりした表情でサルマーンがこぼして、それから言葉を続けた。
「ま、レミューゼに戻るころにはハーシムや三ツ国の王たちがなにかしらそのあたりのことで動いているかもしれねえな。こっちはこっちでさすがにそこまでは構ってられねえ。まだ、なんでもかんでもに手を伸ばせるほど大きな組織じゃねえからな」
「そうだね」
と、メレアが短く答えたあたりで、ついに二人の視界に仲間たちの姿が映った。
噴水近場のベンチに座り、談笑をしている女性陣の姿が、まっさきにメレアの目に入る。
そのベンチの隣にはシャウが立っていて、さらにその隣にシーザーの姿があった。
どうやらすでに全員揃っているらしい。
「やあ、お待たせ」
「お、つかの間の美女とのデートはどうでした?」
メレアが片手をあげていうと、シャウがにたりとした笑みを浮かべて二人を迎え入れる。
と同時、シャウの意味ありげな言い草に、一瞬女性陣の視線がメレアに突き刺さった。
しかしそれは一瞬のことで、メレアが特段の感慨を得ることはない。声をあげたことに対する一瞥となんら変わらない視線の動き。メレアはそう認識する。
一方で、横にいたサルマーンは、その視線から逃れようと大きく目を逸らしていた。「目がこええよ……」
「特になにごともなく、無事目的地に送り届けたさ」
「そうですか。残念です。私の後ろから声にならぬ悲鳴があがれば面白かったのに……」
「うわあ……、性格わるっ……」
「シーザー」
「はいっ」
「では、案内を」
「……ボクは女性の味方をするぞ……」
メレアとシャウのやり取りも束の間、途中で口を挟んできたシーザーにシャウが言った。
シーザーはそれを受けて、「ぐぬぬ」とでも言わんばかりにくやしげな表情を浮かべてから、すぐに色を正した。
「――それではみなさん、今からしがない道化師が芸術都市をご案内いたします。適当に、流す程度で、私の説明をお聞きくだされば幸いです」
不意にシーザーが優雅な一礼を見せる。
その動きにはいっそのこと職人芸と形容したくなるような流麗さがともなっていて、メレアたちから、「おー、それっぽい」やら、「突き詰めるという意味ではメイド道にも通ずるところが」やら、「あ、シラちゃんは、真似しちゃ、だめだよ。鎧が、ひっかかるから」などの声があがった。
そんな種々それぞれの声を受けて、シーザーは少し面食らったように目を丸めたあと、しかしすぐに微笑を浮かべて言う。
「ハハ、今日のお客さんはなかなか手ごわそうだ。――さて、それではまいりましょうか」
そうしてメレアたち一行は、楽しげな雰囲気をまとったまま道化師についていった。
されど、彼らの頭の中から〈魅惑の女王〉の名が消えることはない。
彼らの頭の中には、その女王が魔王であった場合の可能性が常に残っていて、楽しげではありつつも、決して気を抜くことはなかった。
終:【魔王歌劇の幕が上がる】
始:【踊る者、観る者、そして】
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