01.ただの孤児メリッサ
私の名前はメリッサ。名字も誕生日もない。孤児だから、ただのメリッサ。
私には27歳まで生きた前世の記憶がある。記憶を取り戻した時、メリッサは14歳だった。
その冬流行ったタチの悪い風邪をこじらせて、孤児院の粗末な寝台で震えている時のこと。
気休めにしかならない薄い毛布と、薪が買えないせいで室内なのに吐く息は白い。
このまま神の庭に連れていかれてしまうのかな。心の奥にじわりと死の気配が滲んできた時 ,私のなかで何かが突き動かされた。
ーいやだ。まだ死にたくない。せっかく奨学金返し終わってこれからだったのに。部屋を可愛く模様替えしたり、有休使って家でのんびり過ごしたり、自分へのごほうびに高いスイーツを買ってみたりしたかった。
…あれ、ショウガクキンってなんだっけ?わからないけど死にたくない。まだ生きたい。
そう強く願った瞬間、私の頭のなかにごうっと渦を巻くように誰かの記憶が流れ込んできた。
信じられないくらい体が熱くなって、私は不思議な夢を見た。
負けん気の強い、どこか遠い世界の女の子が暮らしている夢だった。
2日間眠り続けて目が覚めた時、私はメリッサであり芽衣紗でもあった。
そう。私の前世は倉敷芽衣紗。
シングルで働きづめの母親を気遣い、小学校高学年の時点でほぼすべての家事をこなしていた。
よその家をうらやんでも無駄なだけだと、今思えば変に達観した小学生だった。
高校生になってからはありとあらゆるバイトをして、合間に死ぬほど勉強をして、青春とか恋愛とか、そんなものとは無縁の人生を送っていた。
おかげで塾や予備校に頼ることなく名門大学に進学できたけれど、学生生活は奨学金を借りた上にバイト三昧、就職してからも生活に全く余裕のない毎日。
ようやく貯金をする余裕ができるかなと思った矢先、私は交通事故にあってその生涯を終えた。
死にたくなかった。せっかく広告代理店に入社できたのに、もったいないって有給ほとんど使えなかった。
百歩譲って転生したので良しとしよう。普通、別の世界に転生したなら悪役だろうがモブだろうが、貴族令嬢になってるのがテンプレでしょう?
なのに孤児ってどういうこと?
しかもここの貧乏孤児院の院長ときたら生まれは超エリートなのに権力争いに負けて働き盛りの40代で左遷されてきたっぽい、ザ・負け組司祭様。
8歳の私にだってわかる。正直言ってエクレール司祭に経営能力・マネタイズの手腕はまったくない。
つまり私は、この世界の底辺に生れ落ち、かつ孤児界隈でも最底辺にいるってわけ。
唯一、人に勝る要素があるとすれば見た目がめちゃくちゃに可愛くてビジュが最高っていうことだろうか。
手入れされていないに等しいぼさぼさ・ガサガサの髪と肌だけど、ゆるくうねる金髪と新雪のように白い肌。そこに桜の花びらを落としたような唇。
貴族の血が流れていると言われてもちょっと信じちゃうくらい。ブルーグレーの瞳を伏せれば、憂いを帯びた訳ありのお嬢様のできあがり、なんちゃって。
…いやなんちゃってじゃねぇわ。
ここは貴族の慈善と言う名のクラファンが打ち切られたら即刻経営が立ち行かなくなるような場末の孤児院。
いくら貴族っぽい見た目だからって、せいぜいお金持ちの好色ジジイに買われて愛妾にされるのが関の山。
「いやありえないでしょ!マジでなんなのよーーーー!!」
私は叫んだ。力の限り叫んだ。
数日寝込んで衰弱していたはずなのに、腹の底から声を出すとはこのことかと自分でもびっくりした。それくらい怒っていたのだ。
あんなに苦労して我慢して、ようやくここからというところで死んで。転生したらスタート地点は前回よりひどい。
可愛い子には旅をさせよって、いやいや神様。ちょっと可愛がりがすぎるんじゃないんですか?
そっちがその気なら、私だって神なんて存在は全否定してやる。
怒りに燃えながら、私はベッドわきにあった水差しに口をつけて一気に流し込んだ。結果、盛大にむせた。
こうして私、ただの孤児のメリッサは前世の記憶を手に死の淵からよみがえったのだった。




