11-6:蜃気楼を捕まえて
ももちゃんの小さな指が、上を指す。絨毯の高度が更に上がり、下を見るのが怖い高さまで来た。
「ももちゃん、もう良いよ」
「うん」
小さな両掌を前へ。パントマイムで見えない壁を押してるみたい。絨毯は、そこでピタリと止まってくれた。
ご夫婦の話では、モヤモヤと景色が歪んで見える箇所が上空のどこかにあるハズなんだけど……
「あそこ、じょうへき? のうえのほう」
ももちゃんが見つけてくれたみたい。確かに城壁の数メートル上の空が軽くボヤけて見える。霞目の時の見え方に似てるね。
「ももちゃん、あそこまで近付けてみよっか」
「うん」
ということで、絨毯の操縦はももちゃんに任せる。やらせてあげたい、というのもあるけど。純粋に空間把握能力は私より上だから、上手いんだよね。
「……」
少し高度上げ。左寄り、前進。
「良い感じだよ、ももちゃん」
モヤモヤが凄く近い。陽炎が目の前にあるみたいだ。コレ、素手で掴んでも大丈夫なのものなの? まあ半子供向けゲームで火傷とかは無いか。
「えい」
思い切って手を伸ばす。モヤの中央辺りを掴んだ。と思ったら、
「わ!?」
ニュルンと滑って、モヤモヤは1メートルくらい向こうへ行ってしまった。
「ねえね?」
言外に責められてる……
「いや。違うの、ももちゃん。コンニャクみたいなの」
トゥルントゥルンだった。
「とにかく、お手手じゃ掴めないと思う」
ご夫婦やモノッキ市長が、ずっと「捕まえる」という表現をしていた意味が分かったよね。
「……うーん」
ももちゃん、考え中。口を出さずに見守る。
待つこと20秒ほど。そして、ももちゃんは動き出す。魔法の粘土をコネコネ、棒のような物を作り始めた。
「ん」
棒が出来ると、残りの粘土で長いお椀型を形成。その椀の縁に沿うように輪っかを付けると、そこに棒を合体させた。
「虫取り網かあ」
私もそれがベストかなと思ってたから、以心伝心だね。
完成したそれは、徐々に色づいていき、持ち手の棒と網を留めてる輪っかの部分はピンク色になった。そして長い椀のような部分も、上手く汲んで網目になってくれたのはラッキーだね。
「ももちゃんが捕ってみる?」
「うん!」
ヤル気満々だね。微速前進。取り逃がしたモヤモヤの前まで来たところで、ももちゃんが立ち上がる。私も膝立ちになって、彼女が落ちそうになったらすぐに抱っこ出来るように備えた。
そして、ももちゃんは網をブンと振った。幸い、体勢は安定していてフラつくこともなかった。
「どう?」
「とれた。たぶん」
確かに中空にボヤけた箇所はなくなってる。
私たちは絨毯の上に座り直し、網の中を覗き込んだ。中の網目が若干ボヤけてるような。あそこに入ってるのかな。
私は手を差し入れ、指先で突ついてみた。
――ぶにゅん
ああ、このコンニャクみたいな感触。やっぱり入ってるね。ももちゃんも指を伸ばしてきてツンツンする。感触が楽しいのか、「ふふ♪」と笑った。
「じゃあ下りようか」
「うん」
網を持ってるももちゃんの代わりに、絨毯を操縦しないとね。
城壁に引っ掛からないよう調整するために下を覗き込んだら、高すぎてヒヤッとしたけど。なんとか元の場所に着陸。ご夫婦がすぐに駆け寄ってきた。
「とれたよ!」
「はい。ありがとうございます」
「1つで良かったんですか?」
1つ、という数え方で良いのかすら分からないけど。
「ああ。それで十分だ」
足りるらしい。
ということで、絨毯を返却しに行く。1時間料金(実際は1時間かかってないけど)だったけど、事前の約束通り、ショーフェンさんが払ってくれた。
「領収書を頼む」
あ、こっちの世界にも領収書あるんだ。お城の経理課とかに出すのかな。ジッと見てると、ちょっと気まずそうにするショーフェンさん。あ、いや、別に「みみっちい」とか思ってたワケじゃないんだけどね。そもそも「経費は申告しろ」って指示も出てるだろうし。
とにかく、今度こそ市に用は無くなったので、再び人気の少ない所までやって来た。
「ももちゃん、タライのような物を作ってください」
エリーファさんが指示を出し、ももちゃんが素直に頷いた。網もリメインしたままだから、それほど大きな物は作れないだろうけど。
コネコネして、2分ほどで完成。やっぱり大きな洗面器くらいのサイズだったけど、お2人は「大丈夫」とばかりに頷いた。
「その中に蜃気楼を入れてください」
網を引っくり返し、慎重にタライの中へと入れた。ツルンと滑り、ボヤけた塊が揺れ動く。うう、凄く変な感じだ。ブロックノイズとも違うんだけど、あまりずっと見ていたくないね。
エリーファさんがすかさず、インビジブルマントを投入し、更にその上からタオルで覆った。なんでも蜃気楼の残滓は浮き上がりやすい性質なので、こうして閉じ込めておかないとダメなんだとか。
「このまま手だけを入れて、揉み込みます」
タオルを少しだけ捲って、エリーファさんは両手を差し入れる。ショーフェンさんは、タオルとタライを押さえておく。ナイスコンビネーションだね。
更にエリーファさんは水の魔石を使って、タライの中に注水する。
「おせんたく?」
「みたいだね」
――ギュ、ギュ、ギュ
リズミカルに揉み込む音。まるきり揉み洗いの様相だ。多分だけど、乾いた状態で強く揉むと破れる恐れがあるから、水を入れたのかな。
「おお~」
「ももちゃんも、やってみたいですか?」
「うん」
エリーファさんが代わってくれる。さりげなくショーフェンさんが彼女に新品のタオルを渡していたのが素敵だった。
ともあれ、ももちゃんがタライの前へ陣取り、中へ手を差し入れた。私の方はショーフェンさんの代わりにタライとタオルを押さえる係だ。
「強くやりすぎてはダメですよ?」
「はい」
良いお返事をした後、ももちゃんは手を動かし始めた。




